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第二陣の半分が、十一時方向で決壊した場所から入り込んでくる異形の処理に当たっていた。
最初の時ほど、勢いはないが、まだ新しい異形が分岐路から現れてくる状況だ。
もはや、三人一組を維持している余裕はなくなっていた。
崩れ、隙間の出来た結界の欠損場所は小さな乱戦となっている。二年生も剣と自分の固有刻印を展開させて、一匹でも多くの異形を駆逐しようと刃を振るい続ける。
異形の悲鳴の中に、生徒の悲鳴も混じる。
見渡せば誰もが戦い、応戦していた。
走りながら真結良は、とにかく損壊した結界の穴を塞ぐのが急務と考えた。
自分の刻印を使えば可能かもしれない。
やることが決まると、真結良はわきめもふらずに目標へ近づく。
異形が真結良の姿を確認すると、飛びかかってきた。
すかさず、彼女は走りながら切っ先を相手に向けた。
「だらぁああああ!」
差し込んだ胴を一閃、体の半分を切り伏せ、地面に異形を墜とす。
傷が浅い。異形はまだ生きていた。
ほんの一瞬だけ、怪物であるのに人の形をしているだけで、無意識に力が緩んだ。
草部蘇芳の助言が蘇り、もがき苦しむ異形の首を素速く断つ。
相手は敵。『異形の者たち』だ。人でないのなら――この刃を迷わせてはだめだ。
押し寄せてくる異形。もう何体もの敵が、防衛陣の内部へ入ってくる。
「私が損壊部に新しい壁を作ります! 先輩方、援護をお願いします!」
近くで声をかけられた、あかりは後ろにいた二人に向かって叫んだ。
「谷原さんを援護するよ! ハルミ、エイジ……いくよ!」
「こうなったら、腹くくるしかねえよなぁ!」
「お前達――距離を開けすぎるなよッ! 双方の間隔は訓練通りにやれ!」
児玉英二と佐久間晴道はあかりに続いて走り出す。
前方をゆくは、谷原真結良。敵がなだれ込む原因となっている結界の隙間に向かって走る。
入り込んでくる異形は左右の結界を崩そうと、結釘を担当している生徒に向かおうとする。それらを抑え込むのに、弘磨と的環の第二陣は尽力をつくしていた。
奥へ進もうとする異形と、真結良の進路がかち合う。
彼女の背後には指揮を執る石蕗祈理と負傷者。そして刻印の使えないブラックボックスの黒服たちがいる。
「いかせない。この後ろには、絶対にッ!」
スピードを緩めず突っ込んでくる異形。
接触するよりも前に、真結良は攻撃の行動を起こす。
「だあぁッ!」
真結良が放ったは鋭利な氷の礫。弾丸の如く飛び。異形の顔を捉え、頭を氷が覆い尽くす。
倒れた異形に向かって真結良が飛びかかり、体の芯に剣を突き立てた。
異形は一体だけではない。仕留めたと確信したら剣を次ぎなる相手へと向けなければならない。
更に前方四匹の異形が真結良に向かって襲いかかる。
剣を引き抜いている時間が無い。
「谷原さんッ!」
あかりが叫びをあげる。
剣を引き抜くことなく、更に異形の体深くへ沈めた。貫通した刃が地面に突き刺さる感触。
首の刻印が輝く。周囲の大気が凍り付きはじめ、空気の異常に思わずあかりは足を止め、後ろに続いていた英二と晴道も止まった。
「凍て――貫けええ!」
地面に送り込まれた刻印の力は、四方に伸びる氷柱となり、前方にいた異形たちの体を突き抜けた。
それでもなお迫ってくる異形の群れ。真結良は次いで対処する事ができず、後方で見ていたあかりは、自ら行動に移す。彼女は援護に駆け寄ることなく、その場に片膝を突き、両手を握り絞め『祈る』姿勢をつくった。
「やらせない。――――空間固定、拘束!」
彼女の握り絞めた両手、その絡まり合った指と指が重なって、一つの刻印の紋様を作り上げていた。
金色に光る刻印は、真結良に飛びかかろうとした異形の周りにも、同じ光の帯の円環ができあがり、伸縮することで異形の胴体を腕ごと捕らえて縛り付けた。
「ナイスだあかり!」
英二の剣が一閃、鮮やかに首を切り落とす。
安心したのもつかの間、また新たに敵が現れ、英二の死角から飛びかかる。
「背中が、がら空きだ。もっと周りに気を配れ」
すかさず敵に斬りかかり、仕留めた晴道。
「たすかったぜ、晴道!」
親指を立てる英二。この一瞬たりとも緊張を解いてはいけない混乱の中、いったいどこにそんな余裕があるのだろうかと、英二の思考回路においては見習いたいものだと晴道は思った。
「先輩。敵をよろしくおねがいします!」
真結良は周囲に気を配りながら、結界がほどけた空間へと辿り着くも、ちょうど新たな異形達の集団と鉢合わせになってしまった。
十匹以上のグループ。咄嗟に剣に刻印の力を送り込む、狙いが定まっていない礫を飛ばすも全てが敵に当たらず、剣を切り返そうとも間に合わない!
