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<7>

 谷原真結良、小岩京子、安藤太一、畑野喜美子の四人は、

 昼食をとるため、校内の食堂へと移動していた。

 席という席から話し声と笑い声が聞こえ、

 一つの空間で全てが混じり合い、絶えず巨大な騒がしさを作り上げていた。

 学年関係なく、ひっきりなしに入れ替わる生徒で何人居るのかも把握できない。

 ちょうど食事を終えたグループが席を立ったところを発見すると、

 京子は駆け足で席を確保し、ピースサイン。歯を見せて笑う。



 彼女たちは弁当を持参していた。

 真結良と安藤は、食べものを受け取るため、

 トレイを持って生徒の列に並ぶ。

 列の長さから、しばらく時間が掛かりそうだった。


「見てたけど、大変だったな……」


 ……安藤が言いたいのは、修錬場であった問題児ノービスの一件だろう。

 愛想は無いものの、言葉のニュアンスにはどこかいたわるような感情が込められていた。

 あの時――彼がかんしゅしていたうっぷんは確かにあった。

 まったくだな、と返事をしてみせるが、

 何故か今は苛立ちや、彼らに対しての非難めいた気持ちはなかった。

 開き直った――と言った方が正しいのか。


「良い経験にはなった。改めて実感する……私はまだまだ弱い。もっと訓練を積んで、誰にも負けないようになってやるさ」


「――ヒュゥ。あの強さ(・・・・)で弱いのかよ」


 驚きと敬意の念を込め、安藤は口笛を鳴らす。



 列はどんどん流れてゆく。

 二人は会話することもなく……。

 真結良は特にしゃべる話題もなかったので、黙っていた。

 しかし――安藤はどう切り出そうかと、考えていた。

 二人きりになれるシュチュエーションは、そうそう無い。

 だからこそ……意を決する。


「なあ……谷原」


「ん?」


「あんた――どうして、こんな所に来たんだ?」


 土足で踏み込んでいるというのはわかっている。

 質問は好奇心などではなく、

 どこか自分の中で、たいのような感情があったのだ。

 自分から見れば、彼女の行動と選択は――異常そのもの(・・・・・・)だった。

 安全に生きられるなら、普通はそっちを選択する。

 なのに、あえて危険な場所に身を投じる意味……。

 リスクを承知して来たのなら、

 ――そこには明確な理由があるはずだ。



「……そうだな。……………………私は本物(・・)がほしいんだ」


「――ホンモノ?」


「安藤……君は自分が自分であるということを、他人にどうやって証明する?」


「どうって……」


 なんだよそれ。謎かけか?

 哲学じみた質問に、彼は本気で悩んだ。

 自分を自分と証明する方法。

 ――――俺は俺だ。それ以外に何がある。


「…………つまり、そういうことだ」


「いや、俺には何がなんだか」


 クスリとはにかむ真結良。

 そんな仕草に、少しだけどきりとする。

 初めて、彼女が女子として見えたからだ。


「誰しも自分を他人に認識してもらうことを――誰かの記憶の中に置いてもらうことは、簡単な事じゃない。ましてや自己存在を証明できる明確な方法なんてものは本当はどこにもないんだ。…………それを踏まえても、外の世界で私という存在はとても希薄なものだった。……何者にも成れないし、誰の記憶にも残らない。ただ薄っぺらい紙一枚の書類に記載されているだけの価値にしか過ぎない。きっとそれではダメなんだと考えたんだ。手の届かない安全な場所で黙って座っているだけでは、何も変える事ができない……私は、それがイヤだった。だからここに来た。自分を自分とするため、そして今を変えるために――――未来を、世界を良くするために。かつてあった異形の居ない世界を……本気で、私は世界を救いたい。それが私の存在証明に繋がるのだと思っている…………皆と同じこの場所に立てば、私はきっと何か、外には無いものを得られることができると信じている。……戦うことの出来ない誰かの代わりに、誰かの為に戦えたら……続けてゆく先に、私が求めている本物の私と、世界を取り戻すことができるんじゃないかって、そう思うんだ」


「――そう、なのか」


 実際、理解したわけではない。

 しかし彼女が持っている熱意と真剣に語る姿に嘘偽りはないと思った。

 他の連中じゃかけほどにも宿していないであろう『世界を取り戻す』という信念。

 世界を救うことが――自分の存在する意義と言っているようにしか聞こえなかった。

 言葉で言うのは至極簡単。思うだけなら誰にでも出来る。

 それは谷原真結良にも同じ事が当てはまるのだが……。

 彼女であれば、現実に出来るような気がした。

 ――――何とも、イカれた女だ。


「……谷原、あんたどうかしてるよ」


 真面目に、思っていたことを包み隠さず安藤は言う。


「――かもしれないな」


 ほんの少しの間が真結良にはあった。

 片手が空いていたら、きっと頬を掻いていたような表情。


「でもよ……俺も似たようなものがある」


「…………え?」


「ある女子なんだが……そいつはさ、明るくて自分が思っている以上にわがままで、危なっかしいところがあって……暴力的なんだが、でも放っておけなくて、自分勝手に突っ走るんだけど、走って行く先はいつでも正しく見えて、だから俺もそんな彼女に付いていこうと決めているんだが…………おとうとを亡くしたらしくて――普段は気丈なくせして、本当はすごくもろくて……だから守ってやりたくてさ……」


「……う、うん。そうなんか」


 ――それって好きな人が居るということか?

