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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
192/264

<22>

 ――――雨が強くなってきた。

 旧三鷹訓練所の全校生徒は、学生寮に集められ、避難していた。

 全体の半分以下ではあったが、広場の件で難を逃れた関原養成所の生徒も空室の場所を割り当てられ待機している状態。

 寮のエリアから外に出さないため、少数の教官達が周囲に配置され、不安が高まる学生の何人かは、万が一に備えてか制服姿のまま、建物のひさしの下で集まり、事件の終息を待っている。

 建物の中でも、部屋で大人しく待てず、廊下や階段に座り込んで少しでも情報を集めようと耳を傾けていた。



 神貫縁を班長とするグループも、班同士で集まり、仲間の帰還を待つ。

 初めは取り乱していた常磐羽衣ときわ ういもようやく落ち着き、手を腕に当て、立ち尽くしていた。


「しっているかい、虎姫? 不安になると、ああやって腕に手を当てる仕草をするのは、女性のほうが多いんだそうだ」


「………………そうなの?」


「そうだとも」


「じゃあ、心配してるから女子のトラもやる。どう? 不安そうにみえる? セクシー?」


 頭をフードで被った少女は斜に構えて、そこはかとなくポーズを取ってみせる。


「魅力的かどうかはさておいて……うーん。まるで不安そうに見えないな」


「縁もやってみればいい」


「ほら、どうだい? 三人ともはやく帰ってこないかな? 愁えてるようにみえるかい?」


「なんか、タダのかっこつけポーズ。ぜんぜん売れない」


「いや。『うれ』ないじゃなくて『うれえ』だ」


「うれ?」


「悲しそうとか、不安とか……そういう意味だ」


「ふーん。縁は不安なの?」


「まるでまったく」


「……………………この薄情もの」


 暴言を吐かれているというのに、細目の班長は乾いた笑いを閉じた口から漏らす。


「あなたたちは、本当に緊張感の欠片もありませんわね」


 急激に冷え込んでゆく空気に肌寒さを感じ、羽衣は腕をさする。


「羽衣は緊張しているのかい?」


「あたりまえですわ! 異界といっても、実際に内部がどんな環境にあるのかもわからない。緑木さん、明峰さん、浜坂さん…………」


「さっきも話したけどさ。心配し続けたって彼らが帰ってくるわけじゃない。願っても叶わない神社のお参りと一緒さ。…………彼らはきっと、生きているよ。例え異形に出会おうとも、しっかり対処できる人間達だ。僕は彼らを信じている。生きて戻ってくるって」


「そういうときだけですわね。神貫さんがまともな班長に見えるのは」


「いやだな羽衣。僕はいつだって、――――僕の事を優先に考(・・・・・・・・)えている(・・・・)。あの時、僕が引き込まれなくて良かったーって、本気で思ってるよ」


「はぁー。ほんと、クズですわね」


「薄情と書いて……『薄情(クズ)』と読む」


「虎姫。うまいかどうかは判らないが――それ気に入った。嫌いじゃない」


 今度は口に出して笑う縁。

 呆れた言いぶりであるものの、つられて羽衣は笑えなかった。

 ここに浜坂檻也が居たら、きっといつものように笑い声を漏らすだろう。明峰的環が居たら、場を和ませることを言うだろう。緑木弘磨が居れば、いつものように腕を組んで取りあえずの相槌を打つだろう。

 黙って待ってる状態は、時間の経過にともなって苦しくなってくるというのに。

 まるで慌てず騒ぎ立てない二人を見て、根本的な神経の部分において彼らより劣っているのだと、羽衣は実感する。


 ――みんなで授業や訓練。異界での雑用。常に優秀な一年生と呼ばれ、周囲から評価されてきた。

 羽衣は、自分が優秀であると口に出して自負するが、同時に不安だった。

 自分を除いた六人は、とても優れている。思考や身体能力、刻印の性能。羽衣は他の生徒よりも優れてはいるが、どれをとっても仲間の一歩先へ出ることはできない。学力で得ただけの『準試験兵』と『神貫班の席』……身体能力では弘磨や檻也、的環に追いつけず。刻印能力においては虎姫の足下にも及ばない。頭の良さだけが誇れる武器だが、えにしのように仲間を取りまとめることも、的確な指示を出すこともできない。

