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<3>-6

 


「あぁ、いた。……探したぞ。こんなところで何をやっているのだ?」



 その場にいた誰もが――式弥は痛みに呻いてそれどころではなかった――ぎょっとして、声の発せられた方向へと視線を向けた。

 基本的に一階降りてくる生徒はいない……。

 その油断が彼らの驚きを、より一層大きなものにさせていた。

 目的でも無い限り、校舎の外に出る人間は更に少なくなる。

 仮に外に出た生徒がいたとして、理由が無い限り校舎裏になんか来るはずがないのだ。

 目的があるとすれば二つ、

 ――数奇(すうき)にも自分たちと同じで校舎裏を利用しようとする(よこしま)な存在。

 ――あるいは、自分たちに利か害かを持って、わざわざ追いかけてきた(すい)(きょう)な人種。


「お前……谷原真結良」


 甲村寛人は〝害〟をもたらす後者の結果に……よりにもよって、その人物が会いたくない人間であったことに(わずら)わしさを憶えた。


「先の授業ぶり……か。誰が投げたのかは知らんが、消しゴムの残量は大丈夫か? 投げるだけの容量からして、しっかりとした用途を持って使っているかどうかも怪しいものだがな」


 彼らの面々は十分記憶に残っている。

 振り返った先に並んでいたニヤニヤ顔。嫌でも思い出してしまう。


「ぅ……ぁ、ゴホ、ごほッ」


 咳をしつつ、ゆっくり地面から起き上がってきた式弥を一瞬だけ見て、

「お前達、コレはいったいどういう状況だ」

 ()(ぜん)としつつ、彼女の中では感情が渦を巻いていた。

 聞くまでもなく、面と向かって言えないような事であるのは(いち)(もく)(りょう)(ぜん)

 グループの大人数。地面に手を突いている生徒。例え正当な理由をもった(とっ)(こう)であったとしても、関わりを持たぬ者が今の状況を見れば、よからぬ事をしていたに違いないと連想せざるをえないだろう。



「状況、ね。…………なあ――それってあんたに関係のあることなのか?」


 のっさりと体を起こし、無言の威圧をかけてくるニット帽を被った男子。


「そうだな。直接的には関係ない」


「じゃあ、すっこんでろよ」


「関係はないだろうが、それは無理な話だ。わざわざこんな陰気な所に来て、誰も居なかったのならそのまま帰っていた。もし居たとして、何事も無いなら同じく黙って去っていただろう……だが」


 腹を押さえ、(うつむ)く式弥はただ無言。


「これはいじめだろう? 目撃してしまったからには無視はできんな……その男子も、私と同じような目に遭わせているのだな」


「ヒュゥ。まさか、正義のヒーロー気取りか?」


 雅明はからかいながら、一歩前へ出て真結良の前に立ち塞がる。

「なぁ、この前も、俺たちの邪魔してたよな?」


 まるで自分の事を知っているような口ぶり。

 真結良は首を(かし)げながら、


「この前? 消しゴム以外に? ……………………ん? お前たち、まさか荒屋誠と喧嘩していた連中か?」


 少し前、彼らが誠とトラブルになっていて、自分が仲裁に入ったまでは憶えていた。

 特に物忘れしやすいタイプの人間ではない真結良だが、あの頃はめまぐるしい程の濃密な時間を過ごしていた。あまりにも周りの印象が濃すぎて、喧嘩相手が誰であったのかなど、とうに記憶から弾き出されていた。


