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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
154/264

<22>

 


 ――――午後二時半。



 昼食を食べて一息つき、合同練習に参加する生徒たちは、訓練所にある一番大きな、中央広場に集合していた。三十分前であったものの、石蕗祈理含む、関原養成所の生徒たちは、早くも全員集まり、各自が整列し時間を待っていた。

 同じ二年生である、北川あかりたち――旧三鷹訓練所の生徒も集合こそまばらであったが、徐々に数が増えつつあった。



「あっれえ? どこにいったのかなぁ。一穂……」



 あかりは二年生の集団を見回して、金平一穂かなひら かずほを探すも、彼女が見つからなかった。


「金平ちゃんだって、他の班のメンバーなんだから、きっともうどっかで合流してるって。そんな気にしなくてもいいじゃん」


「で、でもエイジ。今日は一回も会ってないんだよ? 朝ご飯の時も居なかったし……」


「そんな日もあるだろうさ。この前の異界訓練に集まった時だって、金平ちゃんこなかったじゃんさ」


「…………………………そうなのか、なあ?」


「あかり。お前は心配しすぎだ。金平さんにだって、都合というものがあるだろうし。たまたまだよ」


 あかりの心配性は、今に始まったわけではない。ただ―― 一度心配が始まったら、こじらせた夏風邪のように、なかなか収まらない。

 晴道は彼女の性格を良く理解していたからこそ、真っ向から勘違いであると否定はしなかった。


「あーあ。今日一日で、関原の子達ともお別れかぁ……もう、当分はあの可愛い服装を見ることが出来ないだろうから、しっかりと脳内に焼き付けとかなきゃあな!」


 あかりの心配などまったく気にしていないかのような発言。じっくりと英二が見始めたところで、あかりは彼の頭部を強く叩いた。心なしか力がこもっていなかった。




「いよいよか……どんな訓練をするのだろうな!?」


 興奮のためか。いつもよりもじょうぜつになっていた谷原真結良から、もう何度目かの同じ質問。

 同じ正装。剣と銃の装備一式を身につけた姿で、前を歩く男子二人に向けて言った。


「…………うるせえな。雑魚」


「……フン。まったくだ」


 口が悪い草部蘇芳は振りかずに暴言。

 間宮十河に至っては、返答すらない。


「――――むう」


 仲間なんだから、もう少し会話してくれても良いじゃないか。

 ……まあ、この二人ではどだい無理な話か。


「おい間宮ぁ。もし試合形式でやるんだったら、オレと戦えよ?」


「人数が足りないから、オレらと神貫班が組んだんだろ。また一人減らしてどうするんだ」


「相手が関原だったら、オレと交代させりゃあいい。集団での試合になるのなら、まず……お前を取りに行ってやる。クククク」


「どれだけエゴイスト(自分勝手)なんだよ。お前は……」


「なにもかにも興味ないと吐き捨てているテメエも、似たような性質だろうがよ間宮」


「誰かに迷惑をかけていないだけマシだ」


