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女子寮の一室には谷原真結良の部屋がある。
各部屋の生活人数はそれぞれ異なり、
一人部屋の所もあれば、共同での二人部屋として使われていた。
偶然にも一人部屋を与えられた真結良。入った当初は独りの方が落ち着いて生活できると、得した気分であったのだが、今となっては、自分しか居ない空間で過ごす時間に少しだけ、もの悲しさを感じている自分。
いま……部屋には女生徒が二人いた。
片方は部屋の主である谷原真結良。
そして、対面にはジャージ姿の蔵風遙佳の姿があった。
眼鏡は変わらずだが、三つ編みの髪を下ろしている。
真結良は紅茶を。遙佳はお菓子を持参していて、就寝時間までの、ちょっとした談話会を広げていた。
「まずは班に入れて良かったね。真結良ちゃん」
「前途多難なスタートではあるがな……」
「あはは。そうだねぇ。でもエリィちゃんも全然オーケーそうだし、女子で残すは絵里ちゃんと那夏ちゃんか」
「稲弓はどう考えているのか判らないが、――市ノ瀬は断固として拒絶していたな」
「うーん。難しいよね。絵里ちゃんのガードはかなり堅いと思うなぁ。徐々に時間をかけて認めてもらうしか無いね」
「男子の方も、なかなかクセがありそうだ」
「あまり深く考えすぎないで、自然にやっていけばなんとかなるものだと思うよ。ほらほらクッキー食べて」
「――すまない」
遙佳に差し出されたクッキーをひとかじり。
彼女も一枚手にとって、美味しそうに顔をほころばせた。
「……こうやってみると、だいぶ印象が違うな」
「印象?」
「普段、三つ編みだろう? 髪を下ろすと違って見えると思ってな」
「そう、かな?」
おもむろに自分の髪に触れた遙佳。
「普段はそんな風に下ろさないのか?」
「派手なのよりも、地味めの方が好きかと思って……」
ぽそりと呟く遙佳に、
「ん? 誰が好きなんだ?」
「………………」
「……………………?」
何かいけない事を聞いてしまったのだろうか。
思っている以上に長い沈黙。
「ななななな、なんか熱いねぇ。この部屋!」
「そうか? 常温だとおもうけど」
「クッキー冷めちゃうよ?」
皿をずずずいと差し出す遙佳。どういうわけか手が震えていた。
「…………クッキーは冷めないと思うのだけ――」
「真結良ちゃん!」
「は、はい」
「じ……実は――」
彼女が切り出そうとしたとき、
部屋をノックする音が響いて会話が中断された。
思わぬ来客に一人胸をなで下ろした遙佳を置いて、
真結良は玄関へと向かい、扉を開いた。
「喜美子?」
そこに居たのは、遙佳と同じく学校指定のジャージ……ではなく、ピンクのパジャマに身を包んだ畑野喜美子の姿であった。
「こ、こんばんは」
「どうしたんだ喜美子」
「うんと、ちょっとお話出来ればなって――忙しかった?」
「いや。ちょうど二人でお菓子を食べていたところでな」
「あ、ごめん。お邪魔だったね」
「いやいや。喜美子も一緒にどうだ?」
「でも、邪魔になっちゃうんじゃ……」
「邪魔なものか。さ、入ってくれ」
笑顔で促されるままに、喜美子は部屋の中に入って、
「…………ぁ」
室内で、何故かうっすらと顔の赤い蔵風遙佳と対面した。
「こ――こんばんは」
「あ、えっと……おじゃまして、ます」
驚きと共にたどたどしい挨拶を交わす二人。双方の友達である真結良はごく自然に、
「いま紅茶をいれるから、そこに座っていてくれ」
――――なんとも、奇妙なことになってきた。
喜美子と遙佳は顔を合わせて座り、
先ほどまで足を崩していた遙佳は居住まいをただして正座をした。
まるで鏡のように、喜美子もそれに倣う。
はたから見たら、お見合いのような構図。
挨拶から一言も口をきかず、時間が経過するにつれて更に気まずさが深くなってゆくと考える喜美子。
偶然にも――全く同じことを遙佳も考えていた。
「あ、の」
「あの」
思考も同じならば、切り出すタイミングもほとんど同時だった。
