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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
170/264

<8>

「う、げぇ…………」


 胃の中がひっくり返る感覚をなんとかして沈めようと。少年は壁に手を付き、おうかんを抑え込もうとしていた。


「おい、本当に大丈夫かよ。もう少しがんばろう。……な?」

 心配した茶髪の少年が背中をさすり、介抱する。

 奇妙な洞窟に閉じ込められ、彼らもまた、他に生存者が居るかもしれないという希望のもと、移動を開始していた試験兵。二年生の生徒たちだ。


「頭が、いてえ……」


 一度、膝を折ってしまえば、一歩も動けなくなってしまうと思い、どうにかして耐える。

 土色の顔で言うものだから、茶髪はなおのこと心配がつのる。

 広場で発生した何かによって吸い込まれ、気がつけば二人きりで洞窟の中に居た。同じ班ではなかったが、友人同士ということもあって、待機し救助を待つか、移動を行って人を探すのか口論した末に、移動する手段を選んだ。多少無理でも、友人を歩かせようと励ます。

 薄気味悪い洞窟。彼を残して応援を呼ぶ選択もできたはずなのだが、自分一人だけになるなんて、あまりにも心細いのが茶髪の本音だった。



 友人が体調不良に陥ったのには、もちろん理由がある。

 濃度の高い魔力が満ちている場所で発生する現象。

 ―― 一般的に『排結病ドレンシックネス』と呼ばれている。

 自分の中に濃度の高い魔力が入り込んで来て、許容量を溜めておくことができない体は、無意識のうちに魔力を体外へ排出するようになる。その度に新しい魔力が入り込み、自分の魔力が逃げてゆくので、結果めまぐるしい高循環の魔力生成が、勝手に体内で起こる。

 すると負荷が掛かった身体に異常が現れ、いわゆる〝乗り物酔い〟に似た症状が現れるのだ。

 目眩や発汗。頭痛、嘔吐感、呼吸器官の乱れ。酷い場合は歩行が困難になり、失神したりする。

 症状が現れるかは個人差があり、その多くは時間と共に体が順応し、改善される。

 少年がわずらっている排結病ドレンシックネスは、中でも回復に時間のかかる厄介な状態だった。



 そんな知識を全く知らない二人からすれば、身体の異常は洞窟にあるものだと思い、同時に当たらずとも遠からずの推測は――洞窟の中に存在している、目には見えない幽霊の類いが悪さをしているのではないのかと、的外れな答えに着地して、自らの不安を悪戯いたずらに増長させていた。

 体調が悪かろうが、確実に移動しなければいけないと、茶髪は友人を急かす。

 一歩でも前進し、どこいいるのかもわからない仲間と合流するのが急務。たった二人だけでは何もできない。そもそも仲間が居るのかさえも不確かである。

 壁伝いに手を付き付き、友人は額に汗を浮かべながら、地面を凝視しつつ、前を歩く茶髪を懸命に追う。

 分かれ道のない通路。そこを抜けると、開けた空間――新たな分岐路。

 進めども進めども出口は見えない。洞窟の形をした迷宮である。茶髪は子供の頃に読んだ昆虫図鑑に載っていた〝アリの巣〟の断面図を思い起こさせた。部屋があって、それらを繋ぐトンネルがあって。上下になっていないだけ、まだ救いがある方か。とてもじゃないが自分よりも体の大きい友人を背負って、垂直のトンネルなど登れはしない。

 仮に巣であったとして……住処としている〝住人〟とはまだ出遭っていない。洞窟がどんなに奇怪であろうと構わないが、それだけは絶対に願い下げである。

 壁、床、天井。薄緑の発光。長時間晒さらされ続けて、自分の肌色が緑に見えてくるような気がした。色彩感覚がおかしくなってきている。

 このままだと、ゆくゆくは精神がどうにかなってくるかもしれない。

 ――誰でもいい。一人でも仲間が見つかるのなら、このしょうそうは一気に回復してくれるはずだ。

 後方を気遣いながら、茶髪は前を見続ける。

 ようやく何本目かの通路を抜けようとしていた。



「………………………………ん? …………な、なあ。何か聞こえなかったか?」


「――――――エ?」


 友人は頭痛のせいで、聞こえる聞こえないどころではなかった。

 長らく見ていた地面から、茶髪へと顔を上げる。


「足音? ちょっと見てくるな」


「で、も」


「大丈夫だって。ここは一本道だし。通路の出口まで、すぐそこだろ? 行ったらすぐ引き返して戻ってくるからさ」


 幻聴でないと信じ、茶髪は走り出す。

 心を焦らせながらも、強い期待。

 通路を抜けて分岐点へ辿り着く。


「……………………」


 分岐点に入り込み、内部を見回すも、誰もいなかった。

 折られた期待は、思っていた以上に、心への負担となった。

 ――いよいよ、キてるな。

 深く肩を落とし、元来た道を、とぼとぼ歩いて戻る。

 きっと、今の俺は絶望しきった顔をしているに違いない。

 伏せ込んだまま、茶髪はできるだけ、笑いの表情を作り上げた。

 出来るだけおどけて見せて、勇気づけてあげるために。

 友人が居た場所へと近づき、少年は顔を上げた。


「……………………ェ?」


 次の言葉が見つからず。茶髪は笑ったまま表情が硬直した。



 友人が(・・・)消えていたのだ(・・・・・・・)どこにも(・・・・)――いない(・・・)



