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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
187/264

<19>

 生徒たちの救出を行うため、林藤佐奈香と加藤丈典はようやくドームの内部へと突入した。

 彼らを迎えたのは、洞窟だった。

 あまりにも予想とは掛け離れた状況に戸惑う。


「加藤さん。早く行かないとですよ!」


 次々に外から入ってくる仲間のサイファーに先を越されながら、佐奈香は足踏みをして急かす。

 加藤はまるで動こうとせず、外に通ずる出口と洞窟の境界線を眺めていた。


「こういうの……前に見たことあるんだ。僕がまだ『苑樹くん』と呼んでた時に組んでたチームで異界に挑んでいた時のことだ」


 佐奈香の足踏みが止まった。少し前に聞いた事がある。現在ではサイファーたちをけんいんしている大物のたちが、かつて一つの小隊(・・・・・・・・)だった頃の話。仙崎曰いわく『とんでもゴールデンチーム』

 名だたる面々の中に、加藤も居たのだという意外すぎる経緯は記憶に新しい。


「ココは、洞窟の形をしているようだが、洞窟じゃないかもしれない」


「どゆことです?」


 また意味深な言い方をするものだから、佐奈香は思わず尻上がりな答え方をしてしまった。


「僕らは、異界にいると同時に、限りなく現実寄りの幻想を見せられている可能性があるということだ」


 佐奈香には加藤の言っている事がこれっぽっちも理解できず。

 同時に喋っている内容は、かなり危険だと受け取れた。

 加藤は先に入っていったサイファーが通信用として伸ばしていった有線(ケーブル)を目で追いながら、自らの無線機で連絡を始めた。


「こちら四班。加藤三位。……この異界は、異空間に作られた可能性が高い。すぐに全員に通達。常に連絡を取り合って、通信領域よりも外には絶対に出さないようにしろ」


「異空間……ですか?」


 無線を終えた加藤に、佐奈香は聞き慣れない単語に首を傾げた。


「異界は世界が変質したものを指す。……だけどこの場所はドーム以上の空間と質量をもっている。つまり僕たちがいる場所はドームの内部であるが、決して異界化され(・・・・・・・・)た訓練所ではない(・・・・・・・・)、ということだ。何らかの形で空間を変質させて作りあげられた『世界』そのものだ」


「じゃあ、外から見るよりも全然広い、ってことですか?」


「推測の域だけどね。現在はとても安定しているが、犯人は『世界』を作り出せるほどこうの魔術を使える危険な存在だ。本人の意向によっては、異空間ごと僕らを消し去ることも可能かもしれない。一度作った異空間を崩壊させて閉じるには、質量が大きければ大きいほど分解するには時間が掛かるはず。過去に異界化した中に閉じ込められた時も、異形の魔術師を闘滅したあと、崩壊までかなりの猶予があった。……僕らが思っている以上に滞在時間は限られているかもしれない。……急ごう。林藤士征」


 いつもは見せない真面目な加藤に林藤は心強さを感じながら、装備の一つとして持たされた『ビーコン』を地面に差し込んだ。

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。




「こちら二十六班。状況報告。洞穴内部において、約百五十メートル地点にビーコンを設置。安全確保を完了した」


『確認しました二十六班。後方の到着まで待機していてください』


「…………了解」


 こじ開けた入り口から、距離にして約二百メートル地点に、サイファーの一部が到着していた。

 班長のうめいしは通信を終える。

 横ではくりはらが淡々と『ビーコン』を差し込んで通信を終えた。

 突入したサイファーは四人組みの班。

 うち二人は剣を付き合わせた吉田と山本である。

 作戦開始の前に、各班には役割が与えられていた。

 ――空間の歪んだ所でも、確実に通信を行えるよう有線ケーブルを伸ばす班。

 ――彼らのように地面にビーコンを設置して、仲間が迷ってしまわぬよう洞窟内の大まかなルートを対策室に届ける班だ。

 報告からさほど時間が経たずに、本部からの通信が届く。


『全班に通達。現在突入作戦が開始されている空間は、ドーム内部に作られた異界ではなく、異空間に作られた異界の可能性あり。異空間は通常の次元とは違い、不安定な世界の中に異界が構築されている。どれほどの広さがあるかは未知数であり、全班は五分以内に帰還できる距離までの進行を限界点と定める。なお通信範囲から脱することは限界点を超えずとも不可とする。くり返す――』


