<20>
十河、真結良、蘇芳、古都子の四人は大規模に迫り来る気配を確かに感じた。
最初の一団が襲来したのと同じ前兆、奇怪な声が響き渡ってくる。
「また、あれだけの量が来るというのか? 後ろはもう耐えられないぞ!」
「……………………」
現場の一部始終を見ていた蘇芳も、それくらい百も承知だ。
一度目の波で、もう壁はボロボロ。異形を相手にした生徒の何人か死んでいる。負傷者も多い。敵が来ていることを知らせに駆け戻り、備える前に異形は到着するだろう。
「しかたねえな。オレが押さえつけといてやるよ」
「何をバカなことを。あれだけの異形、お前一人でどうにかできるわけないだろう!」
「うるせえな。邪魔だっていってんだろうが、すっこんでろ!」
「いいや、退かない! ……芦栂さん、今すぐ間宮と一緒に、仲間の所へ戻って、敵の襲撃を知らせて下さいッ」
「ソレよりも、私が残ります。その方が……」
「ガタガタうるせえッ!」
蘇芳は刻印のある右腕を輝かせ小さな炎弾を、古都子の足下に放った。
小さな爆発。地面が黒く焦げ付いた。
「二度目はねえ。――失せろ」
「………………わかりました」
古都子は議論の余地がないと感じたのか、何も言わない十河の腕を引いて通路の奥へ行く。
「戻ってくるまで、死んじゃだめよ? 助けに来るからね」
蘇芳は何の返事もしないまま、背中を向けた。
「谷原テメエもだ。オレの気が変わって斬り殺されねぇウチに、さっさと下がれ」
「どうしても、ダメなのか?」
「オレは今まで一人で戦ってきた。昔も今も……仲間なんか、いるだけムダなんだよ」
「そんな事はない! 例え、お前がどんなに嫌われる態度を取ろうとも――お前は、私の仲間だ! だから戦う。お前を一人になんて、させない!」
「…………なにが仲間だ笑わせんな。ついさっきまで人殺し呼ばわりしやがったくせによ」
「あ、あああれは……間違いだ。ちょっとした勘違いなんだぞ。草部蘇芳!」
断固として退かない真結良。
蘇芳はどれだけ突っぱねて、剣を振りかざそうとも効果がないと悟る。
「………………………………オレの邪魔をしねえと、誓えるか?」
「ああ!! もちろんだ草部蘇芳ッ!」
ようやく相手が折れる確かな手応えを得た真結良は、度し難い問題児との、友好的な第一歩を踏み出せたと心が躍った。
「じゃあよ。早速だが頼まれ事がある」
もうすぐそこに異形が来ているというのに、真結良の耳は『草部蘇芳からの頼まれ事』という、ちょっと前ではまずあり得ない言葉を聞いて耳を疑う。
「…………すごい。コレが友達効果か。いろいろすっ飛ばして、とんでもない前進ではないか。異界じゃなくて普通の学校生活であればどんなに良かったことか」
ニヤ付きが止まらず、口に手を当てて冷静を装う。
「で、何をすれば良いのだ!?」
「持ってる武器がぶっ壊れそうなんだよ。だから後ろの陣営から、誰のでも良い。一本剣を持ってこい」
「わかった。今すぐ持ってきてやる。すぐに持ってくるからな! 逃げるんじゃないぞ!」
「どこ逃げるってんだバカ」
さっきよりも足取りはかなり軽く。
意気揚々。真結良は通路に入っていった。
通路へ駆け足で入ると、彼女は派手に吹き飛ばされていた。
聞こえたのは爆音。背中に叩き付けられた爆風。
目のめりに倒れた体を素速く起こし、振り返ってみると、通路が――消えていた。
寸断していたのは、光を失って塞がる岩石の山。
『ハッ、とことんバカ甘な女だな。学習能力の無さと、おつむの緩さには心底同情するぜ』
崩落した山の向こう側から聞こえてくる、蘇芳の小さな声。
「なんてことを! どこまで勝手なヤツなんだ! こんな事をしたら助けにいけないではないか! どうやって戻ってくるというんだ!」
『知るか。さっさと戻って、お荷物どもでも助けてろ。向こうに戻った先の分岐点はあと二つあるんだぞ』
「草部……おまえ、死ぬ気か?」
『言っただろうが。オレはサイファーになる為、訓練所にいるんだってよ。こんな所で死んでたまるかよ。バカ野郎』
まるで何を考えているのか理解できない。
通路が一本潰れた。残りは二本の分岐点。
そこさえ守れていれば後方の人間は助けられる。しかし、草部蘇芳はどうするのだ?
『おい! 絶対に戻ってくるから、ソレまでは死ぬなよ!』
「他人の心配をするよりも、テメエの――」
『――他人じゃない! お前は仲間だ!』
「……………………」
『私はお前を認めさせるんだからな! いいか、絶対だぞ!』
ようやく、離れてゆく気配を感じた蘇芳は一人、口角を上げて笑った。
「とことん暑苦しいヤツだぜ。……めんどくせえ女だ」
振り返り、大きく空気を吸い込むと同時に、魔力を体内に取り込んだ。
――見えてきた。異形の群れ。緑の光が点々と地面に天井に並ぶ。
最初に現れていた群れよりも多く。敵は一人きりの蘇芳を見つけると、こちらが優勢であると主張する奇声を高らかに上げた。
立ち尽くす蘇芳は、歯を見せて笑い、剣をリズミカルに上下させて、肩を打つ。
「さあて。ここからはオレと貴様らクズどもだけだ。せいぜい――数が力じゃないって所を、証明して見せろよ?」
………………………………。
……………………。
…………。