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<7>-2

 ――真結良が京子と会話を弾ませている時、

 二人の生徒は立ち入り禁止と定められた屋上にいた。

 本来であれば校則違反の場所であるが、常に監視状態にあるわけでもなく、屋上への侵入は秘密裏に手に入れた合い鍵さえあれば、簡単に入ることが可能であった。

 たとえ、立ち入り禁止であったとしても、

 見つからなければどうと言うことではない。

 その点において、二人の意見はめずらしくがっしていた。

 屋上からは訓練所の出入り口である、外壁の通行口に隣接する庭。

 後方には校舎に囲まれた広い中庭が見下ろせる。

 更に遠くを見渡せばグラウンド、学生寮、車両倉庫など様々な施設が一望出来る。


「なあ。トウガぁ……」


 間宮十河を呼ぶ少女。誰もが目をくような銀髪。

 屋上から吹く風は、エリィ・オルタの髪を物柔らかにいてゆく。

 どこかうれいを帯びた眠たげな表情。

 紫色のそうぼうは比較的小さくなった生徒たちを眼下にみる。

 ――振り向くやいってん。急にテンションが上がって飛び跳ねた。


「あのマユラとかいうのすごかったな! 全戦全勝だぞ! ポイントこそいくつか取られたものの、すごくね!?」


「……………………」


 十河は、昼食であるパンを黙々と食らっていた。

 別に食事に集中するあまり、耳がお留守になっていたわけではない。

 特に重要な呼びかけとは思っていなかったので、意図的に無視したのだ。



問題児ノービス』の二人はいつも共に行動していた。

 毎日ともなれば自然とそれは生徒たちからも周知のものとされ、問題児としての烙印を押された彼らは、悪目立ちする存在であり、ちょっとした事でも話の種にされてしまいがちだった。

 これといって特徴のないふうぼうの十河とは対照的で、エリィ・オルタは特に目立った。

 歩けば人目を引き、小柄で日本人離れした容姿から、男女問わずに密かな人気があった。

 道行くと一部の生徒から餌づけが如く菓子類を受け取り、甘い物には事欠かない。

 態度の悪い荒屋誠のように他生徒に睨め付けられるような事はあれど、陰湿ないじめ(・・・)に遭うようなこともなかった。

 それでも彼女の自由すぎる態度は人気と並行して多くの反感を買い、素行の悪さがにかわ(・・・)となり、問題児としての称号は決してがれ落ちることは無かった。

 エリィは知らない。反感を持つ生徒から、嫌がらせを受けないのは、その隣に無言の重圧者たる間宮十河が居るからであると…………。



 ――間宮十河は基本的に無口な少年だ。自分からしゃべるようなことは少ない。

 大体のコミュニケーションは〝受け身〟の一本。

 他者がどう思われているのかはさておき、無口ゆえに友達と呼べる友達もおらず、本人すらも進んで積極的な友好関係を築こうとしない、存在感の薄い生徒だった。

 問題児として扱われ始めて、何回か絡まれることはあった。

 その度に彼は敵対する人間をいなし、かわし――相手にしなかった。

 ただ―― 一度だけ同じ問題(・・・・)児と呼ばれる別の生徒(・・・・・・・・・・)と組んで、規模の大きい喧嘩を起こしたことがあった。そのあくひょうはたちまち全校をめぐり〝触れぬが仏〟の問題児としての地位が勝手に形成された。触れぬことと――ざんぼうを浴びせるのは、また別の話であるが。



 一年生の多くが知る――彼と彼女の二人組。

 …………しかし、エリィと十河の人間関係(・・・・)を知るものは誰一人としていない。

 元々、問題児と呼ばれている彼らを良い意味で噂する者は少ない。

 話半分に――つき合っているのではないか、――腹違いの兄妹ではないだろうか、

 ――あるいは間宮十河に脅され、弱みを握られているのではないか――うん(ぬん)

