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「…………………………それで、どれがどうしてオレの部屋になったんだよ」
「食堂はダメって言うんだから、消去法でいったらここじゃろ。どう考えても」
「――チッ、どういう考え方したら、そんな結論に至れるんだ」
殺気だった部屋の主に、悪びれもなくエリィは断言した。
ここは一年生が集う男子寮。間宮十河の部屋。
六畳ほどの空間に、女子が四人、男子が二人。計六人が密集していた。
女子が男子寮に入ることも禁止されているが、
慌てていたのは真結良だけで、残りは特に気にしていないようだった。
「一人部屋で狭いところだが、こいつの部屋は基本的に無趣味の何もない部屋だから、好きにくつろげばいいぞ」
「…………お前が言うんじゃないよ」
「それでも、男の子の部屋ってなんか緊張しちゃうね」と遙佳。
緊張すると言っている割には、そわそわと部屋の隅々に視線を泳がせていた。
あまり、他人の部屋をじろじろと見るのは失礼に当たると思い、真結良はできるだけ顔を動かさないようにしてのだが、
確かに何もない部屋だった――まるで、さっきまでいた自分の部屋だと錯覚してしまうほどに。
自分の場合、私物は必要最低限しか持ってきていなかったし、
趣味という趣味を持てるような生活環境ではなかった。
部屋とは、個人の趣味や人格が視覚的ににじみ出ると言うが。
間宮十河の人間性を判断しようがないほどに、部屋には個性の片鱗さえも感じられなかった。
こじつけて判断すれば――〝何もないこと〟が個性と言えるのだろうか。
「食堂がダメだって思わなかったね……」
肩を落とす那夏。幸薄そうな表情がさらに陰る。
「私の部屋でやっても良かったんだけど……そうなると、荒屋君と間宮君は女子寮に入れないからダメだもんね」
「フッ、委員長。俺は別に女子寮でやっても構わなかったんだぜ」
「よく言うのぉ。『俺は絶対いかねぇ』って啖呵切っておったくせに」
「入れるなら入りたかったさ! 女子寮は男たち全員のドリームだからな!」
「この脳筋エロガッパ。おまえが女子寮に入ったことがばれたら、全員から袋叩きに合うぞ」
「……うっ。解ってはいるんだが、言葉にされるとマジ怖いな。……おい待て。お前それを知ってたくせに、無理矢理引っ張り込もうとしてたのか!?」
「あたりまえじゃ。あれは惜しかったなぁ……。もうちょっと頑張ったら、すんごい修羅場を見れたかもしれんのに……」
「覚えとけよ。いつかやり返してやるかんな。このチビ悪魔」
「クカカカカ。……トウガ、お前も女子寮に入ろうなんて事はおもうなよ?」
「……………………オレを勘定に入れるな」
未だ怒りを抑えられない十河は部屋の角で腕を組んで立っている。
「恥ずかしがるなトウガ。かわいいのぉ」
「――チッ」
十河は腕を解き、そのまま玄関へと向かう。
「ま、間宮君? ご、ごめんね。怒らないで……一緒にお菓子食べよ?」
慌てる遙佳を無視する形で。
「……………………終わったら、ちゃんと片づけていけよな」
扉を叩く音がやけに大きく聞こえ、一人減った室内は気まずい空気に包まれる。
「ほんと、冗談が通じないヤツだよなぁ……」
「まったくじゃなー」
誠の苦笑いに、何も気にしていない様子のエリィも賛同する。
「……なあ。私の為に開いてくれたのは感謝しているのだが、…………迷惑だったのではないだろうか?」
ようやく口を開いた真結良。その表情には戸惑いが色濃く出ていた。
「そんなことないよ。ねえ那夏ちゃん?」
「ん……うん…………」
こくこくと頷く那夏。
「あいつはああいう男なのだ。不器用なのだ。コミュニケーションできない子なのだ。だから友達が居ないのだ。気にするないマユラン」
――友達が居ない。
エリィは何気なく言ったのだろうが、まるで自分に対して言われているような気がした。
「ほらほら。菓子が腐っちまうまえに、歓迎会やろーぜぇー」
