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 ……問題児(ノービス)達が真結良を受け入れるか否かは、また別の話になってくる。

 重苦しい沈黙。歓迎されていないのは明らか。

 遙佳は結わいた髪を揺らして咳払い。再び話し始めた。


「今回呼んだのは、もう一つ話しておきたいことがありましてですね……こんど班のチーム戦があるんだけど、コレは試験と同じ扱い。強制参加になるんだってさ。班長は絶対出なくちゃいけない決まりがある。……よって副班長の私は参加決定なんだぁ。あとは誰と対戦するか、残りの参加するメンバー共々、はやいうちに決めとこうねぇ」


 一生懸命、身振り手振りで説明をする遙佳であったが、みんな乗り気ではなかった。


「試験も兼ねたこのチーム戦って成績にかなり響くらしいんだよね。あと、上位三十位以内に入ることが出来れば、特典があって……」


「なんじゃなんじゃ。ドーナツ食べ放題か?」


「……完全にお前の欲望そのままだな」


 そんあわけあるかと付け加えて、十河は壁に深くもたれ掛かる。


「あはは。ドーナツだったら面白いんだけど、なんと『班の部屋』がもらえるらしいよ!」


 真結良が挨拶したときと同様の表情が、全員の顔に生まれた。

 言わずもがな、彼らの意志は『そんなものいらねぇ』である。

 物欲しそうにしていたエリィも絶句。瞳が濁った。


「…………はいはーい。もっかい質問です委員長」


「はい、荒屋君」


「メンバーは全員参加なのか? チーム戦って言うけど、班によってはメンツがバラバラだから、人数差が出てくるんじゃないのか? 一応試験なんだろ? 多い方が有利じゃね?」


「正確には〝班の代表戦〟って形になっているらしいよ。人数誤差は少ない班側に合わせて人数調整されるんだって。残っているメンバーは観戦って感じかな」


「ふうん。……でもさ、まだ班組めていない連中ってのはどうなんのよ? 班に所属すらしていない連中もいるはずだろ」


「荒屋君、なかなか鋭いねぇ」


 話が盛り上がってきたところで、得意げに遙佳は眼鏡をくいっと上げる仕草。


「班に入っていない人たちは、個人同士で強制的にランダムで采配されたチームで戦わされるって話。足りない班に組み込まれたり、知らない人たち同士で新たに班を結成させられたり。…………だから皆こぞって良い班に入ろうとする人がいるんだって。中には『観戦者として入らせて』って頼みに来る人も居るらしいよ」


「強くて良い班はラクできるからのぉ。……でも図々しすぎじゃろ」


「そうだねぇ。上位の班はもう加入を認めていない所が大半。組むとしても上位同士で組んでるって話」


「強い奴らが強いのと組むのは至極当然な成り行きだわな」


「既に、今までの授業評価から算出されて、班のランキングが掲示板に張り出されているはずだよ。上位の人たちは現時点で特典が確定している。上の人たちに試合を申し込んで勝てれば、部屋がもらえるってことだね……人数が少ないチームはそれだけで個人技に左右されるから、人員が少ないほどリスクが高くなる。どんなに大人数でも人数は限定されるし。勝敗は連帯責任、だからみんな同じくらいの人数のチームと戦うんじゃないかな?」


 今まで押し黙って、薄い存在だった那夏が珍しく喋った。


「あ、の……わたしたち、って何位なの、かな?」


「何位って、散々やる気なかったり、授業をさぼってたりしてる人間がいるんだから…………上位三十位の中に、入ってないことは断言できるわね。十中八九。下から見た方が早いわよ。那夏」


 横で間髪入れず絵里が反応した。


「あ、あとで。……みて、みよ」


「そうそう。だからこそ、たまには皆で頑張ってみるのも良いんじゃないかなぁ?」


 遙佳はにこやかに彼らに問いかける。

 長い間があって、絵里はゆっくりと席を立った。


(べん)(ぜつ)ふるってやる気を出させようとしている気持ちはわかる。いつもだったら成績に影響することだし、出ても良かったけど、今回は無理……」


「どうしたのじゃエリ? 反抗期か?」


 十河を横切って扉を開けた絵里は振り返り様に、


「班ってのは信頼(うん)(ぬん)ってのが必要なんじゃないかしら? ……だけど、いきなりどこの誰とも知らない人間を、説明も相談も無しに入れてしまう時点で、アタシは受け入れられないわよ。代表戦だか何だか知らないけど、勝手にやってちょうだい」


