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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
184/264

<16>

 ドームの外では、作業も大詰めにさしかかり、一時も集中を途切れさすことなく、魔導師たちが両手をかげし続けている。

 暗雲たちこめる夜空からは、追い打ちを掛けるように、とうとう雨が降り始めてきた。

 大粒――地面に落ちるたび、はたりと音を立て、小さな染みを作り出す。誰もが間もなく大雨になるであろうと確信した。

 サイファーたちは、もうすぐ突入ができる連絡を受け、全員が異界に向かう時と変わらない装備を調えて、それぞれドームの前で並び待ち構えていた。

 突入するチームはそれぞれが三十近い班に別けられていて、大半が普段から仲間として行動を共にしているサイファーたちであった。



 ――その内の一つ『二十六班』としてナンバリングされた四人組は、後方で控えていた。


「なあ。あそこに座ってるのって、神乃士征だよな?」


 やまもとはそうであって欲しいという期待を含めた質問を、隣にいたよしに投げかける。


「黒のコートに黒のパンツ。……横に立てかけてある化け物サイズの大剣は間違いない。俺らが入っている〝二十号ルート〟では『しろしょうぞく中隊』はよく見かけるが、黒ずくめの班は絶対に見ない姿だ。噂に聞く神乃班を、まさかこんな所で拝めるとは思わなかった。隣の金髪は誰だか知らないが」


 基本的に、サイファーの服装は、上下がこんじょうで統一され、全員がヘッドギアを装着しているが、

 上級のサイファーが率いる隊の一部には、支給されているものとは違う姿をしている。

 基準の服装から外れている者は、多くが特殊な地位にいるか、あるいはその隊に属している者だと認識されていた。


「あの『怪物』が、どうしてこんなとこにいるんだろ?」


「さあねえ。単純に訓練所に用でもあったんじゃないか? 事件が起こるよりも前にいたって話だし、偶然だろ?」


 前に並んでいる二人の仲間……くりはらうめいしも、似た話題を広げながら、自分達の装備をお互いに確認していた。

 ――いよいよ、時間が迫ってきている。仲間に習って、自分達も装備を確認し合う。

 銃、剣、弾薬……無線機の動作。

 突入の第一陣は、内部にいるであろう生徒の捜索。無線が途切れてしまわぬよう第一陣で最前を走る数人が有線ケーブルをじんそくに張り巡らす。そして各班は『ビーコン』と呼ばれる小型の端末を地面に差し込み続け、点と線で結ばれた分子模型のように可視化された、異界の簡易地図を製作しなくてはならない。

 これら内部情報を元に、外部のサイファー指揮官がオペレーターを通じて、行動を指示する。

 ――内部にいる全ての『異形の者たち』がせんめつ対象であることはげんたない。

 第一陣は安全確実な前進と殲滅、退路の確保である。

 現在位置を知らせる為の密な連絡は絶対。異界では何が起こるか想定は不可能だ。

 ミイラ取りがミイラになり、救助名簿に新たな追加項目が記されないようにしなければならない。万全の体勢が必要となるのだ。


「――装備は大丈夫か」


 前にいた梅石が首だけを向けて問いかけてくる。彼はこの班のリーダーだ。

 四人は長い間、一緒に行動を共にしてきた同期である。

 吉田と山本は二人して問題ないと軽口混じりに返答する。


「ドームの中は、どうなっていることやら」


 リーダーの隣に並んでいた副班長の栗原は、手のひらを上に返し、雨粒を受けている。


「我々がやる内容に変わりはない。ココは訓練所だが……向かう場所はいつだって変わらない『異界』だ。いつも通り――生きて帰るからな」


 首を戻してリーダー(梅石)は拳を軽く握った腕を上にもちあげた。

 三人は彼に合わせて、それぞれ伸ばした拳を合わせた。



 雨はどんどん強くなってくる。突入前にずぶ濡れてしまうのではないだろうか。山本が空を見上げた瞬間、目頭に特大の粒がぶつかり、思わず目をつぶる。

 親指で拭いつつ、再び隣にいる吉田に話しかけた。


「入るんだったら早くして欲しいもんだ。服が濡れてるか乾いているかではモチベーションが変わっちまうよ。確かに向かう先は異界で間違いないのだろうが、現場が訓練所ってのは誰もが想像してなかっただろうな」


