<Prologue>
…………さて。ここいらで。世界の崩壊について考えてみようか。
いま現在、人類は存続の危機に瀕している。
それは新種のウィルスだとか、
世紀末の核戦争であるとか、
小惑星の衝突であるとか、
そんなありふれた映画的なものではない。
――いや、この件も現実でありながら、十分映画的であったか。
ドキュメンタリー形式で映画化されるのならば、
さぞかし観るに耐えない三流ムービーの、くだらないパニック映画で終わることだろう。
そんな――たがの外れた世界に居ながらも、
オレは、まだどうにかやって――生きている。
――人類は想像を絶する危殆を背負わされている。
この小さな島国、日本で起こった大惨事。
世界中の国が注目し、研究者だか博士だかが太鼓判を押して、その危険性を認定した。
今から数年前、東京都の中心で巨大な穴が突然に現れた。
空間をねじ曲げて開いた穴は『扉』としての機能を持つ。
扉からは無数の生き物が飛び出し、東京都心は未曾有のパニックへと陥った。
現れた生き物は、おおよそ人の形とはほど遠く。
地球に住まうどの生物とも似ても似つかわしくない形状をしていた。
その性質は獰猛にして、圧倒的な力と脅威性を兼ね備え、
人々はすぐに反撃の姿勢を見せ、殲滅しようと試みたがそのどれもが失敗に終わった。
敗北に次ぐ敗北は、少しずつ奇怪生物の活動範囲を広げ、数を増やした。
並行して人類は土地を明け渡しながら、撤退を余儀なくされた。
年月が経過した現在においてもなお、この問題が終息に向かう兆しは全く見られず。
東京は首都圏としての機能を完全に停止した。
尚も跋扈し続けるそれらは人類に敵意を向け、
世界を蝕み続ける害悪として居座る。
――――それらを人類は『異形の者たち』と呼んだ。
………………ほんと、聞けば聞くほどSFだぜ。小説にしても三文にもなりゃあしねえ。
東京の中心。穿孔した大穴。空間をこじ開けて現れた連中は、穴を空けただけに留まらず、
次元の向こう側から、得体の知れない化け物達を呼び寄せ。
――『異形の者たち』は人間を襲い、無差別に殺す厄介な種族だ。
それが遡ること八年前に起こった『パンドラクライシス』
穴は今でも開いたまま。
人類は九枚の防壁によって、異形を押さえ込もうと躍起になっているようだが、
どれもが後手と裏目の連続。完全に封じ込めることは出来なかった。
そうやってグズグズしている八年間という間に、
九枚の内――四枚の防壁が突破された。
爆弾を落として異形がいるエリア一帯を焦土としてしまえば簡単に終わるのでは無いかと思っているのは、頭の悪い連中の考えであって、
そうしないのは、確実に押さえつけている壁までも破壊してしまう危険性を持っているということだ。もし――爆弾なんかで死ななかったら、取り返しの付かない墓穴を掘ることになる。
いまのところ、出来る手段は限られていて、微かな望みでさえ、八年たった今でも進展は無い。
何ともしまらねえ話だ。〝扉〟が出てきた時点で、もう少し良い手段があったはずだ。
……結果論を前提として、後から文句言うのは些か、なっちゃいねぇとオレも思うが、
もっと上手く出来たはずに違いない。そうは思わないか?