 蘇芳に臆することなく、正面から反発する十河。

 また険悪になってきたと、真結良は切り捨てられるのを承知で、彼らに向かって言った。


「仲間のみんな……今日は来ないな。エリィなら、真っ先に来ると思っていたのだが」


「………………そういえばアイツ……今日は用事があるとかで来られないって言ってたな」


 返事と言うよりも、独り言に近い形で十河は呟いた。


「エリィもだが、あの馬鹿野郎は、居るだけでうるせえからな。来ないのは正解だ……」


 ――馬鹿野郎? あぁ。荒屋誠の事か。

 思っていた以上に、いい反応を示してくれた。真結良はほんのちょっぴり上機嫌になった。



 約束の広場にはすでに関原養成所の生徒たちが揃っていて、正装の男女たちが時間を待っていた。広場の中心に彼らは移動し、ようやく一息つく。

 到着したのもつかの間。十河は急に二人から離れようとする。思わず真結良は反射的に呼び止めてしまった。


「待て間宮。どこへ行く」


「まだ時間じゃないんだろ。…………ちょっと飲み物買いに行ってくるだけだ」


「ちゃんと時間を守れよ?」


「わかってる…………いちいち、うっさいな。アンタ」


 十河は人を避けながら去って行く。

 正装のポケットに両手を突っ込んで、値踏みするように、蘇芳は周囲を細かく観察する。

 人間観察とは違う――敵意の籠もった目つきだ。


「草部蘇芳。お前は緊張しないのか?」


「アァ? するわけ無いだろ」


「でも、先輩だぞ? しかも他校の先輩と訓練。もしかしたら試合をやるかもしれないのに」


「たかが、こんなんで緊張とかほざいてたら、お前。異形が現れた時にゃ、発作でも起こすんじゃねぇのか?」


「――――う」


「まったく笑えねえな。だから雑魚っていわれんだ。ご大層な訓練を積んできた准尉さんかもしれませんがねぇ。たかが人相手にああだこうだ言ってたらキリがねえよ」


 確かに……人なんかで心を動かしていたら、いざ異形が出てきた時……たとえば――以前、彼らが戦っていた異形と一対一に戦えといわれて、私は立ち向かう事ができるのだろうか。たとえ能力があったとしても、心はついて行けるのだろうか。

 けれども『そのとおり』であると草部蘇芳に言わなかったのは、このまえ彼に対して徹底的にののしられた記憶がまだ新しいから。まだ私の中で取り払われずに沈んでいる。意固地が口で認めることを拒んでいた。


「人であろうが、私だってちゃんと覚悟を持って望むつもりだ。この訓練でしっかり学んでみせる……でも、草部蘇芳。お前がどれほど実力があろうとも、しっかり先輩方には敬意を払えよ?」


「クッククク。誰だろうが関係ねぇ。一個上だろうが二個上だろうが……オレに刃向かってくるのであれば、誰だろうが蹴散らしてやる」


 ――だめだこれは。彼を止められる遙佳はいない。もし、トラブルになろうものなら私がなんとかして制御してやらなくては。それにしても彼の自信は一体、どこから出てくるのか。まだ草部蘇芳がどれほどの実力を持っているのかは知らない。この溢れる闘志が『悪意』あるものじゃなかったら、とても優秀になると思うのに。なんてもったいない。




