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<1>

 築き上げられているそれは、

 まわしき、歴史の象徴であり、

 いつ壊れてもおかしくはない、不安定な現在であり、

 この先の未来を大きく左右する、こんかんでもあった。



 ――端から端までが一望出来ないほどの広大な建造物。

 外観は灰色一色。コンクリートで形作られた大規模な作りで、

 圧倒的な質量は、見る者全てに、否が応でも重圧プレッシャーを感じさせる。

 一見、巨大なせきのようであるが、向こう側には溜め込んだ貯水は存在せず、

 緩やかなカーブを描いて外周を囲んだ作りには、がんがんもない。

 つまり、この建造物はダムなどでは無く、

 ――『広大な防壁』なのだ。

 並大抵の兵器では破壊できぬけんろうさをもち、

 灰色の防壁は、日の光をはんしょうし、あわい白色を浮かべていた。

 いくつかの入り口が設けられているものの、その全ては出入りの自由を許されていない。

 壁は外部と内部をへだてる境界線の役割もね備えていた。

 外側から訪れる者は、必ず審査を受け、

 手首に追跡装置を内蔵したタグを装着される。



 ――谷原真結良たにはら まゆらもまた、複数の厳重な審査を経てゲートを通過し、

 ようやく『閉鎖地区』に指定されている防壁の内側……『ないかい』の土を踏んだ。


「…………ここが、内界……か」


 振り返って、壁の内側を凝らして見れば、

 体裁の良い外観とは違って、まるで不均等なパッチワークのように、パーツが接合されていた。

 世界中から寄せ集められた石材で、壁は作られている。

 見てくれは悪いが、防壁であることに変わりはない。頑強さは折り紙付き。

 国内の力だけでは、僅か数年でここまで大規模な壁は建造できなかっただろう。



 不意に、一陣の風が長い黒髪をく。

 季節外れの肌寒さは異常気象のせいか。

 おもむろに全身を被うモッズコートのジッパーを首元まで上げた。

 ここへ来るまで、長い旅路であった――というわけではないのだが、

 今は入ることも、出ることも大きく制限されている内界に踏み出す一歩は、

 まるで世界の最果てに辿り着いたような気持ちに包まれ、感慨深いものがあった。

 同時に、地方出身だった真結良にとって、

 これが初めての上京・・

 ……自ずと感も極まるというものである。



『旧首都・東京』

 かつて『とうきょう』と呼ばれていたこの壁の内側は、都市機能のほとんどを失い、

 多くの建造物がしゅうぜんも修復も成されない状態が続き、劣化の一途を辿たどっていた。

 この土地が首都として栄えていたのは、何年か前の話。

 大都市としての面影があるとすれば、

 首都中心――上空に浮かび、霧の中にかすんで見える高層ビルの建造物たち。

 劣化の進行も鈍重に、薄暗いもやの中できつりつしていた。

 お世辞にも完璧とは言えないアスファルトの整備は、

 必要最低限にこうされているだけで、次回の着工は知る由も無い。



 近くで個人が営業しているタクシーを拾い、車が刻む不規則なリズムを感じつつ、

 目的地とするところに、様々な思いを巡らせていた。

 窓ガラスの向こう側は、壁の外とは違って、どこかすすけた町並み。


「あと少しで到着ですよ…………でも珍しいねぇ。わざわざ外界から、この『十七区』に来るなんて」


 バックミラーには深く刻まれた目尻。

 年配の運転手が物腰柔らかに、笑みを加えて言う。

 そうですかと、とりあえず返事は返すものの、運転手の会話に関心は無かった。

 心ここにあらず……裏付けるかのように、眉一つ動かすこと無く、視線は外に注がれ続けた。

 外界との境界線である――『第九層・人工防壁』

 丁度、内界の最外表層部分と位置づけられる十七区は、

 没落した東京の中で、おとろえはしても、ある程度のはんえいを維持できている地区だ。

 ――崩壊する前の東京に訪れたことの無い真結良であったが、

 首都圏と呼ばれていただけあって、当時のこうりゅういやおうでも耳にしていた。

 密集したビル群。行き交う人の集団。網の目のように張りめぐらされた道路。

 流行が生まれ。文化が育ち。先端を歩み続ける。

 世界でもトップクラスの座につく人口を誇る巨大都市メガシティ

 ――それがまるで、違う国に来たのかと錯覚してしまうくらい、

 持っていたイメージとは、別物に変貌していた。

 全て(・・)を引っくるめて東京……と、変わりなく呼んでいる者もいるが、

 多くの人間は、壁の内側を『』と呼ぶ。

 ……以前のような『二十三区』の名称では無い。

 土地を明確に分割し、番号付けしただけの、単なる記号での呼び名。

 なにもかもを諦め、見限られ、はくだつされ……。

 東京はもう〝街〟ですら扱われていないのだ。

 分断された『エリア』と『番号ナンバー』で名称され、

 ――再生も復興も見通しが立たない、絶望視された場所。

 外界とをしゃだんされ、人の活気が削がれれば、その影響は街の雰囲気にも出てしまうのだろうか……。どこかいんうつとした流れは、街をよどませ……目に見えて荒廃させていた。


