<11>
――まさかこの先で、想像を絶する事が起こっているなど知る由も無い。
問題児一行は、まるでピクニックに行くかの如く、
足取り軽快に、警備現場へと向かっていた。
「なあなあ、もしも本当にロボットだったらどうするのじゃ?」
「だから、ロボットなんて無いって言ってるでしょ」
「…………そうかな? 私はその可能性もあるかなぁって思うよ。まあエリィちゃんのような二足歩行のヤツじゃないとおもうけど」
「えー。二足歩行がロマンなのじゃよ……キャタピラ足で上半身人型だったら、絶対弱いぞ……こう、ビームなサーベルでな――――」
好き勝手言うエリィに一同は話半分にしか聞いていない。
「じゃあ、市ノ瀬は何だと思うよ?」
誠はエリィの与太話よりも、現実味のある絵里の意見に興味をもったようだった。
絵里は考え事があるとクセで顎に手を当てる。
「――――異界からの帰りなんでしょ? 一つは新型の兵器。異界に持ち込んで、実験したものがコンテナの中に入ってる。…………もう一つあるとしたら、サンプルじゃないかしら」
「い、異界にある……ものを、採集したって、こと?」
ひょこっと前に出た那夏に、絵里は頷く。
「異界は稀少資源の山だって聞いた事あるわ……。日本だけでは無く、世界各国が異界に興味を持ってる。中でも物質に至っては世界には存在しないものばかりが発見されている。……使い方次第では現代の科学技術を大きく飛び越すことができるとかどうとか……」
「へー。お偉いさんの考えはサッパリだぜ」
「お偉くないことだってさっぱりなのにな! クハハハハ――――いでッ! だああああん! マコトが頭ぶったぞ! トウガぁぁあああああ!」
「だから。……へばりつくなって」
夜道を行く六人は、騒がしくしていたが、
目標の場所が近づくにつれて、お互いに目配せし、
静かにするよう合図を送り合った。
いよいよ、現場に潜入というところで……。
「貴様らアアアアアアアアッ!」
罵声に罵声を乗算させたような罵声で、谷原真結良が疾走してきた。
「……真結良ちゃん、やっぱきてんじゃん」
「ち、ちがう! 貴様らを止めに来たのだ!」
すみやかに呼吸を整えた真結良は、キッと全員を順番に睨む。
誰もたじろぐことは無かった――たったひとり真っ青になった那夏を除いて。
「こうなったら、私はお前らを実力行使でも止めるつもりだ。覚悟はいいか!」
じりじり差を詰めてくる真結良。
得物を追い込んだ獣のような顔つきだった。
一陣の風が吹き、なにやら簡単にはいかなくなってきた雰囲気に。
「こうやって面倒になるから、オレは嫌だったんだ……………………――――ッ!!」
「……!」
「――――ぁ」
「……これ」
「…………うそ」
「なんじゃ? どうしたお前ら?」
ほぼ全員の顔が、硬変する。
「さあ、貴様ら、さっさとここを! ――――――も、がッ!」
十河の反応は早く、真結良の回避さえも間に合わないほど早く、懐に入って彼女の口を塞ぐ。
「む!? むぐーーーーーッ!」
予想だにしなかった行動に、真結良は怒りよりも恐怖の方が前に出た。
――――完全に失念していた。相手は問題児なのだ。
害はないと思い込んでいたのが、そもそもの間違いであったのだ。
身の危険を感じ、パンチで応戦する真結良。
するりと避けた十河は、口から手を離し、後ろに回り込む。
「――――おい。黙ってろ」
一切、無駄のない動きで後ろ手に抑え込まれ、また口を塞いでくる。
「むぐぐーーッ! むぅぅーー!?」
「これは冗談でもなんでもない。――――死にたく無ければ、黙ってろ」
鬼気迫る形相になった十河に圧され、
「手を離すから、絶対に叫ぶな。……質問も無しだ」
理解は出来なかったが、なにかされるわけではないと判断できると、
真結良は徐々に暴れるのを止めた。
仕方なく首を縦に振って承服する。
十河の手が離れると、振り返りざま、距離を置く。
「き、ききき貴様。い、いったいなんなんだ」
彼の意図するところはまったく解らなかったが――彼らから放たれている緊張感は、先ほどの暢気なものとは完全に別物であった。
「…………エリィ」
「――――ん?」
「大声をだすなよ?」
「ほいほい」
鋭い目を更に鋭くした絵里は、
「…………この先は、駐車場ね」
その方向を向きつつ、小さな声で言った。
「――――行こう。…………おい、谷原」
「な、なんだ」
「絶対に騒ぐな…………この先は遊びじゃ無い」
気配を殺し、
道から逸れつつ、
物陰に隠れながら、
一同はゆっくり進む。
背を低くしながら移動する姿に、
最後尾にいた真結良も同じ姿勢で倣う。
通常よりも倍近い時間をかけ、たどり着いた駐車場で、
真っ先に目に入ったのは、水たまりだった。
ただの水じゃ無い。……赤い。誰がどう見ても血のそれである。
「――うッ!」
真結良が思わず唸ると、全員の視線と殺気立つ意志を向けられた。
両手で口を押さえて、わかってる、と何度も頷く。
