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「これ以上侵入をさせては保たない。谷原さん、早くッ!」
あかりは英二と晴道に援護して貰いながら何とか戦っていた。
陣地の中ではまだ何匹もの異形がいる。ほとんどの人間は自分達の持ち場、すなわち――結釘を発動している生徒に集まり全力で守り続ける事に尽くしている状態。遊撃ができる余裕はなく、それができるのは数人の二年生と、最初から固定された持ち場を与えられていない一年生達だけであった。
真結良は溜め込んだ魔力を刻印に送り込み、作られた力を剣伝いに地面へと流し込んだ。
地面からせり上がる氷の塊は、結界となっていた横幅六メートルほどの隙間を、新たな壁として埋めた。
「壁を越えて、敵が来るかもしれません。第二陣は内部の異形を処理したのち、氷の壁を越えてくる異形の対処を! 第三陣の人たちは怪我人を今すぐ後方へ下がらせて下さい!」
祈理による次なる指示に疎らな返事が飛び交う。今では彼女の指示が絶対であり、精神的な余裕が無くなり、個々の思考が鈍くなっている。生き残る為には全体を動かす頭脳が必要だ。石蕗祈理の存在は味方にとって大きなアドバンテージとなり、数で押し切ろうとするだけの敵からすれば、確実に戦力を殺いでくる統率の取れた集団であった。
それでも――異形スウォームには思考がない。感情がない。単純に敵を発見したら襲いかかるように作られている。真隣の仲間が惨殺されようとも、仲間の死肉を持ち去ってゆく。次いでくる新たな敵は意に介さず、真っ直ぐただ貪欲に。視界に入った人間の命を奪いに掛かろうとする。
――恐れを感じないが故に驚異的で。
――何も考えていないが故に脆弱。
極端な強さと弱さ、そして不安定さを兼ね備える異形は、殺されども殺されども――後方から新たな増援として現れては、こちらに向かってくる。
単純な暴力の塊が集団になると、戦いは思った以上に厄介なものとなっていた。
訓練を受けているとはいえ、殺しにくる生き物と戦うのが初めての生徒ばかり。
誰しも結釘を展開し続けている生徒を守るので精一杯。不意打ちを受けて何人かが負傷していた。
真結良が作った氷の壁は、表面が鑢のように粗くできていて、スウォームの鋭利なかぎ爪がよく引っかかる。ピッケルで氷山を、アイゼンを使って足場を固定するように。手足から伸びている爪は器用に氷を捕らえて、上へ上へと登ってゆく。
祈理の予想は的中した。一匹が登り始めると、後続が真似してついてゆく。
それら新手を侵入させまいと、的環と弘磨が迎え撃つ。
檻也は自由に戦える利点を生かし、次々に異形を仕留め、最初の侵入によって入り込んだ異形達の処理を行っていた。近くにいる敵を問答無用で切り伏せ、遠くで二年生達の戦いがあれば積極的に介入してゆく。
「ちがう……こんなものじゃない」
顔に飛び散った返り血を拭う素振りも見せず。
走り抜けに敵を斬り付け、刻印を使って更に致命を与える。
――浜坂檻也の刻印は、自らが振るった刃の軌道を残すことができる能力である。
空を切れば、一度だけ任意に、再度同じ空間を切り裂くことができる。
この傷は他人には見えず、両目に刻印を宿している檻也でしか見られない。
斬れば斬るほど、その軌道が布石となる絶対不可視の一撃。
異界にいた頃、付けられる傷は浅く短く。その箇所も多くを残しておけなかった。ディセンバーズチルドレンだから強いのではなく、帰還した後に強くなった後者の珍しい例であった。
彼の強さの根源には、一人の男。間宮十河の存在がいた。
「もっと、もっと上手くできるはずだ」
檻也は笑っていた。笑いながら戦いを行っていた。殺す事を楽しんでいるのではなく――自分の限界はまだ先にあると実感したことによる、喜びから来るものであった。
飛びかかってくる異形に対しては素速く空を切り裂き、敵が目視できない境界線を通過する瞬間に刻印を発動し、裂かれた空間が異形を巻き込む。
檻也が持っている刀は魔術兵器《A・U・W》ではなく、ごく普通の武器である。
刃に魔力を乗せない分、刻印に集中して力を集められた。
魔術兵器に頼らず、どこまで戦えるのか、彼は実戦をもって、己の能力を試していた。
「十河だったら、簡単にやってのけるはずだ。ボクもそこへ行きたい……彼よりも強くなる為にッ!」
檻也の意志は、もはや誰かを守る為ではなく、生きるか死ぬかなど端から念頭に無い。
どこまでこの戦いで自分を伸ばすことができるのか。如何にして自らが理想とする男に近づくことが出来るか。
それだけを考えながら止まることなく刃を振り続け、異形の命を貪り続けた。