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<9>-4

 京子が任務に当たっているころ――――。


「まったく、どいつもこいつも……ええい邪魔だ! そんなところで固まっているな!」


 階段に座り込んで談笑する男子二人は、なんでこんな所に女子!? とほうけるが、

 真結良の威圧感にたじろぎ、慌てて道を空けた。

 ガンガンと階段を踏みつけながら歩き……。

 踊り場まで達したところでクルリと振り向く。

 ――みごとなまわみぎだった。


「消灯は守れよッ!」


「あ、はい!」

「はいぃ!」


 指さす姿は、まるで銃口でも向けれているかのようなげんさであった。

 故に無意識が敬礼として形になり、二人は答えた。

 その間にも、真結良の怒りは収まらなかった。

 ――いくら、望まない道を歩かされているからといって、あそこまであからさまな態度はないだろうに。なにが戦わないで済むならそれがいい、だ! 戦わないで世界を救えるのならば誰だってその選択をえらぶんだ。好きで戦いたいわけじゃない、戦わなければ未来はないんだ。どうしてそれが――連中には……解らないのだッ!



 一階まで降り、外への扉を力任せに開けたとき。


「あ」「あ」「あ」


 三人共々、まったく同じイントネーションで、

 一人は出入り口に立っていた二人を

 ――二人は男子寮から出てきた一人の女子を見た。


「…………………………ッ」

「……………………」


 顔を合わせたや否や、真結良と絵里はお互いに、にらみ合い始めた。

 先ほどの怒りも一緒くたになり、歯ぎしりしそうなほど、口を噛みしめ睨みを利かせる真結良。

 あくまで冷たく、余裕のある腕組みをしながら、凍り付く視線を向ける絵里。

 ――そして、間にはさまれ、居心地悪そうにしている十河。


「…………もう最悪」


 彼女たちを刺激せぬよう、唇を動かすことなく、口内でなげいた。

 誰が一番にせきを切るのかと言った硬直状態。まるで西部劇のガンマンのように、腰に下げた拳銃を相手に向けるきかっけを待っている状態のようだ。

 こんな事に使いたくない思考を使った上で、十河が真っ先に切り出した。


「…………谷原、歓迎会はもう良いのか?」


「――もう話すことはない」


 目を逸らしたら負けだというルールでもあるのだろうか。絵里から視線を外さずにうなるように答えた。

 ――頼むから、取っ組み合いだけはやめろよ。

 男子寮の前でそんな事が起これば、きっと何事かと集まり、

 思いも寄らぬキャットファイトに歓声が上がるだろう。

 両選手とも、それなりの容姿とスタイルを持っている。

 観客側ギャラリーはさぞかし熱が入ること必至である。

 ――どうすんだよ、この空気。


「マユラーーーン!」


「ぐふッ」


 半ば不意打ち同然のタックルで、腰に突っ込んだのはエリィ・オルタ。

 たたらを踏んだものの、転倒しなかったのはひとえに真結良が持つ身体能力のたまものだろう。


「すまんかったよー。そんな怒らなくても、いいじゃないかぁぁ。――スンスン、あ! なんかマユランすごく良いニオイするぞ! スンスンスンスンスンスンスンスン……」


「…………くう! ええい、クソ! はなせ! やめろ、か、嗅ぐなぁぁ!」


 顔を真っ赤にしながら、振り切ろうと体を動かすが、

 下半身が遠心力によって浮いてもなお、

 エリィの強固なホールドがゆるむことはなかった。


「…………」


 ――でかしたエリィ。お前の面倒くささ(・・・・・)がここまで頼りになると思ったことはない。

 ゾロゾロと誠、遙佳、那夏が続いてきた。


「…………え、なにこの図。隠し芸的な事はじまってんの?」


 歓迎会を拒否し、コンビニ袋を持った絵里に、

 怒って部屋を出てっいた十河。

 そして、エリィにまとわれかれている真結良。

 見事な――カオスが出来上がっていた。


「十河と市ノ瀬じゃん。……なんだよ、お前らやっぱ歓迎会が気になってたんだろ? ……市ノ瀬なんかお菓子持って来て、誘ったとき断固拒否してた割に気合い入ってんじゃん。サプライズツンデレ的な!?」


「……いや、ちがうし。たまたま間宮に会っただけだわ……これは、自分のよ」


 それにしては内容物が多い。気恥ずかしさもあったのか背中に隠す。


「オレも市ノ瀬にたまたま会っただけだ」


「………………たま(たま)とはッ!」


 油汚れのごとくへばりついていたエリィは地面へと華麗に着地。


「偶々とは、一件偶然に見えるが、お前らがココで出会ったのは偶然かもしれない! しかしだな、この場に我らが全員集まった時点で、偶々は必然的運命だったと言うことだ! なんらかしらかの因果を感じるぞ。つまり我が言いたいのはだな、お前らも歓迎会に参加せねばならぬという神様のおしぼめし(・・・・・)だ!」


