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甲村寛人の目には、何もかもが不愉快に写っていた。
ただ苛立つ。どうして、どの生徒も普通に生活していられるのだ。
自由を奪われ、戦いの技術を叩き込まれて。この制度――つまりは徴兵制をおかしいと思う人間は多いが、どうすることもできない仕方ないからと、この環境に順応して、誰一人として反発心を表に出して主張しようとする者はいない。
この理不尽な状況に加え、転校してきたあの女――谷原真結良は、
自分の中で、一番に腹が立つ対象でもあった。
甲村寛人の班は、自らを含め全員で五人。
班のメンバーは特に人数制限はない。二人もいれば、九人の所もある。
極端に人数の少ないチームは、優秀な成績を収めなければ、半ば強制的に解散。あるいは他の少数班と合併させられる。あくまで『班』は後々にそのまま任務に投入される人員として反映される。仲良しこよし感覚で組み続けられるものではない。
少数であるのは――未だ班を結成することが出来ずに、ひとりぼっちになっている生徒か、人よりも優秀な成績を維持できている者たちと言えよう。
逆に大人数が下位に部類するかと言えば、それもまた違う話であるのだが……。
有能かどうかは生徒の個人能力しだいであるのは言うまでもない。
メンバー数は、一つの目測基準。
――寛人の五人班は平均的な人数構成と成績を収めている。
女子が二人に男子が三人。彼ら五人も他の班と同様、多くの時間を共に過ごしていた。
授業が終わり、蔵風遙佳と谷原真結良が共に早足で出て行き、
バラバラ散って行く生徒に紛れ、彼らも教室を後にした。
学科エリアの一階の廊下の一部は、未だ工事が行われている。
つい最近までホットな話題として取り扱われていた――異形が訓練所で暴れた件が原因である。
緊急装置を作動させ、谷原真結良が校内に入り込んだ異形を閉じ込めた時に隔壁は破壊された。施設内にある吹き抜けのエントランスには、同学年の死体が発見されたというが、顔はしらない。名前は噂で聞いた程度で――すでに記憶から消え去っていた。
先の事件で寛人に直接関わり合いがあるとすれば、一階が部分的に通れなくなった影響で、大回りをしなければいけない不便をこさえさせられたというくらいか……。
「あの転校生……コレ投げてもケロッとしてたな」
――永井雅明は不満げに口を歪め。むかつくと言いつつも、発する声は感情的でなかった。
どこにでもいるような平均的な背丈。浮薄そうな顔立ち。
不自然に切り取られ、小さく角張った消しゴムを投げながら、寛人を代弁するかのように笑う。
「なあ、甲村……つぎ、どーすんよ?」
寛人の前を歩いていたもう一人の男子。
目深に被ったニット帽。噛んでいるガムを膨らましながら、
山田和夫は寛人に振り向いて言った。
「どっか連れ込んでさぁ、焼き入れちゃえばいいんじゃね?」
男子三人と少し距離を開けて並ぶ女子が二人。
手鏡を見ながら提案したのは、安達原祥子だ。
「それウケる。軽く泣かして写真撮っちゃえば、偉そうなツラできないっしょ……てか実戦訓練ざけんなし。爪が割れたんだけど」
小林佐織は賛成しつつも、関心は指先に集中していて、長い爪をしきりに見つめていた。
「………………」
それぞれから声をかけられてもなお、甲村寛人は無言だった。
彼が谷原真結良を標的にしたきっかけ……。
それは――問題児と呼ばれているメンバーの一人である、荒屋誠と喧嘩になりそうになった事が始まり。荒屋は他の問題児よりも突出して、偉そうな態度を取っている人間だ。
その度重なる暴力的な言動や態度に対して、良く思っていない生徒は多い。ちょっとしたことで喧嘩沙汰を起こす気質は、他の一年からしたら目の上の瘤として扱われている。
寛人たちにとっても、彼の存在は鬱陶しかった。