「吉田。聞いたか? 異空間だってよ」


 なぜか山本がワクワクした様子で言った。


「そりゃあそうだよな。百五十メートル潜った時点で、ドームの範囲をこえてるもんな」


 二人が話している中、班長はいつもと変わらぬ態度で命令を承諾していた。


「二十六班了解。……ここが異空間だろうが何だろうが、俺達は引き続きここで待機だ」


 班長の隣にいた栗原は、洞窟内を見渡す。


「梅石班長。俺達って異空間なんてもの聞いた事無いけど、大丈夫なんかね?」


「俺だって聞いたことはない。だがよく考えてみろ。『異界』も『異空間』も対して変わりはない。他のサイファー(仲間)もこんな経験している人間は少ないだろう。つまり……我々はいま、貴重な体験をしているわけだ。帰ったら他の連中に自慢話ができるな。生徒も助けられれば良い手柄話にもなる」


「はっはは。確かに!」


 サイズが若干大きいヘッドギアをぐらぐら揺らし、吉田がわざとらしく両肩を上げた。

 梅田班長は三人を集めて話し始めた。


「改めて確認だ。通信ですでに聞いてるだろうが、異形が確認されている。さほど大きくはない人型。動きはそれなりで特殊な能力を使用するという情報はない。特徴として頭部に緑色の発光があり、かなりの数が潜んでいるらしい。道中まだ出遭っていないが、十分に警戒をすること、いいな?」


 三人はそれぞれに返事をし、再認識することで情報を統一化させる。


「洞窟内部の構造は同じ。通路と分岐点で構成され、迷路のように入り組んでいる。異形がどこから発生しているかは、まだ判っていない」


「聞いている限り、敵も内部も単純だね……まあ、油断できないのは同じだけども」


「栗原の言う通りだ。敵と遭遇した場合、数にもよるが発砲は極力控えよう。作戦はいつもと変わらず。俺がと栗原は、アタッカーの吉田と山本をサポート」


「ん? いま……向こうの方から、何か見えたような?」


 山本は目を凝らして分岐点の一つをじっと見る。

 彼は四人の中で、直感や敵の気配を察知することに優れていた。異界に行った時も身軽さを生かして索敵を買って出ていた。軽口の多い山本ではあるが、彼の能力を班は信用していた。だから、今回も彼がめいりょうな発言をしようとも、頭ごなしに否定する仲間は誰もいなかった。


