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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
199/264

<27>

 ――異界の中は、強い魔力に満ちている。

 それは大気に含まれている純粋な魔力であるのに、どこか禍々しく。

 取り込み続ける事によって、体が侵されてしまいそうな……毒素のようなものが含まれている気分であった。


「隊長、いまどこっすか!」


 何度目かになる通信を試みるも。まったく同じノイズが鼓膜を振るわせるだけ。

 仙崎は異界突入の最前を走っていた。最前線よりも更に奥に、神乃苑樹はいる。



 基本的に異界は、電波を飛ばしての通信手段が(ぜい)(じゃく)になる。通常の空間とは違って、空間そのものが歪んでいたりするからだ。真っ直ぐ飛ばす電波は歪みの影響を受けて不安定になる。故に長距離になるほど、やり取りが難しくなるのだ。その問題を打ち消すには、有線のアンテナが必要になる。原始的であるが、長い距離の空間を介さず、確実に送受信を有線で運び、要所要所から小型アンテナで飛ばすにより、クリアな音声を確立する。

 異界に突入したときから、いくつかの班は、通信係として、有線を伸ばしている最中だ。

 ドームの反対側から突入した、佐奈香と加藤の音声はまるで拾えず、最初の時には聞こえていた苑樹の回線もあっというまに圏外となっていた。

 いま、仙崎は苑樹との通信圏外と、後方の有線アンテナの受信ができない間にいた。



 ときおり、小型の異形が仙崎を見かけるなり、襲いかかってくるも、

 生半可な戦闘経験をしてきたわけではない仙崎は、いとも簡単に、魔力すら使わず異形を切り伏せてゆく。


「弱いっすね。確かに俺たちにとっちゃザコかもしれないっすけど……」


 ただ、真っ直ぐ苑樹の向かった後を追いかけていた。

 苑樹の軌跡を辿っているのは、等間隔で地面に刺し込まれているビーコン(無線標識)だ。

 稼働の持久力は短いものの非常に小型。携帯性に優れていてビーコン同士は電波を飛ばし合い、ヘンゼルとクレーテルのパンくず(帰り道)。山登りにおける命綱(アンザイレン)の役割を果たす。

