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<Epilogue>

 ――――事件が終息して一週間。

 外部から来た軍と訓練所は、異形が居たというこんせきを無くすことに全力を注いでいた。

 壊れた校舎はしばらく修復に時間は掛かるだろうが、

 犠牲者に親しかった者以外は、早いうちからほとぼりが冷め、日常を取り戻しつつあった。

 二の次にされ続けて、ようやくおこなわれた葬式は、

 全校クラス生徒が一同に会し、

 被害者の名前も取り挙げられず、

 遺体も写真も無い講堂で行われ、

 彼らをとむらうには、あまりにもかんもくとうのみで終わった。



 谷原真結良は――安藤太一と畑野喜美子の二人に会いに向かった。

 待ち合わせ場所は彼等が指定し……偶然にも中庭となった。


「……谷原。ひさしぶりだな」

「真結良ちゃん。元気そうでよかった」


「…………」


 安藤は片腕を三角巾で吊り、

 喜美子は頬にガーゼを当てていた。

 顔を合わせて、再開を喜ぶには一人足りない。

 ぽっかり空いてしまった空間をだいたいし、埋めることは誰にも出来ないだろう。

 昼下がりの中庭には三人以外、誰一人としていない。

 ちょうど、彼等が立っている場所は多少地面がならされていたが、

 所々に見える、まだ真新しい禿げ上がった地肌が戦闘の激しさを物語る。

 安藤と喜美子が立っている所は、正に――異形が聳立しょうりつし猛威をふるっていた箇所。

 真結良にとっては苦い記憶となって。

 問題児ノービスたちと異形とが命を賭けて戦っていた光景を思い出す。

 連中が関わっていたことなど知る由も無い二人は、

 私の顔を見ながら複雑な笑顔を作っている。



 ……やはり彼ら二人も、事件現場である駐車場にいたらしく、異形と接触していたという。

 安藤は右腕を骨折し、多数の打撲。

 あのきょの一撃をまともに受けて死なずに済んだのは奇跡の一言に尽きる。

 喜美子もまた、頬に酷い裂傷を受けたらしく。

 彼女曰いわく、傷は思っていた以上深く、完治しても残ってしまうらしい。

 同じ女として、彼女の傷には心痛むものがあった。

 長らく会えずにいたのは、彼らが精密検査のために入院していたのが理由だ。

 二人はギリギリであったが葬式……のようなもくとうに参加だけはできた。


「…………谷原、アンタが異形を倒したんだってな」


「話を聞いたときは、本当に驚いたよ」


 優しい言葉をかけられ、心に針を差し込まれたような気持ちになった。

 ――顔を伏せ、気持ちに耐えている二人の顔を見ると、私の罪深さが浮き彫りになる。

 私は何もしていない。

 ただ、黙って動くこともできないままに、

 異形の戦いを、ずっと遠くからぼうかんしていただけ。

 労いの言葉を受ければ受けるほど、自分の不甲斐なさを呪いたくなる。


「二人が、無事で良かった…………でも、京子は…………」


 無意識に、真結良はコートのポケットへと手を入れた。

 指先には、一本の千切れたミサンガの感触。

 ――――最後まで、この紐に込められた願いを聞くことができなかった。

 もう二度と、願いは叶わず、思いを引き継ぐことも出来ない。


「今日、二人には話しておきたいことがあって。…………今後、私がこれから所属する班について、決めたことがあるんだ…………」


 安藤と喜美子はそれぞれ、同じような期待を持っていた。

 京子との最後の会話になった、真結良が所属する班の話。彼女が切望していた真結良を班に迎えること――今となっては遺言となってしまった内容を彼らは聞いていた……。


「……私は、……………………私は、…………あの問題児(ノービス)の班に所属することにした」



 ――――それは衝撃的な告白。

 開いた口の塞がらない二人。

 悪い冗談か、はたまた聞き違いか。

 その二択しか無いと思い込んでいるようであった。


「どうして……なんでだよ。なんであんな奴らの班に行くって……。ハハハ。何を言い出すのかと思いきや、それは新手のジョークか?」


「いや、真面目に考えたんだ。私はどうやって今後、生きてゆけば良いのか……そして、今回の事件であの班に行くことが一番ベストな選択だと思った」