 もっともな意見に、反論する者はいない。

 全員を見回して、最後に絵里は真結良を捉えた。


「谷原さん。これは全部、アンタのせいだってこと――忘れないでちょうだい」


 静かに出て行く絵里。那夏が背中を追いかける。


「…………………………………………」


 次いで十河も無言で部屋を後にし、エリィがついて行く。

 一気に半分以上居なくなった室内。


「俺は人間関係とか、あんま深く考えねえほうだけど。ま、どうにかなんじゃねーの? 最初はゴチャゴチャ言って話が進まねえのはいつもの事だしよぉ。俺だって話がいきなりすぎて追いつかねえし……」


 気遣ってフォローしたわけでは無いのだろうが、

 両手を頭の後ろに組みつつ、天井の蛍光灯を見つめる。

「んじゃ、俺も行くわ……代表戦とかいうのは、委員長考えといてくれよ。俺は考えるの苦手だからさ」


 納得いかない者も含め、多かれ少なかれ不満を持ったメンバーは、全員部屋を出て行ってしまった。



 教室は真結良と苦笑する遙佳の二人だけが残され、


「あ、アハハ。やっぱ歓迎されなかったねぇ」


「すまない……こうなると解っているのに、君を巻き込んでしまって」


「そんなこと言わないでよ。私が独断で判断したことだし、谷原さんはぜんぜん悪くないよ」


 問題児の班には班長がいない状態。『副班長兼班長』の蔵風遙佳が名実共に班のリーダーであり、彼女にこそ正式な決定権が与えられていた。もし遙佳が『ノー』と言っていたら、真結良の願いは届かなかったであろう。

 こうなることも十分、二人の想定に組み込まれていた。

 本来なら、真結良と関わらなければ、非難されることのなかった遙佳。それを承知してまでも下してくれた決断に、真結良は頭が上がらなかった。



「私は谷原さんが入ったことで、何かが変わるかなって、思ってるんだよね」


「変わる?」


「うん………………なんていうか、みんなの意識ってやつかな。私は少なくとも、誰かが泣いているのはいやだし、誰かが苦しんでいたら助けてあげたい。押しつけがましいかもしれないけど、みんなも――ほんの少しだけで良いから、困っている人達に手を差し伸べて欲しいなって思ってるんだよね」


「…………………………」


「別にみんなが薄情だとは言わないよ。優しいところはあると思ってるし。私はみんなの昔を知らないし……でも、それでも……ね?」


 遙佳は、どこか自分の過去を(かえり)みているような眼をしていた。



 ――――誰かが泣くのは嫌だ。



 その思いは真結良も賛同できる。蔵風遙佳が言葉にすると、重みが違うように感じた。


「まだ馴染むには時間が必要だな。はなから歓迎されては逆に不自然すぎて警戒するところだ。…………ストレートに本心を見せてくれたのなら、気長にやるさ。スタートとしては上出来と思っているよ」


 ――その時、真結良のポケットから、メールの受信を知らせる着信音が鳴った。


「あ、学校の端末きたんだ?」


 訓練所から支給される携帯端末は、全校の生徒が各一台ずつ所有を義務づけられている。機能としては一般的な携帯電話と同じ。……重要な連絡事項。班同士のコミュニケーション。授業に関しての連絡。学生証や身分証としての機能も持ち合わせていて重要な役割を持っていた。


「外界から持ち込んだ携帯電話は制限が掛かっているし、携帯端末に直接、連絡ができないからな。……もっと早く届けられるはずだったのだが、この前の事件があったせいで、発行が少し遅れてしまったのだそうだ」