 有ること無いことを単なる話題としてのつなぎ(・・・)程度に語られているに収まっていた。

 内情を簡潔に言うと、いつもなかむつまじくいるように見える二人は、

 ――単に、間宮十河がエリィ・オルタにつきまとわれているだけなのだ。

 集団行動を求めず。可能であるのならば独りでいることを望んでいる十河であるが、

 孤独を不可能とさせ、他者との連帯を不可避とさせていたのがエリィだった。

 彼女はことあるごとに十河の元へおもむついじゅうする。

 学校生活を始めてまだ日は浅いのだが、エリィのしつようさに心折れた十河は諦めて、なすがままとなっていた。

 ……とにかく目立つエリィの横に間宮十河がいれば、

 自然と影が薄い彼も視野に入ってくる。

 エリィが光だとするならば、十河の影は比例して色濃く見える。

 彼ら問題児ノービス二人組ペアが、デフォルト(いつもの)のものとして容認されるのも、

 ごく自然の成り行きであったといえよう。



「おい! トーガ! 聞いているのか? その耳はなんの為の耳なのだ? 飾りか? お飾りなのか?」


「…………うるさいな。怒鳴らなくても聞こえてる」


「だったら返事をせい。…………かァー。本当にこの学校に来てからと言いうものの、毛という毛、きばという牙をむしられて、廃人みたいになってるのお」


「…………なあ、お前は空気読めないのか? それとも読まないのか? オレはいま何をしていると思ってるんだ?」


「何もクソも、ごはん食べてるのだろ? んなもん、ちびちびやってないで、さっさと食べて話をしようよ。…………ほら、空気を読みまくっているぞ。察すると言うことは大事だと教えてくれたのはお前ではないか」


「それは察するとは言わない……無理強いと言うんだ」


「おなじじゃろ」


「いや、全然ちがうし」


 ――まったく、どうしてこう、いつもいつも、いのか。

 話しかけられるのは苦手とまではいかないものの、好きではない。

 話しかけられるということは、相手はなんらかしらの形で返答レスポンスが欲しいわけであり、会話を成り立たせて欲しいという隠れた願望が潜んでいる。

 会話というものは面倒以外の何物でもなく、他人と自らの意志とを共有したり、限定された時間を分かち合うという行為に距離を置いてきた。

 までとはいわないが――毎日を平穏無事に過ごせればそれだけで良い。

 だのに、エリィのわがままにつき合わされると、自ずとトラブルの影がちらつく。

 今朝も学校を抜け、繁華街に繰り出したのだって――結果として自分も賛同したが――提案されなければ、考えも行動もしなかった。

 無駄にリスクを背負ってまで自分勝手に生きる行為は望んでいなかった。

 そんな十河をエリィは「そんな生き方は、何でもかんでも他人に任せっきりでたいであるぞ……いや、マジで」と指摘し、

 今回にとどまらず…………気がつけば行動のばくざいはいつだって怠惰を許さない独裁少女、エリィ・オルタの手によるものとなっていた。



「トウガぁ。ひまなんだが。つまらなくなったわれをつまらせてくれ」


「ハア……毎日毎日、どうしてこうもオレにからんでくるんだよ」


「それは決まっている。われはお前を愛しているのだからな!」


「…………あ、っそ」


「ファファ!? え、なにお主。こここのわれが愛していると言っているのだぞ!? これって人類がひっくり返るほどのものだぞ!? こんなカワユイ女がアイラブをユーしておるのじゃぞ! 少しは愛でろよッ! ばかーっ!」


 勝手に――耳まで真っ赤になっていた。

 恥ずかしさか、怒りから来てるのか、

 ……聞く限りではハーフ・アンド・ハーフといった形相。


「あいにくだが、愛の押し売りは間に合っている……ほか探せ」


「そーゆーーの、なんていうか知ってるか? 草男子くさのだんしっていうのだぞ」


そうしょくだんな。まくらのそうみたいに言うなよ」


 ――長い間こんな会話を続けていると、相手をあしらうのが上手になってくる。

 少し前だったら完全無言を貫いていたというのに。

 自分の意見は言わず、ただ単に相手の話に同調するだけ。

 決して自分から変化させようとはしない。

 今となっては、エリィも十河の応対に慣れてきているらしく、

 彼の冷たい返事にも本音と建て前を嗅ぎ分けられるくらいにはなっていた。

「まあったく、しょーもない草男(くさおとこ)だ……」

 いつの間にか食事の手が止まっていた。

 気が付けば、またエリィのペースに乗せられてしまっている。



「そういえば、次の授業は刻印訓練じゃったか?」


「…………だな」


「どうする……でるのか?」


 そもそも、授業に出席するかどうかを考える自由意志など、この訓練所に存在せず、ごく普通の学生でもそんな考えはしない。意図的に欠席をはかろうとする時点で大きな間違い。与えられたカリキュラムを消化することが学生の勤めであるはずなのだが……。