 追い越そうとしてもたどり着けない彼らの水準。置いて行かれないようにするので精一杯。

 班を組んだ最初のスタートラインから開いていた格差。努力無しにある仲間の『才能』は絶対的な差違である。

 羽衣はそれをうらやまずねたまず、悔しがらず。心の底から誇りに思っていた。

 同時に立ち止まらずに段差を上ろうと、白鳥の水かきを行っていた。



 ――そんな仲間が、三人も事件に巻き込まれ居なくなった。衝撃は大きい。



 他の学生達とは、まるで気の持ちようが違う二人を見て羽衣は思う。

 きっとこの二人は『信頼』しているのだろう。

 彼らなら生き残ってくれる。彼らなら大丈夫だと。

 ドームの内部にいるであろう三人の安否は、信頼しているからこそ、落ち着きとして現れているのだ。

 それに比べて、自分はどうだ? 何も考えず。ただ現実に起こった出来事をありのままに受け入れ感情的になっている。


「そうですわよね。わたくしも……信じないと」


 二人の落ち着きを吸収して、なんとか不安を忘れようと羽衣は努める。



 雨宿りに使っている男子学生寮の入り口には、彼ら以外誰もいない。

 しばし沈黙が続き。しばらく雨が地面叩く壮大な打音の流れだけが全てとなっていたとき。

 学生指定の正装と雨合羽に身を包んだ女生徒が近づいてきた。

 細い目を更に細め、縁はいぶかしんだ。

 女生徒は縁たちがいる軒下まで来ると、雨具のフードを取り払った。

 腰には立派な刀が一本。肩に掛かるほどの少し湿った髪の毛。分厚いフレームの眼鏡の奥では、

 曲がった事が嫌いそうな目つき。薄い唇はきゅっと結ばれ、縁を見つめる。


「…………神貫、縁くんですか?」


 他人行儀な言い方。友人でも知り合いでもなく。それは縁にも同じ。

 だが、縁は女生徒の顔を知っていた。ついでに言うと名前も知っていた。一年生の中ではまだ馴染みは薄いかもしれないが、上級生の間では有名人である。


「はい。神貫は自分ですが」


 何を言われるのかと少し警戒していた。

 仲間を信じていた縁であるが、まさか最悪の事態になってしまったのだろうかと、虫の知らせじみた嫌な憶測が止まらない。


「生徒会副会長のあずまと言います。今から上級生のサイファーを集めて訓練所の警備を行うのですが、君たちも参加してはもらえないでしょうか?」


 表情には出さないものの、ほんの少し高なった心臓の鼓動が落ち着きを取り戻す。


「僕らが、ですか? 自分らはまだ一年生ですし、サイファーでもないのですけれど?」


 いんよりかはよっぽどマシな内容であるが、思いがけない不意打ちに言葉を詰まらせる。


「君たちが特例として異界で活動しているのは知っている。最低限の戦闘もできると、生徒会長からの指名があったので、私が伝言を伝えにきたのです」


「…………………………」


 返事に詰まった縁の表情が曇る。

 この学校にも、普通の学舎まなびやと同じように生徒会が存在している。

 会長とは一度だけ会話をしたことがある。会話内容は詳しく憶えていないが、相手が枠に収まらないてんこうな考えを持っている人物だという印象だけが強く残っている。

 生徒会がわざわざ、一年生を――しかもこの危険な局面において駆り出させようとする意味。

 短時間で思考を回転させようとも、自分を納得させる答えは生まれない。


「羽衣。虎姫。どうする?」


「……それは、班長がきめること」


「辰巳さんの仰るとおりですわ。どうしてわたくしたちに判断を?」


「僕たちは、実戦訓練において(・・・・・・・・)のみ、他の一年よりも多く経験を積んでいる。異界での任務も行った経験がある。しかし――完全な実戦はまだだ」


 二人は押し黙って、縁から放たれる言葉の重さを噛み砕く。


「万が一……『敵』と戦う自体に遭遇したとして、僕たちは戦えるのか? 仲間が三人居ない状態で、対処する事ができるのか?」


 先ほどまで、軽口を言い合っていた雰囲気は消え去って真剣な表情。言い知れぬ〝()〟さえも感じてしまう。

 羽衣は無意識に空気をえんし、唇を舐めた。


「例え、訓練所が戦火に見舞われようとも、僕の知ったことではない。戦場にしないため外部からサイファーが来ているのだ。それしきの事が抑えられないようでは、人類はダラダラと無価値な延命をしているものだと見切りをつけるさ。例え生徒会からの要請であろうとも、僕らを縛り付ける強制力は無いはずだ。ここで参加しようがしまいが、なんら問題はないと判断している。……拒否権はこちらにある。もしも戦う事になったら、真っ先に対立しなくてはならないのはお前達だ。あとは二人が判断しろ。やるか、やらないか」


 先輩を背に、縁はあえて聞こえるよう問いかけた。あまりにも本音を隠すことなく言ってのけるものだから、後ろに居た東は驚きと共に眉を顰めて、渋い顔つきになる。

 虎姫と羽衣はお互いの顔を見合わせ。縁に向き直り、首を縦に動かすことによって承諾した。

 彼女たちの選択に対し、縁は黙って頷き、先輩の方へ体を回す。


「わかりました。…………ただし、ウチの班は半分があのドームに消えています。班としては万全ではない。万が一の時の対応は難しくなるでしょう。加えて一年だと言うことも考慮にいれてもらい、どこの警備に配置されるかは、僕が直接会長と話したいのですが、よろしいですか?」


 拒否する正当な理由が見つからない東は、黙ってえにしの案を受け入れた。


「ありがとう。必要な物資は『技能エリア』に集められている。準備ができたらすぐにきてください」


 駆け足で去って行く先輩を見送り、縁はまったくと言いながら短い溜息をついた。


「人材不足でもあるまいに。わざわざ僕たちを引っ張り出すなんて、あの会長は何を考えているのだか。いくら優良生徒扱いとはいえ、僕たちだって他の一年生達と同じように寮にもっていたいよ。そう思わないかい?」


「じゃあなんで、わざわざ外に出ていた? どうして断らなかった? …………縁。でっかいウソツキ」



 虎姫の言う通りだ。真に恐怖しているなら、外になど出ては来ない。

 きっと、縁はチャンスをうかがっていたのではないかと思う。

 できうるだけドームに近づける正当な理由を考え、あるいは探していたのではないのだろうか。

 そして彼が行動するよりも、予想の外側から話がころりと舞い込んできた。

 同時に危険が近づくことも判っていたから、自分の判断だけじゃなく、二人にも判断を仰いだ。知らずに巻き込まれるよりも、ちゃんとした強固な意志を持って貰うために。



 ――ちょっと、考えすぎでしょうか?

 羽衣は深く勘繰りすぎだと思うも、

 こちらが潜れないほど、深みまで潜行するのが彼だ。

 神貫縁……毎度のことながら、まるで読めない男であった。


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