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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
194/264

<23>-2

 

「ゴォオオオオオオオオオオオッ!」


 ほうこうが空気を振動させ、真結良の肌に伝わる。

 ――あんなのに、勝てるのか? 私一人で。

 相手の存在だけで気圧された真結良。弱気がそのまま現れるかのようにして。


「あ…………ぐ、っぐううう!?」


 呼吸ができない。刻印が急激な痛みを発したのだ。


「こんな、…………こんなときに……!?」


 首の周りから、締め付けてくる感覚。

 神経が麻痺している状態にもかかわらず、鮮烈な『痛み』という名の暴力が、首から染みこんで――背骨を凍らせてくる。神経の代わりに、氷柱を突っ込まれたような冷たさ。全身に広がる無秩序なほんりゅう

 苦しい……なんで、どうしてお前は、いつも!

 敵が行動を起こしてくる前に、真結良はポケットからピルケースを取り出し、乱雑にカプセルを口の中へと放り込んだ。手に広げた以外の残りは焦って落としてしまい、ケースごと地面に転がって散らばる。

 何錠あったのかは知らない。しゃにむに噛み砕く。

 柔らかなカプセルが割れて、粉末が舌を満たす。苦い。舌が痺れる。


「――――ごくん……痛ッぅ、この……言うことを、聞けええッ! たとえ私の先が閉ざれようとも構わない。いま……動かなくて、どうするというのだ!」


 意志などあるはずがない刻印に向かって、真結良は叫ぶ。

 薬の効果が現れるには時間が掛かる。それでも叫ぶことによって心が軽くなり、痛みが軽減された気がした。

 新たに再循環させた魔力を刻印に供給させる。

 反応した刻印は冷気を生みだし、全身に熱が走った。


「――――うッ」


 いきなり起こった痛み。例えるなら閃光。

 弾けた真っ白な光を、そのまま痛みにしたような。

 首の側面で弾けた部分へ、思わず手を伸ばしてみると。


「……………………」


 血が、出ていた。過負荷によって首の皮膚が裂けたのか。それとも刻印が限界なのか。

 手の皮がずるむ剥けて出た血と、指先に絡みついた鮮血を、親指で転がし、真結良は強く拳を握った。

 刻印が拒絶している――真結良の脳裏に、そんな言葉が通り過ぎた。

 どうでもいいさ。動くのならば、戦える。

 動いてくれるのなら、まだ生き抜くことができる。

 首に有刺鉄線が巻き付けられていて、時間が経過するごとに鉄線が締め付けられてゆくようだった。

 呼吸が震える。…………死にたくない。

 大型異形の左右から、新たな小型の増援が姿を見せて、こちらを捕捉する。

 小型の方から先に向かってきた。死骸を押しつぶし、足に絡まって転ぶ異形も居た。


「私は、生きるんだ――いきて……サイファーになって………………こ、こんなところで、死んでたまるかぁああああッ!」


 一秒でも……長く保てばいい。その間に異形を倒せれば。

 退かない。逃げない。死にたくない。逃げたくない。戦わなければ。魔力を……刻印を回転させろ。回せ。回れ。動かせ。逃げるな。戦え。戦え。戦え。踏み出せ。前へ、前へ。潰せ……行け、ゆけ、征け、進め。進め。すすめ(・・・)

 迫ってくる異形の集団を前にして、真結良は――あらん限りの強さで叫んだ。

 気合いとも似つかない。自分を奮い立たせるためか、それとも追い込まれたが故に飛び出した威嚇か本人にもわからない。

 異形達は彼女の闘気に押されたのだろうか。半息――動作が鈍る。

 敵は確実に、何か(・・)を感じて怯んだ。


「私が……路を譲れば、また誰かが死ぬ。戦えない人間が、死ぬ。…………絶対に嫌だ。お前を倒して、生き抜いてやる! 死なない。死なないぞ。私は!」


 敵の血にまみれた剣。柄は自分の血で染まっている剣を握り絞め、首の刻印に魔力を集めた。

 目に見えないワイヤーが千百に刺さってくる針の痛み。真結良を締め付ける。

 本人も気がつかぬうち。まるで聖痕のように。傷が大きく拡大し……首筋を伝う。

 疲労の蓄積が影響しているのか。体内に取り込もうとする魔力の流れが遅い。


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアア!」


 相手のペースに合わせず、真結良も集団の中に飛び込んだ。

 一匹目を斬り付けると、敵の傷口が凍り付き、一瞬で氷結する。氷は固まるだけではなく、脳細胞が再生しているかのような動きを見せ、四方へと飛び出し、連鎖的に異形達を突き刺す氷の槍となって広がる。

