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――谷原真結良は不安と期待と、そして緊張に包まれ。
落ち着けるために深呼吸をくり返し、教壇に立った。
旧三鷹訓練所……そこは『異形の者たち』と戦うために少年少女が集められ、
彼等は学生として生活を共にし、のちに『サイファー』と呼ばれる兵士として、
異形の者たちが棲まう『異界』へと向かわなくてはならない運命を強制づけられていた。
時刻は……間もなく夕刻を迎える放課後。
生徒たちはそれぞれ所属している部活に勤しみ、
あるいは繁華街に繰り出し友人と交流を深め、
足りない能力を自主トレーニングすることによって補ったりと、
それぞれが、多様にして自由な時間を謳歌していた。
――――第一印象が大切なのは公知のこと。故に慎重に行かねばなるまい。……いや、まてよ? 彼ら全員とこうやって面と向かって話すのは二度目だから、正確には第一印象ではなく第二印象になるのではないか? じゃあ最初に出会った時、彼らはどういう風に私を採点したのだろうか。……いやいやいや、緊張を紛らわすためとはいえ、適当に多くを思考するのを止めろ。いまは第一だろうが第二だろうが関係ない。しっかりと、やることをこなすんだ。これしきの事で怯んでどうするのだ谷原真結良。どんなときでも落ち着くようにと心がけているじゃ無いか。
そら――行くぞッ!
作りの悪い教壇が自らの重さで軋む。
ギシリと小さな音であったが、それでもやけに反響する。
ただでさえ、冷めた空気。
静寂の中には真結良を快く思っていない視線。
「き、今日から。この班に所属することになった、谷原真結良だ! よよ、よろしゅくたのむッ!」
両手で被う代わりに、素速く頭を下げて顔を隠す。
――嗚呼。なんてことだ。
頭を下げたときにぐしゃついた顔。ゆっくりと頭を上げるころには何事も無かったかのように厳格な雰囲気と平常心を装うが、体温まではどうすることも出来ない。
些細ではあるものの、自分にとっては大きな失態。
頬が見る見るうちに赤くなって行くのを感じていた。
「え? いま噛ん――は、はーい。みんな拍手ぅうううう!」
班の『副班長兼班長』である蔵風遙佳が積極的に場を和ませようと拍手をするのだが、
――――一人として、彼女に合わせようとする者は居なかった。
誰も彼もが口を『へ』の字に枉げて、失笑すらも起こらない有り様。
彼等にとって――寝耳に水な出来事。
言い方を悪くすれば、騙し討ちに近い発表であり、
空き教室に集められた六人の内。
半数以上が、彼女――谷原真結良の加入に唖然としていた。
「クハハハッ! マユラン噛んだ! 〝よろしゅく〟だってさ……ヨヨヨ、ヨロシュクタノムゥ。クッハハハハハッ!」
「う、――うるさい!」
班に所属することよりも、真結良の緊張に対し、
少々遅れて揚げ足を取ったのは一番前に座っていた銀髪の少女。
エリィ・オルタは薄紅藤の色をした両目から、笑いの限度を超えて涙すら浮かばせていた。
「はーい! 何で真結良ちゃんが俺らの所に? 理由がわかりませーん委員長! どういうことよ?」
隣では驚きつつも意見を述べ、手を挙げる少年。
短い茶髪を逆立てた荒屋誠は態度悪く、机に脚を投げ出して座っていた。
「荒屋の質問以前に、アタシ達はまったく歓迎してないんだけど、なんで勝手に決めたのよ。……いや、そもそもこうやって来たって事は、アタシ達の意見判断を無視して、先に必要な書類全部揃えたって事よね? 不意打ちにしては随分と姑息な手段で来るじゃないの」
棘のある物言いで、相手の気持ちを微塵も考慮していない発言をしたのは市ノ瀬絵里。
真結良が班に所属したことよりも、それまでにあった面倒な書類上の手続きなど、背後にあった過程も看破して見せたのは、流石といった所か。
かなりの腹立ちようで、恨めしく遙佳と真結良を交互に見ていた。
「えっと、あの……………………あ、お、おめでとう、……ございます?」
時間差をもって、やんわりと反応した少女は的外れな言葉を贈り、
極めつけとして、もう終わった拍手を独り叩くは稲弓那夏。
全員が思い思いの発言が飛び交う中、
「…………………………はぁ」
入り口に立ち、腕を組みつつ。
間宮十河は大きな溜息を、吐き出した。
何事も第一印象がこの先を左右すると、何度も言い聞かせていたはずなのに、
初回の挨拶で、ものの見事に噛んでしまった彼女は、自らの失態を呪った。
冷静になって考えてみれば、そもそも噛みようが噛むまいが、彼らから浴びせられた非難は同じであったと結論づける。
谷原真結良は特に選りすぐりの人材が集められた壁の外にある中等部の士官学校から、
旧三鷹訓練所へと転校し、多くの期待を持たれているホープ(新人)である。
訓練所ではグループを組むことが義務づけられ、
『班』は後々に実際の任務でも、その仲間たちで行動する重要な役割を持つ。
――そんな真結良がどの班に所属するのか、
一部の生徒たちからは、多少の噂となって飛び交い、
中には『ぜひ、自分の班に』と名乗りを上げる者たちまでいたほど。
有り難い申し出と思っていた真結良であったが、そのどれもを断った。
ますます、どこに入るのか。人知れず注目されていたのだった。
…………そして、入学してから一週間とすこしのこと。
谷原真結良はようやく自分入りたい希望の班を見つけ出し、手続きを執り行う。
誰もが予想だにしていなっかった彼女の所属先に、
――文字通り周囲は度肝を抜かれた。
別名『問題児』と呼ばれる素行の悪い生徒が集まるの巣窟。
相次ぐ授業の欠席、過去に暴力沙汰も起こし、
個人的な規則違反など、被害者がいないだけ、まだ可愛いほうである。
在籍しているのは、一癖も二癖もある劣悪な生徒揃い。
学科、実技共にどうしようもない成績を叩き出し続け、教官ですら頭を抱える。
一年生が組んでいる班の評判は、下から数えて堂々の第一位。
悪評の塊でできているような……最底辺。
誰もが触れも見もしたがらない、自ずと忌避されるようなグループ。
そんな班に、彼女は自ら志願し、加わったのだった。
…………自ら選んだ道に。後悔するなどありえない。
なによりも周囲の評価など、言わせておけと一蹴していた。
谷原真結良にとって問題児の班への所属は満足行く結果であり、
周囲にとっては、青天の霹靂の如き出来事であった。




