<14>
――――異形を退治した一年生がいる。
噂は瞬く間に校内を駆けめぐった。
任務に当たった生徒や外部から来た軍人。犠牲者となった人々への悼みと、
本当かどうかもわからない確証無き情報が交錯し、
校内に現れた異形を倒した熱狂と戦慄が入り交じり、
訓練所は混乱した空気が続いていた。
――噂の渦中に居たのは、谷原真結良その人だった。
あの後、彼女はライフルを持った形で、
異形の死体とペアになって呆けていたところを発見され、
推測するまでもなく、揃った証跡から、異形を倒したのは、真結良であると判断された。
校内の緊急防火装置の作動。
予備保管庫への不法侵入。
鍵をこじ開けて武器を強奪。
一人で警備中の校舎へ侵入した事への重大な校則違反。
数々の校則違反、規律違反を足して出る答えは、厳罰に値するシロモノであった。
――――そもそも壁一枚隔てた向こう側が外界に隣接している二十区で、異形が発生したことは人々の安全を根底から揺るがすほどの大変な事件であり、
訓練所の外部に逃がすことなく、最小限の犠牲でくい止め――、
多少の荒さはあったものの、単独で戦おうとしたその勇敢な判断と姿勢。
そして見事に討滅した功績は評価に値するとされ、
プラスマイナスゼロで厳罰は免れられることになった。
――というのが、上官の言い分であるが、
正確には、異形が出現したことを、早々になかったことにしたい意図があり、異形を倒した噂が根強く残っている状態で、谷原真結良を厳罰に処することは、異形が校内にいた事を大々的に認めてしまうことにおいて他ならず、一時的ではあれ、ヒーローとなった彼女に咎めを与えることは、他の生徒たちの士気にも大きく関わってくると判断されたのだった。
転校して数日。一躍、時の人となった真結良の周りは、常に生徒で取り囲まれることとなった。授業や休み時間は質問責めと、友好的に接してくる人間でひっきりなし。
逃げるように寮へと帰り、またあわただしい日常へと身を投じる状態。
もちろん、真結良は何度も本当の事を話して抗議した。
――自分がやったのではない、と。
あちこちに設置されている監視カメラに、必ず彼ら問題児が映っているはずだと説得し、調べてもらうが……どれも自分が一人で歩いている姿、
あるいは――不自然すぎる映像の途切れによる空白が残されているばかりだった。
何者かが、情報を操作したのだ。
……こんな事をやれそうな人間は、一人しかいない。市ノ瀬絵里だ。
だれが異形と戦ったのかと問われると、真結良は嘘偽り無く名前を連ねた。
間宮十河、市ノ瀬絵里、蔵風遙佳、荒屋誠、稲弓那夏――直接は干渉していなかったが、エリィ・オルタ…………彼ら『問題児』の名前を出す。
その度に帰ってくるのは、そんな馬鹿なという嘲笑。
「問題児にそんな能力があるか。授業もまともに受けてないくせに、異形と戦えるわけがないじゃないか」
「あの馬鹿どもが? 谷原さんって突拍子もない発想するね、逆にすごいなぁ。そりゃあ異形も倒せちゃうよね」
「ディセンバーズチルドレン? アハハ、そりゃあ帰還者なら異形を簡単に倒せるだろうさ。でも、どこをどう考えても問題児がディセンバーズチルドレンって、…………それ笑える」
真結良が語る真実は、上官含め生徒たちにとって、あまりにも荒唐無稽な話らしく。
本人は信じてもらえない事に苛立ちを感じ、
それどころか逆に問題児たちに対して皮肉を言っているように取られた。
複数の人間が戦った物的証拠――たとえば異形に突き刺さった剣や銃弾の種類。
それらを照らし合わせれば単独でないことは明白だ。
なのに誰もその点に触れることはなく、真結良の中でずっと謎が残り続けた。
エリィは自らを『ディセンバーズチルドレン』ということを明かした。
初めて聞かされたときは半信半疑であったが、今では信じることができる。
確かにあの六人は、異形を前に冷静に判断し、戦った。
…………私は目の前で見たのだ。
どんなに詳しく説明をしようとも、法螺にしか捉えてくれない。
話せど至るは虚言。そのループである。
そんなある日……生徒に囲まれる中で、
――ふと、視界の端に彼を捉えた。
「!」
取り囲む生徒たちをかいくぐり、真結良は廊下へと飛び出た。
「…………おい!」
事件後、探せど見つからなかった問題児の一人と、ようやく出くわせた。
数日ぶりに再会したのに……。
間宮十河は振り返りつつ挨拶でもするかと思ったが、
こちらを見るや否や、
「………………」
彼は無視して。そのまま去ろうとした。
「――まっ、まて。……間宮!」
追いつき、彼の隣に並んで歩く。
奇妙な組み合わせに周囲から視線が集まる。
「――――…………付いてくるなよ」
「話がしたいんだ」
「オレのほうは話すこと無いんだけど」
視線を合わせず。眉を寄せ、無愛想に言い放つ。
「…………なあ。谷原」
「――ん? なんだ!?」
彼から切り出されることで、思わず顔が輝いた。
まるでエリィ・オルタのような反応だと、我ながら思ってしまった。
