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<9>-5

 問題児たちが陽気に現場へ向かっている間。

 三鷹訓練所の高等学校――勉学を行うために置かれた学科エリア。

 寮から行けば一番最初に見えるのが、この学科エリアであり、

 その道中には大型駐車場が設けられている。

 普段、幾台かの車両が停められているだけで、駐車場と言うよりも、

『開けたアスファルトの広場(・・)』――というのが強い印象だ。

 一般的な学校同様、年に一度だけの文化祭が行われる際、この駐車場は一面がはなやかな出店でみせいろどられ、他にもイベントがある度『広場』はちょうほうされている場所であった。

 ――よいの大型駐車場には、無数のトラックが停車し、

 ひさかたぶりに駐車場としての機能をかんなく発揮させていた。

 その全ては昼に外部から訪れた軍用車であり、

 一部の生徒が駆り出され〝警備〟という名目で、任務を遂行中であった。



 空気が冷たい。冷える夜。

 指先をさすり、一人の兵士が、吐き出す息で両手を温めていた。

 頭には包帯が巻き付けられており、かすかに血のにじみが浮かんでいた。

 ……『異界』の任務を終えて一命を取り留めた一人。

 任務の指揮を任されていた隊長、その人である。

 無数の死者。その中で八人生き残り……四人は重症。

 重症の仲間は訓練所に寄ることなく、そのまま本拠地に戻っている。

 彼は本来、任を解かれ休息する立場にあったが――本人はそれを拒否した。

 自分のせいで、多くの命が失われてしまった。

 動いていないと後悔の念に潰されて、どうにかなってしまいそうだった。

 だから、気を紛らわせるため訓練所の生徒たちと共に警備に準じていた。

 どうやら……他の生き残った仲間も同様であったらしく、

 三人ともよるとばりで銃をたずさえ、周囲を見渡していた。


「…………あの」

「――ん?」


 振り返ると、少年が居た。

 耳にピアスをして、いまどきふうぼう

 たしか、訓練所から派遣され、警備に当たると言って、挨拶しに来た一人だ。

 多少、見た目に派手さがあるものの――しかれども任務を任されていると言うことは、見た目よりも優秀に違いなかった。


「これ――――よかったら」


「あぁ……ありがとう」


 差し出された飲み物を受け取りながら、ずれ始めた頭の包帯を直す。


「傷、大丈夫っすか?」


 少々の頭痛はしているもの、痛みは許容の範囲に収まる物だ。

 休んでて良いと許可されているのに、こうやって歩き回ることを選択したのだ、

 辛い、などと言えるわけがない。

「問題はないさ」と短く説明をして、生徒に答えた。

 彼はそれでも傷が気になるようだった。

 ――いや、正確には『この状態に至った経緯』について……だろうか。

 ひまあまし……何よりも誰かと話している方が落ち着いていられる自分がいることに気がついた。


「………………ちょっと、歩くか」


「――――うっす」


 ゆったりとした動作で歩き、少年は横に並び付いてくる。

 駐車場から離れつつ、兵士は聞かれずとも自ら語り始めた。



 ――軍人が外界から派遣され、その足で異界に向かうことは珍しくはなかった。

 今回任された任務は、異界にまんえんする異常環境が、どれだけ現存している生物や物質に影響を与えているかの調査と……その採集だ。

 この世界には無い植物、

 存在しない化合物で構成されている鉱石、

 名状することもカテゴライズすらもできないような謎の物質。

 その手の研究者にとって、それこそ知られた物が少ないほど、異界は未知の宝庫である。



 ……さいしゅぶつを持ち帰ることは、人類の発展を大きくくつがえす可能性がある。

 本来、国が正式に許可を出していなければ、異界に入ることはまかとおらず、地球上にある生態系への影響も懸念されていることから、審査と許可は一筋縄では通らない。

 それら、法の目をかいくぐり……個人の投資家や自らの名声を求める野心家などが、宝探し感覚で巨額をつぎ込み、不法手段で異界へ入ろうとする人間が後を絶たない。

 国連では『異界を日本だけで独占することは許されない』と、私利私欲に狩られた他国から、年中袋叩きにされ、挙げ句の果てには『そもそも異界は国土として扱われるのか?』なんて言い出す始末だ。



