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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
185/264

<17>

 十河と古都子は異形の集団が向かったであろう方角を進んでいた。

 きっと行く先に仲間がいるであろうと信じて。

 次に同じだけ集団と出くわしてしまったら古都子は戦う覚悟であった。

 通路を進んでいると、銃の発砲音が鳴り響いた。

 大きく反響する音は、夏の花火が絶え間なく夜空を響き渡らせるように、ライフルの連続掃射を行なっている様が想像できた。

 通路から飛び出て、五つある分岐点が彼らを迎えた。

 異形はおらず、しるべとなっていた発砲音も止んでしまった。

 二人は手分けして分岐点に近づき、耳を傾けた。神経を聴覚に集中させる。

 違うと判断すれば、すぐに別の通路へ向かう。


「十河くん! こっち!」


 古都子が手招きして、言われるがままに聞いてみると、確かに誰かが叫んでいる声が聞こえた。

 向こうでは戦闘が始まっているはず。もし奇襲を受けたのならば、あれだけの数をさばくのは難しいかもしれない。絶望的な状況ばかりが、古都子の頭をよぎる。



 十河はこの緊張に支配された空気が、どうしても過去を呼び起こしてならなかった。

 洞窟を走っているはずなのに『第三区』の……れきに包まれた街を走っている錯覚。

 重度の既視感デジャヴが、断続的に続く発作の如く、現実の世界と過去の回想と……双方の境界がどんどん薄く、短くなってゆく。


「なんで……魔力の影響。なのか……?」


 異界の空気が、体を通じて精神に影響を及ぼしているのだろうか。



 …………あの頃に、もどれたら。異界に戻れたら。

 …………やり直せたらって、そう思わないか?



