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<12>-3

 銃で施錠されたドアノブを吹き飛ばし、

 絵里と那夏の二人は校舎の屋上へとたどり着いた。

 地上よりも十分な見通しが利く。

 あらかじめ現れるであろう予測ポイントで、大まかな索敵を開始していた。


いた(・・)……どうやら、ジャストタイミングとはいかなそうね」

 肉眼で確認し、……絵里は双眼鏡で対象を捉えた。



 ――異形戦闘の基礎は、こちらにとって有利なフィールド(土地)での戦闘を行うことが前提となる。

 隠れるためのしゃへいぶつや狭い空間。

 高低差のある場所は人間にとって不利になりやすい。

 ……恐らく『異界』で、あの異形をひんに追い込んだときも、広い空間であったに違いない。

 広場、空き地、道路、駐車場、公園。

 あるいは学校のグラウンドであった可能性もある。

 刻印も魔術兵器も持たない普通の人間が、

 純粋な火力をぶつけられただけの、有利な場所には違いなかった。

 人間よりも優れた身体能力。あるいは常識から外れた能力を使用するのが異形だ……。

 人間にとって厄介な障害物は、異形にとって足場も同然。多角的に動作できる絶好の環境。

 ……人類よりも奴らがおとっている生命体ならば、

 ここまで長期にわたって、戦いに手こずることはなかっただろう。

 故に――我々はぜいじゃくだからこそ、脆弱なりの戦い方がある。

 異形一体につき、複数人で連携した集中攻撃。

 近距離と中距離を組み合わせ、

 常に死角を突きながら、

 確実にダメージを蓄積させ撃破する。

 狙撃できる仲間が居ればなお良し。

 その行程をスムーズに、かつ被害を最小限にとどめる為、前提となるのが…………。

 ――今回のような中庭だ。広く……足場の良い平地。条件はベスト。

 油断してはならないが、幸い敵は負傷して、こちらにアドバンテージがある。

 残すは、戦う駒(・・・)がどれだけ優秀か(・・・・・・・・)――それだけである。



 まだ現れない仲間に、絵里は思考をフルに回転させていた。


「絵里ちゃん……」


「なに?」


「わたし……できるかな…………うまく、役に立てるかな?」


 ――この子の弱気はいつものことだ。

 周りの空気に流されやすく、そうでなくとも自分が弱い。しかし――それら短所など霞んでしまうほどのポテンシャルがあることを、アタシは知っている。

 絵里は那夏を見ようとせず、双眼鏡を覗きながら、


「――――安心しなさい。アタシはどんな失敗をしようとも、アンタを見捨てない。それは(・・・)今でも変わらない(・・・・・・・・)……だから、ぜんしんぜんれいでやりなさい。いま出来ることを、精一杯やるのよ」


「…………せいいっぱい……うん。がんばる」


 スコープを調整しながら、那夏の動作には揺らぎはなくなっていた。


 絵里は舞台となる中庭を把握することに努めた。

 通常――校内は電気が落とされ、闇が広がっているのだが。

 緊急装置の作動によって補助電源が働き、一部のシステムは活動を再開しているらしく、

 中庭は外灯がともっていた。

 もし暗闇の中であったら、状況は一層難しい物となっていたであろう。

 生憎、屋上の方は自分の手を確認できるほどのぼんやりとした暗さであったが、

 敵は眼下にいる――支障は無い。暗がりに目が慣れてきた。那夏の方は武器は少々慣れが必要になってくるだろうが、戦いの中で何とかしてもらうしかない。

 いつだって十全にしたためられた環境などない。

 予定調和に組まれた戦いなど、ありえない。

 常に混乱と、予想のはんちゅうの越えた場所から戦いは始まるものなのだ。

 ――――ただ、いかにして理想に近く事を運べるかは、このしゅわんにかかっている。

 アタシの判断で、仲間の命が大きく左右される可能性がある。

 ……失策はあってはならないのだ。

 絵里は自分に掛かってくるプレッシャーを楽しむかのように鼻でわらい、思考を巡らせ続けた。



 ……………………。

 …………。

 校舎内を駆け抜ける足音だけが、反響する。

 これから異形と戦う――。自分で決めたことであるが、

 命を賭けて臨むのだと考えるだけで、

 心臓の鼓動は不必要なほど早鐘を打っている。

 誰も、口を開いて喋ろうとする者はいない。

 おそらく、荒屋も蔵風も同じ心境なのだろう。

 ――内心を顔に出さない十河は、

 無表情のまま魔術兵器である剣の柄を強弱を付けて何度も握り、感触を覚える。

 慣れていないからという理由で、

 振り抜いたときに手から抜けてしまったなど、まっぴらごめんだ。

 走りながら剣を振るうたび、窓ガラスから入ってくる外灯の明かりに、刃が鋭く光る。



 ――彼らは異形の跡を追うことをしなかった。

 もし、建物内で異形に出くわせば、逃げ場の無い絶望的な状態での戦闘となる。

 それらを避けるためにかいをして、

 別の出入り口から異形を待ちぶせする算段を立てていた。

 目的の場所に到着すると、息を潜めて屋上からの連絡が来るのを待つ。


『間宮……遙佳…………聞こえる?』


 無線からは市ノ瀬絵里の声。

 十河だけではない、この声は全員に共有して聞こえている。


「ああ、問題ない」


「――うん。大丈夫だよ」


「――――こっちはいま校舎の中。いつでも中庭に出れるぞ」


『…………オーケー。それじゃあ作戦を――』


「おい! 俺には聞かねえのかよ!」


『…………あ、聞こえてたのね』


「ったぼーよ! ちゃんと確認しろよな」


『はいはい。恐怖して逃げたのかと思ってたわ』


「ハッ、冗談。……いつでもぶっ潰してやんぜ」


『アタシと那夏は屋上のポイントを確保してるわ。アンタ達も既に確認済み。……見える?』


 十河、遙佳、誠は、絵里が送っている、フラッシュライトの点滅を確認した。


「……うん。バッチリ見えたよ」


『大丈夫そうね。アタシが指示を出す。敵はもう中庭に来てるわ。校舎から出たらすぐに目視可能なはず。異形とコンタクトしたら、直ちに戦闘を開始。ポイントが狂ってもなんとか中央に誘導して。…………遙佳はライフルでの間接攻撃。敵の動きを鈍らせつつ一定の距離を保つこと。残りはその場の連携で接近戦に持ち込んで……常に予定どおりなんて存在しない。戦闘に入ったら選択は全部任せる。…………ただし、なるべくこちらの射線上に入らないよう努めて。最後のとどめは一番火力のある那夏にやらせるから、こちらが合図したら備えること……いい?』


「…………了解」


「うん。わかった」


「へいへい」



 ――双方の準備は整った。

 空気を大きく吸い込み、一息つく絵里。

 耳元でクチャクチャと、誠が鳴らすガムを噛む音……。

 非常にみみざわりであったが、

 ――――誰も、彼をさとすことはしなかった。


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