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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
165/264

<5>-2

 ――いっぽう、その頃。

 三つ目の通路に入った時点で、数えるのを止めた真結良は、一人黙々と歩き続けていた。

 行けども行けども、通路。通路。通路。

 もしかしたら、敵が潜んでいるかもしれない。その危機感は距離を伸ばすごとに薄れていた。同じ場所をグルグル回ってしまわぬよう、分岐点の選択は常に真っ直ぐを意識している。

 移動に注意していることといえば、背後から襲われぬよう、分岐点に入るときに何かいやしないか地面や天井に目を向けるくらいだ。どんなに進もうとも異形どころか、人すら居ない。

 また新しい分岐点に到着し、真結良はだだっ広い地面を一望。天井や壁伝いを見遣る。

 道中歩きながら、なぜ天井を気にするのだろうかと、自分でも判らない警戒を分析してみると、

 訓練所で――初めて異形と出遭った時に、相手の居た場所が、真上であったからだと気がつくのに、ずいぶんと思考と時間を要した。知らずの内にトラウマとなっていたらしい。



 入学してから、事件の連続。

 異形とのそうぐう。友人の出会いと死別。問題児(ノービス)。試合の不正行為。

 そして、こんどは別世界に引き込まれて、洞窟をさまよっている。


「………………まったく、とんでもない話だ」


 ここまでくれば、自分は呪われているんじゃないかと思ってしまう。

 固有刻印が目覚めてからというもの災難続きで、ほんとうに、現実は容赦ない。

 士官学校では誰かに蹴落とされぬよう、周りに置いて行かれぬよう、自分の立場を守る為に頑張り続けてきた。寝起きして食べて訓練しての繰り返し。あの場所で構築される人間関係は大嫌いだった。

 過去を振り返ってみると、もし刻印が目覚めて無かったら、私は今でも病弱な体で、病院生活を送っていただろう。くり返される定期診断。注射針の傷が治りきる前に行われる採血。四角い窓から覗く、変わらぬ景色。

 洞窟のながい一本道が、病院内の閑散とした廊下と重なる。


「彼女たち。げんき……かな?」


 本音が口ずさむようにして出てきた。

 訓練所を除けば〝友達〟と呼べるべき人たち。

 生活していた病棟は、患者が極端に少なく、年が近いということもあって毎日のように顔を合わせていた。友人の一人は集中治療室から抜け出して、私たちといっしょに遊んでいた。いま思えば外に出てきたりなんかして良かったのだろうか?

 遊ぶといっても、娯楽は少ない。一緒に話したり、院内を探検したりする程度だ。



 真結良は洞窟内を移動しながら、できうる限り、構造を頭に記憶し、脳内で地図を広げていた。

 場所が違うだけで、当時病院内で行っていた〝探険〟と、それほど変わりはしない。

 当時、体力のない真結良が任せられていたのは〝地図がかり〟場所を憶えておく役割だ。

 見た目が同じ廊下。何枚も並ぶ扉。蛍光灯。日光差し込む天窓。

 迷路のような院内で迷わぬようにしないためには、歩いてきた道のりを憶えておく他にも、自分達が立っている大まかな方角。移動した距離。微かな違いを記憶しておくことだ。院内の職員に見つからぬよう最新の注意を払う必要もある。

 たとえば壁の染み。全て同一の素材で作られた壁も、長年のれっともなう傷や、誰かが付けたであろう微かな汚れが残っている。どんなに清潔を保とうとしても現れる違い。他人から見れば見向きもしないものであるが、私たち〝探険者〟の目からすれば大きな目印となる。