 酷くデリケートな状勢の中、国が正式に行った異界調査。

 護衛の兵士たちと、数人の研究者との探検。

 言葉で表すなら簡単であるが、実際の所……異界に行くということは、

 即ちそこに棲んでいる得体の知れない生物――『異形の者たち』と遭遇する可能性があることに直結する。

 ハイリターンを得られる異界には、異形がおり『兵士(イコール)戦う』という固定観念があるようだが、正直なところ、もし異形が現れたら、対処できるかどうかも怪しい。出遭えば一瞬で根こそぎ奪われるほど……リターンを優に上回るハイリスクが隣り合わせで、ピッタリと絡みついているのだ。

 ――対人では十分すぎる装備であるが、異形相手には頼りない最低限の火力で望まされている。

 優秀なメンバーであったが、果たして無事に帰れるかどうか……。

 結論からいうと――任務は失敗であった。

 この日の任務はおり悪く……遭遇してしまったのだ(・・・・・・・・・・)

 てっ退たいなくされ、我々は出口である壁を目指したのだが、

 急に霧が現れ、視界の多くを奪われた。更なる不幸が退避の足を引っ張ったのだ。

 そこからは最悪に次ぐ最悪……仲間を失い、捜索を行うも自分の命すらも危うく。

 首の皮一枚で、異界から脱出することができたのだった。



「……………………」


 黙ったまま、空気と一緒につばえんする音が、少年から聞こえてきた。

 ――話は真実であったが、隊長は少年に全てを語ってはいなかった。

 とても他人に聞かせられるようなものではなく、

 …………あの異界で犯した罪は(・・・・・・・・・・)墓場まで(・・・・)持っていくことだろう(・・・・・・・・・・)


「………………そういえば、定期報告がないな」


「あ、そういえばそうっすね」


 ずいぶんと長い話をしていた気がする。

 無線機から横やりを入れられてもおかしくないほど長く。


「おい、定期報告はどうした?」


 それは先ほど離れた駐車場を警備している仲間に対してだ。

 聞こえてくるのは荒いノイズ。人の息づかいさえもなかった。


『…………ん? おい――どうなってる。……聞こえますか隊長。無線の故障でしょうか?』


 別のエリアを担当している仲間から質問が飛んだ。


「ひとまず、戻ってみる」


 隊長の傷が脈を打つ。

 なんだ、この感じは。

 少年と共に、早足で彼は行く。

 その心の片隅には、いちまつの不安。

 大して動いていないのに、心臓がはやがねを打っていた。

 ――――既視感デジャヴ

 ふと、せつの中。頭の中で浮上してきた単語。

 この状況を知っている。なにか嫌な事が起きる(・・・・・・・)前触れだ。



 憶えている…………この感覚。

 初めは無線での連絡が取れなくなった。

 何人かの仲間が、霧の中ではぐれて。

 そして、一人一人減っていって、

 気がつけばアレ(・・)は……。



 駐車場に戻ると、ついさっきまで離れていた場所とは思えないほど、

 どんよりとした雰囲気に包まれていた。


「な、なんだこれ……くさ……」


 少年は嫌な臭気を嗅ぎ取り、思わず腕で鼻を押さえた。


「いったい、何がどうなって――」


 ばやに問う口を、兵士は手で塞ぎ、黙って付いてこいの合図。

 ゆっくりと、トラックを横切り、中心にある巨大なコンテナに向かった、


「……………………ッ!」

「――――ウッ!?」



 コンテナの周りは(・・・・・・・・)――血の海だった(・・・・・・)