積もり積もって、今があるわけだ。
この国は、あらゆる対応が遅すぎたんだよ。
事件とほぼ同時期に――オレらの年代を中心として、
『固有刻印』と呼ばれる特殊能力を操ることのできる人種が爆心地周辺に現れた。
さて、この刻印だが……どうやって身につくものなのかはオレにもわからない。
刻印を持てる人間も壁の中だけとは限らない。
話によると、全く関係のない土地でもこの刻印を持つ人間が出たという話。
今のところ、日本限定に限られているらしく、人種は関係ないらしい。
能力は非常に優れたパワーがあって、異形に対して効果覿面だった。
ただ得られる能力の全てが、有用なものとは限らない。使えねえ能力は使えねえが、優秀な能力者は仲間同士で助け合って、異形がのさばっている異界の中で死なないよう、よろしくやっていたわけだ。
人間の適応能力ってのは面白い物で、力を手にした瞬間、みんなそれぞれ自警団を結成し、異形を討伐したり、自分たちの住む場所を守ったり……訳あって人も殺さなくてはならなかった。
オレもまた、そんなふざけたゲームに巻き込まれた一人、
世間では『ディセンバーズチルドレン』とかいう、
ネーミングセンスを疑うような名前で分類にされ、なんとか生き残った。
無事に生還。オレの波瀾万丈物語はここで終了。
ここからは普通の人生を――、
…………と、綺麗に幕引きというわけにはいかなかった。
人の世から離れていた五年間のあいだに、
政府は固有刻印を持つ子供たちを、壁の中にかき集めて、
異形を倒す〝サイファー〟とかいう部隊を再結成し、異界に挑んでいるという。
奴らと戦いつつ、かつて住んでいた土地を再び取り戻しながらな。
目標は――異形が溢れている爆心地へと到達すること。
そして、どうにかして爆心地にある穴を塞ぐことが最終的な目標として定められている。
ククク……まったく、笑えねえ話だ。
五年ぶりに帰って……ようやく一段落かと思いきや、
今度はご大層な目的を背負わされて異界に行かなくちゃならないなんてな。
『お前は戦う力があるんだ……だから、世界のために死んでこい』
口にする人間はいないが、オレにはそういわれているようにしか聞こえない。
実際にんなことをほざいたら焼き殺してやるがな。まったく……反吐が出る。
……はっ、愚痴ばかりだな。でもよ、小言の一つや二つ、言いたくなるってもんだぜ。
………………そうだよ。オレは帰還者だよ。テメエ話を聞いてたのか?
……凄いとか言ってんじゃねぇよ。あんなの凄くも偉くもない。
さっきいったろ? 生き残る為だったら人まで殺すような世界が、
異形が棲んでいる『異界』で、人間同士で平然と行われてたんだよ。
――――流石に外に出ることが出来るようになった今は、
当時の血生臭い活気はだいぶ失われたんだろうがな。
………………………………。
……………………。
ま、……そんなこんなで、訳あってオレは――、
旧三鷹訓練所、この壁の最外層にある『サイファー養成所』に突っ込まれることとなった。
…………じゃあ、今の制度が反対なのかって?
さあな――。なんせ、まともな法律が機能しなくなった世の中だ。
人類を救済するより、一部では倫理が欠落して、狂っちまってるよ。
そんな世界を救う価値が、果たしてあるのか。人によって、思うところはあるはずだ。
全てが間違ってるなんて、オレだって思っていない。
ただ、好き勝手にシステムを作り上げた、そんな人間どもを助ける義理はこれっぽちもないし、餓鬼が何とかしてくれるだろうと、甘い妄想を抱いている壁の外の人間を今すぐにでもぶっ殺してやりたい気分だ。
テメエはそう思わないだと?
そりゃあとんでもねえお人好しだな……優しさに感化されて涙が出てくるぜ。
確か――テメエがここに来て、今日で三日目か。
なんだって? 話したかったけど、話せなかっただと?
てことは、あれか。オレと話すのに三日もまごまごしてたのかよ。信じられねぇ。
オレばっか身の上話してるけどよ……テメエはどうしてこんな所に入ってんだ?
アァ? 『学科エリア』で起こった事件だと?
……おいなんだそれ。詳しく話せ。
………………。
…………。
――こりゃあすげえ。傑作だな。しかも最近じゃねぇか。
それとアンタと……どんな関係があるんだよ?
事件後に現場に入ろうとした。三回もだと!? バカかお前。そりゃあ二重にバカってもんだぜ。コレはオレの班のバカが前に言っていた事だけどな、
『見つからなきゃあ、ルールなんてものは空気と同じだ。ようは見つからなきゃあいいんだよ』まさにその通りだ。バカにしちゃ良いこと言うと思った。テメエも見つからなかったらよかったんだよ。
見つかった時点で、お前はバカ決定だ。加えて救い難いほどの愚図ときたもんだ。
なに三回もチャレンジしてんだよ。乗算してバカだなテメエは。
――――なんだよ。泣いてんじゃねえよ。そんなんでテンション下がるメンタルしてるんだったら違反なんてすんじゃねえよ。クソバカ。
……で、テメエはどれだけ入ることになったんだ?