「解らない。なんでか解らないよ真結良ちゃん……だって、問題児(ノービス)って…………なんであの事件と問題児が関わってくるのか、ぜんぜん解らないよ」


 それはそうだ。彼らは問題児を単なる無能な集団としか思っていない。

 私も彼らと同じだった。あの夜を迎えるまでは……。

 ……………………。

 …………。

 ……。

 安藤たちと顔を合わせるよりも数日前から、

 真結良は自分が進むべき方向へと行動を起こしていた。


「――へえ。……私たちの班に。そうなんだ。なるほどねぇ……………………ふへ? 私たちの班に!? え? エェッ!?」


 上ずる声は動揺の現れ。

 蔵風遙佳は驚きのあまり、深呼吸が必要になって、三回も同じ事を訪ねられた。


「…………班に入るためには班長の了承と教官の承認が必要だと聞いた。……既に一年の学年担当の教官と……教官責任者である岩見大尉から許可はもらっている。残すは班側……班長が不在の『副班長兼班長』の君に嘆願しにきた――と

 いうわけだ」



 書類を準備するために、まず順番をすっ飛ばして、

 一番権力をもつ承認をもらおうと、大尉の元へ訪ねていた。

 岩見大尉には驚かれると思っていたが。


「やはり、類は類に混ざるんだねぇ……他からのバッシングはあるだろうけど、僕は良いと思うね……うん。許可しよう」


 一切の反論も質問もないままに、了承をもらった。



 ――問題は学年担当の教官側だった。

 どうして優秀な君が、あそこへ入りたいのか、と。

 真実を伝えたところで、もう理解してもらえないのはわかっていた。

 ただ――彼らを変えたい。そう伝えた。

 もはや過去の思いであったが嘘偽りでないのは確かだ。

 あれほどの技術。そして経験を持ちながら、才能をまいぼつさせてしまうにはあまりにも惜しい。

 そう思っていた私の(こころざし)は、押しつけがましかった――と反省している。

 岩見大尉から異界の話を聞いて、彼らの過去や素性を知らなかったとはいえ、自分勝手な事を並べ立てていた。

 …………私は彼らの班に惹かれた。

 あのとき間宮十河に引かれた手を、今度は私が力となって、

 誰かを助ける為に手を引けるような人間になりたい。

 恐れることなく、立ち向かえる勇気。

 自分が成長できるかどうかは、やってみなければ解らないが、

 また――何も出来ず歯噛みすることだけはしたくない。

 すこしでも彼のように行動できる人間になれれば……。

 多少の問答はあったものの、思惑通り岩見大尉の承認を得ている書類が決め手となり。

 熱意に圧された学年担当は――判を押さざるを得なくなっていた。



「ででででも……私たちが、なんて言われているか知ってるよね?」


「もちろんだ」


「問題児だよ?」


「ああ」


「谷原さんみたいな凄い人が、私たちの所に入ったら、きっと冷たい目で見られるだろうし、悪く言われちゃうとおもんだけど、なぁ……」


 混乱して目が泳ぎ続ける遙佳。

 昨夜の戦闘で銃を構えていた人間とは思えないほどのろたえぶりだった。


「だからなんだ。他の連中の言うことなど知ったことか。私は君たちの班に入りたい。それだけが理由じゃ不満か?」


「不満じゃ無いけども……なんかビックリしちゃって。信じられないなって思っちゃって」


「――――公然とピッキング道具を持っている君よりは、いくぶんか信じられると思うが?」


「……………………た、谷原さんって、けっこうイジワルなんだねぇ」


 彼女の苦笑いに、つられて真結良も笑ってしまった。

 しばらく俯き思考する三つ編みの少女は、眼鏡を両指で押し上げ。


「――わかりました。一応班の代表だもん。私が決断しなきゃだめだもんね。谷原さん。あなたの提案を許可します」


「そうか!」


 喜ぶ間もなく。

 スッと、真結良の目の前に遙佳の細指が塞ぐ。


「たぶん、みんなは谷原さんの事を良く思わないだろうから、そこは覚悟してね。……この件は他のメンバーに相談しないで。私の独断で決定したことだから。本来だったら皆に相談しなくちゃだけど、否定的な結果になることは目に見えてる。……だから正式に書類を通したのちに皆の前で発表します。――あと一つだけ、条件があります」