「おおー。なんか集まってるっすね!」


 せんざきすばるは手でひさしを作り、広場をざっと見回して大きな声をあげた。

 広場の周辺には試験兵を観察しに来た制服姿の生徒。そして広場の中心には腕に腕章、武器を装備した正装姿の生徒が別れていた。


「――あれって、この間の生徒さん達だね」


 横でとうたけのりは目を細めて集団が何者であるのか、すぐに理解した。


「あら、そこの一画に居る人達。異界訓練の生徒さん達。……そういえば、訓練所で続きをやるって言ってましたよねぇ」


 芦栂古都子あしつが ことこはほんわかした表情を崩さず。生徒たちを眺めている。


「でも、よかったっすねー。ここんとこ曇りばっかで、今日は雨とか言ってたけど……良い感じに晴れてるっすね」


 天を見上げると、鮮やかな青空とはいかないまでも、たまに太陽が顔を覗かせるような――いわゆる曇り時々晴れだった。


「仙崎……判断が甘い。夜になったら降る。……それも、強い通り雨が来る」


「へえー。さっすが気象情報に関して、敏感な佐奈香ちゃんっす」


「佐奈香ちゃん言うな」


 訓練が終わるまでは晴れてるといいっすねー、と仙崎は改めて広場を見渡していると。

 学生に混じって、何やら目立つ黒服が居たのを彼は見逃さなかった。


「…………おや? あれって黒服っすよね? こんなとこで何やってるんだろ」


「ちょっと気になるわね。昨日は何も教えてくれなかったけど、個人的に話をすれば教えてくれるかも…………話聞いてきても良いかしら?」


 古都子は振り返り、後ろに居た佐奈香と苑樹を見た。

 自分でないと解っていた佐奈香は、一歩横にずれる。


「………………ああ」


 どうして黒服が居るのか――もしかしたら昨夜言ったように、内部の人間を疑っているのだろうか。うまくいけば有力な情報が引き出せそうだ。

 行動の早い古都子は、ポケットから取り出した砂糖菓子を口に挟み、速い足取りで階段を下って広場の中心へと向かっていった。




 間宮十河は広場から離れ、自動販売機へ向かおうとしなかった。

 飲み物を買いに行くと言ったのは方便であり、本当は彼らと集合時間まで一緒に居るのが、面倒だと思っていたからである。

 どこかで適当に時間を潰そうと考えていたところ、

 この学校では見かけたことのない女が、前から歩いてくるのを視界に捉えた。


「……………………ッ!?」


 一瞬―― 一瞬だけ呼吸を忘れ、思考を停止させられた。



 ――彼女(・・)に見えた。

 何故、そう見えてしまったのかは解らない。

 …………すぐに錯覚であると、自らの動揺に歯止めがかかる。

 過去の自分の記憶が、女と重なって。まいが襲う。

 すぐさま我に返った十河は、女の顔をしっかりと見つめた。

 綺麗な容姿をしていて。明らかに年上。

 半笑いの口元にはタバコのようなものがくわえられていた。

 黒をベースとした服装からして、軍人…………いや、サイファーか?

 じっくり見ると、全く似ていない。別人だ……彼女であるはずがない。

 ――――彼女は…………もういない。死んだのだ。

 長い髪の毛を揺らし、優雅な動作で十河の横を通り過ぎてゆく。

 じっと見ていたのに気がついた女は微笑み。

 すれ違い様に愛想の良い会釈をしてきた。




「十分前か……次回からはもう少し時間に余裕をもって行動するとしよう。みんないいかな?」


 細目のかんぬき えにしはメンバー全員に言う。


「何を偉そうに言ってますの。神貫さん。わたくし達はしっかりと――お時間にルーズな明峰さんまでもちゃんと集合していたというのに、班長リーダーである貴方が遅刻とは、どういうことですの!?」


 腰に両手を当てて怒るは、巻き毛の少女――常磐羽衣ときわ うい


「だから、あれは不可抗力だったんだよ。ねえ? 虎姫?」


「……………………トラは無実。お腹こわしたえにしがわるい」


 話には興味ないと、たつとらひめはカメラのファインダーを覗き込んで、広場に集まった人々の写真を撮り続ける。

 全員正装というのに、彼女は正装の上に、いつものワニパーカーを着ていた。

 もし脱げと言われたら……変な所は頑として譲らない性格の彼女を、どう上手く説得しようか、縁は心が落ち着かないままであった。


「…………あ、そうか。教師側を説得した方が早いや」


 ルールに忠実でいこうとするあまり、一番簡単な方法を考えていなかった。

 スッキリした表情になっている細目の男子に虎姫はファインダーを覗き込んだまま、縁に向かってレンズを向けた。


「ねえ、縁……どうして、トラを仲間はずれにしたの?」


「なんのことだい?」


「しらばっくれ。……マトワから聞いた。昨日、皆で集まったって……なんでトラを呼ばなかった? トラは嫌われてる?」


「まさか……そんな事は断じてないよ。虎姫」


 細目を更に細めた縁。何枚か確実に撮られていた。


「……ただ、僕が懸念していた事が現実の物となって、乱闘になってたら……君は特に容赦ない。……っというか歯止めが利かない性格だ。その刻印で問題児ノービス達を圧殺しかねないから呼ばなかったのさ」――――っと、言うわけにもいかず。


「虎姫……お前は写真を撮るのが好きだ」


「ふんふん」


一寸いっすんこういんかろんずべからず。僕は下らない集まりよりも、お前の趣味の方を大切にするべきだと思ったのだ。訓練所にいられる時間は短いかもしれない。班の集まりは明日でもできる。しかし……君が写真を撮れる瞬間は今しかない。今を切り取るんだ。僕は君の写真を高く評価しているんだよ。……………………一回も見たことないけどね」