「は、ハハ……。ハハハ。思っていた以上に、先行っていたんだな。まったく」

 もっと戻らなくてはいけないのだと、ようやく気がつき、茶髪は来た道を更に戻った。

 通路の長さはバラバラだ。色彩だけではなく、距離感もどうにかなり始めているらしい。



 …………だが、歩けども、歩けども。友人はいなかった。



 歩く動作が早歩きになり、無意識に走り出していた。

 真っ直ぐ一本道で、はぐれるなんて事はあり得ない。

 どれだけ、どれだけ戻れば……。

 気がつかぬ内に、心臓が驚くほど暴れていた。

 それほど走っていないのに、背中や胸にたくさんの汗をかいていた。


「なんだよ…………なんの、冗談だよ――おい。ふっざけんな! …………こ、こんなときにふざけてん、じゃねえよ。…………マジで切れるぞ!」


 茶髪は叫ぶ。全力疾走。一つ前の分岐点まで、全力疾走していた。背後から迫り来る不安の大波に飲まれてしまわぬよう。心の崖っぷちに立たされている平静さを、必死に保つ。

 ついには、一つ前の分岐点へ戻ってきてしまった。

 大量の汗をかいているのに、全身が冷え切っていた。自分一人だけになってしまった。

 終わったと――最後の理性。立たされている崖に亀裂が入った音を耳にした。

 激しくふらつき、彼はとうとう地面に座り込んでしまった。

 一歩も動く気がしない。このまま誰にも発見されずに一人……孤独に死ぬのだと。

 膝を立てて、顔を埋める。涙すらも出てこない。

 ……もう、この際。異形でも構わない。自分を終わらせてくれるならばなんでもいい。

 耳の奥で、自分の脈打つ音が聞こえてくる。



 どくどく。

 どくどく。

 かつかつ。

 どくどく。

 どく――カツ……カツ(・・)



 幻聴であると思っていた茶髪ではあったが、確かに。また聞こえた。自分の鼓動ではなく、外部から発せられた音。反響。

 素速く顔を上げてみれば、自分が座っている通路とは反対側から……。

 誰かが歩いてきているのが見えた。


「…………おい、お前――なのか?」


 ついに幻覚まで見え始めたらしい。空っぽになった頭は、友人の名前すら失念していて、出てきた単語が『お前』であった。

 色の判別が難しくなった状態で、茶髪は一本の通路を凝視する。

 人間のシルエットが、ゆっくりとした足取りでこちらへ、歩んでくる姿。

 カツ。カツ。靴の音が木霊する。幻聴などではなかった。幻覚でもなかった。



「………………ククク、まさかこんなに早く見つかるとは思わなかったぜ」



 自分と同じ正装に身を包んでいる少年は、余裕のある笑みを浮かべていた。

 現れたのが友人でなかったことの失望もあったが、それでも洞窟に放り込まれ、初めて出会えた訓練所の生徒。

 全身の体温が戻ってきた。活力が再び自分を奮い立たせてくれた。


「おい! こっちだ! よかった生きていたんだな!」……そう言おうとして茶髪は手を挙げて笑顔――の表情が凍り付いた。

 ようやく、近づいてきた少年は、服に真っ赤な――。



「――――あ、…………あぁ!」



 血……血である。怪我をしているのかと思うも、表情は苦痛と真逆。口を曲げたにやけ顔。

 立ち上がった茶髪は足に力が入らず。立ち眩みも併発し、尻餅という形で再び地面に吸い込まれた。

 血まみれの男子生徒。金髪に訓練用の正装を着た少年。

 少年の姿には見覚えがあった。

 訓練所の中でも異端として扱われている問題のある生徒。



 ―― 一年の『問題児ノービス草部蘇芳くさかべ すおう



 どうして、コイツがこんなところに。

 疑問と同時に、血まみれの姿からどうしても目が離れてくれない。

 彼は片手に剣を――そして、もう片手には何かを掴んでいた。

 生き物の、首…………切り取られたばかりの〝生首〟を持っていたのだ。

 物を扱うように髪の毛を乱暴に掴み。歩く動作に合わせてぶらぶら揺れている。



「おもしれぇ。散々歩きまわったが、テメエでようやく二人目(・・・)か。…………ってことは、他にもしっかり、居るわけだ。…………クッククク。この異界にぶち込まれて。とんでもねえ殺戮ショー(・・・・・)が始まるかもしれねえなんて、まったく笑えるぜ」


 残酷に笑う顔は、洞窟以上に陰りがあって。

 男子生徒から見れば、まさに殺人者のそれで――。


「おい。いつまでも座ってると、殺されちまうかも(・・・・・・・・)しれねえぞ(・・・・・)?」


 次は自分だ。こんどは……自分の首があの手に収まるのだ。

 ソレが居なくなった友人の首(・・・・)であると思った途端、

 心の中で立たされていた崖が、最後の理性と共に、凄まじい音を立てて崩れた。



「う、うわあああああああああああああああァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 洞窟の中を反響する声。喉が裂けんばかりに、どこまでも響く絶叫

 ――恐怖よりも、勝る。危機と逃避するための反応。

 脱力していた少年は驚くほどの速度で立ち上がり、狂気を混じり合わせた奇声を張り上げ。洞穴の奥へと逃げていた。



 どこでもいい。すこしでも……すこしでも遠く。あの殺人鬼から逃げなければ。今度は自分が殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺される。掴まったら、殺され……。



「――ったく。どこ行くってんだよ。適当に走り回って逃げられるなんて、本気で思ってんのかよっ!」



 走るにつれて離れる、草部蘇芳が放つ静止の声など受け入れられるはずもなく。

 次に殺されるのは自分であると……。

 茶髪はがむしゃらに、闇の中を駆け抜けた。


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