 洞窟の内部も同じだ。あらゆる部分が統一されたものではない。

 自然とは違う、人工的な作りであるが、光を放っている鉱石一つにも違いがある。

 拳ほどの大きいものから、小指サイズまで。次に続く通路の穴の大きさも、微妙ではあるが個体差がある。

 ごく僅かなを判断。できるだけ記憶しながら直進し続けた。

 小さい時の経験や情報が、こんな所で生きてくるとは思ってもみなかった。

 時折、立ち止まっては耳を澄ませてみるが、何も聞こえては来ない。

 腕が疲れてきて、ずっと両手に持っていたライフルを、剣と一緒に肩へかけた。魔術兵器である銃は魔力を通している時こそ少しばかり反動が軽減されるが、重さは通常とほとんど変わらない過重となる。

 歩くペースを速め、散漫な警戒を続ける。

 今度は前方、四方向の分岐点。

 自分が出てきた後方には、歩いてきた通路含めて三つ穴が開いている。

 来た方向にある道に向かう気はなく、四つの穴をそれぞれ確認した。それぞれの穴へ耳を傾けてみるが、変わらず何も聞こえない。空気の流れもない。

 間違いなく、来たことの無い道順で移動はできている。

 しかしこれだけ歩き続けてるのに、誰にも会えないとは。

 光ひとつ無い闇中を進んでいるのと、なんら変わりない。

 心の中にあった孤独が、いつの間にか膨らんでいた。並行して不安も便乗してくる。


「もしかしたら、移動してはいけなかったのだろうか。進んでいる道は、間違いだったのだろうか? …………本当は、遠ざかっているのかも」


 ついには自問し始めてしまった真結良。独り言に回答してくれるものは誰も居ない。

 考えれば考える程に、小さな弱気が真結良の心を責め立て、お前の判断は間違っているのかもしれないぞと、揺さぶりを掛けてくる。

 本当は、巻き込まれたのは自分だけで、他の皆は今でも訓練所に居るのかもしれない。

 きっと、皆も居るだろうとそう信じて居るのは、自分が独りでありたくないと願っているからではないのか?



 歩みはどんどん鈍くなり。

 ついには腕を組んだまま、真結良は動かなくなってしまった。

 闇雲に動くだけでは駄目なのかもしれない。

 冷静ではあったが、更に冷静になって考える必要がありそうだ。


「…………………………む、ぅ」


 徐々に俯いてゆく。長い黒髪が両肩をなぞって、はらりと落ちてきた。


「こうやって仲間が居ないと。心細い、ものなんだな」


 普段はこんな弱気は出てこない。口が裂けても他人には絶対にいわない言葉だ。

 まだ班に入って短く。一人でどうにかしてきた時間のほうが長いというのに。

 もろくなり始めている心を再認識した。一人だからつい漏れてしまった。心の亀裂から出てきた。


「………………フフ。まったく。こんな所でしょてどうするのだ。困難を乗り切るために、私は訓練を積み重ねてきたのだ。乗り切れんでどうするというのだ。大事なことは逃げずに立ち向かうこと。異形と戦うということは簡単ではないのだ。ここで諦めてしまえば、ホンモノになんかなれやしない。できるかできないかじゃない。この足が動くなら、動かなくなるまで歩き続けるのみだッ!」


 ふん、と鼻息一つ。自分を奮う。

 気合いも充填され、顔を上げて歩き出そうとした時。



「いい話だわぁー。涙がでてくっるってぇ、やつう?」



 なんの前触れもなく、自分の後ろ……腰よりも下の方から聞こえてきた。

 間髪入れず、自分の尻に気持ちの悪い感触。

 撫でるとは違い、あからさまに触られる。



「――みゅぎゃああああああああああああッ!?」



 恐怖と仰天。腹から出た悲鳴がそれらの強さを物語る。

 真結良の反応は早く。一目散に全力で前に走り出し、半回転ジャンプ。

 中空を飛ぶ間に剣を引き抜き、着地と同時、後ろから現れた不届き者に向けて、剣を構えた。


「だ、だだだだ、だれだ! 斬る。斬ってやる!」


 触れられて尻に残る気持ち悪さは怒りに転換され、全身が硬直するも。切っ先は震えていた。

 真結良がいた場所には、両膝をついて、ニヤニヤ笑う人物。


「ナッハハー。すっごい悲鳴。ごめんごめん。そんなにおっどろくなんて、おもわかったよー。ハロハロマユマユ。筋肉ガチガチかと思ったけども、あんがい良いケツしてんねー」