「とりあえず、出とく…………そろそろ蓄えて(・・・)おきたいしな」


 おっくうだと言っているのと同義のイントネーションとため息。

 聞いてる人間がゆううつとなってしまいそうな雰囲気が十河からにじみ出ていた。


「…………ん? おいトウガ」


「なんだよ。まだ昼飯食ってるって言ってるだ――ヴぉ!?」


 強引に手を引き、屋上の端へと誘導するエリィ。

 渋々食べるのを止めた十河は、彼女の隣に並び、

 周りの人間に見つからぬよう、腰の高さほどしか無いパラペット(手すり壁)から頭を出し、眼下を見る。

 エリィの指さした先。ゲートをくぐって入ってくる大型トラック。軍用車だ。


「あれはなんだ?」


 下は、訓練所の外部とを繋げるゲートがある庭。

 複数台の軍用車次々と……かなりの大所帯。

 更に巨大なコンテナを連結させた大型車両が後を追って敷地内へと入ってきた。


「なんだろうな! 気になるな!?」


「別に…………興味ない」


「お前は本当にうら若き高校生か? 好奇心の無いじいさんみたいなやつだな」


「誰がじいさんだ。誰が……」


 さすがの十河も老人扱いされるのはしゃくにさわったのか、

「…………荷物かなんかじゃないか?」と適当なことを言ってみる。


「でも、あんなでっかい荷物なんてあるのか?」


 後方のコンテナを指さす。大きさはたしかにじんじょうじゃない。ただの荷物ならばあそこまで大人数で移動することはしないだろう――エリィが言いたいのはつまりそういうこと。


「そんなのオレが知るかよ」


「――おい! こうやって可愛いわれが献身的に話題を振ってやっているのだぞ!? もっと、こうだな。トークの幅を広げようとはおもわんのか!? 『あのコンテナにはきっと怪獣がはいってる』とか、たまには馬鹿みたいな冗談を言ったらどうだ!?」


まんが……おくいち、オレがその怪獣とやらの馬鹿を言ったとしよう。お前はどんな反応をするんだ」


「そのときはこうだ……『アッハハハハハハハ。ばっかじゃのー。マジうけるー。そんなん乗ってたら鼻からスパゲッティー喰ってやるわ! 鼻スパじゃ、鼻スパ!』――ぷ、っくくく。鼻スパってちょっと本当に面白いな。『――トウガよお主はほんッと、ばっかじゃのぉぉぉおおおおっ!』――あぁぃでてててでででで!」


 無性に苛立つ言い方に十河は黙ったまま、エリィの頬をつまみ上げた。


「ぼ、ぅりょ、ご、はんた、いぃてててえ。ご、ごめんなぁほぁあい!」


 手を離すと、慌てて後方へ飛んで距離を開き、赤くなった両頬をガシガシ擦る。


「あああ、相変わらず、……よ、容赦がないの、ぽっぺがもげる(・・・)かと思ったぞ。お前は! 正気じゃない! 狂気だ!」


 そんな簡単に明確な性格判断が下されるなら――オレの精神はまだいい方だと十河は思う。


「あれは軍用の車両だ。たぶん魔術兵器か、訓練に使用する道具か…………あるいは……」


「あ、あるいは!?」


 この昼で、初めて意見らしい意見を言おうとする十河に、

 膨らんだ好奇心が花開き、エリィの目が輝く。


「――お前の言う怪獣がはいってるのかもな」


「……………………………………なにそれ。われつねられ損じゃん。けっこういま、ジンジンしてるんじゃけど……不満じゃよ」


 大所帯は校舎から現れた担当者によって誘導され、外周の通路をかいしながら消えていった。



 しばらくエリィとのもんちゃくを受け流し。

 十河はようやく昼食を終え、一息つく。

 誰もいない屋上。暖かな日差し。

 どこからか聞こえてくる、生徒の笑い声。

 まさに――こういう時間が…………。


「――――平和だのぉ」


 エリィは十河が思うよりも少し早く。

 深いかんめいを受けたような、やわらかな声色で言い漏らした。


「ほんっと、十七区は閉鎖地区だというのに何もない。薄気味悪い平和だのぉ。異形もいなければ、戦いの音も聞こえてこない。こんなに平和平和していると、世界の滅亡が足取り遅く、でも確実に訪れているなんて、想像もつかないな」


