<2>
雲に被われた夜の空。星明かりは一つも見えない。
寒さを運ぶ風が、雲を押し進め、
ときおり見せる月光が廃虚を薄青く、外観を照らしていた。
ただそれも短いひと時。また灰色の雲海が月を覆うと、
再び夜の闇が、色濃い黒に染め上げる。
「……なぁに、畏れなくてもいい。ほんの少し……君を手助けしてあげたいとおもってね」
若い男の声が、廃虚の中で反響する。
独り言を愉しんでいるのではなく、
自分がこの場に来たからこそ、相手は一人勝手に会話を始めたのだった。
暗闇に染まって、相手の輪郭すらも確認できない。
ただ――声と視線だけが双方を繋ぐ。
「不満を内に抱えている必要は無い。想いと辛みを重ね、願っても――帰ってこない物もある。そして何かを成すには願いの深さだけではどうしようもない。行き着く先に必要になるのは力だよ…………そう、力だ」
もし言葉というものに力が宿っているとするなら、男の声には扇動のような強制力が込められていると思った。
それは、身振り手振りも無しに、声だけで引きずり込まれるような言葉の鎖。
「……ん? 対価? ――アハハハハハ! そのとおりだね。力を得るには、相応の対価が必要になるのだ。生まれるも死ぬも自然の摂理であるが、君の母親が苦痛という対価を支払ったからこそ、君は生まれ生き……そして何年先になるか定かではない死の精算をするために君は征く。…………ハハハ。すこし言葉が過ぎたな。とにかく理解の早い人間は好きだ。――いやいや金じゃないさ。それも若さ故の早合点かな。まあ……アレを通貨とするならば、それもまた当たらずとも遠からずかな。…………だからこそ話し合いの場を設けさせてもらった。こちらも欲するものがある故にね」
口達者な相手は必要以上に言葉を放つ。
自分とは対照的だった。
「実は君が持っているものを所望していている。君には無用の長物なのかもしれないが、それが欲しい。手に入れようと思えばなんとかなるのだが、今は首が回らない状態なんだ。だから君に声をかけたってわけさ。君も何かと入り用と見たからね……」
相手は自らが欲しているモノを事細かに説明する。
分かり易すぎるほど、いたずらに多い言葉で。
話し始めてすぐに、求めているものが何であるかは理解したが、
何十秒も熱弁を振るっていた。あまりにも楽しそうに話すものだから、話の腰を折ってしまうのは忍びないと思うほどに。
不思議と相手の言葉にまくし立てられているような気分はしなかった。
むしろ優しさすら、感じてしまうほどだった。
これも一つの話術なのか、詳しい知識のない自分には判別が付かない。
「っと、言うことだが、どうだい? 強制はしないさ。拒否したとしても、これを最後に金輪際君には接触しないと約束しよう。お互い忘れて――――……そうか。良い決断だ。素晴らしい英断だ。気持ちの良い取引だ。気に入った。君が気に入ったよ。…………いや、別に君の外見とかそういうものではなくてだね。…………その心だよ。外的な力を欲するほどに、真っ直ぐな『惡』……久しく感じていなかったものを感じさせてもらったよ」
自己完結している相手の納得に、適当に相槌を打つ。
「それじゃあ、またココで再会しようじゃないか……――――君に深い感謝を」




