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<2>

 いつの間にか寝てしまったこともあって、

 真結良の朝は太陽が昇る前に始まった。

 日頃から行っている自主トレーニングを済ませ、シャワーを浴び、制服に腕を通す。

 あらかじめ持ち込んでいた食べ物で軽い朝食を済ませ、一息ついた。


「………………」


 改めて見渡してみると、何もない部屋だと思った。

 テレビもパソコンもない。近代的な道具は携帯電話の端末だけ。

 インターネットの回線規制があるのと同様、

 電話も例外から漏れることなく、外部への連絡は出来ない。

 電話帳も必要な人間が数件入っているだけ。

 馴染みの感覚で電話できる人間は、一件も登録されていなかった。



 ――友人をつくれ。

 昨日、岩見大尉が言っていた言葉が、頭の中ではんすうされた。

 本人を前にして言うことは出来なかったが、必要の無いことだと思う。

 別に学生気分を堪能たんのうしたいわけではない。

 私は一日でも早く、サイファーになりたいだけ。

 その足がかりに友人が必要かと問われれば、断じて否である。


「………………ハァ」


 漏れた溜息は、岩見大尉の言葉に困惑していたからだ。

『任務』として友人を作れと言われていたら、私は全力で行動していただろう。

 ――――だが、プライベートとしてならば……やはり必要性を感じない気がする。


 予定の時間よりも少し早く、

 真結良は寮を出て目的の場所へと向かった。

 寮から校舎までは少し距離があり、

 どれほど時間が掛かるか解らないこともあってのはやであった。

 約束されていた集合時間は、本来の授業開始よりも少し遅い。

 ――恐らく、相手の一年生の都合もあってのことだろう。

 登校時間から外れた道のりには、人の気配が皆無だった。

 現時刻から、逆算すると一般生徒は授業中といったところか。

 単純な道のりであったため、難なく校舎に到着。

 昇降口までの階段を登りきったところで、



 ――扉の前に、一人の女性が立っていたのが見えた。

 相手がこちらの存在を確認すると、薄い笑みを作り、軽い会釈。


「…………おはよーです。貴女が谷原さん?」


 しっかりとした――という印象づけられる涼やかな声。

 パーマが掛かった黒のミディアムボブが、妙に大人っぽさを感じさせる。

 ――同じ制服を着ているところから、さほど年齢は変わらないのだろうが。


「はい。今日からお世話になります」


「よかったぁ。……外界から来る人がいるって言うものだから、どんな怖い人が来るのかなぁって心配していたんですよー」


 両手を合わせ、途端に涼やか――という印象から一変。

 年相応のあどけなさが現れて、破顔はがんする。


「はじめまして。一年生の小岩京子こいわ きょうこでーす」


 伸ばした二本指で敬礼のポーズを取った。

 当たり前であるが、この敬礼はちゃんとしたものではない。

 軽いノリ(・・)と、喋り方はやはり同年代の女子によく見られるそれである。

 少しだけ気後れ。僅かに間を開けた上で、自分のペースに持ち直し、


「谷原真結良です。よろしくおねがいします」


 ――岩見大尉が言っていた〝案内人〟とは、彼女のことか。

 同期と知り、少しだけ緊張の度合いがゆるむ。

 それでも無表情であったのは、感情を表立って出さない彼女の性格がゆえ。


「これから学校で会うこともあるだろうし、同じ一年生だし、仲良くしようねぇ」


 仲良くしよう――か。

 友好的な人物で助かったところもあったが……。

 相手にさとられぬよう、真結良は京子の腰へと視線を落とす。

 腰には革のベルト。

 さいしきも装飾も無いこつつかつばすね近くまであるさや。……刀である。

 学生服に刀。ミスマッチもはなはだしく、

 物騒すぎるそれは、ごく自然と腰に収まりながらも、強い存在を放っていた。

 一見、すきがありそうな女生徒だが、

 帯刀を許されている時点で、実力は確かにある事がさっせられた。


「……………………」


 観察することに集中しすぎるあまり、無言になってしまった真結良に、


「どうしたの? 表情が硬いね。同じ学年同士なんだし緊張しないでよー」


「いや、特に緊張してるということは無いのだけれども……」


 自分の表情など鏡を見なければわからないのだが。

 面と向かって言われると、やはりそうであったのかもしれない。

 刀を持つとい(・・・・・・)うことの意味(・・・・・・)を理解していれば、自ずと表情も硬くなってしまうというものだ。


「……ここはサイファーになるための場所って感じだろうけど、同時に学校なんだから〝楽しい〟を優先にした方が良いよぉ……ちょっと余計なお世話だったかな?」


「いや。参考になるよ。じゅんのうできるよう、心がけて行こうと思う」


「うんうん。それじゃ。いこっか……………………ああっと」


 くるりと背を向けて歩きだそうとする京子は、

 思い出したように再度振り返り、正面に立った。

 慌てて足を止めた真結良。

 一歩後ろへ下がり、少し近い距離感を正す。


「何事も最初がかんじんっていうから、とりあえず形式だけでも…………」


「…………?」


 そう言って、京子は背筋を正し、

 人が変わったように目つき凛々しく。先とは違う正式の敬礼をしめす。


「第十七区・旧三鷹訓練所へようこそ。谷原真結良准尉。貴女の入学を心から歓迎します」


 言い知れぬ様々な思いが胸によぎりつつ、

 真結良は条件反射のまま、敬礼を返していた。


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