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真結良は新しい生徒と合流できて、更なる精神的余裕が生まれた。
しかも相手の三人は、訓練所で実戦訓練を行う予定だった二年の試験兵。
頼りになるであろうと期待してしまうのは、言うまでもない。
「でも、すげえよな? 一年生で二年の実戦訓練に出られるなんて。俺達が一年の頃ってそういう人材いたっけか?」
「個人で強い人間はいるな。生徒会の副会長も個人成績はトップだったはず」
晴道は物覚えが特段に良いというわけではないが、とりわけ周囲の情報には詳しい。
「それ知ってる。西だか東だかって名前の、顔つきがキツめな子だろ? 友達とふざけてたらすっげー睨まれた事あった。見た目は地味だけど、ああいうのは、めかし込んだらきっと可愛いく――あのぉ、あかりさん? 拳握りながら笑うのやめてもらえません? こわいから」
濫りがわしい会話を繰り広げているワケでもないのに、どうして目くじらを立てられなければならないのか。冗談そうに怒っているあかりであるが……その怒りに〝本気〟が含まれているのだけは見抜いた。できるだけ身体良好な状態で洞窟を脱出したい。あかりの地雷をふんでしまわないような会話を心がけることにした。
「先輩達は、班を組んで長いんですか?」
「んー。班と言うよりも、ソレよりも前からの付き合いだからねぇ」
「言葉通りの腐れ縁ってやつだ」
「そうそう。んな感じだよな。おれらみんな、幼なじみなんだよ」
「へえ。だから凄く仲が良いんですね。納得です」
「谷原さんは、彼らと同じ班なの?」
あかりは前を歩く一年生三人を指さす。
「いえ。私は……別の班です」
言い淀む真結良に英二はしつこく追求して、彼女の所属している班が『問題児』の班であることを告げられると、目を開いて反応した。
「へー。意外。すんごくイイ子そうなのに。谷原ちゃんも、問題ある系なの?」
「こらエイジ。失礼だよ!」
「そ、そうだよな。ごめんな」
「先輩が知ってるということは、やはり悪い意味で有名なんですね」
その点において、あかりは明言をさけた。
「私は訳あって彼らの班に入りましたが、彼らも彼らなりの理由があるはずで、何とか良い方向へ向かわせられるよう、がんばってゆくつもりです」
「相次ぐ不祥事。暴力沙汰。トラブルの連続。あまりにも続けざまに起こったものだから、上の学年からも目を付けられていたんだ。中には実力行使で言い聞かせようとした同期もいたほどだ。結果は返り討ちだったがな。それについては暴力に訴えた奴らに同情の余地はないのだが……正直、俺も問題児にあまり良い印象はない」
「ちょっと、ハルミまで」
「別に谷原さんのことを非難しているわけじゃない。現実問題として『問題児』の生徒たちは、俺たち二年生から見ても、そんな印象を持たれてしまっているんだ」
――私の事を非難されているワケでは無いのだが、今ではその班に所属している一員。
彼らの印象は私の印象でもある。コレに関しては返す言葉も見つからなかった。
晴道は間を置いたあと歩きながら真結良の顔をしっかりと見て話を続ける。
「俺達の班も、毎日のように話題にしているわけではないが、話題として出てくる時は、やはり良い内容ではない。だが谷原さんと話していて、君が他の仲間と同質のものだとは思えない。……君が言っていることに嘘はないと思っている」
英二とあかりは小さく微笑んで、晴道は優しげな口調で肩にかけていたライフルを逆の方へとかけなおす。
「君が入った事で問題児と呼ばれなくて済むようになれれば良いな。こんな事に遭遇している状態でなければ、こうやって君と会話する事はなかっただろうね……逆に話ができて良かった」
「さっすがハルミ。なんだかんだ言ってイイコト言うねぇ」
「おれもそんな風に言いたかったんだ。晴道に全部もってかれたぜ」
「嘘つくな。お前はまったく考えていなかっただろ」
あかりの言った『イイコト』を横から掠め取ろうとした英二に、晴道は肘で軽く小突いた。