 突入時にそれぞれ、所持しているビーコンには各班の登録が成されている。苑樹が設置した標はまっすぐ奥へと行き、道の途中には仙崎が驚くほどの死骸が乱雑に転がっていた。

 どれもが一撃の下に分断されていて、どこをどうやったらこんなに早く処理しながらビーコンを設置し、更に深部へと進めるのであろうかという不思議ばかりが残った。

 ――いや、あの人だったらできる。話で聞くだけなら嘘のような戦い方で、普通の人間じゃ実現不可能な成果を現実の物とする。


「バケモンどもめ。人類側の『怪物』を怒らせるから、こんなことになるんっすよ」


 走りながら仙崎は不適に笑い。

 新たな異形を発見しては、がら空きの背中めがけ、容赦なく首を()ねて駆け抜ける。

 近くに敵がいたら必ず仕留める。この道は生徒を連れ帰る時の逃げ道になるかもしれないのだ。すこしでも脅威がいるなら(せん)(めつ)が絶対である。

 何個目かになる分岐路でようやく仙崎は、脅威と思える異形と出会った。

 小型異形をそのまま大きくした姿。背丈は自分よりも倍はありそうだ。


「ようやく骨のありそうな異形のおでましってか? 隊長に言われてんだ。動くモンは全部敵ってな! お前も死体にしてやんぜッ!」


 たった一人で、仙崎は大型異形に突っ込んでゆく。

 敵も闘争本能に従い、拳を振り上げる。



 ――仙崎は、固有刻印を発動させた。

 空間を切り裂いて表れた裂け目に自ら飛び込み、

 次いで現れた時には、洞窟の天井に近いほど高く。異形の真上へと踊りでいていた。


「っさあああああああああ!」


 魔力を吹き込み、剣に攻撃力を乗せる。

 次世代の魔術兵器の為に作られた試作品(プロトタイプ)。通常の魔術兵器よりも優れている。

 魔力を供給されて刃に、淡い光が灯る。輝きは流れる残像を描いて……刃は標的を失った異形の肩を容易く分断する。

 腕が重い音を立てて地面に落ち、異形の悲鳴があがった。

 仙崎もまた地面に着地するところで、もう一度刻印をつかって、地面すれすれの空間を裂いて、着地せず瞬間移動する。

 次に飛び出したのは、異形の首元。

 全身が空間から出尽くすよりもはやく。異形の喉を真一文字に切り裂いた。

 そのまま異形の胴体を蹴り上げ、血飛沫上げる方向へと軽やかな宙返りしながら飛び退く。

 太い首は完全に断ち切れずとも、半分以上が切り裂かれて、異形は一本しか無い手で首を押さえながら地面に音を立てて倒れた。


「オマエくらいのデカさなら、ビビるに値しない。……そんなん、マジモンの異界じゃ、結構いるサイズっすよ。まだ隊長の実戦訓練の方が絶望できる」


 仙崎は、常日頃から苑樹に教えられている通り、異形の死体をしばらく眺め、また異形が立ち上がらないことを確認してから、前進を再開した。



『ざき………………き…………仙崎』



 無線機のイヤフォンからようやく、ノイズ以外のものが受信されてきた。

 それは、聞き慣れた自分の名前を呼ぶ声だった。


「隊長っすか!?」


 ビーコンは通路の奥へと真っ直ぐ続いてる。

 ようやく、彼の近くまで来られたのだと同時に、無事でいたことに安心する。


『聞こえ、――か…………せん……き』


「聞こえるっすよ隊長! いまそっちに向かってる途中っす」


 ノイズがどんどん取り除かれてゆく、双方の距離が近くにあるのだと確信した。

 道なりに目印(ビーコン)を追ってゆくと、ようやく次の分岐路で苑樹が走ってくる姿を発見できた。

 合流したところで、お互いに装備の確認をした。

 残りの弾薬や、負傷の有無。苑樹は刃のみで敵を掃討していて、仙崎もまた銃を使っていなかった。ダメージなどは確認するだけ無用。形式だけの報告に終わった。

 苑樹は抜き身の刀を鞘に収め、話を始めた。


「ここから大体、七十メートル地点に、試験兵がいる。芦栂も一緒にな」


「副隊長が!? やっぱり、やっぱり無事だったんっすねぇッ!」


 嬉しさで声が大きくなる仙崎。


「喜ぶのは後にしろ。まだ発見しただけで何も終わっちゃいねぇ」


「うす!」


「生徒の方は襲撃を受けて、かなり消耗している状態だ。オレは通信範囲まで戻り、応援を呼ぶ。お前は――」


 苑樹は急に話を切り上げ、首を横に向けて一本の通路を凝視し続ける。


「どうしたんっすか。隊長」


「…………………………」


 彼が何かに対して警戒する行為は、仙崎からしたら巨大な不安となる。


「今のを、感じたか?」


「なにを……っすか」


 苑樹から発せられる緊張。仙崎はこの異界に入って初めて恐怖を感じた。


「加藤は入った時から気がついているだろうが、この異界は全てが、魔術によって構成された場所だ。しかも質量を操作して異空間にまでしている。もし内部にコレを作ったヤツがいるのなら、どこかに異界を構成している術式。〝核〟と呼んでいるものがある。ソレさえ壊すか術者自体を倒せれば、世界は秩序を失い、元の場所へ……広場に戻すことができる。迷路のように複雑化させているのは、恐らくその核へたどり着けないようにするためだろう」


「じゃあ、核さえ壊せれば」


「異空間は消滅する」


「……異界が消えれば、異形どもを、一網打尽にできるっすね」


「いま、オレが感じたのは上手く洞窟に溶け込ませていたデカイ魔力だった。核かどうかは知らんが、デカイ魔力があるところに、異界を作りあげた張本人がいる可能性が高い。突入した時から察知できればと駆け回っていたのだが……ようやく尻尾が掴めそうだな」