「――――おぼし、な。マジな顔して言葉間違えるなよ」


「………………………………うなーッ! ううううう、うる、うるさいわい! トウガのくせにトウガのくせに! ちょっとまちがただけじゃろ! かんじゃっただけじゃろうに! あげあしとるな! まちがえてないやい! 悪いかぼけなす! ばかたれーっ!」


 ……よほど恥ずかしかったのだろう。

 顔はしゅうしんおぼれて真っ赤っか。すこし涙目のオマケ付き。

 早口でどんなにまくし立てようとも、出した言葉は取り戻せないのだ。

 普段から良いようにこき使ってくるだけに、いい気味である。


「罰として、貴様らも歓迎会に参加な……ぐす」


「いやまて。オレは罰を受けるような事なんか何もして――」


「さ・ん・か――なぁ!?」



 ――またこれだ。面倒なパターン。

 手で制し、解ったからと詰め寄ってくるエリィに降参の合図を送る。


「ハア、ハア、ハア、…………くそ、とんだ体力を使わされた」


 へたり込んだ真結良は肩で息をしながら、くたびれ果てる。


「マユラン、コイツらも参加したいってさ」


「ハァ、ハァ…………………………はぁ? 何を言ってる。私はもう帰……」


「ふっふっふ。マユラン。まだわれすんすん(・・・・)され足りないらしいのじゃなぁ」


「う……やめろ。近づくな……。本当に、いやだから」


「じゃあ、オッケーか?」


 これ以上、まとわり付かれたら抵抗できる体力が無くなると判断した真結良は、


「はぁ、ハァ……………………も、もう、勝手にしてくれ」


 ここにもまた、エリィによる暴虐の被害者が誕生したか……。

 隣で見ていた十河は同情の念を抱いた。

 ――拒絶よりも、とにかく『エリィの歓迎会』を黙って消化してしまった方が早いと判断したのだろうな。……このわずかなコミュニケーションでそれを見出すとは。大した達眼たつがん能力である。

 ヤツが催し、参加した時点で拒否権など与えられず、終わるまで逃げられないのだ。


「谷原さん、だ、だいじょぶ? はい……ジュース」


 いつの間にか部屋に戻って、飲み物を取ってきた遙佳は真結良にう。

 この献身力――軽い酸欠状態である真結良の頭の中で、

 彼等が言っていた『マジ天使』の意味がわかった気がした。


「も、もういっかい、へやにもどるの?」


 恐る恐る手を上げて聞いてくる那夏。


「なっつんの言う通りだ。あの部屋、物ないくせに狭いから、全員は入らんぞ」


「………………何で不満そうな顔してオレに言うんだよ。お門違いだ……部屋に言えよ」


 これ以上、誰も意見を述べる者は現れなかった。

 会場が無いのなら会は開けない。

 継続が不可能となれば、仕方なくお開き(・・・)となるだろう。

 ――『この流れは非常に良い方向だ』

 奇しくも全く同じ思考を展開していた真結良が隣にいることを、十河は知らない。



「…………じゃあさ、見学会(・・・)でもすっか?」


 誰も予想しなかった提案が誠から放たれた。


「は? 見学会? どこのよ? ……お前一体なにをいってるのじゃ?」


 ――『コイツ、また性懲りも無く余計な事をッ!』

 例によって、思考が重なっていた真結良と十河は同時に舌打ちをする。


「なんかいま、校舎のほうで警備やってるらしいじゃん。何を警備してるのかは知らねえが、きっとすげえもん守ってるに違いねぇぜ」


「車いっぱい来てたね。みんななんだろうって言ってたよ」


「あー。我も昼に見たぞ、でっかい車がゾロゾロと……」


「そうそう。それだよ――きっと、でっかい兵器か何かだぜ。ロボットとか」


「――ロボットだと!? マジかあれか! 車がガチャコンガチャコ音鳴らして人型に変形するっていう、かの有名な――」


「んなわけないでしょ」


 ばっさりと絵里は否定する。


「おお? なんかエリが乗り気な気分になっておるぞ!」


「別に乗り気じゃないし……」


「じゃ、じゃあ来ないのか? せっかくみんな揃ったのに、お前は来ないのか?」


「……………………」


「あっそ。じゃあいいもーん。われなっつんと楽しく見学会に参加するんじゃもんね。なあ、なっつん一緒にいこうなー」


「みんなが行くなら……楽しい、かも。いきたいな…………」


 すでに那夏の頭は見学会のことでいっぱいの様子だった。

 あごに手を当て、絵里はしばらく思案。


「行かないとは言ってないわよ――――警備、ね…………それだったらアタシも行くわ」



「き、貴様たち、何を勝手ことをいってるんだ」


 水を飲んでようやく落ち着いたのか、

 ろうばいしつつも怒りを再燃させた真結良は立ち上がりながら、問題児たちに言う。


「警備をしてるということは、任務中だということだろうに。興味本位で近づいて良い道理などあるわけないだろうが。……彼等の邪魔になるようなことをするんじゃない。それに時間外の校内の侵入は、校則違反どころじゃすまないぞ」


