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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
198/264

<26>

「いやぁ。これは……これはこれは、……すごいことに、なっていますねぇ」


 非常事態が起こり数時間の経過。縁たちがドームに辿り着くよりも少し前。

 男は肩を左右に揺らして。旧三鷹訓練所の入り口、路肩に止められてる何台もの車を物珍しそうに眺めていた。

 夜空の雨は、つい今し方降り始めたようで大粒。大雨になる予感。今朝見た天気予報では、豪雨になるとの予想であったが、地域によってはすぐに止むかもしれないとのこと。


本部ブラックボックスが大騒ぎだというから、来てみたけども……うん。すごい。やはり何事も……現場の空気を肌で感じ、直接肉眼で確認するのが一番だ」


 足音すら軽い細身の男は、厳戒態勢の引かれた訓練所に入ろうとして、ゲート前の職員に止められそうになるが、それも一瞬。――すぐに男が何者であるのか、顔を見ただけで判断され、敬礼と共に通された。

 男は礼儀正しくお辞儀をしながら、奥へと進む。

 とりあえず現在の状況を知っておきたくて、男は偶然近くで作業していた人間に声をかけた。


「あのぉ……そこの、あなた……。ちょっとお話を、聞かせてはもらえないでしょうか?」


「なんだよ! 今こっちは忙しいんだ――――ぁ」


 振り返った先に見た姿は、病弱そうな男。腰には金属製の鞘に収められた一本の刀を差し、両手には白い手袋。そして真っ白な軍服に軍帽。普通のサイファーとは違った装いであった。

 男は帽子のつばの近くに手を伸ばして、力のない敬礼をする。

 眼下には濃いくま。微々たる笑みを浮かべている薄い唇。肌は青白く、暗闇であったからこそ、白さが際立って見えた。細身の体は心なしかゆらゆら動いて、貧弱という印象から察するに、バランスを取ることすらままならないように見えた。


「……ふ、古川ふるかわ一位!?」


「すみません。お忙しいところ。…………ちょっと、状況を聞いておきたかったのですが、忙しいのでは仕方ありませんよね。他を探してみます」


「ししし失礼しました! 何なりと、お、お聞き下さい!」


 作業員の顔は古川と呼んだ彼よりも、血色を失う。

 とんでもない人間が来てしまったと。緊張で心臓が飛び出しそうなほど動いていた。


「いやぁ。ありがとうございます。とても……助かります」


 作業員の同様とは真逆に、落ち着き払った態度で軍帽のつばを持ち、軽く頭を下げる古川。

 彼は作業員が掻い摘まんで説明する、事件の大まかな流れを黙って聞いた。半分閉じた目で何度も頷き、立ったまま寝ているように見えた。

 あらかた現場の状況を理解し、もう一度礼を言って、現場であるドームへ向かおうとしたところ、後ろから古川と同じ、白い軍服姿の女性が早足で迫る。


「古川士征(しせい)……またフラフラと。探しましたよ。傘もってきました」


「あぁ。ながさん。ちょうどいま、話を聞いていた所なんですよ」


 死相に花が咲いたような、はかない笑みで古川は長門と呼んだ女性に返事をする。

 女は古川から、作業員へと視線を移動させた。


「…………すいません。お忙しいところ、ご迷惑をおかけ致しました。ご苦労様です」


 敬礼した女に、作業員は大層気後れした。


「いえ! とんでもありません!」


 内界にいる職員でも、外界の――本部の有名人くらいは知っているのが常識だ。



 軍服の男の名は――古川禦己ふるかわ かずき

 中枢機関ブラックボックスほっそくされた初期から在籍している士征(ファースト・)一位(サイファー)

 今しがた、異界に突入していった神乃苑樹と肩を並べる――『人類最強(・・・・)



 隣にいる女性については知らないが、古川禦己とまともに会話ができる人間だ。間違いなく上級サイファーに違いなかった。


「士征。珍しいですね。ここに来てから随分と血色が良いように、お見受けできますが」


「なんででしょうね。せきも出ないですし。今日はすこし調子が良いんですよ。……たぶんですが、ここの魔力が心地良いと感じているからですね」


「そうですか。でもしっかりと栄養補給はして下さい」


「ええ。わかっていますよ」


 目尻にしわを刻んで、禦己かずきは小さく首と肩を回す。

 調子良いという割には、数秒後には貧血で倒れてしまいそうな顔をしていた。


「時間がそれなりに経過しているはずだけど、内部にはもう誰か入ったのかな?」


「か、神乃一位が、先ほど突入しました」


「カンノ……あぁ、あの子か。なるほど、なるほど。…………へえ」


「驚きました。神乃士征一位……ですか? それならよほどの事がない限り、状況がこれ以上、悪化することはないでしょう。むしろあの有名な神乃士征がこの現場におられることの方が驚きです」


