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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
164/264

<5>

 長らく離れていると、懐かしさよりも新鮮さの方が勝ってしまうものなのだろうか……。

 ただ深く……深く。洞窟内の空気を取り込む。

 気化した毒性を吸い込んでいる気分になりつつも。

 体は、やはり昔を憶えているらしく。背中に薄ら寒い鳥肌が立った。


「…………懐かしいなぁ」


 ようやくはまさかおりは言葉にすることで、薄れていた感覚を取り戻せた気がした。自分がかつて生活していた『第三区』と似た、濃厚にして体の中へと余計に入り込んでくる魔力。

 体の中へ、十分な魔力を取り入れると、彼は薄く笑う。楽しいわけでも悲しいわけでもない。

 本心であろうとも、なかろうとも、どんなに辛くとも『泣かず』に『笑う』のだと。

 笑みこそが、自分がどんなときでも帰結し、自らをリセットするときに使う表情であることを、檻也は自らに定めていた。



 魔 (Anti)術 兵(Unknown)( Wepon)ではない、優良生徒である形だけのあかしが腰に収まっている。

 最後に引き抜いたのは、いつだったか。……いや、そもそも引き抜いた事すら無いかもしれない。

 檻也は口元に微笑みを残したまま、鞘を持ちながら、刀をゆっくりと引き抜く。

 すらりと音を立て現れたのは、しっかりとした刀身だ。刃も入っている。


「切れるのならば、必要十分だね」


 この先、何が起こるのかは判らない。もし刀がなまくらであったなら、余計な荷物だ。この場に捨てるつもりであった。しっかりとした武器であるなら、腰に留めておくべきである。



「うむーん、あったま、いったぁ…………」


 ちょうど、唸りながら明峰的環みょうほう まとわが目を覚ました。

 隣にはまだ意識の戻らない緑木弘磨みどりぎ こうまが並んでいた。二人とも檻也よりも背が高いため、壁際まで背負ってゆけず、腕を掴んで引きずり、一番安全であろう中央に並べていたのだ。


「あ、明峰さん。おはよう」


「はよー…………って、ココどこ?」


 寝ぼけ眼で首を回す。右に左に。もう一回右に回そうとしたところで、固有刻印の影響で染まってしまったターコイズブルーの瞳が大きく開き、ハッと我に返る。


「そうだ! あっしら、変なのに飲みこまれたんよね!?」


 檻也は満足した様子で、うなずきピースサインを作ってみせる。


「ココがどこかはボクにもわからない。他の人が居るのかも、さっぱりだよ」


 隣で寝たままの、弘磨も二人の話し声に、遅れて目を覚ました。


「よかった。弘磨くん。だいじょうぶ?」


 頭を振りながら大きな体で、ゆっくり立ち上がろうとする弘磨を心配する檻也。

 彼も質問を投げかけ、檻也は同様の返答をおこなった。

 弘磨は訓練所から洞窟へと瞬間移動させられた視覚的現実よりも、大気に含まれている尋常ならざる魔力の強さに顔を歪めた。


「…………なんだ、この魔力。こんなもの異界でもなかったぞ」


 的環も同じ気持ちらしく、同意の代わりに余裕のない瞳で檻也を見た。


「うん。ボクが住んでいた、三区に近い感じかなぁ? 訓練所の異界を再現しての訓練シュミレーションの三倍くらいの濃度くらい? あはは。こんなの授業じゃ体験できないよねぇ。ボクらが班で行ってた異界もかなり外の方だったし」


「脳がジワジワ痺れる感覚。今まで参加した任務の場所では、味わったことが無い。これが檻也がいた三区と同じ魔力か」


 軽く言ってのける檻也あったが、弘磨は焦っていた。とにかく空気中の魔力が濃すぎるのだ。例えるなら〝気圧〟といった所か。高層ビルの上階に行くと発生する耳の異常に似ている。

 自分の意志とは無関係に、大気中の魔力が自分の中へと入り込んでこようとする。

 落ち着いて体内の循環を正常化させようとする弘磨であるが、なかなか思い通りにいかない。


「あんさー、ハマちゃん。なんか、すんごく……むずむず、すんだけど。頭がいたいってゆうか、そんなかんじ?」


「むずむず?」


「なんってかさー。こう、魔力やっべー、みたいな?」


 ミミズ腫れのある左頬を指で搔きながら、的環は言う。

 ほとんど謎掛け同然の発言であるが、弘磨はすぐに自分が体験しているものと同じであるとわかる。ジェスチャー混じりに説明する的環の説明に遅れて理解を示し、長髪のポニーテールを揺らす。


「ボクも経験があったよ。三区の中でも危険地帯って呼んでいたところは、すごく魔力の濃度が高くて、コロニーで認められた人間しか入れない決まりがあったんだよね。数字で例えるの苦手だけど。うーん。ここの二倍くらいだと思う」


 ――この場所よりも、更に濃度が高いだと? 次元が違いすぎるぞ。

 間に割って入らない代わりに、弘磨が心の中で舌を巻く。

 無意識に両手にめられた革の手袋の音が鳴るほど、両手を握り絞めていた。


「話は戻って、気分が悪くなった時の対処方法は様々あるよ。体が自然になれてしまうケースとか、呼吸するように魔力の放出と取り込みを意図的にくり返すとか、あとは足をアース(・・・)にして、入り込んでくる魔力をそのまま地面に流しちゃうとか」


「ああ! な()ほどねぇ! どれどれ。なっほど。こーゆーことっちゅうわけね。はい解決。楽になったわぁ。ハマちゃん。さんきゅー」


「み、明峰。お前……できるのか?」


 あまりにも簡単に解決するものだから、弘磨からしたら、嘘や冗談を言っているようにしか聞こえなかった。


「こんなん、楽勝じゃん。なにミドリン、できないんのぉ?」


 本当に制御ができているらしい。的環の顔にはどんどん余裕が出てきていた。

 彼女は五感などで技術を会得するタイプだ。頭で学習して実践する弘磨とは違い、現場での対応能力は非常に高い。


「そう焦らなくても大丈夫だよ。弘磨くん。ボクよりもコントロールが難しそうな刻印をもっているんだもの。自然にできるようになってくるはずさ」


 一気に取り残されてしまった感はあったものの、弘磨は気を取り直して、気分の悪さを気合いでぬぐい去る。


「…………そろそろ移動をしてみるとするか。この洞窟がどんな構造をしているのかは知らんが、このまま同じ場所に居座っていても、助けが来るとは思えない。とにかく今はリーダーが居ない状態だ。慎重に行動しよう」


「あっしは団体行動とくいだから、まっかせてー」


「ボクもしっかりしなきゃだよね。頑張るよ」


 それぞれ、前向きな発言はするものの、似たり寄ったりの表情。

 班の中でも、特に強調性を欠いた人間が二人も揃っている状態。

 気分の悪さと同時進行で、先行きが不安になる弘磨であった。


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