「ブラックボックスからしたら、十七区の心臓部。本部はかなり動揺してるだろう。さっきの白装束の続きじゃないが、修羅の中隊長(・・・・・・)もこっちに来るって話だぞ」


「まじか? ってことは、隊で来るのか? そこまでヤバイ話になっているのか?」


「本来、異界とは関わりないとされている時点で異界が発生してるんだ。異常中の異常だろうから、どんな対応があっても不思議じゃないさ。…………同期が向こうの隊に居るんだが、噂の中隊長殿は、部下を向かわせるよりも先に、何でも自分の目で確認しないと気が済まない困った人らしい。隊の頭が偵察じみたことするなんて聞いた事がないよな。彼の直下の部下も勝手な行動をとられて、かなり振り回されているとか。もしかしたら今回もお忍びで来るんじゃないのかねぇ」


「俺ら一般サイファーからしたら、余裕のあるうらやましい話で。この作戦に、勝算はあんのかね? なんの情報も無いまま、突入してもいいもんなのか?」


「さあねえ。だからせっこうの俺達がいるんだろ? ヘッドギアつけてバイタルチェックとモニタリングを行わせるくらいだ。未踏地に向かうレベルの警戒度。すぐ隣の建物で、総合オペレーターが二十人体勢で通信を行うんだとさ。内部がどうなっているのか解らない以上、かなり気合い入れてかないといけないかもな。とにかく、だ。俺達はやれるだけのことをやろう。中で訓練生がまってるはずだ」


 吉田は背中に背負った剣をわずかに引き抜き、柄の底を山本に近づけた。


「ああ。そうだな。全員助けて、今回もお互い死なないよう、がんばろうや」


 山本もまた、自分の剣を半身抜いて、吉田の柄を軽く叩いた。



「もうすぐで結界の中和が完了します!」



 サイファーたちの話し声が、ピタリと止まった。

 その言葉を待っていたと、神乃苑樹はゆっくり立ち上がり、身支度を調えた。

 コートを羽織り、二本の刀を腰の左右に差し、

 右足のホルスターに拳銃を差し込み、大剣を背負う。

 ――――自分たちの番が訪れた。

 腹の底にたまっていた怒りが、頭の頂点まで一気にせり上がっていた。

 作戦はすでに決まっている。第一波は二手に分かれ、内部に入り込む手はず。

 ――北西からは加藤と林藤が。

 ――南東からは苑樹と仙崎。

 神乃班だけではなく、他にも第一波には複数のサイファーを投入し、内部に存在して居るであろう敵の掃討を行う。同時に各自が等間隔でビーコンを設置し、迷ってしまわぬよう外部との通信を交わしながらルートを定め、行動範囲を広げてゆく。

 内部の安全確認を行った後、時間をおいて第二波。投入されるのは救助隊だ。

 異界内部で生存者を発見し、回収する役割。第二波が必要かどうかは、第一波の中に組み込まれている索敵班の通信をもって投入の是非を決定する。

 もちろん、第一波が救助対象を発見できればそのまま救助に移行。

 苑樹は最後に、無線機を耳に装着し、班だけの回線を開いた。



 ――反対側にいた二人。加藤丈典と林藤佐奈香も装備を調えた状態で、第一波の最前線。最初に足を踏み込む先頭に立っていた。

 耳からノイズまじりに、苑樹から言葉が掛かってくる。


『加藤。いけるか?』


「はいはい。加藤。林藤。共にいけますよ」


『オレ達の救出対象はあしつがじゃない。……あくまで訓練生ルーキーだ。それを忘れるな』


「……ええ。わかってますよ」


『隊長、それはあんまりじゃないっすか! 副隊長だって助けを求めてるかもしれないはずっすよ。なのに訓練生を優先しろなんて。仲間なのに!』


「まだ判ってないようだね。仙崎くん」


 仙崎をすぐ近くで見ているような声で、溜息が吐き出される。


『なにがっすか、加藤さん』


 彼の言葉を馬鹿にされたと受け取ったのか、仙崎は感情的になって食ってかかった。

 不安そうにしている佐奈香を横に、加藤はタバコに火をつけて、ゆっくりと味わうように吸い込み、紫煙を吐き出す。

 流れてきた煙に対し、真後ろに控えていた佐奈香は、わざとらしく鼻をつまんだ。


「コレは感情ではなく可能性の問題だ。芦栂副隊長と訓練生、どちらが異界の中で長生きできるかどうか」


 間もなく突入だ。この先何が待っているのか解らず、自分の命が危なくなるかも知れないのに。作戦開始の時間のギリギリまで、部下を気遣い、言葉をかけてくれている加藤を、佐奈香は鼻をつまみながらも心の底から敬意を持つ。タバコは別であるが。