 それらの攻撃の合間を縫って、異形の爪が真結良の背中を裂いた。


「――――――ギギ!?」


 爪が動かない。……敵が斬り付けたのは真結良が刻印で作り出した幻影だ。

 本人は動揺する敵の背後へ。すかさず首を落とした。

 自分のできることを、やれる能力を最大限に稼働し続ける。

 敵の爪が、肩をかすめた。引き裂けた肩の傷が服を赤く濡らす。

 攻撃によって付けられた傷の痛みなど――刻印が生み出す痛覚に比べたら、ものの数ではない。

 麻痺した痛みは、彼女を怯ませず。前へ……前へと駆り立てる。

 一匹でも多く。少しでもながく。洞窟の外から、救援が来てくれることを、信じて。

 暴れ回る真結良に対して、大型の異形が行動を起こす。

 倍以上はあろうかという背丈から繰り出される腕の薙ぎは、氷付けにされている仲間の異形もろとも砕き、真結良へとせまった。

 剣で応戦。刃と腕が接触した瞬間、蜘蛛の巣に似た形状の氷が展開され、地に根を張り、腕の勢いと衝撃を吸収すようとする。

 だが異形のパワーは並のものではなく、氷の障壁を砕き、真結良の胴体へ。

 はじき返された剣ごしに、敵の裏拳が直撃した。

 ミシリ、と肋骨に嫌な感触。正面から受けたというのに、背中にまで衝撃が走る。

 吹き飛ばされ宙を舞う。三秒とない滞空時間。その間に意識が途切れるも、なんとか体を捻り地面へ着地できた。


「ガ…………ぐ、ハッ!」


 とっに魔力でカバーしたつもりだが、ダメージが大きすぎる。

 ある程度、魔力を使って、体の防御はできるが、実戦ではこれが限界なのか。

 弱った彼女に対して、残りのスウォームが襲いかかるも、ほとんど本能で切り伏せる。

 何をしたのか憶えていない。直感の戦いが、ぎりぎり命を繋ぐ。

 残ったのは、大型異形のみ。


「はあ、はあ、はあ、……ハア」


 パワーもさることながら、こちらは体力を消耗しすぎている。あの一撃を、もう一度防御できる勇気は無い。かといってかわしきれる精神的余裕は――もうない。

 恐怖が。忘れていた恐怖が蘇ってくる。


「まだやれる…………私は、サイファー、…………なるんだ。つよくなるって、きめたのに」


 無意識のうちに流れ出たうわごと。虚勢にしかならなくとも。自分に暗示をかける。

 どんなに心を奮おうとも、絶望的な現実が真結良をすり潰す。両足の震えが止まらない。



 ――――あれだけ仲間に強くなるのだと誓っておいて、こんなところで。

 情けない。涙が出てきそうになる。なきそうになる。くやしい。

 つよく、だれかを守れる。そんな自分になりたいだけなのに。

 …………世界は、こんなにも残酷であるのか。



 死にたくはない。生きたい。敵を倒して生き残りたい。

 激しい痛み、打たれた衝撃によって発生した強い耳鳴り。

 思いだけでは、どうすることも出来ない。自分がやれることは、もうわずかしかない。


「せめて、後ろで戦っている、皆のために…………お前だけは、行かせんぞ」


 真結良は――覚悟を決める。

 最後、できうる限りギリギリまで引きつけ。刺し違えてもかまわん。

 ――――この命を持って、一矢報いてやる。



 震える体。力の入らない指先で、剣をできるだけ強く握り込む。

 一生懸命、戦ったのに。私はどこかで間違えてしまったのだろうか。

 もうちょっと、がんばれたんじゃないか? と、強い後悔がよぎる。


「問題児達全員と、仲良くなれなかったのが無念だな。班長になって、見返してやりたかったのだが」


 重質量が生み出す地響きを足下に感じながら、真結良は全身に魔力を溜め込み始める。

 さあ、近づいてこい。全魔力をもって、一撃与えてやる。

 覚悟は決めた。渾身の魔力を。自分の許容量以上の魔力を取り込んで、一気に爆発させる。


「もっと……もっとだ。もっと、魔力を……力を。私の、刻印よ……見せてみろ!」


 めいいっぱいに溜め込み、更に魔力を詰め込もうとした。

 体の中から膨らんで、破裂してしまいそうな感覚に襲われる。

 並行して燃え上がる痛み。首の固有刻印はどんどん加熱し、表面温度を上げてゆく。そもそもこの熱が、温度なのかもわからない。

 詰め込まれてゆく大量の魔力は、いまにも限界を超えて熔融してしまいそうだ。

 さあ、最後の一撃を叩き込んでやる。ゆっくり剣を構え始めると。



 ――真結良の全身に寒気が走った。