「確か――お前と話したんだだったな」


 ようやく自分の記憶と雅明とが合致し、彼女は本人に向かって指をさす。


「ああそうだよ。こうやって直接話すのは久しぶりだな。谷原」


「いつぞや以来か……お前達はこんな事までしているのか」


 彼らの会話を一番後ろから聞いていた寛人は口を開く。


「誤解だな。俺らは少しふざけ合っていただけなんだからさ……そうだろ、吾妻?」


 覗き込む寛人の顔には、白々しく貼り付けたような表情が笑顔となって形成されていた。


「……………………」


 無言の式弥は、小さく……イエスかノーかもわからないほど僅かに、首を縦に動かしていた。


「ほら……彼もこう言っている。これじゃあさぁ、谷原が因縁つけているようにしか聞こえないんだけども」


 歪んだ表情には、嘘をついているようにしか捉えることのできない、つり上がった口元。


「吾妻も――言ってやれよ、俺たち、友達だよなぁ?」


 ニット帽の山田和夫はしゃがみ込んで肩に手を置く。


「ぼ、ボク…………」


 肩に食い込んでくる指は、得物を掴んで離さない(もう)(きん)(るい)のそれだ。


「まあいいさ。アガツマ、だったか? ……こっちに来るんだ」


 間髪入れず、真結良は彼に向かって声をかける。


「あのさ。聞いてりゃあいい気になって、なに仕切ってんの?」


 ずっと黙っていた女子の一人。安達原祥子は睨め付けながら言った。


「あたしらはコイツに用事があってここにいんの。出しゃばってくんなよ」


「――そうか、じゃあ私も彼に用事がある。だから終わるまでココで待ってるぞ。ただし状況によっては介入させてもらうがな」


「うぜえな! 消えろって言ってるのがわからねえのかよ谷原よぉ!」


 業を煮やした和夫は、今にも飛びかかりそうな剣幕で、雅明を押しのけて更に近づき、彼女に向かって()(かつ)する。

 まったく動じる様子のない真結良は、視線を対等に交わす。その表情にはどこか怒りのようなものが含まれているのだが、和夫は全く気にしていない様子だった。


「黙って、回れ右だ。……さっさと失せろよッ」


「…………『黙れ』か。私はすぐに喧嘩をするような単純な人間じゃない。嫌がらせ程度。私が受けるのならば、別に構わないさ」


 だがな――と続けて、更に一歩。和夫に触れそうなほど近づく。


「――私ではない誰かが、目の前で不当な扱いを受け、苦しんでいるのを目の当たりにして、……………………黙っていられるわ(・・・・・・・・)けなかろうがッ(・・・・・・・)!」



 ――――すぅ、と……全員が寒気を感じた。



 真結良の()(かく)が彼らの感情を揺さぶったのではなく、本当に寒くなったのだ(・・・・・・・・・・)

 校舎裏にあったひんやりとした空気が、あっという間に温度を奪われ、日陰以上の冷気に変わってゆく。彼女の首が青く。共鳴するかのように淡い光を放っている。

 最初に力の一端をもろに受けたのは、彼女の眼前に立っていた和夫だった。

 急激に奪われる体温に異常を感じ取り、恐怖が無意識に彼を後退をさせる。


「これでも(なお)、彼に危害を加えようとするのならば、まずは私が相手になろう。全員でかかってこい。私は遠慮無く――どんな手段を使おうとも叩き伏せてやる」


「…………おいおい。こんな所で『固有刻印』を使うなんて、正気の沙汰じゃないだろ」


 さすがの寛人も真結良の首を取り囲む刻印の紋様を見つめ、足下を撫でる冷気に尻込みをした。


「訓練以外で刻印使うとか、なに考えてんのよ!」


 堪らず叫んだ佐織。

 無言で雅明も一歩後ろへと下がった。

 ただ一人、式弥は地面に根が張ったかのように動かなかった。

 ――いや、正確に言えば大きな力を前にして動けなかったといった方が正しいのか。


「五人が一人を(いじ)めている所を、私がたまたま目撃した……逆上したお前達が私に襲いかかり、自分を守るために思わず刻印を使ってしまった。…………ここにどんなルール違反があるというのだ? 私が教官に説明したとして、どちらが信用されるかな? しかも幸いなことに、ここは誰も見ていないし見られる心配もない。……だから貴様らも、ココを選んだのだろう(・・・・・・・・・・)?」


「こんなの、こけおどしだ」


 言葉に自信が持てない雅明は、動揺を見せまいと拳をきつく閉じた。


「こけおどしかどうか、試してみたらどうだ。そこの彼にやったように自慢の腕力をぶつけてみればいい。私の本心を身をもってわからせてやるぞ」


 真結良の真剣みを帯びた辯舌(べんぜつ)に、

 下がる気温と対して、緊張の度合いが一層高くなった。


「………………もういい。行くぞ」


 こうなってしまえば単純な損得の問題だ。こちらが強気に出て良いことなど何一つ無い。リスクだけが残るのならば、身を退くしかないと判断した寛人は式弥を置いて、立ち去るように促した。渋々背を向けて歩き出したメンバー。残った寛人は、


「このままじゃ済まさないからな。谷原真結良」


 ちょっとしたデジャヴ。いつぞやも似たような捨て台詞を吐かれたことがあったような……。

 瞳に燃える怒りを携えたまま、甲村寛人は仲間の後を追った。


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