こうして、重苦しい幕開けで歓迎会がスタートするのだった。
――――――――が。
いくら同年代だからといって、それだけで会話が弾むわけもなく。
共通点といえば『一年生』のみ。
――ものの見事に歓迎会は弾まなかった。
真結良自身も、口が回るようなタイプでもない。
エリィはただただ騒ぐだけで、会話に脈絡がない。
盛り上げようとする誠は、大半が空回り。
遙佳は基本的に会話に同調して盛り上げようとするのが得意なようだが、自分から会話を切り開くことは不得意なようだった。
もくもく、モジモジと飲み物を啜っている那夏は――いわずもがな。
「でも、どうして歓迎会を?」
最初から疑問に思っていた事を口に出した。
元来からの友人関係でもなく、たった一回だけ授業で同席したにすぎない人間たち。
おまけに彼ら『問題児』たちは他の人間と関わりを持たないと聞いていた。
考えるほどに謎が深まると言うものだ。
「うーん。歓迎したかったのは本当なんだけど、もう一つ理由があって――個人的に謝りたかったから、かな」
「謝る?」
「絵里ちゃん……市ノ瀬絵里ちゃんが、やったこと」
「ああ、あれか」
わざわざ謝罪の言葉を述べるということは、彼ら『問題児』たちが結託していたわけではなかったという事か。
「…………別に気にしていない。与えられた試練だと思って、挑んだにすぎないからな」
聞き耳を立てていたエリィは高らかに笑うと。
「ああーアレか。マユランすごかったなぁ。残りの人間をバッタバッタとなぎ倒して。かっこよかったぞ」
「お前なんかボッコボコの、フルボッ娘だったもんなぁ」
「黙れ脳なしツンツン頭。貴様だってドロドロのヘドロ試合だったじゃろが」
「フン。一勝は一勝だ。ゼロ勝には言われたくないぜ」
「ムキー。…………んなこといったら、なっつんも我と同じじゃないか。なあ、なっつん、こいつお前の事を咎めてるぞ」
「ご、ごめんなさい。もっとうまくできたらいいんだけど、ごめん、なさい……」
「あーあ。なっつんを泣かしたな。やーい愚かなマコト。あーあーこりゃあエリが黙っちゃいないのじゃ。エリにかかれば貴様なんぞ朝までテラボッコじゃ」
「なァっ!? お前汚ねぇ! ほれみろ泣いてねえだろ! べつに那夏ちゃんの事言った訳じゃねえし! …………いっとくが、市ノ瀬が怖いわけで謝ってるわけじゃねえからな! 怒らせたら怖いのはたしかだがな! ごめんな!」
「苦しい言い訳じゃな。なっつん。同じゼロ勝同士、仲良くしようなぁ。おぉーよしよし……そこの一勝は勝手に一勝同士で仲良くしていればいいのだ――おぉーとっとっとぉ~。おやおやー? ここにいる人間で一勝してるのはお主だけじゃなぁ。一人で勝ち得た功績とやらを肴にチマチマやっておれ。ほー、すごいすごい。一勝したお前はマジ神じゃぞ。ざまあみろじゃのー。クハハハハ」
「………………おかしいな。俺チームのために貢献したはずなんだけど、なんでこんなグチャモチャに言われてんの? これ以上言われたら涙出てくるぜ」
「……………………ちょっと聞きたいのだが」
彼らの話を聞いていて、真結良が意を決して話し出す。
みんなが彼女に視線を集めた。
「――他の生徒から君たちは『問題児』と呼ばれているらしいな」
「ん? それがどした?」
純粋にわからないと言った表情で、誠は首をかしげた。
「私には素行こそ悪くとも……そこまで酷い扱いを受けなきゃいけないとは思えん。なぜそんなに蔑まれているのか疑問なのだが?」
来たばかりということもあって、
まだ彼らの全てを知っているわけではない。
でも本当に問題のある生徒であれば、
誠意をもって謝罪などしには来ないだろう。
真結良以外の四人は顔を見合わせ、
特に口裏合わせるでもなくでもなく、普通に談話を始めた。
「…………あれか? 市ノ瀬が上官ぶん殴ったってやつか?」
「んな事いったら、貴様だって毎回、絡んできているヤツと喧嘩しまくってるではないか……我とトウガが高確率で授業をバックレるからかの?」
