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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
173/264

<11>

「……………………………………十河くん。聞こえたわよね?」


 硬直した古都子は、ろう(ろう)と反響していた叫びが消えてから、十河に問いかけた。

 最初の銃声は、間違いなくどこかで生徒が発砲したもの。反響して正確な場所は判らないが、その後、ものすごい数の咆吼。空耳にしては無理がある。あまりにもハッキリしていた。聞こえていると解っていても、古都子は確認をとらざるにはいられなかった。

 十河は返事をする代わりに、目を合わせてゆっくりと頷いた。

 握られた拳に力が入る。どんなに異界で多くを経験しようとも、場数を踏んでいようとも、異形が現れ、戦うかもしれないという前触れは気が張る。緊張感が何倍も増し、指先から先に体温がなくなっていく。何度も拳を作っては開いてを繰り返して、血液を循環させようとする。

 万が一どんな敵が現れようとも、最善の対応ができるように、頭の中で覚悟をしておく。



 選択は二つしか無い。黙って留まるか、このまま進むかだ。

 確認するまでもなく、古都子は立ち止まっていた足を再び動かした。

 十河も意見は同じで、黙って後ろに付き添う。

 このまま進み続けるしかない。その先で何が待ち構えていようとも、だ。

 まるで砂漠の中心に投げ出された気分だと、十河は思う。

 直射日光が刺し貫く炎天下や、夜に訪れる極寒を除けば、砂漠の方がまだマシかもしれない。

 洞窟では空がなければ方向すらも判断できないし、たとえコンパスがあろうとも異界の空間では機能しないだろう。出口が見えない。どれだけ進んでいるのかもう判らない。

 来た道を戻るなど論外だ。水も食料もない。体力にも限界があり……時間は限られている。



 その点をまったく話さないが、芦栂さんも判っているはずだ。

 だから前に進み続ける選択を取り、無駄な時間を消費しようとは思っていない。

 体調や体力面でオレの事を何度も気に掛けて、休む必要があるか問いかけてくる。

 聞かれるごとに、大丈夫だと意思表示し、彼女は無理してないかどうかを見極めようとする目線を向けてくる。

 こんな非常時に、しっかりと他人を見ることの出来る人間というのは心強い。

 もし全く使いものにならない生徒と一緒になっていたらと考えると、気の持ちようは今とは大きく違っていたはずだ。絶対にオレは余裕がなくなっていたはずだから。


「まって、パーアライズ」


 古都子が腕を上げて、十河を静止させる。

パーアライズ(ParALyze)』……その言葉で十河は一気に緊張状態になった。

 彼女が見る先を十河も一緒になって確認した。

 ちょうど二股に分かれた分岐の入り口に、ソレはじっと立っていた。

 人の形をした――何か(・・)

 胴体はやせ細り、灰色の表皮から肋骨が浮き出ている。

 細身の手足には、黒く鋭い、かぎ爪が三本ずつ生えていた。

 荒い呼吸。常に上半身が落ちつきなく上下に揺れていて、

 毛髪の生えた額部にはぼんやりと、緑色の光が放たれていた。

 ――間違いなく、異形の者たちである。



 敵は確かにこちらを見ていた。呼吸に合わせて何度も肩を上下させ、両手にある三本の指がゆっくり動き続ける。攻撃を仕掛けてくるのだろうか。二人に緊張が走った。

 しばらく、観察と駆け引きの睨み合いが続き。

 異形は急に行動を起こし、背を向けて走り出したのだ。


「え、なに? 逃げ――」


「――芦栂さん! 逃がしちゃだめだッ(・・・・・・・・・)!」


「え?」


 立ち尽くしている古都子が、十河の真意に気がつくよりも、彼は異形が去った通路へと走り出していた。

 通路が長かったのと、異形の走る速度が遅かったのが幸いした。全力で追走する十河はすぐに異形の背後に追いついた。

 後ろを見向きもせずとんそうする異形に対し、十河は刻印を発動させる。

 ――作り出したのは、長さ十五センチほどの小さなナイフ。

 つばはなく。(グリップ)も短い。幅は細く、左右対称の鋭利さだけが際立つ。

 何千、何万回と作り、その回数だけ投げ続けてきた。

 確実に突き刺さるよう、形状を微調整させ、自分の投擲に適した形を模索し、辿り着いた形だ。

 全力で走りながらも十河は、(ブレード)の方を掴み……走っている自分の動きと、投げるタイミングを合わせて、腕を振り抜いた。

 洞窟の明かりに反射して、空を飛ぶナイフがまたたく。

 異形の後頭部に向かって投げたナイフは、緩やかな弧を描いて、狙い通り背中に突き刺さった。


「ギイイイィィィイイイ!?」


 バランスを崩して転がる異形に対し、十河はスピードを落とすことなく、


「うおおおおおおおお!」


 引き抜いた剣を振り上げ、異形へと突進した。

 背中にナイフが深く刺さったまま、異形は反応素速く立ち上がり、赤黒い口内を大きく開いて威嚇し、真正面から三本指に生えそろっている、鋭く分厚い爪で応戦する。

 相手の一撃を横に回ることでかわし、続けざまに相手の背中を斬り付ける。ばっくりと開いた傷から赤い血が流れ出る。相手が悲鳴を上げるよりも早く、十河の二撃目が、異形の首をはね飛ばしていた。

 呼吸を落ち着け、剣を納めたところに、古都子が追いつく。


「十河くん。無事!?」


「ああ。問題ない……」


「どうして急に追いかけたりなんかしたの」


「最初に聞こえた叫びからして間違いなく、かなりの数の異形がいる。…………コイツは、たぶんせっこうだ。どこかに本陣がいて、何匹か洞窟を移動させて、確認しに来たんだ。かつに帰してしまえば、きっと大勢でやってくる」


 だから殺した、と十河は暗い声で説明する。


「少なくともコイツ――いや、コイツら(・・・・)は多少なりとも頭の回る異形だ。集団でのコミュニティーを持ち、大勢で行動する連中」


「じゃあ、この洞窟は」


 十河はとうやく古都子の息を飲んだ顔を見る。


「異界どころか…………異形の巣(・・・・)、ですよ」



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