 元から持っていた電話でさえ、大して使用頻度も登録している人間も少なかった。

 新しい携帯端末も同じような扱いになるだろうと思っていた。まだ慣れない端末に悪戦苦闘しながら、メールを確認する。

 いまのところ彼女の端末には一人の生徒だけ登録されている。

 (さし)(だし)(にん)もその生徒からで、ほぼ毎日メールのやり取りをやっている(あいだ)(がら)だ。


「ねえねえ。谷原さんの番号を教えてもらっても、いいかな?」


 自分の端末を取り出し、小さく振って見せる遙佳。

 断る理由などない。やりかたを教えてもらいながら、

 ぎこちない操作でなんとか登録することが出来た。

 まさか、こんな短期間で連絡先が二人も増えるとは。

 喜びと困惑と、ちょっとした恥ずかしさが混ざり合って、またもや顔がぐしゃついた。


「なにかあったらいつでも連絡してね。……よかったら近いうち夜にお茶しようよ。美味しいクッキーがあるんだぁ」


「……い、いつでもいい。連絡してくれ」


 ――お茶、か。なんだかすごく友達っぽいぞ。

 友達と楽しむために何かをする習慣のなかった真結良にとって、とても高度な次元の会話だった。


「谷原さん」


「――ん?」


「……これからいろいろあるとは思うけど。がんばってこうね」


「あぁ。ありがとう。それと……」


 指で頬を()きつつ、真結良は視線を宙に(ただよ)わせた。


「谷原じゃなくて、真結良でいい。……私も、名前で呼ばせてもらう。……こ、これからは同じ班だからな」



 谷原真結良が他の勧誘を断ってまで、

問題児(ノービス)班』に並々ならざる執着を持ったのには、訳がある。

 今から一週間前ほどのことだ。

 本来現れることのない、この安全地域とされる第十七区。

 ――それも訓練所の内部で『異形の者たち』が現れた。

 外部から侵入したのではなく、異界へと遠征に向かった兵士たちが、殺した異形を研究の為に回収し、旧三鷹訓練所に持ち込んだことが(ほっ)(たん)

 異形を殺したと思い込んでいた油断から起こった事件だった。

 この大事件は無数の死傷者を出し、

 異形が現れたのは周知の事実となったのだが、

 なぜ異形が現れたのか、真相を知るものはほとんどいない。

 知っているのは軍に関係した人間と――あの事件の現場にいた当事者のみ。

 何を隠そう、異形を退治したのは他ならない『問題児(ノービス)』たちである。

 彼等は的確――かどうかは定かではないが、

 自ら判断し、行動し。そして――倒した。

 成績も悪い。技術も落第点の彼等が異形を討滅した事実を知るのは、谷原真結良ただ一人。

 ――そして、彼女は知る。

 問題児が問題児として扱われるよりも、

 この、旧三鷹訓練所へ訪れるよりも、更に以前。

 信じられない事に、彼等は……異界で生活していた経歴を持つ人間たちだった。



 ――――『ディセンバーズチルド(十二月の子供たち)レン』

 別名『帰還者』とも合わせて呼ばれている。

 人類が(てっ)退(たい)した土地で、逃げることが出来なくなった子供たちは、

 自ら生きるために生活し、異形と隣り合わせの世界で生き抜いてきた。

 通常の兵士と比べれば十二分の生存能力――あるいはそれ以上の戦闘能力を持っていると言われ、普通にかき集められた生徒たちからすれば希望の象徴であり、

 噂が大きく一人歩きし続け――気づけば、英雄扱いされている程になっていた。

 ディセンバーズチルドレンの数は少なく、訓練所の中にも全学年含めても数人しか居ないとされていた。

 ――まさか、問題児たち全員が、その数の中に含まれているなど、露にも思われないだろう。

 ディセンバーズチルドレンは他の生徒たち同様、

 真結良にとっても憧れの存在であり、

 人を救う最たる存在だと信じて疑うことはなかった。

 問題児(ノービス)が自分が追い求めている理想の人間だったと知ったときは大きく打ちのめされた。

 今では、彼等の元で自分を成長させることが出来れば……その思いで問題児班への加入を成功させたのだった。


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