神乃くん程度(・・・・・・)で処理できる異形なら、僕は必要なかったかな? あのときのじゃくさがどこまで成長したか、気になるところではあるけど。……そもそも、神乃くんなんかにこの一件、解決できるのかな?」


「そうですね。古川士征が直接出る必要はないかと。……あと士征。不用意な発言は慎んだ方が良いかと思われます。壁に耳あり。お隣の方の耳にも入ってしまってます。仮にも一位としてのお立場を自覚なさってください」


「あらあら。聞こえてしまいましたか?」


「…………………………は、はあ」


「では、この話は、僕と貴方との秘密。ナイショです。僕が怒られてしまったことも、ナイショでお願いしますね」


 白手袋の人さし指が、血色のない鼻先に添えられた。悪戯っぽく笑っているが、血色のない真っ白な顔と隈のある目で言われると、どこか悪魔的で不気味だった。

 聞こえるもクソも、できればそういった話を聞きたくはない。それに緊急時だというのに、この余裕。次元の違いすぎる二人を前に、男の背中から汗がにじみ出る。


「…………あの、もう一つお願いがあるのですが」


「はい。なんなりと」


「理由は聞かず――――今すぐ左に一歩(・・・・・・・)動きなさい(・・・・・)


 ――この場合。いつもだったら、間違いなく質問を返していた『なぜだ?』と。

 ただ黙って、言われた通り行動に移したのは。

 古川禦己から放たれたじんじょうならざるオーラが理由である。

 オーラとは作業員の勝手な解釈であり――その単語が示すものは力などのたぐいいではなく、気配や威圧、その人間が持ち合わせている雰囲気に近いものだ。

 その昔、作業員は有名なスポーツ選手と会ったことがある。その時に感じたのはとても大きな存在感。実際に目には見えないものの、両肩から立ち上っている〝オーラ〟のような何かが出ていたのを憶えていた。

 ……神乃苑樹は『怪物』と呼ばれ、

 ……古川禦己は『ひとしゅ』と呼ばれている。

 サイファーの最たる人間達は、誰も彼もがとんでもない異名を持っていて、

 いま、男の左足を問答無用に動かしたのは、『病弱』な古川禦己などではなく、

 ――間違いなく『人修羅』である、古川禦己のほうだった。

 開いた目。強い瞳。ソレは作業員の後ろを見ていて、

 左に一歩動いた途端とたん。鈴の音に似た鳴りと、数本の髪の毛を巻き込んで風が駆けてゆくささやきを耳にした。

 それら一瞬にして一連の流れのあと……作業員の足下に、何かかどさり(・・・)と倒れてきた。


「ひ、ヒィ!」


 真下を見て、作業員は飛び退く。

 それは上半身を斜めに分断された状態で倒れていて、下半分は後ろの方で仰向けに倒れている。人間でもなければ、動物でもない。鋭い顎と複数の目を持っている……怪物。


「――――鮮やかな刀捌さばき。お見事です。士征」


 長門がお世辞ではない本心をもって口にする。


「ごほ、ごほ。…………うん。準備運動も無しに、動くものではないですね」


 刀身すら見せない一撃。

 左手で握っていた金属製の鞘を離し、咳する口に蓋をする。


「こ、これは。まさか、異形!? どうしてこんなところに」


「どうやら、ドームから出てきたようだ、ね。……ゴホ」


 万全な体勢を取っているはずなのに、現場はいったい何をやっているのか、

 禦己は怒らずとも、少々呆れていた。


「この異形は、ここに来るまで、だいぶ弱っているように見えました。動きが鈍い。あっけない。斬りごたえも悪かったです。この土地の魔力が薄いからですか、ね」


 一人で言って納得する禦己。異形を前に作業員の口は驚きと恐怖のあまり、完全に縫い合わさっている状態だった。


「穴を開けて突入ですか。…………判断は間違っていないのですが。……それにしても、神乃くん。詰めが甘いと思いますね」


「――――どういうことでしょうか、士征?」


 禦己かずきは詳しい話を長門にしようとせず。生気のない顔――に収まっている、燃えるような光る瞳で、異界化したドームの方角を見つめていた。

 …………雨が本格的に降り始めた。

 早めに止むと良いのだけれども。思考とは別に禦己は思う。


「異界の事は他の人たちに任せて置きましょう。それに、せっかく内界に来たのだから……訓練所の様子を見物してみたい。長門()。道中、現れる異形を始末しながらになりますが、付いて来てくれるかい?」


 長門は顔色一つ変えずに、小さく頭を下げて。


「はい。――喜んで。お供致します。……傘をどうぞ。士征」


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