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<1>-3

 入り口で職員に許可証を提示し、重厚なゲートが開らく。

 さらにかなあみで仕切られている二つ目のゲートで、同じ作業をくり返した。

 厳重な警備を一度越えれば、白亜の城をほう彿ふつとさせる建物と広場が彼女を出迎えた。

 れんづくりの地面は、まだ真新しさがあり、

 中央には小さめの噴水が設けられ、水が循環していた。

 外の廃れた光景とは対照的で小綺麗な作り。

 噴水の向こう側には幅広な階段。

 真結良は緩やかな段を踏みしめた。



 ――第十七区・旧三鷹訓練所。

たか』とは……パンドラクライシスが起こる以前、

 東京都二十三区に隣接し、多摩地域東部にあった市の名前である。

 がいかいとを隔離しているがいへきにして境界線――第九層の最外部に位置する三鷹は、パンドラクライシスの爆心地であるグラウンド・ゼロ(新宿区)から、十キロ程の距離にあり、

 ――言わば、危険区域内(・・・・・)での安全地帯(・・・・)に位置づけされている。

 長きにわたって運営を休止している中央本線・三鷹駅から北へ進むと、かつて体育館や公園、学校が密集していた土地を丸々、コンクリートの壁で仕切っている。

 端から端までの距離は数百メートル。

 敷地の中には学生寮、実習訓練所、車庫、兵器倉庫など、

 様々な軍事施設が一点に設けられている。



 校舎の中へと入り、

 事務所で最初の手続きを済ませた。

 外界から来た証明である手首のタグ。

 一般とは違い、特別な仕様なのは、訓練所の関係者だったからだ。

 ――転入に必要な手続きを終え、タグが外される。

 これ即ち、真結良が内界の人間として正式に受理された証でもあった。

 まず、真結良が始めなくてはいけないのは、着任の挨拶である。

 事務室から出ると、そのまま職員に導かれ、

 簡易な面接室に通された。


「やあ、こんにちは」


 さほど待たされることもなく、

 柔和な笑みをたたえて入ってきたのは、中年の男性。

 がっちりとした体型。身なりを気にしないタイプなのか、

 ナチュラルな髪型には、しらが混じり、

 顔にはうっすらと傷のようなものがいくつも残っていた。

 それだけで、彼がどれだけの修羅場をくぐったのかが、自ずとうかがえる気がした。

 真結良はすっと立ち上がり、敬礼をする。


「……そんな硬くならなくても良いよ。まあ、座って」


「失礼します」


 革張りのソファーが微かに擦れる音だけがやけに響いた。


「僕はこの訓練所の責任者をやらせてもらってる、岩見いわみといいます……こうやって話すのは初めてだろうけど、君の事は良く聞いてたよ」


 そう言いながら、岩見は手に持っていたファイルに眼を通す。


「谷原真結良准尉……外界の中等士官学校を首席で卒業――いやはや。これはすごい。華々しい成績じゃないか」


「――あ、ありがとうございます」


 形式の礼儀として返事をするが、

 真結良は一切の油断はしないようにと、より一層気持ちを強固なものとした。



 ――――いわたい

 その昔、大規模戦闘に駆り出された隊員であり、第一線でしのぎを削り生き延びた一人だ。

 その際に片足を失っていると聞いていたが、服の下には、一体どれだけの傷跡が残っているのだろうか。意識し始めると、自ずとけいの念がこみ上げ、背筋が伸びる。


「私もいち早く、前線に立ち、岩見大尉と同じように戦えるように、日々精進したいと思っております!」


「……雰囲気だけだと、本当に一年生とは思えないくらいだねぇ」


 きずあとに刻まれるしわを更に深くして岩見は笑うが、

 どこかその表情にはあいしゅうのようなものが漂っていた。


「正直、君のようなエリートコースを進める者が、この訓練所に来ること自体が異例…………もちろん、特別な待遇をする気は無いし、それ自体、君は望んでいないだろう。待遇の道を自ら放棄したのだから、それなりの覚悟と理由があるのだろう」


「………………私は、異形と戦うために――」


 続けようとする真結良に、岩見は手を出して止めた。


「まあまあ、まだ先は長いんだ。ゆっくりと、確実に歩んでいくといいさ――時に聞くけど、君は向こうの学校で友達はいたかい?」


「――――ぇ? え、ええっと……」


 ようやく人間らしい表情で困る真結良。

 即答できないことは〝ノー〟と言っているのと同義だった。


「僕も聞いた事だけしかないけど、向こうのカリキュラムはハードなんだってね……それこそ、身を削られ(・・・・・)るような訓練(・・・・・・)をしたんだろうね」


「……………………」


 ――一体、この人はどこまで知っているのだろうか。

 絶やさぬ笑みが、ようやく作り物の表情であることに真結良は気がついた。

 笑ってはいるものの、本心から笑っているわけではない。

 私に疑心を持っている――というワケでは無いのだろうが、心の中を探られている気がした。

 正直……良い気分ではない。


「転校して――なおかつ一年生だ…………だったら、まずは友達を作ることから初めてみようじゃないか」


「――――と、ともだち……ですか?」


 急に話の流れがおかしな方向へと展開し始めていた。


「だってここ、学校(・・)だよ? だったら青春しなきゃ損だと思わない?」


「は、……はぁ」


 もっと厳格な人だと思っていただけに。

 軽い肩すかしを食らった気分。


「そんな当惑することじゃないよ。学校は学ぶと同時に、他人とコミュニケーションをとって、なおかつ友達を作れる場所だ。この閉鎖された空間の中で、仲間がいることに越したことは無いんじゃないかな?」


