表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/264

<11>-3

 放心状態……。力が足に入らない。


「おい力入れろ! 走るんだよッ!」


 全力疾走とはほど遠い……もたついたスピードで廊下を直進しながら逃げる。

 異形の絶叫はすぐ後方で反響し、

 こちらに向かって走ってくる気配が強くなる。


「あと少しだ! なにやってんだ谷原! 走れってッ!」


 強く引っ張られた痛みに、真結良はようやく走ることだけに神経を向けることが出来た。

 目と鼻の先から異形が追尾してくる。廊下の壁を引き裂き、天井に届きそうなほどの背丈は暗闇と同化した暴走機関車のようであった。



 長い廊下は十字の通路へと、さしかかり、

 追いついた異形の腕が、彼等をらえようと迫る。


「――市ノ瀬ぇ! 今だッ(・・・)!」


 曲がり角で待機していた市ノ瀬絵里は、壁に備え付けてある非常警報のボタンを叩いた。

 構内に広がる、けたたましいサイレン。各場所の防火壁が下がる。

 十字路に入り込んだ異形は四方の天井から降りてくる防火壁に挟まれ、進路を阻まれた。

 扉が閉まる最後の最後まで異形は叫び続け、

 徐々に降りていくそのかんげきから、彼女たちのいる廊下に向けて長い腕を伸ばし、

 爪でそうとやっになったが、

 やがて完全に閉じ込められ、

 くぐもった叫び声と、体当たりをくり返す鈍い音だけが廊下に響いていた。


「よ、よかった。谷原さん。わたし、わたし…………」


 絵里の隣では安堵して泣き出す那夏。

 真結良はまだ混乱して、自分がどうなっているのかも認識していなかった。

 壁一枚向こう側にいる怪物に対して、落ち着かない様子の誠は、扉を叩く音よりも大声で、


「話すのは後だって! とにかくココは危ねえから……離れないとマズいぜッ!」



 一同は異形が閉じ込められている廊下から、

 出来るだけ離れるようにして距離を置き、二階の廊下で腰を下ろした。


「ど、どうしてここに、いるんだ…………」


「どうもこうも、真結良ちゃんが勝手に走り出したもんだから、みんなで校舎の中探し回ったんだぜ?」


 エリィも困った表情で、

「生きててよかったのー。我はてっきり既にモシャモシャされちゃってるのかと思ったよぅ」


「エリィ。アンタそれブラックジョークにもほどがあるわよ」


 不快感あらわにして、絵里はつぶやきつつ言った。

 長居は無用であったが、ひとまずの安堵が全員に広がったとき、



 ――強烈な閃光が彼らを照射する。

 眩しさに眼を細める彼らから、光が下ろされ、

 それが銃口に備え付けられた――フラッシュライトだと気がついたのは、目が慣れた後だった。


「く、くそ………………学生……さ、サイファーか?」


 光の向こうには、腹から血が流す兵士が居た。

 頭に包帯を巻いている姿。おそらく帰還した兵士の一人だろう。

 力なく廊下の角に座り込んで、兵士は苦しみあえいでいた。

 十河は彼に駆け寄り、傷の状態を確認する。


「…………………………」


 傷は最悪だった。ごっそりと中身が無くなっている。

 そもそも、歩いていること自体が奇跡に思えるほどの……。


「おい、何があった……あんた、帰還した兵士の一人だろ」


 うつろで、今にも意識を失いそうな兵士。

 土色の肌は、血色と呼べるものが完全に失われていた。


「……だめだったんだ。あんなの、あんなものを……もってかえったから」


「なんだ。あのコンテナに何が入ってたやつか!?」


「――――かいぶ……つ、『異形』……」


「!」


 さっきまで対峙していたのだ。

 解ってはいたものの、確信が欲しかったのだが。

 いざ耳にすると、やはり衝撃に打ちのめされる。


「なんで、なんでそんなものをココに持ち込んだんだよ……どうしてッ!」


「我々は……遭遇した、異形を殺し……研究の為に持ち帰ることに……なって……」


 口から流れ出る血。それでも十河は彼に対する怒りを抑えることが出来なかった。


「殺せなかった。みんな……犠牲になって、人が、死んで……すまない…………生きるために、……研究者を、犠牲にしたんだ……彼等を……お、囮にして、ぎ、犠せ…………ううぅ。あの、あの生徒も、私は………………見捨て、…………うぅうう」