「…………………………でっかい、ごまかし」


 何を言っても不満しかのこらない虎姫は、縁に向けて連写モードでシャッターを切った。

 二人とは別に、的環は目を何度もこする。


「あぁァー。あっしー。まだ眠いんけどぉー。マジで。やっすみたいなぁ。ねえ、うぃーうぃー、欠席してもいっかな? あっしの代わりに、ドラちゃん(虎姫)ががんばってくれ()よぅー」


「駄目に決まってますわよ明峰さん! またそうやって服を着崩して。シャツはちゃんと入れる! 胸元のボタンはちゃんと閉じなさいな。はしたないですわよ!」


「めんどくさー。はい……うぃーうぃーボタンかけてぇ」


「なんでわたくしがボタンをかけてあげなくてはならないんですの。くっ、かけづらい。このフワフワの脂肪のかたまり。イライラ。……当てつけ。これは当てつけですわよ。イライラ。無自覚だから……なおのこと、恨めしいですわ」


 ボタンかけに悪戦苦闘する羽衣を余所目に、緑木弘磨みどりぎ こうま浜坂檻也はまさか おりやは二人並んで、合流するはずの残り三人を探していた。


「あっれー? 緑木くん。いた?」


「………………………………居ないぞ。まだ来ていないんじゃないか?」


「男二人でなに話してんのさぁー? 女子には聞かせられない話ぃ?」


 ちゃんと服を整えて貰った的環が、弘磨と檻也の間に割って入る。


「あはは。違うよ。十河たちがいないなって、話してたとこ」


「残念だが、お前の望んでいた話ではないぞ」


「んっだようー。つまんなーい。マユマユたちだったら、もいんじゃねー? ほらほら探しにいくべー。…………ふぁ……眠むぅぅ」


 的環にぐいぐい背中を押されて、三人は広場の奥へと行くのであった。




 ――――――同時刻。

 ローブを纏ったその男は、訓練所から離れたビルの屋上から、景色を眺めていた。

 屋上は緊急着陸用のヘリポートとして作られていて、一面を囲む円形のラインが引かれている。中心には『ヘリポート(Heliport)』を意味する『(エイチ)』のマーク。

 彼が見る方向は、百メートルほど離れた場所にある旧三鷹訓練所。

 両目を瞑ったまま、鼻歌をうたっていた。


「どうやら……オレを探している人間がいるようだな。当たらずとも、届かず。貴様達の能力などではオレを捕らえることなどできはしないさ。――十七区か。オレが自由に動けないのが悔やまれるよ。不自由……それでも自由になるためならば、何でもしてみせようじゃないか」


 屋上の地面には、ヘリポートのマーク以外に、紋様が描かれていた。人の血液で描かれた魔法陣だ。一滴たりとも無駄に零した跡がなく。巨大にして繊細な……魔術に知識がある者から見れば一級品の芸術。


「必要なのは、絶好の卓犖たくらくした魔術。長いしたごしらえ。それと……ささやかな運。さて材料は揃った。あとは全てをべるのみ。……さあゆこうかッ! もろ(もろ)どもがどういう反応を見せるのか、楽しみだ!」


 地面に手をつくと、血液が一斉に発光を初め、光はどんどん広がり、紋様全体に及ぶ。

 男を中心として何本もの電気のようなエネルギーが空間に線を引いて、中空をうねる。

 ビル全体がめいどうを始めた。発生した莫大な力は、屋上から始まり、基礎……地下へと一瞬で流れ、建物全体にまんべんなく、血管のような回路を形成する。全体のコンクリートは土煙を上げ、ひび割れ、内部に埋まっている鉄骨が軋む。

 やがて……屋上で雷鳴にも似た、一際大きな音が響き渡り。

 膨大なエネルギーは、張り巡らされた血管へ余すところなく行き渡り、真っ直ぐ地中を潜行する。それは光のような速さで土の中を進み……。

 一人の男が望む『惡意あくい』が形と成し、地表を突き破り。

 ――旧三鷹訓練所の中央広場。……生徒たちが集う、ど真ん中で。そのつぼみを芽吹かせた。


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