「君も知っての通り、彼女は士征四位(フォース・サイファー)であるかもしれないが、同時に魔導二級師(グレードツー)でもある。異界に捕らわれた状態で、副隊長は一人でなんとかやっていけるかもしれない。時間は限られているけど、ね。…………ただ、訓練生は違う。全四十四名。黒服を入れたら五十二名。内部がどうなっているのかは判らないが、もし異形がそれなりの数いて、何も備えていないとしたら、全滅するのに長くは保たない。そもそも現時刻の時点で絶望的だ」


『………………』


「もし、生きているのなら。助けるべきは多くだ。一人でも多く。隊長は全員助けるつもり(・・・・・・・・)で突っ込むだろう(・・・・・・・・)。もちろん副隊長も含めてな。たった一人でも救助要員が増えれば、驚くほど作業量が増える。彼女は自力で何とかやってくれていると、信じているから……名簿に書き記さなかったんだ」


 あくまで理論的に。感情を切り捨てた分。現実的に何をするべきかを、仙崎に問いさとす。

 ――異界に入れば、迷いは死に繋がることがある。だから迷ってしまわぬよう。彼を納得させる。


「仙崎くん。今は下らない感情(・・・・・・)を捨てろ。帰ってきたらいくらでも話そう。今は捨てた分の余白を、君の横に居る男にゆだねろ。ソイツは確実に道を切り開いてくれる。君にできることは全力でサポートすること。それだけに徹しろ。部下が消えて、誰よりも腹が煮えくりかえっているのは、他ならないその男なんだから」


『…………す、すんません。おれ』


「謝るのは後だ。今から異界に乗り込むんだぞ。気合いを入れていけよ」


『……うす』



 ようやく迷いが消えた仙崎は、何も言わない苑樹の背中を見つめる。

 そうだ。この人はいつだって正しかった。正しくないと思うことはあっても、それ以上の最善があったかと問われれば――なかったのだ。

 だから、今回もやってくれる。信じている。背中についてゆく。それだけだ。

 彼は自分があこがれる。理想の象徴なのだ。信じる以外になにがあるというのだ。

 自ら信頼に影を差した自分を恥じ、改めて神乃苑樹を信じる気持ちを強めた。

 魔術班の責任者がようやく端末で状況を確認し、後方に控えていたサイファー達に向かって、


「――来ました! 結界、消滅します!」


 魔術班の苦労がけつじつし、ようやく堅牢であったドーム。表面に黒い穴が開いてゆく。サッカーボールほどのサイズが更に拡大をしてゆき、最終的にはバスが通れるほどの大きさにまで広がった。穴の向こう側から温度差のある生温く、乾燥した空気が漏れ出し、苑樹の肌を不気味に撫でる。


「…………ご武運をッ!」


「よくやってくれた。次はオレ達の番だ」


 先頭の苑樹は小さく頷き、声をかけてくれた責任者に礼を述べる。

 入り口に向かって歩もうとせず、膝を曲げて前傾の姿勢を作った。


「先に向かう。仙崎。……オレの通った道を辿ってこい。他のサイファーどもに遅れを取るんじゃねえぞ。人以外の動くものは全て敵だ。容赦なく――皆殺しにしろ」


「了解っす。……後ろの連中! 神乃士征が出るぞ、巻き込まれないように注意しろッ!」


 仙崎の声に、後ろで並んでいたサイファー達が慌てて距離を取る。

 神乃苑樹の刻印が起動した。

 彼の真正面には、巨大な魔法陣が重なって浮かび上がる。その数、四枚。

 自ら飛び出すと、移動した速度に魔術の加速が加わり。

 四重乗算の速度をもって前方へ。爆音と衝撃破(ソニックブーム)を後方に残して……。



 ――――いよいよ、神乃苑樹が異界へと突入していった。



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