 薄れ行く意識の中、

 ――――申し訳ない。本当に申し訳ないと、

 彼はぎわに涙しながら、ざんのような言葉をくり返す。

 血まみれの手が、強く――十河の胸ぐらを掴む。


「サイ……ァ……あの、……バケモノ………………殺し……たのむ…………」


 最後まで自分たちをサイファーだと勘違いしていた兵士は、


「………………………………」


「おい、…………オイッ!」


 ――――最後に願いをたくしたまま絶命した。


「間宮……もう駄目。……死んでるよ」


「クソが! お前達はいつだってそうだ! いつもそうやって勝手なことをして、何も関係のない周りを巻き込んでッ! いつもッ(・・・・)!」


「――もう、……よしな。間宮」


 肩に置かれる絵里の手で、我に返り、

 ようやく十河は自分の服から強く握られた彼の指を引き剥がした。


「おいおい。マジかよ。外からきた軍人ってのは異形を運んでいたのか? なんでそんなことをしてんだよ」


「わたしたちも、たべられちゃうの?」


「――――アタシはそんなのごめんだからね。那夏、冗談でもやめて」


「……ご、ごめん。絵里ちゃん」


 しおれる那夏。どう考えても冗談で言っているわけではない。



「…………………………………………チッ…………ふざけやがって」


 ――――どうしたものか。

 苛立ちを抑え込みながら思考。いま自分が持っている情報を分析する。

 たっぷり数秒、彼は呼吸するのも忘れて、

 ――結論に……辿り着く。

 一度、深く空気を吸い込み、溜息のように吐き出した。

 振り返った十河は、動揺状態にある全員に向かって話し出した。


「…………あの異形、一瞬しか見ていなかったが、全身が傷ついていた。ほとんどが新しいものじゃない。恐らく一度殺した(・・・・・)、と思い込んでいたのだろうな」


「つまり、殺し損なった異形を連中は運んでいたのね。…………バカもここまでくれば笑える話だわ」


 鼻で笑う絵里。

 彼らの会話も聞こえていない真結良は、顔をこわばらせ続けていた。


「…………京子が、……京子が」


 那夏は黙って真結良の手に自分の両手を乗せた。

 ――まるで、自分の事のように悲しそうな顔で、何度も無言で頷く。



「壁は、保つわけないか……だとすると、やるしか――ないのか……」


 十河の耳にも聞こえてくる。

 一階で防火壁を叩き付けるが響き渡る音が……。


「き、――京子……なんで」


 顔に付いた血を拭うとすでに乾いて、

 真結良の手のひらで微細な固まりになっている。


「……おい」


「ど、どうすれば、次に私は……京子は……」


「おい……――おい! 谷原真結良ッ!」


「………………………………え?」


「ぼさっとするな。アレをどうにかするぞ」


「どうって、……お前。何を…………いってるんだ」


 十河は心底がっかりしたような、ため息を吐き捨てる。


あの異形を倒す(・・・・・・・)――と言ってるんだ。……荒屋、お前は大丈夫か?」


「気は乗らねーけど、学校つぶされたら困るかんなぁ。仕方ねえよなぁ」


「市ノ瀬、アンタはオペレーターを頼む。稲弓……市ノ瀬と共に外側から」


「ええ。まかせなさい」


「自信ないけど…………がんばる」


「蔵風はオレら近接戦闘アタッカー援護サポート…………」


「――――うん了解」


「我は我は!? 仲間はずれはいやじゃぞ。一応言っておくが、何もしたくないからな!」


「…………………………じゃあ、谷原のおりで」


「まかせとけ。ぼうかんとおしゃべりは得意だ!」


 驚くほどてきぱきと、自分の役割分担を与えてゆく十河。

 真結良にとっては、その光景が余りにもこっけいに写った。


「ば、バカな……これほどの緊急事態なら、外部へ連絡するのが最優先だろうに!」


「……あれは〝刻印持ち〟の生徒を数人食って魔力を蓄えている。最前線の第五層より内側ならば、濃密な

 魔力によって単独行動できるだろうが、この土地では魔力がとても薄い。だから多少食っただけでは完璧に満たされはしない。よって……行動できる範囲は限られる」


 だったらなおさらと、継ごうとする真結良を無視する形で十河は続ける。


「――そう。あの異形も生き物だ。なんとしてでも生きようと必死になって魔力を捜し求める。――故に、この校舎で一番高い魔力が集まっている場所に行くだろう……道中、人間を食って最低限の行動力を確保しながらな……駐車場からこの『学科エリア』へ移動したってことは――ヤツは西へ西へ進んでいる、その先には何がある?」


「……………………刻印の………『特殊エリア』か?」


「ご明察。頭だけは、まだ多少回るようね」


 先ほどと変わらず鼻で笑う絵里。真結良は怒りも沸いてこなかった。


「本能のままに引き寄せられているのだろう。…………幸い、相手はダメージを受けている状態だ……加えて、あの異形は知識もとぼしく見えた。だとすると行動に大まかな予測が付く。まっすぐ、この校舎を抜けて中庭を突っ切るはずだ。応援を呼んでいたら、人数を集めて体制を整え、作戦を立て、もたもたしている間に、異形はこの訓練所でも特に強い魔力がある特殊エリアに到達し、魔力を更に蓄えるだろう。そうなると今よりもさらにやっかいな状況になるのは必至……生きていて(・・・・・)なおかつ異形に一番近いのはオレらだけ。だったら行動できる人間が行動するべきだ……本当を言えば、この兵士のために動いているようで、心底嫌になるんだがな」


 絵里はあごに手をあて、いつもの考える姿勢を作った。


「ここの防火扉は構造上、爆発もある程度(・・・・)は押さえ込めるはずなんだけど――人じゃない生き物を、ずっと閉じ込めておける能力は期待できないから、そろそろ隔離も限界でしょうね。応援は絶対に間に合わない。単純に逆算しても、アタシたちが作戦を組み、武器を確保する時間しか稼げないわ……もともと確実に逃げる為に、閉じ込めたわけななんだけどね」


 まさか、防火壁の強度を知り、僅かでも時間が稼げると計算した上で、市ノ瀬絵里は緊急装置を作動させたのか?


「事は一刻を争う。準備を整えよう」


 十河の意見に誰一人として反論する者はいない。

 それ即ち――全員が戦う意志を持っているという事だ。


「さあ、行動開始だ――――あの異形を(・・・・・)……闘滅する(・・・・)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