「…………アレだ! 緑色に光る物体!」


 吉田にも確かに見えた。


「いたッ! 俺も確認した! パーアライズ!」


 号令をかける吉田。

 次いで梅石と栗原も目視で見つける。

 通路から飛び出して表れたのは人型の異形。背丈は成人男性よりも低め。人間のように手足はあるが、その末端に備わっているものはわしの爪に似ていた。

 異形のグループは、目標を確認するや否や、真っ直ぐに突進してくる。


パーアライズ(異形を発見)ッ! 戦闘態勢ッ!」


 四人はそれぞれ、剣を引き抜き相手を迎え撃つ準備をした。

 階級的には下のサイファーであったが、それでも訓練を積み、実戦経験もある。

 様々な怪物と刃を交わらせてきた者たちからすれば、人外や常識を超えた容貌に怯えるはずもなく。それぞれが適度な距離で組んだ陣形を崩さないようにする。

 接近戦において、異形の身体能力は人間の平均的な戦闘力を遥かに上回る。だが装備や魔術、場数の経験やチームワークにおいてはサイファーの方が上である。

 どんなに敵が強くとも、それらを踏み除ける技術を、彼らは持っていた。

 一匹目を確実に仕留めた吉田。次いで山本が別の異形を倒して撃破数を追う。

 技術が優れていようと、数の波は彼ら二人を押し込み、取り囲もうとする。

 梅石は異形が押し寄せる波の外側から発砲し、左右から彼らを飲み込まんとする流れを食い止める。


「数が多い。発砲を始める! 外側は任せろ! 俺は右を、栗原は左側面。二人の背中に回り込ませるなよ!」


「了解した!」


 走りながら発砲をくり返し、相手に都合の良くなる動きをさせない状況を作りあげた。


「思っていた以上にもろいっ。敵は数だけだ! 体勢を崩さずにいれば問題はないぞ!」


 左側面の敵をあらかた倒した栗原は、残りの異形を片手で持った剣で打ち倒す。

 右側面の敵も倒し終わった梅石。

 異形の数が集中している中央で戦う吉田と山本は、難なく敵の数を減らしている。

 残る敵は二人が戦っている異形達のみだ。

 壁を背に、栗原は他の分岐点から増援が来る可能性に備えて確認をおこたらない。



 だが、彼はまるで気がついていなかった。

 ――地面が歪んで、赤黒い泥が湧いていた事に。

 壁を背にしていた事で、後方には誰もいないという固定観念が働いていた。

 栗原は長らくサイファーをやってきて、嫌と言うほど仲間を失った現場を目撃し、その都度、教訓として心に刻んでいた。

『ほんの小さな油断とは、大抵が警戒をしなかった部分から発生するもので、思いがけない不運と偶然の連鎖が決壊を引き起こす。そこから押し寄せた危険は避けること叶わず。命を一瞬で飲み込む結果を招くのだ』と。



「……………………グォロロオロロ(・・・・・・・)ロロロ(・・・)



 声に反応し、栗原は振り返る。

 壁際ギリギリで立っていた異形の巨体。

 視界に入りきらず、目線を上に上げて、視線を合わせた。

 目測で五メートルはあろうかという程の大型。

 情報には一切なかった。まったく別の個体。

 狼の頭を彷彿とさせる――『狼頭の異形』

 金色の瞳が、怪しく光る。


「こ、コイツ――どこからッ!?」


 仲間に危険を知らせるよりも早く、狼頭の豪腕が栗原の体を貫く。



「ぎぁぁあああああああああああッ!」



 悲鳴によってようやく三人が振り返る。

 三人が目にしたのは、巨大な異形。曲げられた腕。その先端。

 長い爪が体を貫き、空中に浮いている仲間の姿だった。


「栗原ァアアアアアアアアッ!!」


 吉田が叫びを上げた。

 力任せに地面へと叩き落とされた仲間は、小刻みに動いていたが、体に手のひらサイズ以上の穴が開いている状態。もう助からない。

 山本は言葉を失って、仲間の絶命する瞬間を口を開けて見つめていた。

 突然現れた狼頭の異形は、金色の瞳をぎょろぎょろと動かす。


「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 悲鳴にも似た甲高いほうこう

 明らかに他の異形とは別質の存在だと三人が確信する。


「緊急事態! 仲間が一人やられた!」


『二十六班、一名の死亡が確認されました。すぐに後方へ――』


 指示を受け取ろうとするも、敵は猶予を与えようとはせず、幅の広い両足を踏みならして襲いかかってくる。


「チクショウ! 三人で囲むぞ! 吉田、山本! 俺がおとりになって前方に引きつける。そっちのタイミングで背後から落とせ!」


 仲間の脱落に悲観している時間は一瞬もない。

 班長として、残りの仲間をどうするか。それだけに思考を傾ける。

 頭を動かし、人狼の異形は唸り声を上げて、グルグル回り続ける。


「こっちだ化け物!」


 声に反応して注視する。じっと金の瞳が梅石を捕らえた。


「異形といえど、知能の低い化け物。……こちらの戦略さえ整っていれば!」


 派手に動き回り、注意を引きつける。吉田と山本は予定通り、後方へ回り込み、敵に最大のダメージを与えられるタイミングを図る。


「さあ。こっちだ!」


 梅石が踏み出すと、右腕から異形の爪が繰り出され、切り裂こうとする。

 彼は難なく横に飛んで回避した。縦に振り下ろされた腕は、行き場を失い地面を荒々しく削り取る。狙いはおとりてっすること。そして異形がエサに食らい付き、敵の背後に大きな隙。

