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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
161/264

<3>

 

 ――さむい。



 ――つめたい。



 ――全身から



 ――体温が奪われてゆく。




 この感覚を。オレは知っている。

 強く強張らせた筋肉に力が入らなくなっていって、徐々に温度が無くなる。

 ……全身の血液が失われてゆくときも。同じ気分を味わった。自分という存在が消えるのを実感したことがある。意識がありながらも。五感がとても鈍くなり、呼吸が一秒ごとに鈍くなってゆく。いま思い返せば、生き物は死にかけると、肉体の末端から機能しなくなってゆくのだ。手足一つとして動かせず。そのくせ意識を司る脳に近い視覚機能は、最後の最後まで、ハッキリしていた。

 黙ったまま。全身にのし掛かってくる『死』の重みを受け入れるしかない。意識が死によって潰され、溶け込んでしまう、その瞬間まで。

 暗い……くらい。底のない闇の中。

 あのとき、オレに手を伸ばしてきたのは…………――――。




「……………………はッ、ぁ――ァッ!!」


 長く呼吸を停止させていたのだろうか。息を瞬間的に吸い込み、

 意識を取り戻したみや十河とうがは、両目を強く見開いた。

 ――心臓を直接殴られたような衝撃が一度。

 次いで、激しい鼓動が再開し、全身に血液を循環させる。

 一気に駆け巡った血が体温を取り戻し、体に熱が蘇る。

 乾ききった口を閉じて、彼はゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。



 倒れていたのは訓練所などではなく、人間が居る場所とは無縁の洞窟だった。

 四方に大きなトンネル。洞窟内部に光源は無い。なのに明かりがあって、ほのぐらさはあるものの、視界は悪くない。光のみなもとは、壁一面に埋まっている発光体の鉱石だ。それぞれが不規則な明滅をくり返して薄緑の色を放っている。

 空気の流れは一切なく。カビ臭さも感じず、非常に乾燥している。

 ――立っているだけで気分が悪くなる。全身がピリピリひりつき、しびれ始めていた。それが懐かしい感覚であると同時に、背筋に震えが走った。


「くそ……いったい、なにが起こったんだ」


 とにかく状況の把握だ。頭に手を当てて冷静になろうとするも、口から出る独り言は、彼が冷静ではない何よりの証拠。

 倒れているよりも前、最期の記憶を掘り起こせ。

 頭を押さえていた十河は額から離し、手のひらを見つめる。


「…………。そうだ。女…………あの女は?」


 十河は一気に思い出す。突然に現れた球体。次々に吸い込まれる生徒たち。そして自分の手で助けようとした女の存在を。

 思い出すと共に、強く掴んでいた相手の細い手首の感触まで蘇ってきそうだ。



 慌てて周囲を見回すと、薄暗くともハッキリと確認できた。

 離れたトンネルの入り口付近で、うつぶせになっている人間がいる。

 急いで駆け寄ると、ソレは自分が助けようとした――あの女だった。

 目を閉じたまま、呼吸があるのかさえも定かじゃないほど、微動だにしない。

 ゆっくり、女の肩に手を滑り込ませて、体を仰向けにさせた。


「おい、アンタ! だいじょうぶか!?」


 肩を揺らす十河、しばらくして女は声に反応を見せ、ゆっくり目を開く。


「生きて、たか」


 特に目立った外傷が無いのを判断すると、十河は深く息を吐き出す。


「………………こ、こは?」


 まだ意識がこんだくしているのであろう、女は自力で体を起こしながら、十河から視線を外して首を動かす。意識の回復は、十河よりも早く。すぐさま女は異常事態を認識し、状況を把握しようとする。


「私はどれぐらい、気を失っていましたか?」


「わからない。オレも今しがた、目覚めたばかりだから……」


 十河は力なく首を振って答え、手を差し出し、女を立たせた。

 女は礼を言いながら、視線はまだ洞窟の細部を観察し続けていた。


「この魔力。まさか異界?」


「そのよう――だな」


 魔力の濃度から薄々感づいてはいたが、やはり異界。かなり強い魔力が滞留してる場所だ。油断していたら、自分の中に許容量以上の魔力が入ってきそうだ。長年離れていた異界の空気にまだ順応仕切れていない自分がいた。


「他の人たちは…………どこにも居ないようですね」


「………………ああ」


「まずは、アナタが落ち着いてくれて助かりました。とても混乱しているかとは思いますが、一緒に切り抜けましょうね」


 元気づけるためなのか、動揺を隠した作り笑いが馴れ馴れしいと思いつつも、もっともな意見に十河は黙ってうなずく。

 二人は持ち物を確認して、準備を整える。十河は訓練に備えていたので一通りの武器は持っていた。しかし女の方は何も持っていない。十河は自分の銃を渡す。


「え? べつに大丈夫よ? 銃器を持っていなかったのはかつだったけど、最低限の武器はもってるから。それと、あなた結釘(アンカーネイル)は使える?」


「アンカーネイル?」


 女は十河の装備品、腰のポシェットの中に入っているであろう三本の杭を取り出して見せた。


「いや、それがなんであるか、オレにはさっぱり。そもそも支給されたヤツの中にそんなモノが入っていることさえ知らなかった」


「じゃあ、私がもらっておくわね」


 正装を着ているということは、あの広場で待機していた二年生であるはず。なのに結釘(アンカーネイル)を使えないとは思わなかった女は、苦笑いで内心を隠す。

 続けて、女はコートの内ポケットから、右手だけのグローブを身につける。

 指と手首、甲に金属製の装飾が施されているものである。

 ――もし敵がでてきたら、殴るつもりか?