 ちっちっち、と指を振る誠。


「真結良ちゃん。ばれたら校則違反かもしれねえが、ばれなきゃルールは空気と同じだ。バレなきゃあ、いいんだよ」


「おお! なんか珍しくかっこよく聞こえたぞ、マコト!」


「ふふん。だろ?」


「そ、そんな理屈がまかり通るわけ――」


「行くならさっさと行ってくれ。その間にオレは、部屋の片付けをしなきゃいけないからな……」


 みんなで行くような雰囲気の中、真結良と多少は違えど、方向性同じく真っ向から否定したのは十河だった。


「なんじゃてぇ!?」


「おいおい、十河。今の話聞いてたろ? みんなで行こうって流れじゃねぇか」


「…………わわわ私も。ま、間宮君のお部屋の片付け、一緒に手伝おうかなぁー、なんて。一人だと大変だし、私も汚しちゃったから、てて手伝わせてくれたらなんてなーって。思っちゃったりしちゃったりしてるんだけどなぁ。別に行きたくないわけじゃないんだよ!? やっぱり片付けは大事といいますか、片づける状況が大切といいますか……」


 せわしなく指を揉みながら伏せ目がちになる遙佳。


「委員長ぉ!? なんで急に!?」


「ハルカぁぁ、そりゃあ、ぬけがけだーッ! いやだあああぁぁぁー! 我だってトウガと一緒が良いのじゃ! いっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょいっしょ! 一緒にいくんだってのじゃーっ!」


「あー、……でた」


 心底、嫌そうに顔を歪めた十河。

 こうなったら是が非でも自分の意見を押し通そうとするのだ。

 さとしても、馬の耳に念仏なエリィは、だだっ子の子供よりも質が悪い。つまり子供以下だ。

 このパターンは少し前にもあった。二人で校外へ無断で抜け出したドーナツの一件である。



 散々騒がしくやっていたこともあり、

 一際、絶叫じみた声で、寮の住人が顔を出す。

 元凶が問題児であると解った途端、何人かから、

「うるせー」「黙らせろ」と罵声が届いた。

 外野の声に後押しされるように、

 十河は疲れた表情で、


「…………わかったよ。行けば良いんだろ。だから静かにしろよ」


「ほんとかっ!? 嘘じゃないな!?」


「嘘付いたらまた叫ぶんだろ」


「あたりまえだ。叫ぶぞ。さっきよりもなっ」


 心なしか、悲しそうに頬を膨らませ、両手の指先を合わせた遙佳。

 そんな彼女にエリィは、そっと耳元に寄ってささやく。


「…………安心しろハルカ。ちゃんと二人っきりになれるシチュエーションを作ってやる」


「――――え! ほんと?」


 思いもよらなかった提案。

 ついつい歓喜の声を上げた遙佳は、自ら手で口にふたをした。


われはトウガを愛しておる……しかし、われあいかんだいだということじゃ」


「…………よ、よろしくおねがいします」


 この際、彼女の許容の広さと、何を考えているのかわからない不透明さは置いておいて、

 二人になれるチャンスをくれるというのならば、コレにすがらない手はない。

 早くもドキドキしていた。



「そうと決まればさっさと行こうぜ! リアルな現場をお忍びで見学しようの会!」


「――名前、だっさ」


「わ、私は絶対に行かんぞッ!」


 なおも姿勢を崩さなかった真結良。

 誠は残念そうに眉を下げて、


「そっか。じゃあしかたねぇな。真結良ちゃんは留守番って事で」


 いつの間にか『谷原真結良の歓迎会』が『ルール無視の警備覗き見会』になってしまっている。

 歓迎会がなくなるのは喜ばしいことであるが、

 目の前で校則違反を大々的に宣言されて。真結良は危機感をつのらせた。


「……ばれずにこっそりと。だね」


 胸の前に両手を握りしめ気合いを表す。完全に遊び感覚の那夏。

 ぞろぞろと、問題児たちは学校の方へ向かっていく。



「――――――……冗談じゃない。あんなのに関わったら、違反のとばっちりを受けるに決まっている」


 メチャクチャな状態になっている内に、怒りがくすぶりはしているものの、

 解放されたのなら、関わる必要はもう無い。

 このまま帰ろうと、彼等とは逆方向に歩きつつ……思い出す。


「………………………………そういえば……京子たちは今、あの場で任務中のはず」


 もし、勝手に侵入したことが発覚したら、

 彼女たちにも迷惑が掛かってしまうのではないか?

 ――――誰かに報告するか?

 いや……他の人間に伝えている間に、

 奴らがどこに行ったのか解らなくなってしまう。

 いま、この場にいるのは、自分しか居ない。


「………………私しか、奴らを止められない」


 歩いていた方向を、再び真逆に。

 おろかすぎる間違いを正すため、

 真結良は既に姿が見えなくなった問題児ノービスたちを追って走り出した。


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