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<8>-3

 寮にある食堂で食事をすませ、

 真結良は早々に部屋へと戻り、

 明日の授業の為に、しばらく教科書や参考書を読みふけっていた。

 初めて寮に来たときとは違って、

 日がとっぷりと暮れてしまうと、

 寮の中は、ちょっとした騒がしさに包まれる。

 廊下から話し声や笑い声が、玄関の扉を通り抜け、真結良の部屋によく響いた。

 けんそうを気にすることなく、彼女は自分の作業に没頭し続ける。

 ――――その中でも、

 なにやら、ドンドン(・・・・)とどこかで扉を叩く音。

 後を追う形で、何かを話している女生徒の大声により、

 真結良の集中は瞬く間に断ち切られたのだった。


「……………………ん?」


 耳に聞こえてきたのは空耳などではなく、

 静かな部屋だからこそ、外の音の変化に敏感になっていた。



 しばらくすると、またドンドン(・・・・)

 部屋の家主と来客は、なにやら口論のような問答が少し。

 扉を乱暴に閉められる音。三度みたび――扉が叩かれた。

 そこは、真結良の隣の部屋だった。


「…………………………」


 ――どうやら、留守だったらしい。あるいは人が住んで居ないのか。


「い、いかんな。……これじゃあ盗み聞きしているみたいじゃないか」


 ちょっとしたせきねんと、同等のしゅうしんを感じつつ、

 それでも、やることの無かった真結良は、ちょっとした推理をし始めてしまった。

 ――来訪者は、手当たり次第に扉を叩いて家主を、引きずり出しているのか?

 もし、知っている人間を探しているのならば、部屋はわかるはず。

 ゴニョゴニョと聞こえる話し声からして、廊下にいる来訪者は複数。

 目的はあるのだろうが、意図が掴めない。



 そこへ――例によって、真結良の扉も漏れることなく、ドンドン(・・・・)がきた。

 自分への来客とは、考えられなかった。

 そもそも部屋に訪れてくるような、親しい人間は京子と喜美子と安藤くらい。

 男子の安藤が女子寮をかっしているとは考えられない。

 だとすると残りの二人であるが、可能性は限りなくゼロに近い。

 ――いったい何を考えているのだ。ただのたずらたぐいであれば、今のうちに釘を刺しておかねばなるまい。

 いぶかしい気持ちがつのったまま、彼女はドアのロックを解錠した。

 チェーンを外す前に向こう側から力任せにドアを開けられ、

 ――――隙間からエリィ・オルタが現れた。



「きったーぁッ! ビンゴじゃッ! ここの部屋だったかぁ」


「え、えっと……」


 予想外の人物に、かなり動揺。


「間違いだ」と扉を閉めてしまいたかったが、


 エリィの方が一枚上手で、ドアとの隙間に、あざとく足を差し込んでいた。


「マユラン! いま大丈夫かッ!?」


 ――「いや、無理だ」そう言ったとしても、

 差し込まれている細足が退くことは無いのだろう……。

 相手に了解を得ているように聞こえるが、扉を開けた時点で〝詰んだ〟と直感した。


「連絡してから来たほうが良かったと思ったんだけど、連絡とる方法がなくって」


 エリィの後ろから蔵風遙佳が申し訳なさそうな顔を、ひょっこりとのぞかせた。

 なかば逃げられないとさとった真結良は、諦めの証としてチェーンを外す。

 完全に開いた扉の先には――さらに一人。

 もじもじと視線を踊らせ、半身を遙佳の背中に隠している少女。

 問題児のグループの一人、稲弓那夏である。


「――何か用か?」


 戦闘訓練の一件もあって、少々警戒しつつ問う。


「実は転校生マユランの歓迎会をしようと思ってのぉ。場所わからんかったから、手当たり次第に部屋を探してたら時間かかってしまったよ……あそこの女にキレられてしまった!」


 指さす先は、先ほど口論になっていたであろう場所だ。

 …………まったく、無計画にもほどがある。


訓練所(ここ)ではポストも使わないし、書いてあるの認識番号だけで、表札(かか)げてる部屋って少ないんだよね……扉を磁石とかでデコレーションしてるところはすぐにわかるんだけど」


 よく見れば、三人の両手にはコンビニ袋に入ったスナック菓子やら、飲み物のようなものがぎっしり詰まっていた。


「さあ、マユラン。いざゆかん歓迎パーチー。われこういうイベント系は、わりかし好きなんじゃよ」


 真結良本人たためよりも、主催者であるエリィの方が明らかに乗り気だった。

 戸惑いの表情を読みとったのか、黙っていた那夏が口を開く。


「や、やっぱり押し掛けになっちゃったよね。ごめんなさい。谷原さんの予定も聞かなかったら……迷惑だもんね。ごめんなさい」


 どこか負のオーラただよう、消え入りそうで弱気な姿。

 姿だけなら『ひんになった小動物』のそれである。

 警戒心よりも完全にどくを抜かれてしまった。


「いや。…………すぐに準備するよ」


 多少なりとも思うところはあったものの、既に準備されているものを――しかもわざわざ自分の為にである――にするようなことはしたくない真結良は、こころよく彼女たちの提案を受け入れた。



 一年生の寮とひとくくりにいっても、

 男子と女子の境界はしっかりと建物単位で住み分けられている。

 基本的にお互いの寮に行き来することは校則で禁止と定められ、

 特に男子が女子寮に入ることは、口にせずとも知れたきんである。

「入ってみたい」と語る男子は多く、

 心の内で願望するは星の数ほど。

 しかし、実行する猛者もさは皆無である。

 見つかったら、それこそちょうばつぼう行きであり、罰を受けた後も『女子寮に入った男』としてのらくいんえいごうを引き、後ろ指をさされ続けるだろう。

 それだけのリスクがあることは、物事を深く考えないタイプの荒屋誠も認知していた。

「んなの大丈夫だ。一緒にマユランを探すのじゃ」そうエリィに引っ張られはしたものの、

 夢にまで見た目先のチャンスより、先の長い未来を取った誠は、断固として内部に入ろうとはしなかった。

 どこぞのちゅうけんよろしく、誠は女子たちの帰還を黙って待っていた。

 要らぬ疑いが掛からぬよう、入り口から少し離れたところで待っていた。



「ねえねえ。なんであそこに男子立っているの?」

「……さあ、誰か待って――あれって、問題の生徒じゃない?」

「え、うそ。……ほんとだ」

「なんでいるのかな」

「とうとう女子寮にまで入ろうとしているとか?」

「………うわー。洒落にならないし。マジ引くわー」

「だねー。ヤバすぎ」



 ――その微妙な距離が、逆に怪しさを湧かせていることも、本人は露知らず。

「お、准尉ちゃん。やっときたか」

 何も知らぬ忠犬は駆け足で彼女たちに向かい、

 安堵も混じり、思わずはにかんだ。

 もし本物の犬なら、千切れんばかりに尻尾を振っていただろう。


「………………なあ、荒屋誠」


「ん?」


「その呼び方はやめてくれないか」


「あれ。いやだった?」


「まあな」


「そーだだーだ。誰しも肩書きで呼ばれるのが好きな訳じゃないんだぞ……マユランはマユランって名前があるんだぞ」


 ――いや、正直なところ『マユラン』も好きじゃない。あとマユランって名前じゃない。


「それで、どこでやるんだ?」


「ふっふっふ。安心しろマユラン。既に最高の場所を選んである」


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