 ――問題児が、ディセンバーズチルドレンである事実をこれからも口外しないこと。

 私たちは決して強いわけじゃない。興味本位だけで聞かれて欲しくないことも沢山ある。きっと他の人達よりも多くの辛さを仲間は背負っているはずだから。どうか無用な注目を避けてきた自分たちの平穏を壊さないで欲しい――と。遙佳からきょだくする交換条件として提示された。

 岩見大尉の話していた『辛い過去』が脳裏をよぎる。

 後ろめたさのない切実な願いに、真結良は首を縦に振る以外の選択はなかった。


「あと、これは私からのお願い……」


「…………?」


「その……問題児っていうことを抜きにして、これからは仲間になるわけだから、仲良くしてくれないかなーって思ってるかな」


 どんな無茶なことを言われるかと、心の隅で身構えていたが、


「――――もちろんだ。たとえ班じゃ無くとも、そうなれるはずだ」


 頬を染めながら喜ぶ蔵風遙佳の笑顔は、

 問題児とか、ディセンバーズチルドレンであること以前に、

 年相応の心をもった少女のそれであった。

 ……………………。

 …………。

 ……。



 ――んだ青空だというのに、中庭の空気はでいのように重苦しかった。

 安藤と喜美子。そして対峙する真結良。

 二人の視線は尋常ならざる鋭さで突き刺さる。

 ポケットの中で、京子のミサンガを握りしめた。

 …………きっと、彼女がいたら許してくれるだろう。私の選択を。

 もし彼女が生きていたら、きっと二人もいぶかしみはするものの、送り出してくれたはずだ。

 彼女の死後、そんな甘い展開にはならないだろうと、確信していたが、

 ――やはり、辛いものがある。


「向こうのリーダー(副班長)には、すでに話を通してある……」


 ポケットから手を出し、ぜんとした態度で真結良は二人を交互に見た。

 別に手続き上、彼等に自分の進む道を話すのは必要の無いこと。

 だが……私は彼らを尊敬している。

 それを踏まえた上でけじめ(・・・)をつけておきたかった。

 短い時間であったが共に居れて。とても居心地の良い場所であった。

 せめてもの敬意の証として。私のく先を伝えておきたかったのだ。


「なんで…………俺らの所じゃないんだ。…………あいつ……お前が班に来ることを楽しみにしていたんだぞ!? なのになんでだよ!」


 悲鳴にも似た苦しげな叫びが響く。


「……知っている。京子と話して、……彼女に誘われていたからな」


「だったら、どうして……そんなこというの」


 今にも泣き出しそうな喜美子。

 京子を失い、更に私までも、にわかに彼らから去ろうとしているのだから。


「他の所ならまだ納得がいった…………なのに、どうしてよりにもよって、あの班なんだよッ! 俺達は問題児(ノービス)どもよりも役不足だってのか!?」


「ち、ちがう! …………断じてそんな事はない!」


 ――心が痛い。士官学校では誰もがライバルだった。上辺の友だち付き合いはあったものの、真に友と呼べる人間はいなかった。

 この内界に来るときだって、同期たちは余計なライバルが減ったと思っていたはずだ。表情は悲しそうな惜しみの言葉をかけられていたが、表情の下ではほくそ笑んでいたのが解った。