「一緒に並んで歩かないでくれるかな……アンタと歩いてると、要らない注目集めてるんだけども」
「…………………………」
平然と拒絶する姿。
少し前ならばむかっ腹を立てているところであったが、
あの一件以来、彼の見方は大きく路線を変更している。
「……断る。話してもらわない限り、離れんぞ」
心底、面倒くさそうな感情を顕わにする溜息。
十河は少しペースを上げて歩き続ける。
階段を登り、廊下を突き抜け、更に階段を登る。
徐々に人気が無くなり、屋上へ通ずるドアを開ける。
本来なら鍵が掛かっているドアであるが、
肝心の鍵はドアノブごと壊されていて、ガムテープで簡単に止められているだけだった。
開けた空。誰一人としていない空間。二人きり。
数日前の夜――絵里と那夏が眼下の異形を相手にしていた場所である。
「…………で、用ってなに」
話す時間を設けてくれたと勝手に判断した真結良は、
「……お前が、ディセンバーズチルドレンで、間違いないんだな」
「…………………………」
無表情は変わらず、だが寄せた眉が歪むのを見逃さなかった。
「アンタがそう思っているなら、そうなんじゃないのか? ……オレにとって、そんな名称、下らない以外の何者でもないんだけど」
「エリィ・オルタは三区の出身だと言ってたぞ」
「…………クッソ、あのおしゃべり女」
虚空を睨んで、隣に居ない彼女に毒突く。
つまり、否定しない肯定であり、真実であることは間違いなかった。
「…………どうして、あれだけの力を持ちながら、問題児なんて烙印を押されているんだ」
どんなに考えても答えが出なかった疑問。
本人たちでなければ知り得ない道理。
「生き残ったってだけで、優秀でなくちゃいけないのか?」
「………………は?」
「力を持っているから? …………………………持ってたらなんなんだよ」
「お前の能力は、もっと評価されて然るべきモノだ」
熱を帯びた説諭に、十河は冷たくあしらった。
「誰もがアンタみたいな偉い子ちゃんじゃないみたいに、生還者だって皆がみんな、評価とか賞賛を浴びたいわけじゃない……オレはただ、平穏無事に生きたいだけだ」
「――人を守るだけの能力を持っているというのに?」
「そのために毎回、人よりも多くのリスクと余計な重圧をこさえさせられる、と……馬鹿げてるな。冗談じゃない」
十河は制服のポケットに両手を入れた。
「オレだって、刻印を持ているって理由で単なる訓練兵として入学させられたに過ぎない……国の制度に縛り付けられている犠牲者の一人だ」
刻印を持つ子供たちを兵士として駆り出される制度。
誰もが犠牲者であり、抗えない戦いに立たされる強制された宿命。
「……一度目は仕方なくだ。仕方なく巻き込まれたから。…………人類はオレ達を裏切り、見限って世界から閉め出した。絶望しながら必死であの掃き溜めみたいな世界で生き抜いた。生きたいから生きて帰った。…………そうしたらコレだ。二度目は無理矢理か? 冗談じゃ無い。オレはもうごめんだね」
「……………………」
間宮十河がどんな日々を生きていたかなど、想像すら出来ない。
あの壁の向こう側で、
人の住めなくなった『異界』で。
彼は何を見て、何を体験したのか……。
「問題児だろうが、落ちこぼれだろうが、なんだってやってやる。何度だって泥を被ってやる……今回、たまたまアンタは現場を見た。仮に何も見なかったのなら――――オレ達は今までと変わることなく問題児をやっていられた。アンタだってそう見ていたはずだ」
「…………………………」
彼の言う通りだ。返す言葉もない。
何も知らないままなら、陰口は言わずとも、私はきっと過小評価をしていたに違いない。
やる気の無い態度に憤慨していたのかも知れない。
「あの時は戦わざるを得なかったからだ。もし戦闘が広がれば、確実に被害は広がり、学校内部の生活環境が変わってしまう可能性があった。だから排除した。――現状を守るために」
誰の為でもない。自分の為に――仕方なくだ……十河はそう言い含めた。
ゆっくりと、彼は天を仰いだ。
決して空などではなく、どこか違う何かを視ているように見えた。
「――オレはこれからも水準以下で有り続ける………………さあ、これで終わりだ谷原。アンタじゃ、オレ達をどうすることも出来ないし、他人を動かすくらいなら、アンタがどこかの班長にでもなって、オレ達の代わりに出来ることをやって、多くの異形と戦ってくれ。その方がお互い、よっぽど楽に生きられる」
真結良を横切る直前、十河は立ち止まり、
「…………これから先も違う班同士。アンタとは何の接点も無い。あったとしても馴れ合いを求めていないし、心底迷惑だ。――二度と、オレらに話しかけないでくれ」
素っ気なさもあそこまで極まれば、怒りも湧いてこなかった。
自分の理想像――本当に天と地の差ほど離れていた。
「……私に、できること……なんだろうな」
この土地に来る前は確かにあった、強い初志。
だが、今は何故か薄もやに包まれている。
得体のしれない暗礁に乗り上げた真結良は、
一人、冷たい屋上風に晒されていた。