 思いも寄らなかった打ち明け話に、かなりの動揺。

 ……返事のしかたも、どこかおかしかった気がするが、どうでもいい。

 そ、そもそも好きなんて一言もいっていないじゃないか、

 ――勘違いするんじゃないぞ。谷原真結良。落ち着くのだ。


「俺じゃあ、きっと世界は守れない……きっかけにはなりたいと思うことはあっても、きっと中心にいるのは俺じゃないと思う。だけど彼女が戦いたいと言っているなら、せめてそこだけは守ってやりたい……彼女を死なせないように……せめて彼女の見る世界だけでも良いものにしてやりたいと思う……あんたより、スケールはそうとう小さくなるけどな」


「――それだけでも、十分素晴らしいことだよ」


「そっか………………な、なんか飯の並び待ちに話すような内容じゃなかったな」


「ハハハ、確かに」


 二人して笑い会う。

 それはとても心地の良いものであった。

 ようやく自分たちの番が来て、

 食べ物をトレイにのせる。

 ほら、と安藤は自分の食器からひとつまみ。

 真結良の皿にエビフライを加えた。


「転校祝いだ。どうかしてるとは言ったが、…………そのどうかしてるところ、俺は大いに気に入った。一緒に頑張ってこうぜ、谷原」



 戻るや否や、京子は遅いと不満を口にした。

 少し時間が掛かってしまったが、ようやく昼食を食べ始める。


「んしょ……そういえば、あの実戦訓練。真結良すごいわ! あたしびっくりだ!」


 弁当のフタを開けつつ、京子は自分の事のようにはしゃぐ。


「京子ちゃんとさっきまでそのこと話してたんだけど……すごかった。あんなの初めてみたよ」


 喜美子も興奮混じりにしょうさんの言葉を浴びせる。


「…………でも、あの市ノ瀬の棄権はなんだ。ふざけてるにも程があるな」


 先ほどの会話を内にしまい込んだまま、安藤も話に参加する。


「っそ! それあたしも言おうと思ってた! はぁ!? ってかんじだよ!」


「あれって、絶対……わざと、だよね?」


 おっかなびっくり。三人の顔を確認しながら、喜美子は言う。


「そりゃあそうだろ。偶然にも二人棄権なんて、ありはしない。…………体調が悪いなら見学するなり何なりすればいい……普通に考えて、嫌がらせとしか思えん。いくら教官の頼みとは言え、谷原……あんたよくやったと思うよ」