 大小、様々な人間の肉片が転がり、絶命した状態。


「う、うそだろ! なんでッ!」


「馬鹿! 大きな声をだすなっ」


 パニックになった少年の耳には、注意の呼びかけなど届くはずもなく。


「リーダー? ………………班長! おい、……班長ッ! なんで、なんでこんなあああ!」


 泣き叫びながら抱きかかえたのは――変わり果てた班長の上半身(・・・)だった。

 下半身は分断され、切断面からはまだ乾かない鮮血と内臓がこぼれ落ちてゆく。


「ああああああああああぁぁぁぁッ!」


 絶叫する少年を見ながら、隊長は彼を置き去りにしたまま―― 一歩一歩、下がる。

 既に視線は少年から離れ、上へ下へ、右へ左へ。

 銃を構えながら。ありとあらゆる方向を注視した。


「くそ……またか(・・・)――」


 ――――――悪夢の再現。

 全身から震えが走り、傷の痛みはより一層、ひどいものとなった。

 ――瞬間、けたたましく叫び声を上げていた少年の声が――ぷつり(・・・)と途切れた。


「…………………………ッ!?」


 人生の中で、これほど早く反応できた事はあっただろうか。

 そう思えるほど素速く、銃口は少年の方向へ構えられた。


 ――――少年がひざをついていた目と鼻の先に、ソレ(・・)がいた。

 悪夢が、現実に変わった瞬間だった。


「ば、ばかな………………どうして」


 銃を構える手に力がこもる。それでも震えは止まらない。

 圧倒的不利な状況なのはわかっていた。

 何せあのとき、こちらは十人以上の人材と、十挺以上の銃と、百を超える弾丸をもって、

 ようやく殺すことができたのだ――いや、殺したと(・・・・)思いこんでいたのだ(・・・・・・・・・)

 ――――自分とヤツの……一対一。勝機の欠片も見出せない。

 がいさんから導き出された結果が敗北であったとしても、

 逃げようとしなかったけいがんは、経験が積み重ねてきた選択であり、

 もし、背を向けようものならば、またたに命を刈り取られていただろう。

 視線は一点に……目は絶対にらしてはならない。

 どんなさいな動作をも見逃してはならない。

 ゆっくりと――自分の手に持っていたライフルの安全装置を解除する。


「……………………」


 たった数秒――それでも彼にとっては一時間以上のこうちゃくじょうたいを体感している気分だった。


『……おい、どうなったんだ。定時連絡を忘れているぞ。どうした、ようやく帰ってこれて気でも抜けてしまったか?』


 耳に付けてある無線機から、ゆるんだ仲間の声。

 なんて幸運。天の恵みのようにも思えた。


「……………………par……alyze」


『…………え? 隊長? なんですって?』


「ぱ、…………paralyze……」


『――――奴ですか? いま、いるんですか!?』


「……………………コンテナ前だ」


 ほんの僅かな会話。それだけで十分だった。


『緊急事態発生! 対象は生きている! 現在一名、コンテナ車両で対象と接触中! 至急急行しろ! 繰り返す、緊急事態――』



 無線機からけたたましい号令が響いていたが、もう聞こえない。



 そもそもが、非公式に等しい夜営。

 主要地点である、この場の人間たちが全滅。

 自分たちを迎えに来た隊を含めても、

 助けに来る人間の数は、たかが知れている。

 本格的な応援を呼んだとしても、時間が掛かりすぎる。



 耳元からでも聞こえる心音の方が強く鳴り響いていた。

 ――なぜ生きているのかは、もう問題ではない。問題は……このあとどうすれば良いかであり、予測や推測ができなくなっているほど、

 思考は――相手のいっきょいちどうしゅうそくされていた。

 ソレはまだ動かない。ただ外に出たことで自らも混乱しているのか観察しているのか…………ぐるぐると周囲を見回している。

 立ち尽くしたままだった隊長は思い出したように、物陰に隠れようと後ずさりした瞬間。


「ウ、グロォォォォォ」


 自分の足がじゃを踏んだ音に反応したソレは、グルンと首を回し、

 彼とソレは初めて目が合った。


「くっ――ヒ、ぁ!」


 悲鳴にもならない悲鳴。全身が電撃に打たれたように硬直し、

 日々の積み重ねてきた訓練から、無意識的に動作が引きずり出された。



 ――つまり、武器を構え、標準を合わせる行為。



 ソレは腰を落としたと思いきや、力任せに突進を始めた。

 重さ百キロは優に超えていそうな巨体を揺らしながら、獣のような荒い気息と一緒に。

 怪物が叫ぶよりも、引き金が先立った。

 標的が大きいが故に、どこに撃っても当たる気がした。

 既に右手の人差し指は強く引かれ。

 硬直したままの全身は、

 銃の反動などもろともせず、

 正確な射撃を叩き出す。

 排出される弾丸。その数だけ響く銃声。

 異常な夜は――――深く静かに始まりを迎えた。


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