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<3>-8

 ――吾妻式弥はどこの班に入ることも出来ないと語っていたが、真結良はそう思っていない。

 第一印象は、内向的な性格。積極的に他者と接することを拒んできたのだろう。

 そういった点は、士官学校の頃の私に似ている。友達など必要ない。とにかく人一倍に学び、鍛え、吸収しなければ遅れを取って、取り残されてしまう強迫観念もあってか、人と過ごす無駄な時間があるなら、自分を高めることに費やし、尽力をつくしてきた。

 結果、訓練所に来て悩みの種が生まれてしまったわけであるが……。

 外部との関わり合いが絶たれれば、自ずと独りになってしまうのは当然のこと。

 ――いま吾妻式弥に必要なのはお互いを助け合える仲間だ。

 自分と()(かよ)った所もあってか、仲間ができれば、きっと彼は変われる。

 真結良はそう信じて疑わなかった。



 二人は昼休みになると、真結良の決めた約束場所で再会をした。

 甲村班達とは合間の授業で一緒になることはなく。真結良は平和な時間を過ごすことができた。


「ふむ。きっかり時間通りに来たな」


 腰に手を当てて、満足そうな真結良。

 吾妻式弥は後ろ向きな気持ちであったが、彼女との約束――というよりも強制に近い状態であったが――を()()にすることはできなかった。いや、正確には反故にする度胸がなかったといった方が正しい。


「さあ、班さがしの開始だ!」


 やる気に満ち満ちた真結良とは対照的に、式弥は(へき)(えき)していた。


「……でも、どうやって探すんですか」

「…………………………」

「……………………」

「……ん?」

「………………え?」


 真結良は急に自信ありげな態度から一転、腕を組んで唸りだした。


「まさか、何も考えていなかった、……とか?」


 見透かさずとも、ほぼ当たっているであろう疑問を投げかけてみる。


「…………えっと、うーっと。……すまん。手当たり次第に聞いていけばなんとかなると思っていたのだが、――ちがう、のか?」


 今度は式弥が(うな)()れる番だった。


「一年生たくさんいるし、一番話を付けやすいのは直接、班長にコンタクトを取ることですけど。誰が班長かなんて判断つかないですよ」


「班長――……そうか!」


 代表戦について遙佳が説明した内容。真結良は表情を輝かせ(ひらめ)く。


「掲示板だよ。吾妻式弥。代表戦の前は成績順で組み込まれたランキングが張り出されていると聞く。ソレを見れば」


「なるほど。班長の名前は書いてあるはずですね」


「そうと決まれば善は急げだ。見にいくぞ」


 まるで自分の事のように慌ただしく、真結良は駆けだした。



 ランキングの掲示物は点々と張り出されていて、ときどき生徒が立ち止まってざっと見てゆくだけの内容だ。二人は近くの掲示板に立ちじっくりと眺める。


「あった。一年生の代表戦……すごいな。五十組以上あるんじゃないか? 実際どれくらいいるかなんて、まったく考えていなかったよ」


「単純に計算したら、三百人以上いるって話ですからね。班を組んでない人たちは掲載されていないはずです」


「そんなに刻印持ちがいるのか。……でもこれだけあれば、一つくらいは君に合った班があるはずだ。吾妻式弥」


 そう言いつつも、真結良は無意識に自分の班が何位なのかを目で追っていた。


「…………うぅ。わかっていたとはいえ、酷いなコレは」


 最低最悪の問題児の班を下回る班があったら、彼らを『問題児(ノービス)』などとは呼ばないだろう。

 ――蔵風遙佳が代表を務める『蔵風班』は、見事な最下位(ワースト)だった。すでにわかっていたことだったが、実際に形として目にすると、凄いところに入ったものだと思ってしまう。


「沢山、いるな……おや、甲村班は二十九位。驚いた。奴ら中堅クラスじゃないか」


「あの人達、やることはやってますから……。男子三人はもう刻印を普通に扱えますし」


 ――いじめっ子というのは、得てして平均を下回る連中だと、相場が決まっていると思っていたが、それなりに優秀な連中なのだろうか。


「上位は、っと……ん?」


 真結良が目にとまったのは、ランキングの外側に書かれている名前の一覧だった。

 ――神貫(かんぬき)(えにし)

 ――緑木(みどりぎ)弘磨(こうま)

 ――明蜂(みょうほう)的環(まとわ)

 ――常磐(ときわ)羽衣(うい)

 ――浜坂(はまさか)檻也(おりや)

 ――辰巳(たつみ)虎姫(とらひめ)


「…………『以上の六名は特別枠として代表戦を免除』……なんだこれは?」


「しらないんですか? 一年生だけじゃなく上級生の中でも有名ですよ」


「いや。まったく知らん」


 驚きに言葉が詰まった式弥は真結良から掲示板へと目を移した。


「彼らは現一年生最強の六人ですよ。すでにサイファーの先輩方と異界で活動してるって話です。神貫縁くんを班長として……常磐羽衣さんは入学試験で次席。浜坂檻也くんに至っては、あのディセンバーズチルドレンらしいですよ……他の三人もトップクラスの記録が出るほど、とんでもなく強いっていう噂です。たぶん免除をされているのは、訓練所にいないからじゃないかな?」