 刻印の熱を凌駕するほどの。冷たく深い殺気。巨大な力。

 それは一点に、自分ではなく異形に向かって浴びせられていて。

 異形を越えた向こう側から、ものすごいスピードで気配が近づいてくる。

 真結良があっと思った瞬間には、一刀のもとに異形の胴体が割断された。

 地面に落ちた大剣が勢い止まらず地面に沈み、石の地面を砕く。分断された異形の断面から、おおだるをひっくり返したほどの内臓と血が溢れ出し、地面にぶちまけられた。



 あれだけ苦戦していた大型異形が……たった一撃(・・・・・)

 たった一度の攻撃で、あっなく沈黙したのだ。

 剣の圧力で生まれた風が、臭気混じる異形の生暖かさとなって、真結良の前髪を跳ね上げる。

 爆発の中心地で、黒いコートに身を包んだ男は鉄塊を肩に乗せて、大きな舌打ちをした。


「チッ! 薄汚いゴミが、弱いくせして次から次へと出てきやがって。人間様が住む土地で、偉そうにのさばってんじゃねえよ」


 血払いを一降り。巨大な刀身に付いていた血液が夥しい量と纏まって地面にらされた。

 徐々に、自分の魔力を体外へ排出させつつも、真結良は力が抜けて両膝をついてしまった。異形を葬った人物から目が離せない。


「あ、……貴方は」



 真結良はその顔を知っていた。

 彼女が憧れるきっかけになった、(ディセン)(バーズチ)(ルドレン)

 ――『怪物』と呼ばれる人類最強。

 ファースト・サイファー。神乃苑樹。



「オレの事はいい。……お前、怪我は大丈夫か?」


 大剣を担いだまま近づき、地べたに座り込んだままの真結良へ近づいて、安否を確かめる。

 あまりにも衝撃的な展開と、思いもがけない人物の登場に思考がついて行けず、真結良はかけられた言葉に対し、問題はないと首を縦に振ることで、自らの意志を示した。

 苑樹はぐるりと、真結良が倒した無数の異形の死骸を見ながら、


「デカイ魔力を感じて、もしやと思って来てみれば、……生きているのは、お前一人か?」


「――――い、いえ。この先にも仲間達が、います。私はここで、少しでも敵を減らそうと」


「もうすぐ向こうの方から救助と増援が来る。……これだけの敵をたった一人で。………………よく、がんばったな」


 撫でるとは違う、頭に乗せられただけの手。

 それだけで救われて、安堵すると同時に元気が湧き……泣きだしそうになった。

 彼の腕によって上半分の表情が見えなくなるが、口元が笑っていた。

 手が離れると、元のとげ々《とげ》しさある顔に戻っていた。

 彼は腰から、ペーパーナイフみたいなものを取り出して、地面に投げて刺し込んだ。


「まだ動けるか?」


「はい。だいじょう、ぶです」


「お前に聞きたいことがある」


 目を丸くして不思議そうな顔をする真結良に対し、苑樹は一度だけ後ろで展開されていた結釘アンカーネイルを見たあと、しっかりと真結良を捕らえる。


「女……オレと同じ黒い服を着た女はいなかったか?」


 まんしんそうの状態で、まともな回想をすることができない。

 それでも、神乃苑樹の頼みであるならと、真結良は緊張しながらも必死に頭を働かせる。


「間宮……わ、私の同期と一緒に、向こうの通路へ行きましたっ」


「…………………………そうか。やっぱり生きてたか」


 表情は変わらずであったが、微かに鼻を鳴らして笑ったように聞こえた。


「この目印を一定の間隔で地面に刺し込んでいる。女はオレの部下だ。ソイツに話せば全て理解できる。まずは仲間の所へ戻り、全員集めここまで移動をしてこい」


 苑樹が指した、細い物体は彼が言うとおり、点々と続いていた。

 彼は結界が展開されている結釘アンカーネイルに近づき、地面に触れて結界を解除した。


「オレは残りのゴミを掃討する。オレを追ってもう一人の部下の男が到着するはずだ。……また一人にしてしまうが、決して最後まで油断するなよ」


「……は、はい!」


 満足に腕が上がらず、力なく敬礼する真結良を前に、苑樹は口元だけを上げて笑い、


「良い返事だ試験兵。必ず――生きて戻ってこい」


 自分は試験兵ではないと言おうと思ったが、えつになってしまいそうで、口をつぐむ。

 苑樹は真結良が来た通路を、高速で去って行った。


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