「――はい……おっしゃる、とおりです」


 同意できなかったから、自ずと生返事になってしまい、

 不適切な態度であったと……心の中で気を締め直す。


「別に難しい事じゃないさ……訓練は言われるがままにこなしていれば、目標は達成できる。でも友人はまったく別問題だ……訓練よりも非常に繊細で、失うときは一瞬だ」


 彼はゆっくりと立ち上がろうとして、少しバランスを崩す。

 ――――左足のほう(・・・・・)が無いのか。


「よっこらしょ…………毎日、同じ事の繰り返しだったら、それこそ機械だよ。まずは自分から色々と切り開いてゆくといい――この学校はかなりクセのある生徒(・・・・・・・)や――人類の希望の卵が数多くいる。その点では士官学校なんか比べものにならないほどの人材が眠っている。…………ぜひ、君がこれから送る生活の中で、訓練以上の物を学び、獲得してみてよ」


「はい……きもめいじます」


「明日から本格的に授業に参加してもらうけど、まずは第一歩。…………同期の仲間を案内人にまかせてあるから、その方向でよろしく。――――がんばってね」


 彼はまた笑顔を見せる。

 そこには今までに無い表情。

 初めて、岩見大悟の本心を見た気がした。



 かつて公団住宅として使用されていた建物は、

 三鷹訓練所の敷地内にあって、数百の人間が肩を寄せて暮らしていた面影は無く。

 住民の避難とともに、もぬけの殻となった住宅群は、一部の職員や全ての学生とがプライベートな生活をするために使用される学生寮として使われている。

 外界から訪れた転校生――谷原真結良もまた、その例外に漏れることなく、一年生たちが集う女子学生寮の鍵を与えられた。

 元は一般市民向けに作られ建造物。部屋の広さには差がある。

 場合によっては複数人での共同生活を送らねばならないのだが、

 幸い真結良の部屋は一人用だった。

 台所、風呂、トイレ、それに部屋が一つ。

 最低限生活に必要な物資は取りそろえられていた。

 寮での食事にはいくつがルールがあり、

 昼食は学校内でしかとる事ができないので、必然と寮の食堂は時間指定がされた朝と夕のみ。……しかし、多くの学生は繁華街や室内で済ますことが多い。

 訓練所から外部に出ることは可能であるが門限や、消灯時間が厳守されているなど、

 集団生活を送るにあたって、一般的なルールとさほど変わりはない。



 真結良は届いていた荷物――とはいえ、私物は微々たるもの――をあらかた片付け、

 一息ついたところで、まだ昼時であることに気がつく。

 特にやることが無い。こんな時間は久方ぶりだった。

 まだ生徒たちの帰宅とは、ほど遠い時間帯。

 女子寮からは、誰かいるような気配は殆ど(ほとん)感じられなかった。

 ベッドに寝転がって、天井を見つめる。


「…………ようやく、私はサイファー(・・・・・)になれる」


 重い信念を――独りごちに乗せた。

 彼女が追い求め、なりたかった理想への第一歩。

 サイファーとは――『異形の者たち』と戦うために定められた、年端としはもいかない子供たちを含めた人間で構成された兵士の名称である。

 端的に言ってしまうと、この旧三鷹訓練所は徴兵制によって、

 能力のある(・・・・・)少年少女を強制的に集め、サイファー(兵士)として成り立たせるための養成所である。

 通常なら、兵士になることは――命の危機ききさらされる可能性があるということ。

 避けることが出来るのならば、誰もが厭悪えんおしてしかるべきもの。

 いくら法律だとはいえ、人の命運を法律が左右して良い道理などない。

 彼女が壁の外側で見た抗議をしている集団は、まさにそれら不条理を訴えるものであった。

 わかっている――国がどれだけ理不尽なことを要求しているのかを。

 わかっている――ここ(・・)までしなくてはいけないほど、人類は切羽詰まっているということを。

 わかっている――国民の多くが恐れている最悪が、この土地でうごめいているのだと。

 だが――真結良の信念は揺るがない。自ら兵士になることを望み、サイファーとして『異形の者たち』と戦う確固たる決意があった。

 入学したばかりと変わらない学年であるというのに、

 谷原真結良の見る先は訓練所を超えて、

 更に奥にある戦いを見据えていた。


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