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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
152/264

<20>

「…………この短時間で、だいぶ立派になったね」


 予定通りだと誇らしげに、男は地下にあるボイラー室の『生きた壁』を眺めた。

 男が作り上げた肉塊にくかいは、丸々一日の時間を掛けて肥大化し、今となっては天井に届きそうなほどだ。昨日と比べて、六倍近い巨大な球体になっていた。

 脈打つ皮膚。中では何かが確実に育ち――そしてよい――産まれようとしていた。


「魔術によって命を作るのは、簡単な事では無い……それこそ幾億数多いくおくあまた存在している理論の海から、ほんのいってきの答えと、見つけた答えの中で更に試行錯誤をしなくてはならない。それこそ膨大な時間と魔力と労力が必要になるのだ。君の存在は全く新しいこころみだった」


 男は球体に語りかける。静かな子守歌をうたうように。

 肉塊の脈が、徐々に速くなってくる。内部からたたき上げられ表面が膨らむ。

 男は二、三歩後ろへ下がり、事の成り行きを見守った。

 不定期に胎動が続く。しだいに糸で繋ぎ止められた皮膚同士の縫合が千切れてゆき、中からおびただしい量の血液が流れ始める。

 次々に裂けて。傷となり。中から膨張させていた本体が、一気に裂け目から飛び出し、地面へと転がり落ちた。

 血と肉片と、臓物の膜に覆われ、うずくまった姿で呼吸する――何か。


「異形化した魂と、組み替えられた『傀儡くぐつ』の体……まったく新しいハイブリッドの誕生だ」


 表面に包まれた薄膜を破り、中から現れたのは人型の生物。ただし、手足が同じであるだけで、それ以外は根本的に違う。

 ……灰色の皮膚。獣のような細長い頭部。唇の無いむき出しの歯。細長い瞳孔を持つ両目。肩の部分からは、触角のようなものが無数に生えていた。



 ――――男が生み出したそれは正に、おぞましいけいの生物であった。



「…………転生、おめでとう。今日が君の誕生日…………いや、再誕日(・・・)だ」


「ォォォ……オオ………………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 重く、深いきょうせいが地下室に反響して、大気を揺らす。

 あまりの叫びに男は大げさに耳を塞ぐ。冗談交じりではあったが、まともに聞き続ければ、鼓膜がどうにかなってしまいそうだった。


「いいねいいね。強そうだね。いや、強くなくては困る……強く作ったつもりだから、期待している以上の成果を上げて貰わねば、こちらも頭を抱えてしまう。さすがに何度も作ることはできないのだからね…………とにかく、お前には時間を使わされた」


「グアアアアアアアアアアァアァァッ」


 自分の体がようやく自由に動かせることを知った異形は、腕を振り上げ、男に向かって拳を叩き落としてきた。


「おいおい……出会って早々。主人であるこのオレに向かってくるとは、無礼もはなはだしいな」


 鋭い眼光をもって、かざされる手。

 男は一歩も退かず、人の頭以上もある巨大な拳を、難なく受け止めてみせた。


「力はまあまあ、あるね……うん。悪くない。……………………だが、少し頭が悪いな。圧倒的な力量の違いというモノは、顔を合わせたときから、察せるくらいじゃないと、生きていけないよ?」


 男の手のひらからは、薄い膜が広がっていた。

 じゅつしょうへき……男は魔術が使えるのだ。

 抑え込んだ拳は進むことも戻ることもできず、異形は唸りながら混乱する。


「かつての記憶がまだ残っているのか。あるいは本能のままに他者を傷つけようとしているのか…………貴様がまずやらねばならないことはひざまずくことだ……オレを誰だと思っている」


「ガ……ゥガアアア」


「――――跪けッ(・・・)


