<23>
学んできた全てを以て、敵を切り倒し続けた。
異形の群れをたった一人で乗り切った真結良は全身を触り、負傷を確認した。
極限の興奮状態。脳内麻薬が絶え間なく分泌され続け、恐怖を遠のかせていた。
痛覚を鈍くさせ、疲労も曖昧な状態。傷ついているのかどうか感覚では判断できないでいた。
入念に関節を動かし、何カ所か引き裂けた服の内側を見る。
多くは服のみで、すれすれで回避できた証拠として残されている。それでも服を越えていくつかの切り傷があった。血が滲んでいる程度。深くはない。戦いに影響はしないだろう。
頬を伝い、刻印のある首筋を通って流れる汗。本陣から一つ隣の分岐点で戦いどおしだった激しさがようやく終わったころ、立っているのは真結良だけだった。
「………………これで、全部」
周りには三十体は下らない異形の死体が転がっていた。
初めての単独戦闘にしては、よくやった方であると、真結良は自分を評価する。
「これで、時間を稼げれば……救助は来るだろうか」
望みは、確証のない願望でしかない。
救助など派遣すらされていないかもしれない。
それでも望んでいなければ心が保たない。
言い聞かせなければ、死が絶望と歩調を合わせて近づいてくる気がするのだ。
剣を杖にし、一息ついたのもつかの間。洞窟の奥から、また新たな異形のグループが現れる。
数は十にも満たない。大群ではないにしろ、額の目から緑色の発光体を揺らめかせ、真結良を確認すると、一斉に走り出す。
「貴様らは、なんとしても奥に進もうとしたいのだろうが……」
――私の後ろでは、まだ多くの人が戦っている。守り切らなければ……私が死ねば、ここにいる敵の全てが、先輩達の所に向かってしまう。
「それだけは……させない…………やらせは、しないッ!」
奥歯を強く噛んで自分を鼓舞する。たった一人だけの戦いであるが、大勢の命を背負っているのだと再認識すると、首にある刻印に熱が湧く。
異形の死骸を踏みつけて、突進してくる群れ。
「アァアアアアアアアアアアッ!」
真結良は敵が優位な流れを作り出す前に、切り込んでゆく。
一番最初に接触した相手の胴体を袈裟に裂き、こぼれる内臓が地面へ落ちるよりも早く、刻印が血を、肉を凍り付かせる。灼熱を帯びた返り血は、彼女に降りかかる前に形状を変化させ、くすんだルビーの破片に似た氷の荒粒へと姿を変えた。
一体一体は、非常に鈍く。そして脆い。以前戦った市ノ瀬絵里の攻撃に比べたら、半分以下程でしかない。
魔術兵器である剣に魔力を流し込むと、金属製の重さが驚くほど軽くなる。物質を振り回す体力は大幅に軽減され、異形を数体切り捨てた程度では刃こぼれも起こしてはいなかった。
異界の魔力を体に取り込みつつ、自分の魔力として転換し、武器へと流し込む。
最低でも三つの工程を維持しなくては、魔術兵器は本来の能力を発揮しない。
戦いながらこの作業を行わなくてはいけないのだ。
思っている以上に、体力と並行して精神の負担が、大きくのし掛かっている。
貧血じみた眩暈が波となって視界を霞めてくるも、鼻に皺を寄せて頭を振り、持ち前の気力だけで視力を取り戻す。
最後の一匹を倒し、肩で呼吸しながら、死体だらけの地面を見つめる。
「…………はあ、…………ハア、はぁ…………。――おわった、か」
相手の戦闘能力こそ低いが。とにかく多い。一方的に体力だけが失われる。体中の筋肉が熱を発していた。
ついこの前までは、異形を一匹見ただけで、怖くて仕方のなかった自分が、一人で戦っているなんて。これも一つの成長なのだろうか。
荒かった息が元に戻り、再び剣を地面に立てて寄りかかった。
自分の足下に、異形から流れ出た血液が広がっているのを見る。
人間と同じ色の血液。忌避して然るべき液体から目を逸らすことなく。単なる赤い液体としか思えなかった。五感で認識できるものが鈍くなると同時に、人間性としての感受性が、生き抜こうとする為に作られた箱の中に、きっとしまい込んでいる状態。
――ここで、真結良は呼吸を止めた。
耳に聞こえてくる。足音。重低音。
地面を流れる血が、音に合わせて波紋を起こす。
見てはいけないと思いながらも、確認せずにはいられない。彼女はゆっくりと顔をあげた。
「――――なッ!?」
地面を踏みならしながら、洞穴の奥から現れたのは、巨大な異形。
頭部には四つの目玉と、額に発光する水晶体。姿形は同じであるものの、周りで転がっている連中など、比較にならないほどの巨躯と、魔力を放っていた。