「…………も、もしかしたら、絵里ちゃんに連れられて、いろいろあって入学式さぼっちゃったのが原因……なのかな?」
「あの時、市ノ瀬のせいで、けっこう騒ぎになってたもんな。……それに那夏ちゃん、入学式の後、教室吹っ飛ばしたことあったよな? 死人は出さなかったものの、ソレも要因の一つかもな」
「あ、あれは……その、爆弾を作ってて……ほんとうは、失敗しないんだよ?」
「いやいや、どう考えても訓練中にヤツが後ろから斬りつけたのが原因じゃろ。斬られた男子まだ療養中だって聞いたぞ?」
「ああー。アレなぁ。そういやそろそろ懲罰房からでられるのかな、あの野郎は。俺としてはずっとあのままでいいんだけど」
「うーん。…………たぶん、そのどれもじゃないのかな? いろいろ積み重なって今に至るんじゃないかなーって思うんだけど……」
特に考えるでもなく、最後に遙佳が放った決定打に、
『それだッ!』と全員が賛同した。
「――――っ」
ため息も失笑すらおきないほど、真結良は呆れかえり、思わず目頭を押さえてしまった。
聞いてるだけで、信じられないような内容が飛び出てくる。
「ハア。『問題児』というのは本当のようだな……まったくいったい何をやっているんだお前たちは」
「でもさ問題児ってなんか、かっこよくね?」
「バッカか。そう思ってるのは貴様だけだ、ばかもん……考えてみれば、まともなのはハルカくらいじゃの」
「…………うーん。あまりわからないけど、私はみんな同じだと思ってるよ……さ、さすがに授業をさぼったりはしないけど」
「さすが委員長。マジ天使」
「あ、そっか。ハルカがこの班に入ってきたのはトウ――モガガ!」
すっと出された手のひらが、エリィの小さな口を包んだ。
多少の握力を加えつつ。
「エリィちゃん。…………ね?」
その『ね?』には様々な怨念じみた黒い何かがたくさん混ざり合っている事を、エリィは察したのか。
「――うぐぷ、す……。ひん、ひん!」
顔を軽く握られながら、必死に首を縦に振り、
「もう言いません」と屈服のサインを目で送る。
ニコリと笑顔のまま、遙佳の手が解かれた。
「ハア、ハア――こ、こわかった。顔面潰されるかとおもったぞ」
「………………」
噂話だけでは、彼等を簡単に認識してはいけないと思っていた。
だが、今回の話で認識は確固なものとして、真結良に刻みつけられるのだった。
いつだったか、彼らが兵士として機能するのかと考えたことがあったが、
――これは……思っている以上に重症そうであった。
「でさ、准尉……真結良ちゃんは、どうしてまたこんなとこに転校してきたんだよ。士官学校出たら、真っ先にデスクワーク的なところに派遣されるって聞いてるぜ?」
頭の端で『准尉ちゃん』が拒絶されていたのを思い出した誠は改めつつ言った。
「一刻も早く、前線に出たいだけだ……私は安寧を求めるために士官学校へ通っていたわけではない」
「何でまた?」
「決まっているだろう。一匹でも多くの異形を駆逐し、殲滅するためだ」
「へえ。そいつはすげーや。でも第五層よりも内側は、今やかなりの部分が『異界化』してるって話だぜ? 空間自体がどうにかなっちまってるらしいから、航空写真もまともに写らない。どれだけ異形の者たちが居るのか想像も付かないって話じゃん?」
「す、すごく……危険、だよね? ――――もこもこ」
誰とも視線を合わさず、うつむき加減に那夏はチョコを口の中で転がす。
「当たり前だ。その危険に対応できるよう、この訓練所があるのではないか」
「……その通りだけども、異形と戦いたいなんて物好きな人間は、この学校でもなかなかお目にかかれないと思うな」
「…………なぜだ?」
「ハハハ。真結良ちゃんって結構おもしろいのな。だって、訓練所に来る生徒ってのは、刻印を刻み込まれた――サイファーの素質ある人間が選ばれるんだぜ?」
「何を当たり前のことを……素質があるという事は、戦える能力があるということじゃないのか」
