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古都子が通路へ入るのと同じくして、後方から真結良が到着した。
彼女は小さくなった古都子の背中を見つけて、走りながら声を上げようとした時、
後方で強い魔力がいきなり膨れあがったのを感じた。
慌てて振り返ってみると、天井と地面に突き刺された結釘が展開されていた。巨大な平面三角形は洞窟の穴に蓋をして、強固な壁として発動していた。
最初に生徒たちが展開させていたものとはまるで別質。発動者本人がいない状態で行える人間は、サイファーである芦栂古都子しかいない。
二人を連れ戻しに来たはずなのに、逆に閉じ込められてしまった真結良。
こうなれば、彼女が向かった通路に行くしかないと判断した。
すると、二本ある通路のもう片方から、異形の群れがタイミング悪く到着してしまった。
「くっ!?」
緑の眼光が連なる。敵は強い力を放つ結釘の魔力を見つめていた。
結界がどれほど、維持されるのかはわからない。
戦うしかないと真結良は意を決し剣を抜く。
「貴様らの狙いは、後方の仲間達なのだろうが、好き勝手にはさせんぞ」
彼女の戦意を感じ取ったのか、異形の群れは徐々に動き出し、彼女の命を奪わんと走り出す。
視界に捕らえているだけでも三十。天井にも複数のが見える。
たった一人しかいないのに、彼女は畏れなかった。
戦い続けている限り決して心だけは倒れない。
最初に間合いに入り込んで来た異形を素速く仕留め、敵を殺したかどうかは目で確認せず、敵を斬り付けた時に伝わってくる感触一つだけで次の敵へと向かう。
一匹倒したら、次の狙いを定めていてはダメだ。常に全体を俯瞰しろ。目で見る以上に五感を研ぎ澄まさせろ。耳に聞こえてくる金切り声、脚の爪が地面を掻く音。荒い呼吸、気配、微弱な魔力。この身で感じ取れるモノは全て生き残る為の布石だ。一つも取りこぼすな!
背後の気配。無意識が彼女の体を回し、剣を水平に薙ぎ払っていた。死角である背後を狙って来ていた異形は確かにいた。剣による一撃は相手の胸を真一文字に裂いた。
致命傷にはならず、一匹に時間をかけている余裕もない。
「私も生きるんだ! 生き残ってやる! 私は……本物を手に入れるッ――邪魔だあああああああああァァァ!」
刻印を起動させて、刀身に魔術を纏わせる。凍え轢る刃を敵の体に這わせると、小さな傷口が凍り付き、氷結の侵蝕が広がる。体の深くにまで入り込んでくる冷気の痛みによって、異形から悲鳴が上がる。凍り付いた傷口が砕け、時間差の致命傷となった。
天井から飛び落ちてくる異形には、地面から伸ばした氷柱を用いて串刺す。
勢いと決意は戦い初めの時と変わらない。
だが、決定的に真結良に現れていたものがある。
――それは、疲労であった。
どんなに体力を鍛えようとも、続けられる戦闘時間は限られている。
真結良が行っているのは、ゴールの見えない長距離走で全力疾走を強いられているのと同じであった。
「斬って斬っても、キリが無い……」
それでも、殺さねば押し切られる。刃を振るっていくしかないのだ。
腕の疲れが、斬撃力の低下へと繋がってきた。
真結良の疲労などお構いなしに、闇に紛れて大量の眼光が並んでいる。
「――――コレが……異形、なのか」
後方でも、皆が力を合わせて戦っているのだ。ここで終わらせてはならない。
胴切りにした上半身が地面へと落ちる前に、更なる前進……後ろにいた二体の首を瞬く間に刎ねる。
顔に撥ねた返り血すら拭う暇もなく。
剣と刻印に送る魔力だけは停滞させぬよう、両手と首に意識を集中させる。
あと何匹。何匹殺せば終わる? どこまで敵は出てくる?
数と体力の我慢比べ。強く握り続けていたせいで手のひらの皮が裂け、血が滲んでいたことすらも気がつかないほど、彼女は極限の戦闘を行っていた。