 どんなに大きかろうと、人間よりも何十倍の筋力を持っていようとも、所詮は獣。

 知能ではこちらの方が上。この差が生死を分かつのだ。


「死ねぇぇええ化け物ッ!」


「よくも栗原をぉおお!」


 剣を構えて、一斉に飛びかかる仲間。例え敵が二回り以上の長身であろうとも、魔力で一時的に増強された跳躍力があれば、首元まで刃を届かせることが可能だ。何度もくり返された訓練と、この手法で何匹もの異形を葬ってきた実績が、勝利を確信していた。



 ――――――はずであった。



「ゥウゥウウウウウウオーーーーーーーーーーーーーーンッ!」


 異形は振り切った右腕の爪を食い込ませ、地面を掴む。

 体を捻った瞬間。バゴォ、と巨大な異形の肩から、生々しくも鈍い重音。

 それは、自らの意志で肩を(・・・・・・・・)外した(・・・)音だった。

 異形の頭は目の前にいた男を目で捕らえたまま、上半身を恐ろしい速度で半回転させる。

 凄まじい勢いをもって、後ろへ向けた右肩。外れた腕は遅れてしなった(・・・・)

 関節の可動域を無視した腕は、さながら大蛇の薙ぎ払い。空気を切り裂く鞭。後方の仲間達をまとめて空中で捕らえた。

 耳に響くほどの乾いた音が、仲間に腕がぶつかった衝撃の強さを物語る。

 悲鳴すらも上げられないほどのパワーが、吉田と山本を吹き飛ばし、壁へ押し潰され、壁面に真っ赤な血の華が咲いた。


「こい、こいつ……まさか」


 がくぜんを押し込み、動揺を冷静さに。

 三人の仲間の死を、怒りと戦う原動力と変え。たった一人残った梅石は、強く奥歯を噛んだ。

 大型の異形とは何度も出会ってきた。その度に勝ち続け、今日まで生き残ってきたのだ。

 ――――――はずなのに。



『二十六班。二名の死亡を確認。いますぐ離脱し、体勢を整えてください!』


 ヘッドギアに装着されていたカメラが、一部始終を捕らえていたのだろう。それらを確認しての撤退命令である。向こう側にも動揺が広がっているのか雑音が酷い。

 まさか、この洞窟にとんでもない怪物が隠れていようとは……。


『聞こえますか二十六班! ……梅石四位! いますぐ撤退し、後方の班と合流してください。一つ前の分岐路でアンカーネイルを展開させて進路を断ちます!』


 作戦は妥当な線だろう。一対一では勝機がない。だから後方に下がり、後ろで別の班が通路にフタをする準備をすると……。



「くっそおおおおおお!」


 全身を覆い尽くすほどの憎悪が、梅石を支配している状態。

 頭に血が上っている状態であろうとも、異形を倒すプロとして活動しているサイファー。最低限の冷静さで思考を回し、出てきたのは『逃げられない』という回答。

 どんなに早く、命を賭けて逃走しようとも、退路の通路は長く。異形に追いつかれると梅石は悟っていた。

 だからこそ一世一代の賭けに挑む。背中から襲われて死ぬくらいなら、真っ向から立ち向かい、極小の可能性を信じて勝利を掴むのだと。彼は邪魔なヘッドギアを脱ぎ捨て、無線機ごと地面へと叩き付けた。


「ふざけやがって…………あの二人は、一緒に戦ってきた戦友(なかま)だった。長い年月を一緒に生きてきて……俺の同期だったんだッ! 例え逃げられたとしても、こんなザマであいつらに顔向けできるかよ! …………バケモノ! キサマを殺して仲間のけにしてやる!」


 壁へと貼り付けられ広げられた山本と吉田。……どっちがどっちなのか判別ができない。

 地面に倒れて動かない栗原。

 こんな時に、過ごしてきた様々な思い出が、一気に押し寄せる。

 言葉こそ見つからないが、言いたいことは沢山あったはずだ。

 彼らが受けた仕打ち。梅石に更なる怒りをもたらした。

 ヘッドギア以外にも、余計な重荷となる装備を外し、剣一本で戦闘を続行する揺るがぬ意志。

 巨大生物に、たった一人分の装備で放てる銃弾が致死に至るとは思えない。

 接近戦しかない。確実に相手にダメージを与えて、撃破してやる。

 男の殺意を感じたのか、人狼の異形は関節の外れた腕を器用に戻し、再び腕を振りかぶる。


「グゥアアアアアアアァオオオオ!」


 咆吼と合わせて腕が飛び出した(・・・・・)