「いやいや。……固有刻印は『望み望まずには関わらず、勝手に感染してきた病気』みたいなもんなんだ。おまけに刻印をもった子供は強制的に徴兵され、異形と戦うノウハウを仕込まれる。つまり――刻印さえなければ、誰も好き好んで
戦いたがる人間はいねえってことさ」
「……………………荒屋誠。お前は世界を守りたいと思わないのか?」
「誰かがやってくれんだったら、大いに結構だが、俺はわざわざ危険に踏み込んでまで、世界を守りたいとは思わねえなぁ。…………ましてや自分から進んであの『異界』に行きたいなんて考えてる人間の気が知れねぇや」
さも当たり前のように、誠はヘラヘラ笑みを浮かべ、あっけらかんと言い切る。
ふと――小岩京子の顔が頭に浮かんだ。
彼女は辛い過去があったのに、
確かな意志をもって、置かれた立場を理解し、向き合い邁進している。
彼女もまた、誠が言うところの〝望まずに刻印を授かった人間〟であるのだ。
それを、好き好んでだとか、物好きや酔狂の一言で片づけられるのは、彼女に対しての冒涜である。
嫌なことから逃げて、彼らは怠惰に身を浸している。
――やりたくないから、望んでないから。だから与えられた現実を何一つ受け入れず、逃避して拒絶しているだけの餓鬼だ。
そんな彼らが、京子のような人間を侮辱するなど――断じて許されるものじゃない。
……やはり、この連中と私は志相容れないらしい。
「私は――私は戦ってみせる! 戦って、人類のために立ち向かって――…………大人でも……どんな精鋭であっても無力だった。……我々じゃなきゃ、もうダメだと結論が出てしまっている。だから――っ!」
感情のまま机を叩く音で、全員が驚きのあまり真結良を見た。
紙コップの中のジュースが波を打ち、お菓子の欠片が机からこぼれ落ちた。
腹の底から沸き上がってくる怒りに、体が震える。
自分が、何を言いたいのか、よくわからない。
でも、言葉にせずにはいられなかった。
「べ、べつに……悪い気持ちで言ったわけじゃないはずだよ。ね? 荒屋君?」
「え……あ、ああ! もちろんだぞ。ただ戦わない方法があるなら、そっちの方がいいなーってな。これって悪い話じゃ無いだろ? な?」
「そうやって、すがるのか? 誰かがやってくれることに期待して、他人が冒している危険を……自分には無縁だと、ただ安全な場所で、平和になるそのときが来るのを手を揉みながら待ち続けるだけなのか?」
「いや、そういうわけじゃ――」
真結良は立ち上がり、握った拳をゆるめた。
一時的に冷静に向かい始めた感情は、辛うじてため息を出す余裕を与えてくれた。
「もういい…………この腑抜けどもめ。……やはりお前たちは根っこからの『問題児』だ。前線に出れば間違いなく命を落とすだけの人間にしかすぎん」
だれもが、ばつが悪そうに目をそらす。
「……貴様たちがディセンバーズチルドレンだったら、今のような事は口が裂けても言わないだろうな。彼らは異形と戦って生き残った勇士だ。彼らは再び戦うために、更なる技術を磨いて居ると聞く。少しは彼らに近づけるよ
う、努力するくらいはしたらどうだ」
誰も反論はしない。無言を是と受け取った。
「平和とは誰かから、もたらされるものでも、施されるものでもない。………………平和は自分たちで勝ち取り、作り上げてゆくものだろうに……」
たぶん、誰かにココまで暴言を吐いたことは無い。
いつも内に秘め、どす黒い感情を自分が納得するまで撹拌させ続けていた。
だが、今回は違う。自分の望みを否定されたような気がして、
初めて、友人と呼べる彼女たちを否定されたような気がして、
……これが黙って飲み込めるものか。そこまで私はできちゃいない。
「私は自分の手で勝ち取ってみせる。戦いの果てに、生き残った果てに、私は与えてくれる偽物なんかじゃなく――本物を手に入れてみせる」
怒りのままに玄関の扉を閉めた。
残された問題児たちは、ただ黙って、
まだ残っている谷原真結良の残滓と熱を感じていた。