「――どど、どうぞ」
「――あ、どうぞ」
これまた同時。思わず笑い出す遙佳に、喜美子もつられて顔を緩ませた。
「えっと、たしか――」
遙佳が『小岩班』と言おうとして思わず口を噤んだ。
彼女の班のリーダーは先の事件で命を落としていた。
うかつに心の傷を開くような真似はしたくない。
遙佳は真結良の経緯を大まかに知っていた。転校時に〝仮メンバー〟として入った先は、一年生の『優良生徒』として帯刀を許された三人組みの班。
事件の後、同じ任務に当たっていた二年生の班が丸々全滅していたのは知っていた。その現場を目撃していたのだから。
――ただ、たった一人だけ犠牲者の中で一年生が混じっていた。名前は小岩京子。真結良と一緒にいたとき、多くを会話したわけではないが、彼女とは少しだけ顔を合わせたことがある。
他の二人は異形によって重軽傷を負い、ブラックボックスが管轄する病院に一年生の男女が搬送されたと聞くが――彼女がその一人。
右頬に残っている生々しい傷痕。ちゃんと縫合されていたのだろうが、完璧には完治できなかったらしい。
「畑野さん――だよね? 蔵風遙佳です。こうやって話すのは初めて、かな?」
「貴女が、あの班の……」
面と向かって『問題児』とは言わなかったものの、少しだけ面白くなさそうな顔をしたのを遙佳は見逃さなかった。
――不快感はなかった。それはいつもの事であるから。
嫌な顔をされるたびに、こちらもそれに答えていてはキリがない。なによりも反発して良いことなど何一つ無いし、私のせいで相手に悪い印象を持って欲しくはなかった。
だから笑った。副班長であるが班の代表として。
白々しくみられてしまうだろうが、それでも不満な顔をするよりよっぽどいい。
「私も全てを管理することは出来ないんだけど、もし私の班のせいで畑野さんに迷惑をかけてしまってたらごめんね」
「……いえ、そんなことは」
思いもよらぬ低姿勢に、今度は喜美子が狼狽える番だった。
「――えっと、畑野さん? 私の顔に、なにかついてる――かな?」
眼鏡の奥で不安そうにする遙佳に、喜美子は首を振った。
「いえいえ。ぜんぜんちがくて……なんか、思っていたよりも話しやすいな、っておもっちゃって。てっきりもっと怖い人かと」
心の底から嫌悪されていたのではなく、それが警戒がゆえの態度であったことに、緊張していた遙佳の感情も氷解する。
「あははは。問題児って言われちゃってるけど、ぜんぜん不良じゃないよ? さっきまで真結良ちゃんと話していて、一緒クッキー食べてたんだ。――あ、ごめん話してばっかりで、よかったらどうぞ」
「ありがとう。――いただきます。…………え。これ美味しい」
「でしょでしょー。校外にある喫茶店で、流石にこんなご時世だから、業務用の材料仕入れるのには苦労してるんだって。私そこでバイトしてるんだぁ」
「私もお菓子よく作るけど、こんな風にできたら、いいな」
「よかったら、レシピ聞いてくるよ?」
「ほんとに!?」
「うんうん」
「ありがとう、蔵風さん」
二人が打ち解けてきた頃合いで、
真結良がティーポットとカップをもってキッチンから出てきた。
思っていた以上に三人の会話は盛り上がり、もっぱら校外にあるデザートを提供する店や、ちょっとした娯楽施設についての話題で時間を費やした。
話が授業の事になった所で、遙佳が真結良を見ながら言った。
「今日の授業はどうだった? あれから苛められなかった?」
「え? いじめってなに? 真結良ちゃん――なにかあったの?」
特にコレといって接触してこなかった事を伝えて、
喜美子には問題児の影響だと言うことは伏せ、事情をおおまかに説明し、大した事じゃないと話をやわらげた。
「…………甲村班って、しってる。噂だけど苛められている人がいるって。前に友達が見たっていってたよ」
「その苛められているって、吾妻式弥って生徒じゃないか?」
「えっと、名前まではちょっと……」
目線を上に向けて、喜美子は首を振った。