「――ディセンバーズチルドレン。……そうか。彼もか」


「ん? 彼……も?」


「い、いや。なんでもない。こっちの話だ!」


 ――しまった。口が滑った。こういった話題になるときは、もう少し慎重になるべきだな。

 ディセンバーズチルドレンが身近な存在である今は、大して驚きに値しなかった。すこし前だったら、きっと目を輝かせていただろう。

 …………(ディセン)(バーズチ)(ルドレン)は誰もがクセのある連中。この班にいる浜坂とかいう生徒も、きっとクセのある人間に違いないと、(かん)()ってしまう。


「さ、さーってと。さっそく班長を探しに行くぞ。吾妻式弥」


 彼女らが取った行動は、地道な聞き込みをしながら班長を見つける手法。

 普通の学校と違って、訓練所には学年はあっても、クラスは無い。

 完全に個人が授業に参加して単位を取得してゆく形式。

 クラスであれば、手っ取り早く教室に向かって本人を呼べば済む。

 てんでバラバラの行動を取っている生徒を、ピンポイントで班長のみ見つけ出すのは至難の業。例え掲示板で得た名前を知っていようとも、ほとんど無意味なのが現状だった。

 休憩している生徒を見つけては声をかけ、班に在籍しているなら班長とコンタクトを取りたいと頼み込んでみたり、班長の名前を頼りに、同じ一年に声をかけてメンバーに入りたいと伝えるがどれも曖昧な返事をされて、脈すらなかった。



「…………へえ。班探しか。いっそのこと作った方が早いんじゃないかな?」


 話だけでも聞いてくれるという男子生徒は一つの提案を出していた。


「この時期に班に入りたいって事は、代表戦のためでしょ?」


「ああ。実はそうなんだ。彼はまだ一人で、良いところに入れれば、と」


「吾妻……だっけ?」


「あ、はい」


「もう刻印は使えるの?」


「――いえ」


「じゃあ難しいね。掲示板に貼ってある連中のほとんどはコントロールはできずとも、授業でしっかりと刻印が起動できる生徒ばかりだから、使えないと戦力として見てくれない。最低でも立ち上げられるくらいはなってなくちゃだよ」


 男子生徒は頭をかきながら困った顔をした。


「最初はみんな同じスタートラインだけど、なんだかんだ言って時間が経つにつれてどんどん実力が開いてきてるからね。既存の班よりも、班を作って一人で参加した方が早いってのはそういった理由もあるんだ。それに……まだ班にすら入っていない人、居るんじゃないかな?」


 ――入っていない人間が目に見えて解るのであれば苦労はしないのだ。

 口から出かかった言葉を飲み込み。真結良は天を仰いだ。


「……ぬう。班というのは思っていた以上にハードルが高いのだな」


 そもそも代表戦を強制しているくせに、班の組み上げがどうしてこうも難しくなっているのだろうか。根本的な部分のシステムが不十分な事に苛立ちを隠せない。


「それよりも、そっちの君……谷原さんだよね?」


「……ああ。そうだが」


「やっぱり! 異形の話きいたよ。一人で倒すとかやばすぎでしょ。――例の班に入ってるって聞いたけど、よかったらウチに来ない? 悪いようにはしないからさぁ!」



 その後も班長を捕まえては、式弥を売り込んでみるのだが、

 どこの班も最終的に真結良に興味を示し、

 式弥はいつも門前払い同然の状態。

 誘いを低調にお断りをするのはいつも真結良だった。

 口にはしなかったものの、現実的な能力の格差を見せつけられている気がして、式弥はどんどん気力が(しぼ)んでいった。


「…………やっぱり、ダメだとおもいます。けっこう、友達同士で班になったり、入学時のオリエンテーションを通じて班になってる人が多いから……時間が空けば空くほど、班に入りづらいんです。班の中ではもうそれなりに仲良くなってますし」


 絶望が両肩にのし掛かって項垂れる式弥。


「友達はいないのか?」


「谷原さんって、けっこう残酷なこと聞くんですね。ボクなんかに友達が居たら甲村達に目はつけられてませんよ」


「た、たしかに。すまん」


 少し前まで友達の作り方を真剣に悩んでいた。だのに自分の事を棚に上げて、なにを偉そうに『友達はいないのか?』なんて……平然と口にした自分が(はなは)だ恥ずかしくなった。

 ますます彼が他人事ではない気がしていた。

 もし、問題児の班に入ることが出来ないで居たら、

 私は彼と同じように肩を落としていたかもしれない。


「ただ授業を受けていればいいわけではないのだな……」


「実力なんてボクなんかに無いですし。人には得手不得手がある物だし、やっぱり無理なんですよ、戦う為の技術なんて」


「刻印、か……使えるようになれれば、君が班に入れる可能性が高くなるというとことなのかな?」


 なんだか嫌な予感がした式弥は、ぶるりと体を震わせた。


「吾妻式弥。班探しはいったん止めだ。…………刻印を使えるようにしよう!」


「谷原さん」


「なんだ」


「どうして、ボクなんかに――ここまでしてくれるんですか」


 真結良は腰に両手を当て、歯を見せて笑う。

 長い黒髪が、サラリと揺れる。

 その姿に何故か胸がどきりとした。


「私も士官学校で君と似たような経験をしていたことがあった。訓練所に来てからも困っているときに問題児(ノービス)の……私の班の仲間に助けてもらった。正直なところ理由なんか無いんだよ。君は困っている、だから私は助ける。それ以上に深い理由が必要か?」


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