「これでも、だいぶ混乱から持ち直した方なんですよ……外界の人達から見たら、想像も付かない光景なんでしょうけど」


 中年のドライバーは、どこか恐縮した様子で、彼女の無関心を気にも止めず話し続ける。

 また、バックミラーごしにこちらをうかがう。

 反射的に真結良も視線を合わせると、

 運転手は、ばつが悪そうにフロントガラスへと戻した。


「……けっこう、人がいるんですね」


 ようやく出てきた一言。

 流れゆく景色。自然と歩道をあるく人々に向けられた。


「生活水準は多少落ちていますが、見た目ほどすい退たいはしていませんよ。近所に行けばデパートもやってるし、コンビニだって営業している。まあ、物資はかなり少なめですけど…………十七区はまだ『閉鎖地区』ですから。外界からの出入りもそれほど難しくは無い。割と自由が許されている場所でもあります……でも、内側の人間は相変わらず出られませんがね、ハハハ」


「私はてっきり、ほとんど人は残っていないのかと……思っていました」


 運転手は目の皺をますます深めて、感情のもっていないかわいた笑い声を出す。


「そう考えている人は少なくないでしょうね。テレビ報道もインターネットの情報も『内界』については

 完全規制されてますから。外界から直接来た人間も……先ほども言いましたが行動規制が掛かってます。まともな情報は手に入りません……。私でさえも、ここから更に内側の土地の情報は皆無です。ほんと、どうなってるのか解らないから、怖いったらありゃあしませんよ」


 壁によって囲まれ、外界からの入出のあらゆる動きを管理し、制御している。

 内界のネットワークはぜいじゃくで、政府によって外界との連絡は完全に分断されている。

 ネットだけでは無く、電話での通話も外との交流を差し押さえられていた。

 外から来る人間は、滞在期間と指定された場所でしか行動できず、

 厳しい制限が与えられていた。

 真結良の手首に巻き付いているタグは、外界から来た人間だという証でもあった。

 もっとも、彼女のタグは他のものとは違って、特別製(・・・)であるのだが……。


「お客さんも外から来たんですよね? 外の様子はどうです? 色々と変わった事とかありますか?」


「……特に何も。当初起こっ(・・・・・)た事件に比べれば(・・・・・・・・)きわだっての変化はありませんよ」


「そうですかー。いやね、壁に囲まれた生活をしていると、内側のことしか情報が得られないから、外界がどんな動きをしているのか、まったく見当もつかんのです。だから滅多にない、外から着たお客さんには、必ずと言って良いほど聞いてしまうんですよ。……タクシー使うのなんて、大半が地元民なんですわ」


「変化、というわけではないのですが、外側の壁はひとだかりが出来てましたね」


 運転手は「ん?」っと眉を寄せて、すぐに心当たりがついたようで、


「……たぶん今の政策とかシステムを不当だと訴えている団体の人達ですかねぇ? まだ規制が緩かった時にそういうのいるって聞いた事ありますし…………壁を作って、町の人達を強制的に隔離した行為に人権だの何だのって騒ぐ人間が後を絶たないんですよ…………まったく、未曾有の事件が現(・・・・・・・・)在進行で起こっている(・・・・・・・・・・)っちゅうのに、外界の人間は自分たちの利益のことしか考えていない。……まだ内界われわれの方がしっかりとした判断をもって行動していると思いますよ……まあ、じたばたしとってもどうしようも出来ないから、半ば諦めているってのもあるんですがね。ハハハ」


「……………………」


 運転手が言っていることに、真結良は心底同感の意を伝えた。

 復興とか、かつての東京をとか。

 人権とか――安全だとか。

 そんなまっしょうてきな問題は二の次、三の次であるのだ。

『事件』は今でも留まること無く進行している。

 人類(・・)は必死で抑えようと試みているのだが、

 それは、つまるところ応急措置的な効果でしか無く、

 ――破滅は着実に歩み寄って来ていた。



「壁の中の人間達は、外に出たくても出て行けない。まるで大きなおりの中にいるようなものです。ある日突然、生活範囲を制限されて、故郷に帰れなくなった人達も居る。どこにも行く当てはないわけだから、一番の安全圏である第九層に引っ越す――っというのが。自然の成り行きというものですよ」


 ――――壁の中には、更に壁がある。

 何重にも隔てられた壁の内側には、同じようにして街がエリアとして分割され、街を形成し、隔離された人々が居住している。


「でも九層の土地だって、人が住める許容に限界がある。金や権力が無い人間は自然と内界の地獄(・・)に、…………あ、すいません。その、今の発言は……すいません。お客さんに聞かせるような話じゃありませんでしたね」


 男は自分の語りに熱を帯び始めていたことを完全に忘れていたようで、慌てて訂正を加えた。

 日頃からストレスと隣り合わせで業務をこなしているのだ。

 愚痴を言いたくなるのは、もっともだ。


「お気になさらないでください……非常に参考になります」


 真結良はにゅうな表情を形作りつつ、ぜんとした態度で対応する。

 初めて、運転手に対して同情の念が混じった感情で接した気がした。

 これから先、いちいちこんな事に目くじらを立てていたら、神経が保たなくなるほどの修羅場を私は経験するだろう。

 封鎖都市・人工防壁第九層――十七区。

 ……この土地が、私の新たな一歩を踏み出す出発点となる。


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