もうすぐ道が開けようとしていた。
檻也たちのグループが先に分岐点があろう場所を確認したのち、振り返って声を上げずにこちらを呼ぶ。
いったい何を見つけたのか、真結良を含む四人は一斉に駆け出した。
壁際で息を殺す的環の指が、あれを見てみろと指し示す。
見れば、何やら人影らしき象が作業めいた事をしている最中だった。こちらには気がついていない。
「何事も警戒が大事だから、ここは慎重に――」
「――おーい!」
檻也の言葉を待たないまま。英二が掛けだして、作業途中だった人間に向かって声を張り上げていた。その声に驚いたようで、相手は嬉しさが行動となり激しく手を振る。
作業をしていた男子生徒は三鷹訓練所の正装を着ていた。
「よかった。君たちも生きていたんだな」
「君たちも、って事は他にも無事な人がいるの?」
あかりは言葉の端を見逃さず、すかさず問いかけた。
「もちろん。君たちが来た分岐点の隣からも……さっき別の生き残りが来たばかりなんだ」
まだ他にも仲間がいる。真結良の安心は更に高いものとなっていて、それは他の人間も同じ。
「それで、なにをやってたの?」
あかりは、黙々と奥で作業をしている生徒を見ながら続けて言う。
「関原の人が提案したんだ。きっと他にも迷っている人間がいる。だから集合地点から、三人一組で、できる限り広範囲に目印を残そうってさ。どんどん広げていけば、みんなが集合できるはずだって。俺達はずっと他にも迷っているかもしれない人間を誘導するための目印を作っていたんだ」
三人一組というのは、万が一に備えての最低限の数だろう。
この状況でも、かなり冷静な判断ができる生徒がいるらしい。
「もし何かあれば、発砲するように言われている。信号弾と同じ役割だな。銃声がないところからして、他の通路に向かった連中は何事もなく作業を行っているはずだ」
どうやら集まっている生徒たちは、皆を集めようと行動していたらしい。
地面には簡単にではあったが、矢印のマークが彫り込まれていた。
「この先にも、目印が掘ってあるから、その通りに進んでくれ。二つほど分岐の先にいけば、皆が集まっている場所に到着することができるぞ」
「ほらな、やっぱりおれが言ったのと同じことしてるヤツがいた! やべえなおれ!」
またもや英二の鼻が伸びる。
「ブラックボックスの関係者もいて、だいたい四十人くらいは集まってるぞ」
「四十。…………そんなに」
真結良は息を飲んで呟いた。あの瞬間にそれほどまでの人間が被害を被ったと思うと、今まで不安ばかりだった感情に取って代わって、怒りが湧いてきた。
この洞窟にみんなを放り込んで、いったい何をしようとしているのか。
考えようとも、ひたすら雲を掴むような話で……。
偶然発生したアクシデントではなく、意図的にこの状況を作った人間がいたとしたら、救いようのない悪人。修正しようがない邪曲の持ち主であると思えた。
「うおっしゃ。これであとは、みんなで出口を見つけるだけだな!」
かなりプラス思考の児玉先輩。
真結良は彼の意見に賛同できなかった。
助かった仲間同士が集まったところで、根本的な解決へはまだ少しも進んでいないからである。
人が集まれば心の余裕が生まれるだろうが、同時に混乱を引き起こしやすくもなる。
言われた通り、洞窟の分岐点には矢印が刻まれていて、迷ってしまわぬよう目印が付けられていた。
一つ目、二つ目の分岐点にも分かり易いマークが続き……。
次の分岐点に入った時、大勢の人間が彼らを迎え入れた。
真結良達のグループを見るなり、手を振って喜ぶものや、無事に合流できたことを拍手して迎えた生徒もいた。
「こんなにも、沢山の人が吸い込まれていたなんて」
驚きを隠せない真結良。
空間の孔が空いた時、自分はすぐ目の前にいたから、その後どうなったのかはまったく知らない。確かに広場には大勢の生徒たちがいた。
あの時の力が、どれだけ強力なものであったのか、吸い込まれた人数が証明していた。
生徒たちが集まったからと言って、まだ出口にたどり着ける保証は無い。
本当の問題は……まだこれからなのだ。