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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
171/264

<9>

 ――人間の叫びを、確かに聞いた。

 絶叫の主が腹の底から叫んでいるのだとしたら、反響して届いてきた声の大きさからして、かなり遠くからだと判別できた。


「今のは、人の悲鳴?」


 古都子は立ち止まり、異常事態に備え、耳を洞穴の先へと傾ける。

 十河も横で同じように立ち止まる。服が擦れる音も出さぬよう、聴覚に神経を集める。


「少なくとも、動物じゃないのは確か……です、ね」


 ぞんざいな話し方になりそうになって、寸でで丁寧語へと軌道修正。

 人の悲鳴と言うことは、誰かが危険になっているかもしいれない。ということである。

 それでも、古都子が走り出さなかったのは、悲鳴の先がどこかもわからないこと。

 駆けつけた先で待っているのものが、何であるのか、どのようになっているのか解りもせず、無闇に向かうことを避けていた。

 ――そういった点においては、やはりサイファーだった。

 まずは、情報を得ること。そしてしっかりと判断した上で行動に移すこと。

 感情に流されては、自分のみならず、周りの人間までも危険におとしいれてしまう可能性がある。

 古都子は黙って、十河に『ついてきて』と指でジェスチャーを送る。

 慎重に通路を進み、出口付近で壁づいたいに、分岐点を偵察。

 …………だれもない。叫び声はかなり遠いのかもしれない。

 分岐点の空間に素速く入り込み、

 目をこらして、古都子は通路に続くであろう、二つの分かれ道を確かめた。

 少しでも気配を捕らえようと、息を止めて耳を澄ませるが、再び木霊することはなさそうだ。

 洞窟にいる時間が長くなるにつれて、確実に体力は奪われてゆく。

 十河も一見は冷静を装っているが、心の焦りが生まれていた。

 助けは来るのだろうか? そもそも助けるとしても、どうやって?

 今までの移動距離からして、洞窟はかなり広範囲にわたって伸びていると推測される。

 もはやなんとかなるであろうと楽観できるレベルではない。

 外部の助けどころか、自力で脱出できるきっかけさえも見つからないのだ。


「だいじょうぶよ。十河くん」


 古都子は近づき、腕を伸ばす。

 向かった先は十河の手。不意に手を握る。

 振り払う動作も忘れたほど、彼は呆気にとられた。


「私たちを助けようと、ブラックボックスの仲間達は、必死になってるはず。希望は捨てちゃだめ。一緒に乗り切りましょ。私の班のリーダーも、きっと迎えに来てくれると思うわ。なんたって『怪物』って呼ばれてる『人類最強』の人なんだから。とっても強いのよ? もし何かあっても、私が守ってあげるから、だいじょうぶ」


 絶望の片鱗さえも感じさせない表情で、暖かく、柔らかい手が、オレの手を包んでくる。

 拒むことができなかった。黙って振り払ってしまえば、それまでなのに。



『ほら。だいじょうぶだよ。十河。きっとみんな助けに来てくれるよ。そんな顔をしないで? 仲間を……家族を信じよ? ね? 今は私がいる。私が十河を守ってあげるから』



 ――――まい。眼球の裏側が、予測できない間欠泉のように吹き上がった記憶の断片。

 顔に出さぬよう、平静を装う。相手に悟られないよう、自分の感情を押し込んだ。

 この女に会ってからというもの、ペースを狂わされっぱなしだ。

 似てやすらしないのに、どうしてもダブ(・・)る。

 過去にいた彼女あのひとと。現在にいる彼女このひとが。

 感傷に浸るのは、無事に帰ってからにしろ。他人の前で過去を思い出すんじゃない。


「具合悪そうだけど大丈夫? 十河くん」


 手を握ったまま、逆の手で額へと伸ばそうとしてくるものだから、

 今度こそ、十河は古都子を振りはらった。


「だ、だいじょぶです。ちょっと、疲れただけですから……」


 激しいどう……しゅうから来るものではなく、記憶のはこにしまい込んだふたが、半開きになっていた事から来るもの。

 漏れ出す記憶。一つの場面が流れると、連鎖的に点と点が浮かび、繋がり、光……光る。

 過去から現在。異界で生き続けていた五年間。

 オレが寄る辺にしていた、胸の中にある燃え残った思い出。

 面と向かって言えなかった言葉。後悔……消せない。取り戻せない。

 考えずとも、意識せずとも、無意識の中、ずっと奥にしまい込んでいた。

 忘れるなどできない。しかれば自分の今と離して置いておきたかった。

 あの頃に近づけば、オレはまた後悔が再燃し、この身を焼かれる罪悪感に苦しむからだ。

 鮮明に見えないほどの遠さでいい。暖かい昔のままで留めていたい。



 ――どうして、なんで今になって。こんなにも溢れてくるのか。



 長らく忘れていた『異界』が自分を掴んで引き込もうとしているのか。

 あるいは、ずっと溜め込み、誤魔化し続けてきたツケが、このタイミングで爆発し掛かっているのか。

 ――いま、オレはらくにいる状態だ。

 一度、堕ちてしまえば二度と這い上がってこられないような心深くにある、暗い闇の底。

 闇から、手が伸びている。それは知っている人間たち。

 オレが見捨てて、殺してしまった人々。

 異界に居た時にできた家族。かつて仲間として生きて、死んでしまった者たち。

 たった一本のロープで、オレはぶら下がっている。

 過去を思い出すたびに、堅くわえてある紐の一本一本が、徐々に千切れてゆく。

 自重さえも保てなくなっていた。回想が。時間の経過が。紐を綻ばせ破断させていた。

 このロープが切れて、闇の底へ堕とされたとき。オレはどうなってしまうのだろうか。

 思考が渦となり、大きなうねりへと変化して、掻き回されていた十河。


 ――そこへ……一発の銃声が響き渡った。



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