――――――ったく。ぼさっとしてんじゃねえよ。
耳の近くで声が聞こえ、真結良のすぐ左側から手が翳される。
オレンジの発光。手のひらから閃光し――放たれる光弾。熱風が髪を跳ね上げる。
目の前にいた異形に光弾が体に当たると、圧縮された力が解き放たれて、炎を広げ爆発した。
血液さえも蒸発させ、焼け爛れた肉。半身が炭と化した異形は、仰向けになって倒れ込む。
近くにいた異形も爆発の影響を受け、倒れ込んで動かない。
――――とても強い力。爆炎の刻印。
あまりの威力に、周りの生徒はもちろん、異形さえも狼狽えていた。
「草部か!?」
ぐるっと首を回し、顔を確認しようとしたところで、
蘇芳は真結良の顔面を掴んできた。ちょっと焦げくさい臭いがした。
「オレ以外に誰がいるってんだ。この程度のバケモンごときでブルッてじゃねえよヘタレ。あと、よそ見すんなド素人女。コレは貸しだ。よく憶えておくことだな」
真結良を押しのけ、悠々と歩き出す蘇芳。続々続いてくる異形を簡単に斬り殺す。
「ハッ、まさか十七区で異形狩りをするとは思わなかったぜ…………最高すぎるな」
血まみれの剣を肩に乗せながら、蘇芳はゆっくり確実に歩いて行く。
「まて、草部! 体勢を――」
「整えるってかぁ? 敵の数見てほざけ馬鹿女が! いま壁を塞いだところで、敵の数でまた削り負けるに決まってんだろがよ! 敵の勢いがだいぶ緩くなってきている。また同じ数が来たらどうすんだよ。……押し切れるうちに、殺せるうちに一匹でも多く減らさなきゃあ全滅する。オレは勝手に奥でやらせてもらう」
前方から、迫る異形。その数七匹。
耐えまなく襲いかかってくる異形に対し、
「雁首揃えて、同じ行動しかできない雑魚が。……すっこんでろ!」
一匹目の攻撃を躱し、剣で腹を突き。刃を貫通させたまま突進。背後にいたもう一匹を串刺す。
剣を引き抜き、蘇芳は素速く後退。腹を貫かれた二匹の顔面めがけて刻印を放ち、爆破した。
その間にも片手で持った剣が振るわれ、三匹目を斬り付ける。
まるで殺陣を見ているかのような、鮮やかにして無駄のない動きにより、一気に残り四匹の異形が蘇芳の前に敗れた。
――やはり、口だけの人間じゃない。
戦い方一つにしても、洗練されていて無駄を感じさせない。
「オレのことは放っておいて、さっさとフタをしろ。じゃねえと、全員死ぬぞ」
「…………わかった」
戦いを見て、彼ならば生き残れると確信した上で、真結良は頷く。
地面に剣を突き立てた。肩を竦めて立ち去ろうとする蘇芳に対し、
「必ず、そっちに行くからな!」
また新たな異形の一匹を斬り殺した蘇芳。正装の半身にべっとりと付着した血や内臓を気にしない様子で、にったりと残虐な笑みを浮かべていた。
「ハッ、自分の事もままならねえクセして、何言ってやがる。ふざけてんじゃねえよ」
「ふざけてるのはそっちだッ!」
叫んだ真結良に、蘇芳は思わず顔を向けた。
「私はお前達の班の一員だ。お前だって仲間なんだ! お前を置いていけるわけないだろう! 草部蘇芳。こっちが片付いたら、必ずそっちの応援に行くからな!」
「……………………………………うるせえな。勝手にしろ」
蘇芳は敵を切り崩しながら、中央の分岐路へと消えていった。
弘磨は異形入り乱れる第一陣の外側で刃を振り続け前進してゆくたった一人の人間を目で追う。
現状がどれだけ危険であるかなど、誰もが認識しているはずなのに。
しかも異形の群れの中、単独で向かおうなど狂気の沙汰である。