んだよ、オレよりも短いじゃねえか。つかもう出られるんじゃねえか?
クソ苛つくぜ。…………別に年がら年中苛立ってるわけじゃあねえよ。
お前……オレに喧嘩でも売ってるのか?
………………だから、ちょっとの事で尻込みすんじゃねえよ。
見えねえけど、声だけでブルってるのがわかるぜ。
そうだな、オレが良いと思ったことは、訓練所の生活は――正直悪くない。
物資は随時補給されるし、生活環境にいたっては、
『異界』の時と比べれば天と地ほどの差がある。
現に、この場所は慣れさえすれば、とても快適だ。
――四方は灰色の壁。
――覗き窓がある重厚な金属扉。
――対面には、朝日が差し込む小さな格子付きの窓。
――ベッドとトイレ完備。一日三食の食事付き。
ここにぶち込まれ、日が浅いアンタには窮屈だろうな。
まるで、囚人になった気分だろ?
実際そんな扱いだ。シャワーは一日一回浴びることが許されていて、
最低限の人権には配慮されているのだろうし、
壁から壁までが約六歩半の狭さも、慣れてくれば中々に住み心地が良い。
囚人と例えたが、決して囚人同様の扱いを受けているわけではない。
――ここはいわゆる『懲罰房』というやつだからな。
ああ……そうだよ。オレもやらかしたんだよ。だから隣の房にいるんだろうがよ。
校則を著しく違反すると、こんな場所に放り込まれるらしい。
どうやら、ここまで長く懲罰房に滞在しているのは、非常にまれなことなんだとさ。
――テメエの〝三回〟ってのも、よっぽどの事だったんだろうな、ククク。
オレはかれこれ、二週間と少し……くらいだろうか。
いい加減、同じ壁を見続けるのも飽きてきた頃だ。この小さな窓を吹き飛ばして、レイアウトを大きく変更することも可能だが、もうやめておくとするか。
更に一週間延ばされたら、さすがのオレも退屈で死にそうになるだろうぜ。
本来だったら、一週間前に出られたはずだったのだが、
記録を伸ばしてしまったのはオレの落ち度だ……。
――反省しているのかだって? クククク、それ傑作。
このオレが〝たかがクズ野郎を後ろから斬りつけた程度〟で反省してたまるかよ。
笑わせんじゃねえ。
黙ってりゃぁ……そろそろ出られるだろ。
反省したフリもしねえよ。まるで屈したみたいじゃあねえか。
オレは誰にも諂う事はしない。誰にも頼らない。
媚びるくらいなら、死んだ方がマシだ。
……は? 世界の話?
ああ、そんな会話で始めたんだったっけかな。完全に脱線じゃねぇか。
真面目なこと言うと……このままだと世界は、間違いなく終わるだろうな。
どいつもこいつもクソ使えねえ人間がそろって、
ああだのこうだのと――偽善じみた主張を掲げ、
刻印を持った餓鬼どもをとっつかまえて、壁の中に放り込む。
ハッキリ言って、話はそんな単純な突貫作戦でどうにかなる問題じゃねぇ。
――でも、異界に入らない限り、爆心地には近づけねえ。
テメエもあの場所に行けば、いつかはわかるだろうさ。あの地獄では人間の精神なんか簡単に侵蝕されちまう。どれだけ狂気的かって事を身をもって知るだろうよ。
おっと、どうやら誰かが訪ねてきたらしい。
……オレじゃねえことは確かだ――――ってことは、お前がお迎えか。
チクショウ本当に早いじゃねぇかよ。
さて……話はここまでとしようや。
…………………………アァ? ――名前だと?
別にテメエみたいなバカに名乗る名前なんかねぇよ。
ちょっと話した程度で仲間意識もってんじゃねえよ。
まあ、もう会うことはないだろうしな。
同じ場所では、オレもごめんだ。
それじゃあ、な。
――――――せいぜい、またバカやって放り込まれないようにしろよ。