 私は――いつも独りだったのに。

 彼らと出会ったことで変われた。

 駆け引きとかそこだくみなんてものは無く、本心から私を思って言ってくれている。

 何度も心が揺さぶられた。私が全て悪いのに。

 ほんの少しだけの時間を彼らと共有していただけなのに。私が築き上げてきた価値観が大きく変わってしまっていた。

 ――『友』の一言一句が、胸に響く。

 心の中で何度も――何度も「ごめんなさい」をくり返す。

 そうしていないと、私は二人の元に歩んでしまう。

 独りでは感じられなかった、心の弱さ。

 ――すまない。ほんとうに……すまない。

 喉が痛い。声が震えてしまいそうだった。


「今ならまだ間に合うはずだ。俺達の所へ来い谷原真結良。一緒に異形と戦おう……俺達ならば、きっと上手くいくはず――京子の為にも! …………一緒に行こう」


 優しくされればされるほど、とても辛い。有り難すぎる申し出だ。友人が死んだというのに、気丈に振る舞い、私なんかに手を差し伸べてくれる。ほんとうに頭が上がらない。

 ――――でも、私は。


「…………………………」


 ゆっくりと首を左右に振った。

 いま言葉にしてしまうと、

 わたしは――きっと、泣いてしまう。



 京子は言っていた。

 いの無い選択をしろ――と。

 彼女を引き合いに出して理由にするのは、

 京子の思いを傷つけるような気がして、言葉には出来なかった。

 ……私は考えた末に選択した。

 彼らの班に入ることを。

 その強さや、生き抜いてきた経験。

 きっとこの学校だけでは学ぶことの出来ないものを持っていると。



「――可能性を、感じたんだ」


「なんの、だよ」


問題児(彼ら)の班に入ることによって、私は本物の強さというものを得られる気がするんだ」


「…………納得できねぇよ。お荷物連中のグループに入って成長できるわけ無いだろッ」


 …………これ以上、何を言っても堂々巡りになるだろう。

 眼差しは真っ直ぐ。喜美子と安藤を捉える。


もう決めたんだ(・・・・・・・)……」


 背を向けて、真結良は歩き出す。

 ――『決別』そんな言葉が胸を刺し、拳を握って唇を噛む。

 もう、こうなってしまったからには、振り返ることは出来ない。

 少しでもためえば――きっとこの先も、私の心は揺らぎ続けるだろう。



「お前……まさか怖じ気づいたのか? 何も知らない外界の人間だから……、異形を倒したくせに、京子が死んだことにビビって、逃げ出すのか!」


 彼にとっては、問題児(ノービス)たちは体の良い逃げ場のように感じているのだろう。

 異形を倒したのは私じゃない――アイツらなんだよ。

 安藤……お前が毛嫌いしている彼らが、異形を倒したんだ。私ではないんだ。

 ――遙佳との約束が、真結良に口をつぐませる。

 仮にしんじつをもって話したとしても――今は受け入れてくれないだろう。

 だから、今は否定をしない。

 きっといつの日か、信じてくれることを――信じて。


「この裏切り者ッ! どうして、どうしてもっと早く……京子を助け(・・・・・)られなかったんだ(・・・・・・・・)!!」


 涙を流し、どうして良いかわからない感情を爆発させ、絶叫する安藤。


「…………安藤、くん……ぅう」


 涙を溜める喜美子は、

 そっと口を押さえ、

 首を小さく振り続け、

 それはちがうよ、と無言で訴えかけ、

 彼の震える服のそでを、力弱く握った。


「…………………………ッ」


 最後の最後で放たれた安藤の一言が、真結良の胸を完全に刺し貫いた。



 そうだ…………きっと、私がもっと強ければ、京子は死ななかったのかもしれない。

 あのとき、私が京子の代わりになることができたら、

 もっと早く、彼女の元に駆けつけていることが出来ていたら…………。

 彼のように――――京子の手を引くことが――。

 ………………彼女は――彼女はッ!

 なんで――……こんなにも。私は……無力なんだ。



「…………ぅ、あ……くッ………………う、、ぅ」


 今まで涙一つ出なかったのに。

 ――――なんで、いまになって。


「うう、…………ひ、っぐ……ぁ……ぅぅ」


 今までの感情がかいし、大粒の涙となって止めなくあふれ出る。

 苦しい。とてもくるしい。

 ほんの僅かなひとときだった。

 でも、京子が与えてくれたものを、

 私はこの先も忘れることはないだろう。

 涙をぬぐうそぶりを見せてはならない。

 強く、強く……もっと強くならなければいけないんだ。



 かすむ視界ではどこを歩いているのかも解らず、

 初めて友と呼べる人達を亡くした。

 悲しみにおぼれてしまいそうになりながらも、

 歩く動作を止めることは許されなかった。

 泣き叫びたい衝動を押し殺し。

 あふれる涙で見上げた空は、

 残酷なまでに――透き通ったあおを谷原真結良に落としていた。


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