――少し前のことだ。実戦訓練前に荒屋誠は甲村班の行動に文句をつけてきた。
そこで雅明は言ったのだ。
『馬鹿な頭してる分際で、俺たちに絡んでくるんじゃない。この問題児……』と。
そこから先は荒屋誠の暴力。
一発でもギャラリーが居る前で殴ってくれれば、たちまち厳罰ものだ。
雅明が大げさに痛がりでもすれば、更に周りの非難は彼に集中していただろう。
誰も彼も、不満を思えど傍観に徹する連中ばかりだ。問題児を中傷する連中はごまんといるが、実際に排他すようとする人間は誰一人としていない。誰からも邪魔されることなく、永井雅明と荒屋誠の二人だけで事は決するはずだった。
だが――寛人が期待していた展開は、見事に打ち砕かれた。
…………谷原真結良という例外が現れたのだ。
――彼女は荒屋を諭すだけに留まらず、
あろう事か雅明を説き伏せ、俺の班に恥をかかせやがた。
内情を何も知らない分際でしゃしゃり出てきやがって。
いつか、何らかしらかの形で、報復してやろうと寛人は目論んでいた。
甲村寛人は、彼ら四人をまとめる班のリーダー(班長)だ。
問題児とは違って、甲村班はしっかりとした成績をそれなりに残し、問題を起こすような人間の集まりではない。
――というのは、表向きの話。
彼らは自分たちの気に入らない人間がいたら、排他しようとする傾向があった。
いわゆる――いじめ行為。自分よりも劣っている生徒を見つけては、執拗にいびる。常に対象は同じ人間で、他の生徒には目撃されぬよう、人目に付かないところでいじめをくり返していた。寛人の狡猾さもあって、彼らの悪事が表立って露呈することはなかった。
…………そんな中、寛人は仰天する情報を耳にした。
あの転校生……谷原真結良が問題児の班に入ったと。
……寝耳に水であった。噂を疑った。
――同時にコレは好機だと思った。
まるで自分の為に誂えてくれたものだと、錯覚してしまうほどに。
「ちょっと甲村……きいてんのー?」
いぶかしく――そして嫌みったらしく、
視線を遮るように、手のひらを目の前で振りながら安達原祥子が覗き込む。
「――聞いてるよ」
目障りな祥子の手を払い、寛人はようやく返事をする。
実際の所、聞いていなかった。
どうせ、大した事を話していないのは、いつもと同じ。
コイツらはいつも話を大きくしようとするが、肝心な方針や骨子については人任せ。
――つまり、俺が示してやらなければ何も出来ない連中だ。
鼻につく連中ではあるが、考えることをしないぶん、非常に扱いやすい。
「あの転校生は、本当になっちゃいない……だから、俺たちが教えてやるんだよ。『お前はこの場所に相応しくない。だからとっとと壁の外側に帰れ』ってな」
「寛人が考えるんだったら、俺がなんとかしてやる……面白そうだしな」
雅明は悪びれもなく彼の考えに賛成の意志を示した。
誰かを支配することに楽しさを覚えている彼らは、単に刺激が欲しいだけ。
毎日を訓練に費やし、多少の自由はあれど管理された生活に不満を憶えている。
誰もが当たり前のように含んでいる、けれど表には出さない黒い蟠り。
様々な方法で生徒達は受け入れ、あるいは発散をしていたのだが、
彼らはソレが歪んだ形で――他人を貶めることで自らを満たしていたのだった。
「ねぇ。あそこにいるの……アガツマじゃね?」
佐織は欠けた爪で指し示す。
「ほんとだ。きゃははは。もう懲罰房から出てきたんだ?」
隣にいる祥子は甲高い笑い声を上げ、
指の関節をならしつつ、和夫はガムを膨らました。
「さーてさてさて。積もる話もあることですし……どんな成果があったのか、じっくり聞かなくちゃあな」
ガムが弾ける音を合図として、
彼ら甲村班は一人歩く生徒に足並みを揃えた。
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