ようやく――『遊びじゃ無い』の意味を理解した。
トラックは何台も止まって、それぞれはバラバラに配置されているように見えたが、
よく見れば、間隔を空けて、何かを守るようにして駐められていた。
血の量は、駐車場の中心へ行くにつれ、目立つようになってゆく。
ある程度、覚悟は決めていたが、
臭気はいきなり強烈な物へと変わる。生臭い……思わず口呼吸に切り替えるほど。
広がっているのは血だまりだけでは無かった。
人の死体…………いや、人と呼ぶには欠損の激しい、
肉の塊となったものが、所々転がっていた。
口に入ってくる空気が、死体の臭気が混じった物だと思うだけで、
真結良の胃は逆流してしまいそうだった。
――――全員の緊張感はピークに達していた。
十河とエリィが昼に見たコンテナは、駐車場の中心にあった。
重厚な扉は開け放たれ、
内部は無数の引き千切れたベルトと、同じく死体が転がっている。
――――どうやら、今回の警備の中心が、コレらしい。
「な、なんだ。これは……どうなってるんだ」
誰一人、表情を変えること無く、
質問に答えることも無く。
死体に目もくれず。
周囲を何度も見渡している。
「………………ひどいな」
コンテナから出た十河は膝を降ろし、
上半身だけになった死体の一つをじっくり見る。
「かなり、大型だな……」
「やべえな」
見下ろす誠も真剣な眼差しで観察していた。
「歯形……形状の流線から頭部の大きさ考えるとすると――――ざっと、三メートル以上ってところかしらね」
死体の荷物を漁りながら、絵里は淡々と言った。
真結良は混乱しつつも、現場を確認する前に、問題児たちの態度に変化があったのを思い出す。
「……………………こうなっていることを、お、お前達は知っていたのか?」
乾いた口の中。真結良は何度目かの空気を飲み込む。
「さっき、風が吹いた時に、臭ったのよ。血液独特の血生臭さを、ね……」
――そんなもの、全然感じなかった。
真結良には、絵里が適当なことを言っているとしか思えず。そんな心の内を知らない絵里は、膝を付いて、地面に転がっていたバッグの中身を調べ続ける。
「お、お前、何をしてるんだ……」
「何って、武器を探してるんだけど? 悪い?」
「ソレは、…………兵士の荷物だろうにっ」
「死体が使えるとでも? アタシ達が使えるならば貰っておいて損はないじゃない」
さも当たり前のように、血まみれの死体から武器と弾薬をあらかたかき集めた絵里は、
遙佳にライフルを投げてよこす。
少々よろけながらもそれを受け取り、絵里と同じようにマガジンに収まっている弾薬を確認し、手際よく再装填する。
「く、蔵風……お前まで……」
問題児の中では、まだ常識人である遙佳さえも、流れに逆らう事は無かった。
「…………まだ、使えるな」
十河ほうは、学生が持っていた刀を二本探しだし、自らの腰に下げる。
「…………ラッキー、ガムもらい」
兵士のジャケットから探し当てた食べ物を、平然と誠は口に放り込んだ。
「…………人数分の無線機があるわね。はい、全員つけて。チャンネルは五五二で設定――チェック」
『あい、おーけー』
『うん……だ、だいじょうぶ』
『問題ない』
『はい。こっちも聞こえるよ』
「我のはぁぁ!?」
「――――あら、ごめんなさい。これしか数が無いみたい。残念だわ。うっさいのが参加できなくて、ほんと残念」
彼女はわざとらしく口元を吊り上げて、せせら笑う。
「――――エリ、いじわるッ!」
彼等の行動に痺れを切らした真結良は、
「貴様ら、いい加減にしろ、お前達は彼等に敬意という物を感じないのか!」
「…………だから、静かにしろって」
抜き身の刀を振り、感触を確かめながら十河は言った。
「どうせ死体だろ……装備をもらったところで、大した問題じゃない………………いま一番に考えなきゃならないことは――この状況を作った何かが、この近くにいるってことだろ」
ハッと、我に返る真結良は、死体を見渡した。
制服姿ではない軍人の服装。学生も転がっているが、一年生ではない。
―――――― 一年は……どこへいった?
気持ちに余裕が出てきたところで、ようやくある人物の顔が頭をよぎった。
「……そうだ、京子は? 喜美子……安藤は!?」
混乱してたとはいえ、彼等を忘失していた自分への呵責もあってか、自然と声が大きくなる。
「…………しらん。この状況から考えれば、まあ絶望的だろうな」
あっさりと、十河は人間性を疑うような事を言ってのけた。
――――この、人畜生めッ!
叫び出したい自分を抑え、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、
代わりに友達の名前を叫んだ。
「京子、きょうこおおおッ!」
「ばか、声を出すなってッ! …………おい、どこいくんだ!」
「一年が……まだ、友達が生きてるかもしれないんだッ!」
「危険すぎる、やめろ!」
十河を横切り、真結良は静止を無視して走り出した。