 神妙になる十河へ――エリィはそっと寄り添う。

 彼女の小さな肩の体温が、伝わってくる。

 十河は特に抵抗するそぶりをみせない。ただ、黙っていた。

 彼の無抵抗を是としたエリィは彼の手に、自分の手を重ね合わせる。

 好意の証として指を絡ませてみるが、彼の指は答えない。

 きょぜつきょだくもない…………無反応。


「――世界からしたら、ほんのちっぽけな島国。しかも目で確認できるほど近くで、まさに世界の終わりが絶賛進行中だ。確実に異形はその行動範囲を広げ、近い未来、壁を壊し、結界を食い破り……歯止めが無くなったら、世界を覆い尽くすまで止まらんだろうなぁ」



 口から出るのは残酷な真実。

 きょしょくいっまとわぬ、じゅんすいな現実だった。

 言われなくても解っている事であるが、

 言われないと危機感が薄れてくるのもまた事実。

 パンドラクライシスから長い年月が経過し、間接的に被害を被った人間達、直接異形とは関連性の無い、外側で過ごしている人間達は『慣れ』という名の――考えようによっては異形よりも恐ろしい怪物によってむしばまれていた。

 気がついてからでは遅い。結界が全て打ち破られてからでは手遅れ。

 日々、状況を変えるための一手を打ち続けなければいけないのが、世界の現状である。



「唯一の救いが、奴らは一気に攻めてこない……ってとこか」


「――そうだなぁ。元々異形はこの世界には存在しない者。……そして、この世界に存在している多くが向こう側の世界には無い…………つまり、こっち世界にある環境は異形にとって毒となっている事が不幸中の幸いじゃな。もしこの世界でも魔力無しで活動できたら、人間が作った結界なんかひとまりもいだろう……動きが鈍いのは、つまりそういうこと……多く(・・)が限定的な環境に置かれているのはそゆことじゃ」


 十河の手をまわしていたエリィは、ぴょんと飛んで立ち上がり、

 しなやかな身軽さで手すりの上に飛び乗った。

 安全などこうりょされていない屋上のらんかん。一歩外側へと踏み外せば、地上へ真っ逆さま。

 危うい状態にある彼女を、十河も特に慌てる様子もなく、ぼうかんてっした。

 エリィにも恐怖はないようで、細い手すりので踊るように舞い、語りを続ける。


「奴らは開かれている『扉』の……次元の向こうの世界から漏れ出している『魔力』を生命源にしている。魔力が失われれば力尽きるし、魔力が薄いと、いちじるしく生命活動が鈍くなる…………さらに幸いなことに、魔力はこの世界における生き物に一切影響はないと言うこと。…………酸素とかの物理的なたぐいではない魔力は、目には見えず、分子的に存在しているわけじゃない。不可視にして不干渉な〝事象の塊〟みたいなものだ。奴らにはとっては生命線だが、この世界に生きる者たちにとっては全く影響ない……じゃが〝事象の塊(魔力)〟をこねくり回して、人間は利用することができる。使い方次第じゃがな」


 じょうぜつに語るエリィは、その見た目とは裏腹に深い知識を持っていた。

 天才的とまではいかないが、記憶力は良い方らしく、

 記憶力が良いと平行して――わりと執念深い性格も兼ね備えている。

 ステップをめ、子供らしさから離れたようえんな笑みで十河をえた。

 見下しているような瞳に、思わず背筋に寒気が走る。


「――お前はこの世界が好きか? トウガよ」


 前触れもなく少女から出る奇妙な問い。

 その返答によっては、本当にどうにかなってしてしまいそうな危うさを漂わせていた。


「どうでもいいな……オレにとって世界なんて――至極(・・)どうでもいい。ただ、オレとお前が生きられない世界ならば、オレは――生き残るために一切合切を否定してやる」


「お前はやさしいなトウガ。さすがはわれが見込んだ男だけはある……愛しているぞ」


「――俺は……………………………………お前が――大嫌いだ」


 くすくす笑うエリィ。

 心底おかしそうに、

 こっけいだと言いたげに。

 ――無言と無表情で彼女をいちべつ

 感情を隠し、十河はくうあおぎみた。

 澄んだ……吸い込まれそうな蒼色あおいろ

 彼女の言う通り、薄気味悪い平和だった。


「…………………………」


 爆心地(グラウンド・ゼロ)で起こっている混沌と狂気を、綺麗さっぱり忘れさせてくれるような。

 例えるなら、一度ひとたび何かが起これば簡単に融解してしまうオブラートのような……。

 麻薬じみていて――胸くそ悪くなる、偽りの平和だった。


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