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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【後編】
158/264

<Prologue>

 黄昏たそがれが過ぎ去り、闇色へと変わった十七区『旧三鷹訓練所』の中央広場。

 作業用のハロゲンライトが強い明かりをもって、周囲を照らす。

 昼間になれば学生達による憩いの場として賑わい、待ち合わせ場所や、施設間を移動する際の通路としても使われているそこには、花壇があり、ベンチがあり、植木があり、一年を通して草木が彩り豊かに顔を変えるのだが、今は怱怱そうそうたる状況に包まれていた。

 広場の周囲には、七十を超える作業員たちが総出になって動き回る。



「十六区のサイファーが到着しました!」

「機材通るぞ! 下がってくれ!」

十三課(魔術班)が動き出す前に楔杭アンカーボルトの準備急げ!」

「こっちの人手が足りないの。手伝って!」

「記録班。状況変化を随時報告。僅かな変化も逃すなよ!」

「通信用有線ケーブルの準備できましたっ!」



 それぞれ自分達の仕事をまっとうするため、スタッフ達が入り乱れていた。

 表情に焦りの色はあるが、冷静さを欠いて目的をしっしている者は居なかった。慌ただしい中に、しっかりとした秩序があり、各役割に統率者がいて、解決に向けて着実に進んでいる。



 周囲の邪魔にならぬよう、本部から駆けつけた『魔導師』たちは、空いているスペースで集まり、作業へ移行する前の最終確認を行っていた。

「A班は各サークルに共有ラインを接続。B班、施設内にある訓練棟『特殊エリア』から魔力供給させるための術式製作。C班……我々は空間をこじ開けるため、魔術交差を行う準備をする……事は一刻を争う。私への報告は怠るなよ。何か質問は? ……よし。各自、作業を開始しろ!」

 グループとなって、一斉に散らばる魔導師たち。ようやく現場の要である『異界化したドームに風穴を開ける作業』が開始された。



 旧三鷹訓練所は、正体不明の生物『異形の者たち』から世界を守る為――通常では対処できない〝異常〟と戦う兵士サイファーを育てるために作られた施設である。

 まだ本格的な戦場で戦うことのできない生徒たちが集う訓練所。



 ――事件は施設内で起こった。



 現在……広場には、不透明にして巨大なドームが出現していた。ドームはここから何キロも離れていて、彼らがいずれ踏むであろう大地と似た性質を持つ空間。まさか学校内部において、異常の中心地である『異界』と同じ状況が起こることなど、誰一人想像していたはずもなく。

 安全を保証されていると同義の訓練所。一部が異界化した訓練所は十七区のどこよりも危険な場所となっていた。ドームは消し去ることが可能なのか、そして数時間前にまとめて消失した生徒が内部にいるのかどうかさえもあいまいである。



 前線で戦うサイファーの一人。(かん)苑樹そのきは椅子に座ったまま、

 クリップボードに挟まれた、たった一枚の紙切れを凝視していた。

 そこには、人の名前がずらりと印刷されている。



 ――第十八区関原養成所、合計十九名。

 ――第十七区旧三鷹訓練所、合計二十五名。

 ――中枢機関ブラックボックス内界情報部第七課(黒服)、合計八名。



 一分も掛からなかった現象によって、ドームへ吸い込まれていった人間は……五十二人。

 苑樹が思っている以上に、多くが巻き込まれていた。

 たった一枚にまとめられた名簿。

 ここには書き記されていないが、もう一人ドームの中へ引きずり込まれた人物が居る。

 ――あしつが。彼の班の副隊長である。

 偶然居合わせたことによって、苑樹の前で、彼女は生徒と共に消えた。


「かなり冷えてきたっすね。隊長……」


 両手に紙コップを持って苑樹に近づいてきたのは、せんざきすばる

 金髪にピアス姿。全身黒ずくめのコート姿。彼もまた神乃班の一人である。

 黙ったまま飲み物を受け取り、返事代わりに名簿を仙崎に渡した。


「あの中に消えた人間達のリストだ。ここに来た養成所の全員と訓練所の全生徒。黒服の連中から確認をして算出したらしい。まず間違いは無いだろう」


「…………あんな短時間でこんなに。マジで――ゆるせねえ」


 クリップボードを持つ手に、力がこもる。

 仙崎のように感情を表に出さない苑樹も、気持ちは同じだ。

 冷たい表情。苑樹の瞳は始まりの時と変わらず、強い意志を放ち続けていた。


「応援に来たサイファーの全員に、それは配られている。お前も頭に入れておけ」


「あの、……隊長。ここになんで、副隊長がいないんっすか」


 見間違えたのかと思い、コップを持った手で名簿に指を這わせる仙崎。しっかり確認しても、やはりいない。連なる名前の中で、誰よりも親しい上官の記載が無いことに、仙崎は不審がる。

 曇りきった仙崎の表情を一度見て、ドームへ目を移し、苑樹は口を開く。


必要が無い(・・・・・)からだ。オレから言って、除外させている」


「…………は?」


「一人でも救助対象が少なくなれば、そのぶん異界での活動時間が大きく短縮される。オレ達を含め、救助に参加するサイファーは、たかがしれた人数だろう。芦栂一人のせいで、余計な手間を取らせるわけにもいかねえからな」


 なぜ、苑樹がそのような判断をしたのか、仙崎には理解できず。

 納得がいかないから、単純に怒りだけがこみ上げてくる。



 仙崎にとって、神乃苑樹という男は、絶対的な力を持つ存在。自分の理想であり、戦う仲間であり、乗り越えるべき高い壁であり、常に皆が流されれてしまわぬよう繋ぎとめられているいかりでもあった。けいは今まで一度として揺らがず曲がらず。仙崎の中にある価値観の枠に収まっていた。

 今回の件で。仙崎は班に入って以来、初めての狐疑こぎだった。

 長く行動を共にしていた副隊長を平然と見捨てる発言をしている。

 仲間の命を軽んじる苑樹に、どう応対して良いのか困って、名簿を持ったまま何も言わず、彼の元を離れた。

 歩きながら、真剣に読むでもなく。名前の羅列に視線をわせる。

 きっと数日前の異界訓練で、顔を合わせた生徒も居ることだろう。

 決して生徒よりも、芦栂古都子を特別扱いしてほしいと望んでるわけではない。

 ただ、彼女も事件に巻き込まれた被害者。だったら名簿に入れるべきだ。

 五十二人も居るのだ。救助するべき人命が一人増えたって変わりやしないじゃないか。


 どうして、苑樹がそんな判断を下したのか、真意の理解に苦しむ。

 救助されなくても、良いと言うことだろうか?

 あるいは、自らの班の汚点となるから、リストに載せることを拒んだのだろうか?

 考えれば考えるほど、仙崎の頭の中には、副隊長の命よりも何らかしらかの利害を優先したのだとしか思えない。


「ふざけんな…………っすよ」


 流し込んだ飲み物の味は、何も感じない。

 目を開けながら飲んだ時に、密度濃く敷き詰められた暗雲は、自分の気持ちを形にしたような暗さを持っていた。


「冗談じゃあ、ねえっすよ……隊長がなんと言おうと、オレは副隊長を助けてやる」


 握りつぶした紙コップを乱暴にゴミ箱へと叩き入れる。

 ただ待つことしかできない仙崎の苛立ちは、増してゆくばかりだった。

 何が起こるか、想像つかない異常事態。

 現場に居合わせている人々は、不安よりも大きな、おそれを胸に抱えていた。


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