 こちらの動揺などお構いなしに、両手の指をぐにゃぐにゃ動かす。

 首から伸びているミミズ腫れと長身褐色。すぐに緊張は氷解する。

 唖然としつつも、夢幻ゆめまぼろしがついに現れたのかと混乱する真結良。


「明峰さん……さすがに、この状況でふざけるのは、あんまりいいことじゃないと、おもうけどなぁ。すごく声響いちゃったし」


 非難してはいたが、微笑を保ったまま、とことこ歩いてくる細身の青髪ポニーテール。


「静かに待ってろなんて言うものだから、何をするかと思えば、緊張感がなさ過ぎる」


 隣では革の手袋を付けたまま目頭を押さえ、呆れた表情をする巨体の男子が居た。



 間違いない。ホンモノだ。神貫班の三人だ。

 心が一気に温かくなって、満たされてゆくのを実感する真結良。鼻の頭がじんとする。

 ブルブル震えていた剣は、やっと落ち着きを取り戻し。


「やっぱり……君たちも、巻き込まれていたのか」


 嬉しく思ってはいけないところであるが、はやり安心感の方が勝ってしまい、笑みがこぼれてしまった。

 彼女が剣を納め、歩み寄ろうとする前に、的環がいきなり突進してくる。


「ねえ。マユマユゥゥゥ! きいてよーう」


「どぅむ!? 胸が……苦し――」


 予想以上の力で抱きしめられる。身長差から体が浮き、細身からは想像付かないほどの馬鹿力。

 そして、凄まじい胸の圧迫力に嫉妬心と呼吸困難。


「男二人で、不安だったんよー。うううう。狼二匹の前に、羊が一匹おいてけぼりにされた気分だったよぅぅぅ」


 拘束を解かれると息つく暇もなく両肩を掴まれ、力任せにぐるりと回された。


「特にあそこで、関係ありませんよって立っているでっかいのぉ。ギラギラした目で、あっしの事をジトジトと。こわかったよぅ。マユマユウウ……」


「そう――なのか? 緑木弘磨?」


 安心したら気持ちの余裕が出てきたのか、鵜呑みにした真結良の瞳が冷たくなる。


「そいつのふざけた発言は信じない方が良い……いや、真に受けないでくれ。いっつも俺が被害者なんだ……どうして浜坂を除外する」


「だってハマちゃんは人畜無害だし! ミドリンは、何かしそうな顔をしてっから!」


「どうせ顔だろ。そうやっておおやけの場でお前にいじられるせいで、いまじゃ訓練所での印象はとんでもない一人歩きを……」


 ケタケタ声をあげる明峰の冗談は、いつもの事らしく、檻也は同情ぎみにえくぼを作る。

 これはこれで、仲が良いのだろう。

 ソレよりも、明峰的環が最初に声を掛けた時、真後ろまで近づかれたというのに、まるで何も感じ取れなかった。気配がまるでなかったのだ。

 ふざけた態度以上に、彼女は高い能力があるに違いなかった。



「と、ところで、私の他にも誰かに、出会ったか?」


「ううん。谷原さんが最初だよ」


「そうか……」


「でも、谷原さんと会えたって事は、他の先輩もどこかにいるってことだよね」


 前向きな考えを述べる檻也。


「だから言ったっしょ? あっしが行った道を行けば、誰かいるってさぁ」


「小銭投げて選んだ道だろ」


「運も実力ってやつだしぃ」


 ふふんと自慢げに語る的環。弘磨はそれ以上話を広げようとはしない。


「この場に留まっていても仕方ない。とにかく今は進み続けるだけだ……谷原、何か良い案はあるか?」


「いや。君たちに行動は任せる。好きにしてくれ」


 弘磨は二人をまとめて、次なる分岐点を目指して、移動を開始した。


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