怒濤の五人抜き(・・・・・・・)だもんねッ!」


 興奮冷めやらぬといった京子はフォーク片手に、前のめりになって立ち上がった。



 新人の洗礼と割り切った真結良は、全力で相手を薙ぎ払い、

 自身の持ち点、残り四ポイントをキープしたまま、全勝した。

 現場の一部始終を見ていた生徒たちはきっきょうし、

『士官学校のエリート』という異名が伊達だてでは無いと知らしめた。


「どこをどう考えても班がわるい! ……真結良、班選びは慎重に、計画的に行わないと駄目だって、よくわかったっしょ?」


「……そうだな。組むからには良いチームを。そして何より――信頼の置ける所が良いな」


 そういう点では、問題児の班は論外……論にもならない。

 良質なメンバーを求めているわけではないが、

 背中を預けられる仲間が一番だ。

 あれがもし、戦場であったらと考えるだけで、ゾッとする。


「ちゃんと良い班に入っておかないと後が大変だよ。かくいう私も失敗ばかりしてよく怒られるんだけどね。ナハハ」


 恥ずかしそうに左肘をテーブルに付いて笑う彼女の表情は、年相応に幼さを宿すものであった。


「まだ来たばかりで、他にどういう班があるか解らないからな……他に良い班はたくさんある。少なくとも最悪(・・)は体験したと思う」


「ウチに来てくれると、すごく嬉しいなって……おもっちゃうよね」


「だな」と心の底からの同調と共に、安藤は席を立ち上がる。


「…………そろそろいくわ。他の連中に呼ばれてるんでな。……じゃあな」


 仏頂面にどこか笑顔のようなモノを作りつつ、学食のトレイを持って安藤は席を立ち去った。

 そんな彼の背中を見送った京子はバッと振り向き、


「……え、なにあれ!? あいつ、アタシ達以外に対して、あんま笑わないんだよ。真結良なにかあったの?」


「いや、特にコレといっては……」


「――ほうほう。そうでありますか。フフフ」


 頷きつつも信じていない京子はニヤニヤ顔を崩さない。


「そ、そうだ。私も課題がまだ終わってないんだった……真結良ちゃん。京子ちゃん、またねぇ」


 喜美子もそそくさと、その場を後にし二人だけになる。

 手を振り、肘を付いたままの京子は、周囲に目を向ける。

 薄く笑いつつも、視線は浮いたまま。



「…………こうやって見ると、なんか青春って感じがするんだよね。騒がしさっていうのかな。私たちが兵士になるなんてこれっぽっちも思えないんだよね」


「…………そうだな」


 二本目のエビフライにしたつづみ

 自分が居たところとはまるで違う。ろくちゅう気を許せないような雰囲気に包まれていた。

 笑い声はあれど、完全な自由を許されてはいないような……そんな毎日だった。

 真結良にとっては多くが新鮮で、訓練所は少なくとも息苦しさを憶えるような場所では無い。


「もごもご………………ごくん。――――京子のそれ、綺麗な色のアクセサリーだな」


 ふと、視線を移動させたときに真結良が見たのは、

 京子が肘を付いている側から覗いた手首。

 オレンジと赤が交互に編み重なったくみひも

 長く使っているのか、少々いろせているようだった。


「あ、これ? ミサンガっていうらしいんだけど…………弟がサッカー好きで、手首に付けてたのをもらったんだぁ。切れるまで肌身離さず身につけて、自然に切れたら願い事が叶うんだって。まあ弟のお古だからルール違反になるんだろうけどね」


「仲が良いんだな」


「うん……とってもね」


「弟さんはいまどこに?」


「――えーっと、その、……まあ」


 急に、奥歯に物が挟まったような言い方をする京子。

 突然に見せたかげりは一瞬。

 すぐに真結良と視線を交わし、笑みを作るが。

 本心を隠し切れていない、悲しげなものになった。


「弟は……もういない(・・・・・)んだよね」


「…………あ」


 そうだ。外界で訓練を受けた私とは違い、京子は内界の人間。

 ここが一番安全な最外周だとしても、

 元々生活していた環境が同じ安全地帯であるという道理はない。

 つまり、彼女の弟はもう――。


「す、すまない。私としたことが――はいりょに欠けてしまって」


「いいのいいの。気にしないでよー。パンドラクライシスで被害にあった人なんて私だけじゃないんだし。生き残っただけでもラッキーって思わなきゃいけないって思ってるよ」


 それに、と京子は続けた。


「私は一生懸命――弟の分までがんばって、……お姉ちゃんとして恥ずかしくないよう、生き抜いていくって決めたの。ヘコんでなんていられない。今このときでも最前線の第五層から奥では、必死になって戦っている人たちがいる。私も『扉』を塞ぐため、がんばるんだ。まだ本格的な任務もぜんぜんだし、異形と戦ったことなんて無いけど…………いつだって心構えをもって生活しているよ」


「すごく立派だと思うよ。本当に…………」


 まだ訓練生としては浅いかもしれないが、

 それでも彼女の志は賞賛に値するものだ。

 心の底から尊敬できる人だ。私も見習わなければ。



「…………そいや、任務で思い出したんだけど」


 話題を切り替えるためだったのか、どこか含ませつつ、

 座ったままの京子は、少しだけ前屈み気味に語り始めた。


「何でも、第一線で任務を終えた人たちが、この訓練所に来るらしいのよぉ」


「へえ。それはまた。……でもどうして訓練所なんかに?」


「うーん。それはさっぱり。あたしも先輩から聞いた話なんだけど、緊急の任務とかで二年生の班が選ばれたらしくて、取り持つことになったらしいよ。……実はねー。一年生だけど私も任務に就くことになったんだぁ」


「それはすごい」


「初任務だから、ちょっぴり不安だけどね。真結良はまだ訓練所の全体像を把握し切れてないかもだけど、訓練所って結構広大だから人手が足りないらしいのかもね……私たちの班は、一部の場所を警備しなくちゃならないんだって……まあ、人数あわせで、また雑用を任されるのだろうけど」


 京子は普段からミスばかりしているというが、

 一年生にして同じ任務の現場に立つことができるというのは、

 やはりすごいことであると思う。


「……あれ?」


 思わず聞こえないほどの声で、真結良は呟いた。

 暴力的で、

 弟さんを亡くして、

 真っ直ぐで

 明るくて……。

 安藤太一が守りたい人とは、もしかして――。


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