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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
160/264

<2>

 

 ――遠い、遠い。どこかの記憶。

 懐かしさを感じるけれども、憶えてはいない。

 見える景色に対して、なんの根拠もなく。胸の奥が熱くなる。

 みねが連なる遠方の山岳地帯や、短い草の生い茂る草原。

 自然のある景色が、無意識に懐かしさと直結しているに過ぎなかった。

 私はすぐに理解した――コレは、夢であると。

 そう思ったのは、私が行ったことのない場所であったから……。

 図鑑で見た景色なのか、あるいはテレビで知った知識が、そのまま反映されているのか。

 現実に、私の見てきた世界はとても狭かった。見られるのならば、夢でも構わない。できればめないようにと願いつつ、私はこのあわはかない――夢の続きを見る。



 場面は変わり、光差し込む天。暖かい。

 遠くで、小石ほどに小さくなった鳥が、群になって飛んでいる。

 果てしなく……とても高い〝緑色の空〟色彩が極端に外れた(・・・)景観。



 ゆったり座りながら、丘から拭き上げてくる風を体で感じていると、

 私の背後に、黒い影が差した。

 振り返ってみると、誰かが立っている。大きな人だった。

 逆光で姿は見えないが。どうしてか……安心できた。



 その大きな手が、私の方へ伸びて。

 私の小さな手が、私の意志とは関係なく、相手の手を取った。

 日差しよりも暖かい。とても満たされる気持ち。



 あれだけ安心していたというのに、急に不安と心細さがジワリと広がる。

 お互いを繋いでいるその手は、もう二度と交わされることはない。

 もの悲しさ。泣きそうになる姿を見せまいと、私はぐっと気持ちを抑え込む。



 ただ、ありきたりな場面を切り取った、何気ない行動であるのに。

 私は苦しかった。この身が裂かれるほどの苦しさを感じていた。

 私の視界は、いきなり離れてゆく。

 一瞬にして丘に居た二人が、目に見えないほど小さく遠く。

 雲の奥に、空の彼方へ飛び出して……。

 どんどん、引き上がる。

 天を超えて、暗がりの中に吸い込まれる。

 全身が冷えてゆく……。

 感覚も思考も、氷結されていって。

 最後に残ったのは、痺れるような――冷たさのみだった。



 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。



 ――谷原真結良たにはら まゆらは、ゆっくりとまぶたを開ける。

 ぼんやりとした視界。徐々に鮮明になってゆく。

 ゆっくりと立ち上がり、微かな吐き気に顔が歪む。

 胃の内容物が逆流する程ではないか、むかむかする。

 腹を押さえつつ、自分がどこに居るのか目をしばたたかせた。


「………………どこだ、ここは?」


 独りで倒れていた場所は洞窟だった。

 薄暗く天井は高く広い。四方にはいくつか、別の場所へと通じているであろう通路の入り口。

 通常、洞窟には光源がないのだが、全体的に薄ぼんやりとした薄緑の光があった。洞窟の不思議さは、今の真結良にとって怪奇と不気味でしかない。

 記憶の最後は――第十七区旧三鷹訓練所。

 他校の関原養成所の生徒と模擬演習を行う為に集まった屋外広場。

 真結良は特別参加を許された一年生――かんぬきえにしがリーダーの『神貫班』に混じって、練習に参加させて貰うところであった。


「思い出した。たしか、あのとき……急に私の近くに光が出てきて。穴が開いて、みんな吸い込まれて…………」


 記憶と思考を急回転させ、真結良はなんとか今いる自分と、身に起こった出来事に納得出来る合理を当てはめる。


「広場――吸い込まれて、気がついたら洞窟。吸い込まれた先が、この洞窟なのか?」


 それ以外に正しいと思える答えが見つからない。完全に人の住む場所とは違う、異質なる空間であろうとも。


「仲間。……草部蘇芳くさかべ すおうは? ……間宮十河まみや とうが。……神貫かんぬき班のみんなは!?」


 次々に生まれてくる『何故』よりも、真結良はこうしては居られない衝動に駆り立てられ、装備を確認した。自分が無事で居るなら、他の人たちもどこかに居るのだと信じる気持ちが、彼女を突き動かさせていた。


「この洞窟では、明かりは、問題ないか……。銃はある。…………剣、剣は?」


 腰に差していた剣がないことに気がつき、真結良はどこかに落ちたのではないかと、広い地面をくまなく探した。


「あ、あった。……よかった。何があるのかわからないからな。用心しなければ」


 地面に転がっていた剣を拾い上げ息をつく。

 支給された武器の他には、小さなポーチが腰にある。中には金属製のくいのような物が入っていた。何に使うモノなのかはわからない。

 連絡手段として使えるかもしれない携帯端末は寮に置いてきている。きっと訓練に参加する予定だった誰もが端末を持っていないだろう。

 銃の弾倉も一つきり。追加の弾薬はない。校内で訓練をするためだけに貸し出された装備。最低限しか受け渡されていない。


「せめてもの救いは、剣も銃もトレーニング用のものではなく、実戦で使われる魔 (Anti)術 兵(Unknown)( Wepon)だということくらいか……まずは、仲間を探さないと。私以外にも誰かいる…………はずだ」


 明らかに、危険な空気漂う洞窟内で、かつに叫んでしまわぬよう注意した。

 彼女を危険だと思わせているのは、肌を舐める濃厚な魔力が決め手となっていた。

 これだけの魔力―― 十七区にはない。だとしたら、この場所は一体。

 今更ながら、この魔力で刻印がどうにかなるのではないのかと、慌てて首に触れる。

 首の表面に巻き付いている刻印は、かゆみに似た感覚でうずくだけ。痛みはない。

 ただ刻印が自分の体から離れて、遠くに行ってしまいそうな、何かに引っ張られるような、初めての感覚に焦りが生まれる。

 ポケットへと手を突っ込み、刻印を安定させる薬(カプセル)を取り出して、水も無しに飲み込む。

 ずずず、と喉に引っかかる感触があったものの、なんとか胃に押し入れた。

 この先、刻印が必要になってくるかもしれない。いざという時、まともにコントロールできなくなるなんて事態は避けたい。

 剣を背中に背負い、銃を持ち……。

 この洞穴の中に、自分以外の誰かが居るなんて確証もなく……。

 自分ひとり取り残されてしまったかもしれないと、心の端にあった考えを捨てた。

 心を支えているのは、仲間がきっといるはずだという思いのみ。

 意識を前方へと集中させていれば、背中にのし掛かっている不安や恐怖を忘れていられる。

 少ない唾を口の中で飲み込み、口を開けている通路の一本へと、真結良は進み出した。




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