 またもや、関節が外れて規格外のリーチが男を襲う。

 男はサイファーであり、何度も異界で任務に就いていた経験があった。異形と戦ってきた実績があった。


「ぬ――ぉお!」


 攻撃が速いと実感しつつも、逃げ腰になるどころか、真っ向から攻めこむ。

 たった半身だけの回避運動は、男の胴体すれすれで、敵の豪腕が掠める。

 空気を押しのけた『ボゥ』という音。空気圧が彼の体を微かに揺らす。

 バランスを崩されながらも、踏みとどまったのは、敵を絶対に倒すという信念。命を削り燃やした意地のきょく

 剣を高らかに振り上げ、腕が引き戻される前に、全身全霊の魔力を送り込む。


「づぇあああああああああああッ!!」


 ――一閃。敵の伸びきった腕を分断し、勢いは留まらず。地面を砕く。

 獣から苦痛を叫び、腕を元に戻し、血の吹き出す傷口を押さえる。

 男が起こした次の行動は、砕いた欠片が地面に落ちきるよりも早かった。

 緊張の臨界。超えた先……自分の思考を越えた本能の行動。できるかどうかの可否を脳内で承認する過程を飛び越え、彼は本能だけで――『敵を生かさない』ことに全てを向ける。

 魔術を使用し、飛ぶようなスピードで地面を走る。

 痛みに気をとられている大きな隙をめがけて。

 体を前に倒して走り込み、体勢を低く取る。

 目指すは敵の両足首。人間と同じ構造であるなら、けんがあるはずだと分析した。

 すれ違うと同時に、敵のアキレス腱を二本切りつける。

 直感に従った判断は奇跡的に合致し、確かな手応えが伝わってくる。

 両足の力が入らず、仰向けに倒れ込む異形。首を落とすチャンスを見出した梅石は、次の攻撃を仕掛けようと、異形の腕がなくなっている右半身側から攻め込んだ。

 ――倒れている状態では何もできまい。攻撃の基点である右腕が落とされていれば、こちらに勝機がある!


「ぅおおおお!」


 再度、魔力を剣に送り込み、斬撃力を高めた。

 もう数メートルいけば、首に辿り着く。反撃不可能の右サイド。



 ――――しかし、梅石の動きが急停止した。



 口から、ゆっくりこみ上げ吐き出す。……血。

 何が起こったのか判らない。

 魔術はまだ機能している。ただ足が動かない。

 血走った目をゆっくり下に向けると、

 衣服を貫いて異形の右手の爪(・・・・)が食い込んでいた。


「ば、……かな」


 切り落としていたはずの右腕は、どんな魔法を使ったのか、何事もなく元通りになっていた。

 伸びた腕が素速く引き抜かれ、力なく地面に倒れ込むよりも早く。異形は四つん這いの姿勢をとり、腕の力だけで男に向かって突進してきた。

 剣を握り、最後の力を振り絞るも虚しく。

 梅石の胴体に異形が深く噛みついた。手から剣が離れる。


「フヴッ、フヴッ、フゥゥゥヴヴヴーッ!」


 異形の荒々しい呼吸。獣臭さ漂う口臭と生暖かさ。自分の血が顔面に容赦なく降りかかる。

 強靭な首の筋肉は、梅石を咥えたまま持ち上げ、猛烈に振り回す。

 牙が更に食い込み、視界は天地が判らないほど上下左右、メチャクチャに引き延ばされる。

 ついには腰の背骨が砕ける感触と、自分の下半身が切り離された瞬間の凄絶な感触を知覚する。

 脇腹……皮一枚の微々たる部分でくっついている下半身が空を舞う。

 一瞬だけ、自分の履いていたズボンのポケットが見えた。

 もはや痛覚は完全に死んでいた。

 空中に投げ出されている時間が、何倍にも長くなり。

 そうとうを見る余裕もないまま、頭から落下した衝撃を最後とし、梅石班長の意識は暗転。

 …………完全に事切れてしまった。


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