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市ノ瀬絵里は心の中で腑に落ちないものを抱えたまま、作業に没頭していた。
椅子に座り、上半身は前のめり。黒髪を揺らしノートパソコンのキーボードを叩き続ける。
締め切られたカーテンの中、光源は机に設置された画面のみ。淡く彼女を照らす。
一年生が暮らす女子寮の一室。締め切った空間、絵里の部屋は外の夜よりも薄暗く、どんよりとした天気よりも陰気になっていた。
彼女が見つめる画面には動画映像が流れている。
三人の少年少女――それらと対峙する、人ならざる生き物。異形である。
先日、校内に現れた異形を討伐した際に、絵里は自分たちの班が関わった部分の全てを抹消し、中にはデータ自体を改竄して、異形と戦った痕跡を消していた。あの事件に関わった、あるいは目撃した人間達以外は、我々の班と関連づける事はできないだろう。
ただ――確認しておきたいこともあって、絵里は秘密裏にデータのバックアップを取っていた。その内の一つ。中庭の監視カメラにあったデータは鮮明さに欠けるものの、十分彼らの動きを捉えていた。
「………………………………」
問題児と呼ばれ、他の生徒から切り離され、蔑視されている自分たち。
悪い事で目立つことは日常茶飯事だ。
――しかし、異形を倒した事実により、良い意味で目立ってしまっては困る。
我々がディセンバーズチルドレン……帰還者であることは伏せたい。
特別な理由など無く。誰かに口止めされているわけでもない。
単に問題児か帰還者の違いであるかだけだ。
あの封鎖された地域から帰ってこれた者は少数。ただ――異界で生きて無事に帰って来れられたからといって、それが人より優秀であるという答えに結びつけがちであるが、それは大きな間違いだ。
絵里はディセンバーズチルドレンを世間とは真逆の――〝負〟の存在であると思っている。
異界では沢山の人間が死んだ。現状に耐えきれなくなり未来が見えず自殺した者。多くが異形の手によって死に。怪我や不潔な環境から派生した感染症……食べる物が無くて餓死した人も居た。そして……死因の中で、決して少なくない割合がある。
――人によって殺害された。という事実である。
団結して生きてゆかねばならない時に、
人が人を傷つけ……食料を物資を奪い。あるときには女も襲っていた。
アタシが帰還を果たし、一時的に過ごした保護施設や、訓練所の中で聞いて回ったことがあったが、ディセンバーズチルドレンが秀でた人間だと取り沙汰されていても、裏で起こっていた残酷な真相を知っている者はいない。
訓練所には自分たち以外のディセンバーズチルドレンが居るらしく、異界で起こっていた有り様を噂ですら語る者がいないことから、帰還者たちの口は頑なに閉ざされているようだった。
それもそうだ。誰が好きこのんであんな世界の話などしたがるものか。
もし、偉そうに自分の武勇伝として語る者が居たとすれば、よほどの頭の悪い実力者か、大嘘つきか、伝法のままに運良く生き残ったクズのどれかである。
「……………………」
監視カメラの映像。荒屋誠は畏れもせず、異形に立ち向かっている。徒手空拳を武器にしているのは珍しい。
別角度では、映像の外から蔵風遙佳による射撃の閃光が刹那に映り込んでいる。銃器の扱いには授業以上に知識があることから、異界の中でも使っていたのだろうか。
連携を意識しながら、間宮十河が少々不自然な動きをしつつ攻撃を仕掛けている。彼は一度も刻印を使っていなかったが、それは実力の表れか……ただ、短時間であったが、目を見張る戦いぶりは、明らかな戦闘経験者の証だ。
どれもこれも……何も知らない一年達が教材にするには十分な――しかし決して表に出ることは無い、ある意味貴重な資料である。
「やっぱり、どいつもこいつも異形と戦うことに慣れている。持続性は無くとも荒屋のパフォーマンスは優るものがある。……遙佳と間宮の刻印が見れなかったことは、少しだけ悔やまれるわね」
独りごちに部屋の中で、自分へと語る。
もしも、また同じような戦闘が起こったとき、もっとスムーズにかつ、確実に作戦を組めるよう、全員の特徴を把握するために、絵里は映像を残して観察していた――わけではない。
コレは――『警戒』だ。
今回が実質、班を組んでの初陣となる。
彼らがどうやって戦うかは、生活の中や授業を通じて見当をつけ、大まかに判断していたつもりだ。あの時、役割分担を指示しても、彼らは全く反対しなかったところから、アタシの目算は間違っていなかったのだろう。
ただ――どういう戦い方をするのかは未知数だった。
死なせぬよう、指示するだけに神経を使って、彼ら能力を観察する余裕など無かった。
映像があるのなら、データを消してしまう前に改めて見ておいて損は無い。
これはそのための――彼らがどれだけ異界で戦闘経験があるかの検視。
異界では、誰しも戦闘に特化した人材が生き残っているとは限らない。
たとえば生き残る為に徒党を組んだ自警団。全員が刻印を持っていただろうが、戦闘に向かない人間も確かにいる。そういった人間は自警団の生活陣地を守ったり、異形を避けて食料を調達しに行ったり……もしかしたら帰還者の中で一度も異形と戦ったことがない人間もいるかもしれない。
あるいは集団を嫌い、単独で生き延びていた者である可能性もあるが、
――そんなケースは滅多にいるものじゃない。百人の帰還者の中で一人居るか居ないかの事例だ。あり得ないと考えて良いだろう。
ディセンバーズチルドレンで、特に警戒しなければいけないのは、戦闘能力を持った人間だ。
刻印はもちろん、身体的にも知恵も回る人間。異界で活発に動き回っていた人間であればあるほど、その能力は優れている。
誰もが、異界の中で真っ当な生き方をしたかと問われれば、答えは断じてノーである。
――だからアタシは彼らを……共に異界で過ごした那夏以外、誰も信じていない。
同じ帰還者だからこそ、メンバーを信用していない。
無害そうにおどけた顔をしたり、平静を装っている連中だが、
メンバーにも確かな『過去』がある。
同じ年代と境遇を生きた人間同士、戦いの信頼はすれど、
背中を預ける相手としては、欠片ほどに信用していない。
肉眼で彼らを見たときは那夏と共に屋上からだったが、
角度を変え、改めて観ると彼らの戦闘能力は高度なモノであったと納得できる。映像を見て確信した。彼らは閉じ込められた異界で、異形の者たち――あるいは同族を相手にしていたことがあると。
彼らは力でねじ伏せてきた元略奪者かもしれない。
平然と人の命を奪う快楽殺人者であったかもしれない。
人の命を利用して生きながらえてきた人でなしだったかもしれない。
刻印の力を悪用し、同じ渦中の人間を苦しめていたのかもしれない。
法律が行き届かないのを良いことに不羈奔放の限りを尽くす。
人の皮を被った異形と変わらない怪物。
――彼らも、異界の中でケダモノのような生き方をしていたのだろうか。
他人のもしかしたらをどうこう考えるほど、アタシは異界で善行を貫いていたわけでは無い。
アタシだって、沢山の罪を犯したのだ。
彼らが同等の悪行を働いていた過去があるのではと思うだけで、
実際の異界を知らない、そこらの粗暴者よりも、危険と値する。