 特に不思議な力を感じるようには思えないそれを、十河は眺める。

 彼女は何回か、右手を握り感触を確かめていた。


「グローブだけじゃ心配だから、持っとけばいい。オレは剣があるし」


 彼女のいうことを、いまいち信用できなかった十河はもう一度、銃を差し出す。

 その行為を、どう感じたのかは知らないが、女は十河を真正面から見つめて頷いた。


「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、そうさせて貰うわね」


 グローブの右手で受け取ろうとして、寸でで止まり、何故か逆の手で受け取り、銃に取り付けられているベルトを肩にまわす。


「まずは他の人たちを探しましょう。私たちは広場に出現した〝あな〟に吸い込まれたはず……孔の先が、この洞窟ならば、吸い込まれたいった人たちも、同じ状況になっているかもしれません」


「だが、どこに行って良いのかも解らない。いまある分かれ道だって、ざっと七本はあるぞ」


 十河は女から視線を外して、洞穴の数を目でかぞえる。どれも似た大きさの穴で、先は暗がりになっていて見通せない。四方八方に道は延びている。洞窟の内部がどうなっているのかは解らないが、一度この地点から離れてしまえば、同じ場所に帰ってくることは難しいかもしれない。


「…………そもそも、私たちが居る場所だって、全体のどこに居るのか見当も付きません。幸い異界ということもあって、魔力には事欠かないところがせめてもの救いと言った所ですか……〝魔力圧縮セット〟」


 女が一言いい放つと、指先に小さな光が灯る。

 地面に触れると、岩が細かく砕けて触れた部分が削れてゆく。

 大きな『×(バツ)印』が地面に刻まれた。


「……………………」


 ――驚いた。この女。魔導師か。

 魔術とは、魔力を燃料として神秘を体現できる方式であり、その用途は無限大に広げることができる。ただ使用する術が高度になればなるほど、複雑化した術式を物体や平面に刻んだり、対価となるものを差し出さねばならない。

 魔術は数学の計算式と同じで――答えだけ求めようとしても、工程を書き出さなければ正確な結果を導き出すことはできず、簡単に術式は霧散してしまう。力を行使したくば、無駄のない魔力の循環と、確実な結果を得られる回路が必要になるのだ。

 逆に簡単な術式ならば〝頭に思い描く(イメージ)〟だけで構築が可能だ。あくまで形としての術式は結果を確実に結ぶ為の固着材料であり、極端な話――膨大な術式を頭の(・・・・・・・・)中で寸分狂わず再(・・・・・・・・)現可能ならば(・・・・・・)どんな魔術であろ(・・・・・・・・)うとも発動ができ(・・・・・・・・)()

 ――と言っても、付け焼き刃でできるものではない。長い訓練と卓越した技術が必要になる。

 女の場合は、一種の催眠術なのだろうか。自らの詠唱を行うことによって、頭の中で術式を構築させ、展開させているのだろう。

 ひょっとすると、さっき彼女が身につけたグローブは、魔術か何かを使える魔道具か?


「洞窟の鉱石はそれほど堅くないわね。安易に爆破すれば、大規模ならくばんを引き起こすかもしれないから、注意しないと。…………来た場所にはこうやってマーキングをしておきましょ。すくなくとも、同じ場所を何度も歩き続ける事はなくなるはずだから」


 左の腰にかけた剣の感触を確かめるように、十河は頷きながら何度も柄に手を触れる。


「そういえば、まだお互いの事を何も知らないままでしたね。……短い間ですが、命を任せ合う者同士です。まずは名前を教え合いませんか?」


 立ち上がりながら、ではまず自分から。と女は十河の言葉も待たないまま、勝手に自己紹介を始めた。


「私は芦栂。あしつがです」


「……アンタ、……サイファー、ですか?」


 ようやく自分の本題を切り出せると思った十河は、不審な顔で下から上へと着ている服に視線を移す。全身が黒で統一されている。サイファーはみんなこんな服装なのだろうか?


「ええ。いちおう……魔導二級師グレードツーですよ」


 ――魔導二級師。断片的に話は聞いたことがあった気がする。

 魔術に優れた者がなれる。サイファーとは別に与えられる階級。

 魔導二級師グレードツーは、最上位である一級グレードワンに隣接するくらい

 まだ若いようぼう、年齢に見合わないだけの能力は持っている、ということか。


「失礼しました。旧三鷹訓練所所属。間宮十河訓練二等です」


 体裁だけでもと、十河は敬礼をして答えた。


「訓練…………二等? あれ? あなた試験兵じゃないの?」


「いえ、準試験兵じゃありません」


 どこか噛み合わない話。古都子はよもやと思い質問した。


「もしかして、あなた一年生?」


「はい。そうですけど」


 ――どうして一年生が正装を? 何か別の予定でもあったのかしら?

 古都子は、今考えるべきではないと無駄な思考をカットした。

 二年生ではなくて一年生。なおさら自分が率先して助け、導いてあげなくてはならないと決意を新たにした。


「そっか……。改めてよろしくおねがいするわね十河くん。では行きましょうか……くれぐれも慎重に。異界では何があるか解らないから」


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