 オレの中にいるオレが、勝手に耳の中で話しかけてくる。

 とうとう、自分まで話しかけてくるか。

 走りながら頭を振って、十河は幻聴を無視した。



 次なる分岐路に辿り着くと、十河と古都子は立ち止まった。

 集団の悲鳴や叫び、怒号とふん

 様々な感情が入り交じった声が一つの通路から聞こえてきた。

 十河たちが立っている場所にも異形は居たが、その数は微々たるもので、何故か中心部で十匹ほどがひとかたまりになっていた。

 ――隣の分岐で、いままさに異形と人間とが戦っているはずである。

 声は反響しているはずなのに、十河には何も聞こえない。

 聞こえるのは、心臓の――鼓動。

 胸の中で跳ね続ける。ドクドクと、耳の裏側で叩き付けてくる脈の音。

 彼は一点だけを見つめていた、眼前にいる異形のグループから目が離れない。

 十河が見ていたのは、異形ではなく、それらの中心にあるものだった。

 取り囲んでいるものは人間の死体――おびただしい血の量が、地面に大きく広がり異形達は意に介することなく、異形は自ら欲のままに死体に爪を立て食らい付いている。

 異形達の隙間から、腕が見えた。血まみれの手。彼らが噛みつく度に腕が揺さぶられて、天を向いた指先が苦しそうに動き続ける。



 ――また、強い目眩が起こった。

 似たような光景を知っていた。記憶の奥底で剥がれないまま残っていた。

 家族。三区で苦しくとも共に肩を並べて生きていた仲間たち。

 地面に転がっているのが、あの時の仲間なのか、見ず知らずの訓練所の生徒であるのか、区別が付かなくなっていた。


「キサマアアアアアアアアァアアアアアアッ!」


 急に叫び、引き抜いた剣を構えたまま異形の群れへ、単身で肉薄する。


「十河くん!」


 古都子が後ろから声を掛けるも、もう彼の耳には届いていなかった。

 異形達は新たに現れた獲物に活気づき、それぞれが奇声をあげて襲いくる。

 疾走するまま異形を片っ端から、刃の届く範囲は残さず斬り殺した。

 残る一匹は剣で届かない。すかさず十河は剣を放棄し、自らの刻印で槍を作りあげ、剣の間合い以上の長さをもって、相手ののどを一突きにした。

 倒れ苦しむ異形に対し、何度も槍を突き立て殺す。

 あっという間に十匹の異形が死骸と変わり、

 古都子が介入するまでもなく異形を始末してしまった。


「……………………」


 ただの訓練二等ではないと、古都子は確信する。

 間違いなく、彼はディセンバーズチルドレンだ。

 異形の死体の中、ほとんど腕だけしかない、誰かの死体を見つめながら、十河は肩で荒い呼吸をくり返す。絶望や恐怖とは全く違う、激情が背中から立ち上っていた。

 古都子が声を掛けようとしたとき。

 激しい爆発が、通路の方から巻き起こった。

 ……………………。

 …………。



 籠城作戦の陣営から離れ、中央の分岐路から奥へ進んだ草部蘇芳は通路の中で足を止めた。

 前方には無数の異形たち。地面はもちろんのこと、天井にも何匹かがびったりと張り付いていて、緑のともしを揺らめかせていた。


「三下がわらわら出てきやがって。一体どこから湧いてきやがるんだ」


 見飽きた怪物の姿にうんざりする。

 人型異形の行動は単純明快。突っ込んで爪を振るう。それだけだ。

 体が爆発するわけでも、特殊な魔術を使うわけでも、毒ガスを吐き出すわけでもない。

 酷く原始的な肉弾戦しか行ってこない。

 蘇芳が『第四区』にいた頃は、クセ(・・)のある『異形の者たち』が多かった。

 中でも浮遊する単眼の異形(パラマノージ)は、洞窟で相手にしている敵よりも数段厄介な存在だった。

 空間を飛翔する能力をもち、次元を切り裂いて瞬間移動をする。おまけに動きも素速い。

 ――それに比べれば、ここのバケモノどもはゴミだ。

 大して能力が高いわけでもない。集団で連携を取りもしない。

 最低限の集団行動ができるというだけで、脅威とは思えなかった。


「ククク。ほら……来いよ。やれるもんなら、やってみろよ」


 言葉が通じているわけではないが、彼の態度を挑発とでも受け取ったのだろうか。

 異形は蘇芳めがけて走り出した。標的となった蘇芳は一歩も退かず、真っ向から剣で応戦した。

 どんなに数で攻めようとも、立ち回りと地形を生かせば、背後は取られず隙を作ることもない。

 最前を走っていた異形を生かさず殺さずで斬り付けた。苦しみながらバタバタと体を動かしてもがき続ける。勢いが緩んだところへ、刻印を発動させ炎弾を放った。

 次々に当たり、たちどころに燃え上がる。黒煙は天井を舐めて、張り付いていた異形達は息苦しさのあまり地面に降り立つ。

 蘇芳の猛攻は絶え間なく。あまりの勢いに、ついには異形達が逃げ出してしまった。


「つまらねえつまらねえ! もっと歯ごたえのあるヤツはいねえのかよッ!」


 背を向ける異形を逃がすつもりもなく、

 彼は笑い声を上げながら刻印に魔力を送り込む。


「クソ雑魚が、吹っ飛べッ!」


 発動した刻印の能力が、腕へ……手のひらへ。炎を纏う複数の弾丸となって飛び出す。

 何発かは逸れたものの、異形の背中に直撃した途端。

 炎と爆発が異形の内部から起こった。

 爆風が通路の前後を行き、蘇芳の体に強い風圧がぶつかる。

 爆発の威力は絶大で、異形は原型を残さぬほどに粉々となっていた。

 乱れたオールバックの金髪を撫でつけ、一人だけになった通路で剣を持ち上げ、肩に担ぐ。


「……この程度の異形なら、最初から俺が出向いた方が早かったんじゃねぇか。無駄な作戦になっちまったな。警戒して損したぜ」


 ぼやきは怒り混じり。炭化した死骸を蹴飛ばし、奥へと進んだ。

 向かう先にまだ敵が居ると構えていた蘇芳。

 通路の向こう側へ辿り着くと、不服そうであった顔に、驚きが広がる。


「おい。おいおい。誰かと思えば間宮じゃねえか……てめえも巻き込まれたクチかよ」



 ――分岐点にいたのは異形の死体と二人の人間だった。

 通路を爆発させた張本人は、久々に殺気を纏う十河を見て、

 邪悪な笑みを浮かべるのであった。




 ――嫌なヤツに出会ってしまった。

 どうして異界に来てまで、蘇芳と顔を合わさなくてはならなのか。コレだったらまだ異形のほうがマシである。

 まいはまだ残っていて、気分は最悪。蘇芳の挑発的な態度を受け流すだけの余裕がなかった。

 蘇芳は十河の服にこびり付いている返り血を見るなり、何やらニヤつく。


「楽しんでるようじゃねえか。雑魚ばっかで退屈してたところなんだよ」


「…………ふざけるな。今はお前と話す気分じゃない」


 蘇芳は十河が立っている周囲に転がる異形の死骸の中に、人の腕があるのを見つけた。


「なに感傷的になってやがんだよ。初めて見るわけじゃねえだろ?」


「……………………」


「何を考えているのかは知らねえが、くだらねえな、おい」


 険悪な雰囲気。古都子は話にどう参加したらいいものかと考えあぐねていると、蘇芳はがっかりした溜息を吐いた。


「で……誰だよソイツ――――」


「――――草部蘇芳!」


 蘇芳が古都子に会話を持ちかけたところで、黒髪を振り乱した真結良が現れた。


「……ったく、うるせえのが現れやがったな」


「うるさいとはなんだ。お前を助けに来たというのに」


 うんざりした顔で真結良の方へ振り向く。てっきり後方にずっといるのだと思いこんでいた蘇芳からしたら、面倒くさいことこの上ない。


「てめえ、なんで来やがった」


「勝手な行動をしたお前を連れ戻すためだ。それに助けにいくと約束したはずだ。さあ敵の増援が来ないウチに……ん? 間宮? 間宮十河か!? お前も巻き込まれてたのか……あと、その方は、どなた……です、か?」


 めまぐるしく表情がコロコロ変わり、十河の横にいる明らかに年上な『お姉さん』に首を傾げる。会話がまた盛り上がってはいけないと、古都子は間を置かずに軽い自己紹介を始めた。


フォース・サイファー(士征四位)の芦栂と申します」


「サイファ!? 失礼しました! わたしはくんれんしぇ……く、訓練生、ではないですけど『訓練生予定(・・・・・)』の谷原真結良と申しますっ」


 背筋を伸ばして敬礼する真結良。肝心な所で焦って噛んでしまった。さっき的環たちに嘘つき呼ばわりされていた記憶が、言っている途中で蘇ったためだった。

 修正するは良いが『訓練生』という肩書きすらも持っていないため、勝手に『予定』を付け加え、更に締まりのない名乗りになる。



「無事なのは貴方たち二人だけ?」


「いえ。こっちの奥で、多数の生徒が守りを固めて救出を待っている状態です」


「よかった。本当によかった。それじゃあ、いったん合流して……準備を整えましょ」


「…………………………チッ!」


「――――どうやら、そうも簡単にいかないみたいだぜぇ?」


 十河と蘇芳はいち早く、仲間がいる方向とは逆の通路。

 闇がぽっかり口を開く奥から、新たな異形がくるのを肌で感じていた。


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