「吾妻、君? ――あぁ、私しってるよ」
小さく手を上げた遙佳に二人の視線が集まる。
「いつぞやに、荒屋君ががケンカになりそうだったとき、真結良ちゃんが割って入ったことがあったよね?」
「……ああ。憶えてる」
――実際の所、甲村たちの事などほとんど憶えていなかったわけなのだが。
「……………………」
あの時、現場にいた喜美子もよく知っていた。
喧嘩の仲裁に真結良が入った事を思い出す。
「実はあのケンカの引き金が、その吾妻式弥君だったんだよねぇ」
「そうなのか?」
「コレは秘密だよ? ぜったいに荒屋君に言ったらだめだからね?」
人さし指を鼻先に当てて内緒のジェスチャー。
二人はどんな話が出てくるのか、興味を含みつつ同意した。
「真結良ちゃんが収めたあと、どうしてあんなことしたのか、荒屋君に確かめたんだけど」
「アイツ、たしか――挑発されたから、だと言っていたぞ?」
「うんうん。半分は正解。もう半分は――吾妻君がいじめられてたから、見るに見かねて助けに入ったんだって」
「ちょっとまて、荒屋誠が絡まれていたのではないのか?」
この答えには喜美子も予想外であったらしく、目を丸くする。
「ううん。『ちょっと止めろよ』的なことをいっちゃったから、吾妻君を置いてけぼりにしたまま話が大きくなって、いざこざになっちゃったんだってさ」
「つまり、吾妻式弥を助けようとして、トラブルになったと……私が荒屋に聞いたときは、そんなことおくびにも出さなかったな」
肩をすくませ、目を細めて遙佳は笑う。
「きっと、恥ずかしかったからだろうね。荒屋君ってそういうところあるから」
つまり……彼は虐められている人間が見過ごせなくて、行動していた、と。
素行は多少悪いものの、実は思っていた以上に、彼は良い人間なのかもしれない。
真相を知ることによって――真結良の中で、荒屋誠を少しだけ見直したのだった。
「――実はいま、その吾妻式弥と共に、彼が所属する班を探しているのだが、どこか良い班は無いだろうか」
「へぇ。吾妻君って『固有刻印』は使えるの?」
「それが全然。起動すらさせられないらしい」
喜美子は事情を聞いた上で、
「班探し……むずかしいかもだね。今では自由に使えないにしろ、刻印を起動させる事が、一つの基準みたいになってるから」
「代表戦目当てになってくると、実力のボーダーラインとして見るんだろうね。…………使えなくても、戦えれば十分だとおもうけどなぁ」
実戦経験者の遙佳が言うと、やはり重みがある。
「だから、いったん班探しを止めて、彼の刻印を使えるように訓練するつもりだ」
「え? 真結良ちゃんが? どうしてそんな……」
式弥に聞かれたのと同じような質問が喜美子から飛び出す。
「放っておけない、からかな? 彼はいじめられていることを仕方のない事だと諦めている部分があった。…………諦めるとか、諦めないとかじゃないんだ。そもそもあんな扱いを受けていること事態が間違いなんだ。彼にはもっと良い環境がなくちゃだめなんだ」
本人の居ない中、熱を持った主張が二人に浴びせられる。
「苦しいというのは、一人で溜め込むものじゃなくて、時には誰かに苦しいって訴えなくちゃ駄目なんだ。あのままじゃ――彼は甲村に潰される。唯一の支えである自分の心の自重すらも保てなくなってしまう」
カップの縁をなぞる遙佳は、少し考えて、
「私でよければ……その訓練、手伝わせてもらえないかな」
「本当か!?」
「私なんかに何が出来るかはわからないけど、でも一人よりも二人っていうもんね。そんな話聞かされたら、ちょっと他人事じゃ無いって思うもん。私も似たような経験してるし」
「わ、私も、時間が出来たら、一緒に参加させてもらえないかな?」
喜美子もすこし自信なさげに答えた。
「――――二人とも、ありがとう」
本当に良い友人を持った。
真結良は言葉以上の感謝を胸に満たしカップを上げた。
「明日は、ぜひよろしく頼む」
微笑む三人が打つ陶器の音は、室内に小さく反響した。