 返答も許さない命令。男がもう片方の手で地面を指さすと、

 抵抗気味だった異形の膝が勝手に曲がり折れて、地面に膝を沈めた。

 異形にも自分が取った行動に理解ができず、細長い顔を男に向ける。


「――――そう。どちらが上なのか。理解しろ。あるじオレだ……まだ解らないなら、体に教え込んでもいいんだぞ?」


 膝を突かされようとも、まだ忠実とは、ほど遠く。

 声を荒げかくをしながら、手を伸ばし握りつぶそうとする。



「………………………………つくづく。頭が悪いな」



 人さし指を掲げ、何かを描くかのような動作。その後、異形に向かって空気を縦に撫でる。

 すると、目には見えない力が空気をまとめ上げ、一陣の風を生んだ。

 ――圧縮された大気が、異形の体を通過したとき。



 肩から、異形の腕がこぼれ落ちた。

 風は天井に叩き付けられ、その衝撃によって二本の深い傷ができる。

 重さのある腕が二本、床に落ちた音。

 異形の両肩からは灼熱の血液。滝のように流れ出し、

 苦痛による獣の悲鳴が、地下室を振るわせた。



 震えてなお動かぬ足。切り離された両肩を左右に振りながら上半身を曲げ、よだれを吐き出し、地面に頭をこすりつける。

 ただ……その痛みはわずかな間だけ。切り取られた肩から、めまぐるしいスピードで断面の肉が盛り上がり、瞬く間に腕として形を取り戻したのだ。


「ウグロォォォォ…………?」


 再生された自分の腕と、地面に落ちている元両腕(・・・)を交互に見て。異形は男に向き直る。


「それが……貴様の力だ。なかなか高度なものを持っているね。非常に死ににくい体……さて、己が能力を知り、自信が付いたところで、どうだ……まだオレに刃向かってみるか?」


「…………………………………………」


「貴様は頭が悪いが…………いい加減、獣の真似事は辞めたらどうだ? オレの言葉を、理解しているのだろう?」


 喉を鳴らしているような、音を立てて、異形は自らひざまずき、

 もう敵意はないと。攻撃しない証として。新しく生え替わった両腕を差し出した。


「立て………………改めて問おう。貴様の主人は誰だ?」


「………………ウ。……………………ア、ナタ」


 異形は初めて言葉を発した。

 喉の奥から、こみ上げるか細い声。……異形は泣いていた。

 涙を流す機能を持っていないが故に、涙は流れず。

 僅かばかりに残っていた人の心が、奥底で悲しみ、嘆きをあげていた。



「そう悲観するな。貴様はもう人ではない…………今ではその残り滓(・・・・・・・・)にしかすぎない(・・・・・・・)


 わざとらしく男は自分の腕を広げ、首を左右に振った。


「貴様はもうどこにも居場所などない。……貴様を理解しているのは、オレしかいない。…………よく考えろ。……改めて、その頭で、よく考えるんだ。一度だけ選択肢をやる。どちらを選らんでも、構わない…………『オレに付いてくるか』……『ここから逃げ出すか』だ……」


「………………ウグゥウ」


 異形は動かず、ただ頭を垂れたまま、男の選択を……付き従うことを受け入れた。

 たまらず、響き渡る高笑い。

 男は心底、楽しそうに腹を抱える。


「そうだ! それで良いのだ! 誰が貴様の存在を理解してくれる! そんな姿の貴様を、どのようにして受け入れてくれるというのだ! この場に残る以外に、何があるというのだ! 救済など最初から無いのだよ。…………今の貴様になら、オレの名を告げよう」


 男は三日月の笑みを浮かべながら、自分の名前を。己の存在を名称する言葉を告げる。

 ――聞いた事のない名前であるのに。異形は聞き覚えがあるような気がした。曖昧にして懐かしい響きであった。


「さて、立場が明確になったところで、貴様にはやって貰いたいことがある。やることは簡単――さつりくだ」


「――サツ。リク」


「明日……実験と検証をしたいと思ってね。難しく考えなくて良い………………ところで、話は変わるが、貴様はいま『うたい声』が聞こえるかい?」


「…………ウ――タ?」


「ああ。いいんだ。忘れてくれたまえ――どうせ、ごく一部の者しか聞こえないのだろう。…………この唄は(・・・・)オレとは全く関係のないことだ」


 男は一度話を区切り、室内を歩く。

 獣の臭いと、むせ返るような血の臭いが混じる地下室。

 ビシャビシャと、男が平然と歩く度、粘着質な鮮血が奏でる足音が室内に響く。

 獣の呼吸が、男の歩く方向に向けられ、彼が立ち止まると呼吸のする方向も止まる。


オレにとって、今の世界はあまりにも矛盾と、解せない事が多すぎる。様々な謎が絡まっている状態なのだ。おもむくままに行動するには、あまりにもリスクがありすぎる。よって……これらの謎を一つずつほどいてゆこうかと思ってね……君は、大きな引き金となるんだ。是非ともオレに成果を見せてくれたまえよ」


 異形は、今度こそ自らの意志で、欠片ばかり残っていた人の心を喰い潰し『獣』となる。

 自らが主と定めた者の前で、巨大なほうこうを上げた。

 響きに揺れ……傷ついた天井から埃が落ちてくる。


「そうだ! それでいいのだ! 君はもう『異形の者』だ! …………アハハハハハハ。狂気は目には見えないもの。心がすり切れ、精神が腐り。自我の崩落。存在の否定。苦しみ。逃避、劣等、悲愴――それらが織り成した果てにはなひらいた、君の姿は故に美しいッ! 前世の愚劣な君とは別人だよ。………………さあ、舞台は整った。『あく』を始めようか! 滅ぼすことなき混乱を。清浄なる異常の渦を。手始めにこのわいしょうなる世界を引っ掻き回してみようじゃないかッ!」


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