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放課後と呼ぶには、遅い時間帯。
陽はとっぷり暮れ、パンドラクライシス後の旧首都・東京は薄暗い姿を現す。
住んでいる住民も激減して活気を失い。供給される電力も少ない影響で、当たり前のように道々を照らしていた街灯も大半が明かりを落とした。
毎日のように、資源やエネルギーを無駄に消費していた頃の面影はなく、
自然環境について問題視されていたのは過去の話。人が居なくなることで初めて、あらゆる環境が改善されてゆくのは、なんとも皮肉な話であった。
安全圏という理由もあって、十七区の夜は、まだ明るい方である。
居住している人も多く、治安の維持にはどうしても光が必要だ。
指定された時間であれば、生徒でも夜の街を出歩くことが可能。
大半の人間は、繁華街に向かうのだが、真結良は共に出かけられるような親しい友人が少ない。故に夜間外出は彼女にとって無縁であったが――今宵は違う。
つい数時間前。携帯端末のメールで、約束を取り交わしていた。
「……………………」
訓練所から少し離れた公園。今では昼夜問わず、子供の笑い声が消えた場所で、彼女はベンチに座りながら、じっとその時を待ち続ける。
たった一つだけ灯された、小さな街灯。光に吸い寄せられた羽虫が取り巻いている。
ぼんやり眺めていると、こちらに向かって駆け足で来る人影。
薄いピンク色のハンドバッグを片手に、遠慮がちに手を降る女の子が一人。ワンピースにカーディガン。落ち着いた雰囲気は服装からも表れていて、制服以外の姿を見るのは初めてだった。
「――おまたせ。待った?」
「いや……さっき来たばかりだ」
ゆっくりと立ち上がり、ありきたりな返事。
片手を挙げる仕草がおぼつかなかった。
久方ぶりの再会。谷原真結良は緊張と並行して、少しだけ胸が痛くなった。
化粧をしている彼女であるが、それは粧うためのものにあらず。右頬にある傷痕を隠すためだ。
街灯の下で濃い影が差していたというのに、生々しい一文字は、あの時に起こった事件の凄惨さを思い出させる。
薄く笑う姿は少しだけ歪んで見えたものの、
彼女――畑野喜美子の可憐さは変わることなくそこにあった。
「…………ひさしぶり、だね」
「ああ、そうだな」
初めて出会った時の二人のような会話。
それでも互いの隙間を埋めるように、二人は笑い合う。
喜美子は真結良が訓練所へと転校したとき、一時的に所属していた班の一人である。
その後、異形が訓練所に現れた事件をきっかけに、真結良は自らの意志で班を去っていた。
離ればなれになったとはいえ、喜美子とは連絡先を交換し、訓練所から支給された携帯端末を使って頻繁に連絡を取り合っていたものの、こうして実際に面と向かって会うのは、事件以来初めてである。さほど時間は経っていないはずだったが、旧友との再会を果たしたような、感慨深い気持ちになった。
改めてベンチに……悟られないよう左の端に座って、喜美子を右隣に座るような位置を作った。傷を見られたくないと思っての配慮。気づかれないようにしたつもりであったが、
「……………………」
彼女なりの配慮を見抜いた喜美子は、薄い笑みを作って座った。
「元気そうだね真結良ちゃん」
「もちろんだ。私はいつだって元気だぞ」
「班の方はどう? うまくいってる?」
「ハハハ、これが全然で暗礁どころか、嵐のまっただ中に居るような感じかな……予想はしていたが、随分と嫌われている。今日は初めて全員に挨拶したのだが、肝心な所でうまくいかなかったし、反応は良くないしで、正に玉砕状態だったよ」
喜美子は真結良がなぜ問題児の班に所属したのか、本当の理由を知らない。
彼女も、他の生徒達と同等の疑問を真結良に対して持っているのだ。
直接質問を投げかけないのは、本人が選び進むと決めた道だから。きっと間違いでは無いのだと信じ、影ながら応援している気持ちがあったからである。
ひとたび会話を始めると、お互いのぎこちなさは徐々に氷解してゆく。
そうして真結良は聞きたかったことを口にした。
「――安藤は元気か?」
安藤太一……喜美子と一緒にいた班のメンバーであり、
事件の後、真結良が問題児の班に行くと告げたとき以来、彼とは顔を合わせていなかった。
真結良に対し、期待を持っていて、自分たちの班で一緒に活動することを強く望んでいた。
だが、真結良は彼の思いを拒絶した。
――『裏切り者』と。
安藤から叫ばれた言葉と叩き付けられた感情は、今となっても胸の中で閊えている。
喜美子は、白い指を膝の上で畳み、拳をつくった。
「なにか……あったのか?」
口を噤んで俯く様子は、芳しくない状態を指しているのだと直感した。
「あの事件があって……あれから安藤君、ふさぎ込んじゃって。部屋から全然出てこないらしいの。授業も休みがちで、繁華街の方に出て行くのを目撃したって話だし」
どうして良いのかもわからない状態らしい。
同じ班……それも今では、たった二人きりの班。校内に現れた異形に襲われ、命の危機を乗り越えた者同士でもある。思い煩うのは当然と言えよう。
「同室のルームメイトも心配してるんだけど……」
「そうだったか。一時の事であれば良いのだが」
「――今でも安藤君には、真結良ちゃんとこうやって、お話してる内容とかを話したりしてるんだよ。…………安藤君は、まだ良く思ってないんだけど」
私の事など話して、かえって安藤の気分を害したりはしないだろうか。
彼に面と向かって非難された真結良であったが、だとしても彼の事は尊敬できる生徒の一人として、喜美子と同じくらいに心配していた。
「私は君たちを裏切ったも同然で去って行った身だが、こんな私で良ければいつでも相談して欲しい」
締め付けられるような気持ちに、自ら胸に手を当てて喜美子は力なく微笑んだ。
「うん。ありがとう。真結良ちゃん」




