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「わりいわりい。遅くなっちまった!」
一つ前の通路に目印を施していた英二は、剣をずりずり引きずって、あかりと晴道に合流する。
最初に来た時ほど、あかりの体調は改善されていたが表情は暗い。まだ本調子ではないらしい。
顔色が優れないのは、肉体的な部分が全てではない。自分達のことが気が気でない。
『絶対に生きて帰る』この言葉で三人の意志は強く結ばれ、結束していると思う。
進めども同じ景色と変わらぬ景色。確かにあかりも望んでいるが、完全に信じ切れてはいない。
口には出さなかったが、どんなに拭き取ろうとしても、感情の中で『疑懼』という不純物が入り込み、混成された『信じる』でしか言葉にできない。どうしても悪い結果を想像してしまうのだ。
もし――もしも、この洞窟から脱出できなかったら、自分達はどうなってしまうのか。
「どうしたあかり? まだ気分が悪いのか?」
三人並んで歩く中、いつもとは違う雰囲気を心配して、隣にいた晴道は声をかけてくる。
「ううん。だいじょうぶ。ありがと」
無理に笑顔を作るあかりに晴道は眼鏡を外し、レンズに付いた汚れを服にこすりつけて落とす。
「なんだぁ? もうへばったのか?」
気味の悪い洞窟に閉じ込められようとも、英二の立ち振る舞いは、訓練所にいる時と変わらない態度だ。
「ねえ。こんな事して、本当に誰か見つけてくれるのかな?」
「あかりよぉ。信じる信じないで結果は左右しないかもしれない。けどな、やるかやらないかは、結果が伴ってくるモンなんだぜ?」
「お。珍しく英二が真面目なことをいった。幼なじみとして感心する」
「珍しくとかいうな。おれはいつだってマジで真面目なんだよ」
「…………コイツは、少しでも可能性を作っておいた方がいいって言ってんだよあかり。俺達はまっすぐ進み続けているが、他がどう動いているかはわからない。もしかしたら俺達が歩いてきた道を通った人間がいるかもしれない」
「そうそう。別にやったってやらなくなって良いことだが、それだったらやっておいた方が損はねえだろ?」
「だよね……そう、だよね」
二人は前を向いて歩いているというのに、私は下を向いているか、後ろを振り返るしかしていない。
「私が班長なんだから、あんたたちを引っ張んなきゃだよね!」
「ようやくエンジン掛かってきたか班長。おせえよ」
「腰を上げるのが遅いのは、いつものことだ」
しばらく三人は短い会話を交わしながら、長い通路をずっと歩き続けていると、あかりの耳に何かが聞こえた。
自分達が発しているのではなく、三人以外の何者かが、どこかに居る。
「エイジ、ハルミ……今聞こえた?」
「だよな? おれだけじゃないよな?」
「後ろか? 前からか?」
三人とも、いきなりの事であったので、どっちから聞こえたのか判っていなかった。
「二人とも。銃を持って。念の為に準備して」
あかりの指示に何の異論もなかった英二と晴道は、肩にかけていたライフルを持って、弾薬を装填する。
「エイジとハルミは後方を、私は前方を見る。私の指示なしに、絶対に撃たないこと。いいわね?」
「わかった」
「ああ。了解」
淡い光で遠くを見通すことは難しく、だれかの話し声らしきものが、徐々に近づき聞こえる。
ソレが例え、人間であろうとも油断してはいけない。あかりは『仲間かもしれない』という期待よりも、あえて『敵かもしれない』と頭の中でくり返し、自らの警戒度を高めた。
複数の足音。駆け足。
「あかり、こっちだ。後ろの方から!」
「目視で確認。誰かいるぞ!」
あかりは素速く振り向いて、二人と同じ方向へ銃を構える。
それらが十分、目視可能な所まで近づいてきて、向こうもこちらを見て手を振ってきた。
「いた、いたぞッ!」
女生徒が大きく叫びを上げた。
「おおー。ようやくみっけた。マジ長かったわー」
相手は大柄の男子が一人に、女子が三人のグループ。
「止まって!」
あかりは慎重になって声を張り上げた。
「あ、あかり? なにいってんだよ」
銃を下ろしていた英二は戸惑ってあかりを見つめる。
嬉しさと安堵が溢れかえっていたのだが、彼女は感情に流されてしまわぬよう、冷静に物事を判断しようとしていた。もしかしたらこの洞窟に引き込んだ張本人である可能性もあるのだ。
「あなたたちは誰!?」