 仙崎は何も感じられなかったが、苑樹は魔力に対しての微妙な変化。無風の洞窟内においての、肌では感じられない〝流れ〟を察知したのだろう。

 日頃から、常人では扱えないレベルの繊細な魔力をコントロールしてる苑樹だからこそ受信できるアンテナであろろうか。

 犯人の元へ行こうとする苑樹に対して、仙崎が声をかける。


「俺も付いていっていいっすか。少しの時間も惜しいのは解ってます。でも隊長のいうところの〝核〟さえつぶせれば、全員助けられるんじゃないっすか?」


 苑樹に考えている時間はなかった。

 もっと時間がないのは奥で助けを待っている生徒たちだ。

 幸い、向こうには芦栂古都子も控えている。


「…………急ぐぞ仙崎。さっさと付いてこい」


「了解っす!」



 苑樹が感じている気配は、生き物が放っている魔力とは違い、もっと別の異彩を放つ何かであった。近づけば近づくほど気配は濃くなってくる。

 ――魔術師が近いのかもしれない。

 壁面にびっしりと光っている鉱石も、心なしか変色しているようにみえた。

 道中、大型異形が複数で現れるも、苑樹と仙崎の敵ではなかった。

 しばらく進んで、ようやく苑樹が見たかった現物を確認できた。


「うっ!? な、なんすかこれ……」


 異界で色々なものを見てきたつもりであった仙崎も刺激の強さに、思わず鼻と口を片手で押さえた。

 三百六十度。放射線状に根を張っている中心部。その場所は、あらゆる方向に洞窟の通路が穴を開けていて、どこにでも行けるような……正にこの異界の中心だった。中心には巨大な水たまり。顔が歪んでしまうほどの腐臭が鼻をつく。

 池ほどの広さには赤黒い泥。腐敗した人間が、半壊した得体の知れない生き物が、バケツたっぷりに入った小魚のように溜め込まれていたのだ。溜め池にどれだけの深さがあるなど、判別できない。

 所狭しと天井に描かれている魔術の術式。魔術に詳しくない仙崎から見ても、高度な術式だとわかる。

 溜め池の近くには、地上から始まり、天井まで伸びる得体の知れない柱があった。それは岩石で出来ている物ではなく、血管とむき出しの筋肉で構成されている……まるで洞窟を繋ぎ止めている〝巨大な腱〟に見えた。柱は絶え間なく脈動を続け、水たまりに溜められている腐泥を吸い込んでは、天井に向けて送り出している。

 腐泥のたまり場から、たったいま生まれたばかりの、あの異形が這い出している途中だった。

 レンズの額には光を宿しておらず、ようやく光が灯る。

 異形が最後に見たのは、苑樹が大剣を振り下ろしている姿だった。



 腐った泥から生き物――しかも異形――を作り出す技術があるなど、聞いた事がない。

 群れを作り出す時は、莫大な魔力を消費するのだろう。

 今では、生産ラインは鈍くなっていて苑樹が切り倒した異形の他に、新たな生命が生まれ出てくるような様子は見られない。


「仙崎、周囲を警戒しておけ」


 苑樹は足早に、柱に近づき天井を見上げた。

 危険はないと判断した上で、彼は剣を水平に叩き込み、柱を両断した。

 装置はとても巨大であるが、同時に繊細な術式であるが故に、一箇所でも術式が崩れれば、瞬く間にその意味を失ってしまう。

 異形を生み出し続けていた悪魔のかまどは、完全に機能を停止した。



「ようやく来てみれば、まさか中心点に〝異界の半分〟しかないとはな。……ふざけやがって」


「ど、どういうことっすか隊長」


「仙崎。後は任せる。生徒の救助を優先し、異界を脱出しろ。オレは行かなくちゃいけない場所ができた」


「――ど、どこにいくんっすか?」


 仙崎の質問さえ、答える時間が惜しい。


「オレの設置したビーコンを追っていけ。その先に試験兵と芦栂がいる。なんとしても連れて戻ってこい」


「わ、わかりましたっす」


 苑樹は刻印を使ってすぐさま加速し、仙崎を残したまま、来た道を戻っていった。


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