一人の女生徒が、両手を上げて近づいてくる。黒髪の凛々しい女の子だった。
「私は旧三鷹訓練所、訓練生一年の谷原真結良です」
「あれ? マユマユって『訓練生』だったっけ? 盛ったぁ?」
「ボク憶えてるよ。准尉さんだったよね」
「まだ訓練生になってないと、俺も憶えている。真っ赤な嘘だな」
「お、お前達、なんでこういうときだけ意見が揃ってるんだ!?」
あたふたする谷原真結良と名乗った子。その他の生徒たちを見て、脅かすような存在でないと判断したあかりは、ゆっくり銃口を下げた。
「ごめんなさい。他の生徒がいるかもしれないとは思っていたのだけれど、ちゃんと確認しておきたくって」
あかりが近づこうとした時。
一人が前に出てきた。綺麗な顔立ち、変わった髪の色をしたポニーテールの女子。
彼女は腰の刀に手を触れた状態で、警戒した表情のまま立ち止まる。
「そちらも近づかないで下さい。ボクらも貴女たちを信用しているわけではない」
「浜坂、何を言ってるんだ」
谷原を無視する形で、浜坂と呼ばれた子はじっとこちらを観察し続ける。
「貴女がたも、階級と名前を……」
あかりはライフルを肩にかけて、ゆっくり敬礼の姿勢をとった。
「旧三鷹訓練所二年、三等試験兵の北川あかりです」
「同じく、二年。児玉英二」
「……佐久間だ」
しばらく、こちらの目を見て、浜坂は表情を崩した。
「異形……ではなさそうですね」
「は? なにいってんだ?」
「異形?」
あかりと英二はそれぞれ首を傾げた。
「よかったぁ。ほら警戒心は多く持っておいて損はないって言いますもんね? ボクは準試験兵の一年、浜坂檻也っていいます。先輩方ですよね? 地面に痕を付けてたのって!」
急に態度を一変させて、浜坂は嬉しそうにはしゃぐ。
「ほらな! だからいったろ!? アレ見て追っかけてくる人間がいるかもしれないってよぉお?」
もしも人間が自讃で鼻が伸びるとするなら、きっと英二の鼻は天井を貫いているだろうと思えるほど、彼は背筋を逸らして自慢げに、あかりと晴道の方を向く。
「ボクら、この痕を追って来てたんですよ。方向が合っててよかったです」
心の底から微笑む浜坂に、一瞬だけ英二はドキリとするも、すぐに『ボク』という言葉の違和感を見つけて。
「もしかして。間違ってたらわりいんだけども。お前、男なの?」
「はい。そうですよ? どこからどう見ても、男の子ですよね?」
英二と晴道は『うそだろ?』と言いたげな顔で見合わせた。
「くっそ…………一瞬だけでも揺れた、おれの純情なドキドキを返せ」
膝に手を付き、己の失態を嘆く英二を横目に、あかりも完全に女の子であると思い込んでいた。
――訂正。どうやら男子二人に女子が二人らしい。
「すいません。浜坂は時々、妙な事を言うんです。失礼しました」
更に後ろから現れたのは、遠近感が壊れてしまったかと思うほど、身長の高い男子。
縦に大きいだけではなく、肩も幅広い。
「「こわ!」」
思わず叫んだ。先輩の威厳台無しである。
「お前本当に一年生?」
「一応、そうなってます……」
畏まる態度を取っているようであるが、どうみても凄んでいる風にしか見えない。
「ミドリンは一年生ってゆーよりも、顔だけ教官的な感じ? いんにゃ、顔サイファー?」
「お前……もうそこまで行ったら、悪口だろ」
ヘラヘラ笑う褐色の少女は、隣の男子よりも背は低めであるが、十分女子の平均身長を上回っていて。
「「でか……」」
思わず晴道と英二の小さな声が重なる。
「あんたたち……すんごく危ない状況なのに、どこ見てんの。特にエイジ!」
「だから何でいっつもおれなんだって!? バッカこっちに銃口向けんな、あかりっ! 冗談でも銃を向けるもんじゃねえって教わったでしょうがよッ!」
逃げ惑う英二。追いかけ回すあかりに、晴道は黙って二人を目で追い、ようやく雰囲気が良くなってきたと実感するのであった。
後輩達が質問してくる前に、頭の回転の速い晴道は、先に真結良へと説明を始めた。
「実は俺達も仲間を探していてな。たぶん俺ら以外にも、仲間がこの洞窟内にいる可能性があると踏んでいる。どうせ出口がどっちなのかも判らない状態だ。仲間を探しながら、ついでに出口が見つかれば良いと思って移動を続けていた」
「そうだったんですか」
「俺達はこのまま真っ直ぐ進もうと思っているのだが、そっちには何かプランが?」
「いえ。私たちもまったく目標がない状態なので、よろしければ先輩方と一緒でもよろしいですか?」