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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
151/264

<19>

「ま……現実はこんなもんですよねぇ」


 神乃班のナンバースリー。とうたけのりは全員に話しているのか、単なる皮肉を混ぜた独り言なのか班別の付かない言葉を吐き出した。


「俺達はあくまで異形ぶっ倒すプロであって、探偵じゃないっすもんねー」


 加藤の話に乗ってきたのは、せんざきすばるだ。はなから解っていた結果だけに、あまり残念そうには言っていない。



 夜も更け、彼らは今日の活動を終了し――訓練所に向かって帰っている途中だった。

 周囲は街灯こそ明るくらしているものの、夜間に出歩く人間はとても少ない。

 主人を無くしたのか。それとも生まれた時から居ないのか――路上を横切る野犬を見て、動物好きの林藤りんどう佐奈香さなかは抑揚無く、興奮した声を上げる。

 人気がない。普通の人間からしたら不気味に映るであろうが、(かん)班からすれば、何も居ないはずなのに常にどこからか言い知れぬ気配と視線を感じるような異界と比べれば天と地ほどの差があり、十七区の夜は、十分に平和そのもの。



 この日、神乃苑樹を中心として、謎の変死を遂げた生徒の調査を行っていた。

 岩見から書類を借りて、現場に向かってみるも、死体はすでに片付けられてていて、完全に『後始末』が完了している状態だった。中枢機関ブラックボックスは異形と戦うのみならず、内界での異常を調べ解決する以外に、それら証拠となるこんせきを消すことに長けている。苑樹たちが訪れた時には、どこに死体があったのか、写真で照らし合わさなければかいもくけんとうもつかないほど、綺麗にされていた。

 彼ら神乃班は、最初から『魔術を使う異形』か『魔術を使う人間』が犯人であると決めて調べていた。



 ――できうる限り、手がかりを掴もうとしてみたものの、結果は何一つ得ることはできなかった。神乃班は異界において優秀な『兵士』であるが、仙崎が言っていた『探偵』ではない。どんなに専門家の真似事をしようとも、できることには限界がある。

 半日以上も動き回って、得た情報は無く……。結果、収穫のない一日。悪戯いたずらに時間だけが消化されていた現実。

 調べた上で解ったとすれば……これだけの時間をかけて捜査の専門である『黒服』が何一つ進展がない結果から――相手はタダの人間では無い。人殺しの専門家プロ。人外の知識に長けた魔術師。あるいは言葉どおり『人外』の存在であると、

 当初の決めてかかっていた犯人像が、明確な形を持ったことくらいか。



「……敵が神乃くんの予想している、魔術師だったら、やっぱりどこかに隠れているのかしら?」


「でも副隊長。その線が当たっているとして、街中をあちこち探し回りましたけど、ぜんぜん魔力のちょびっとも感じなかったっすよ?」


「魔術師は、隠れるのうまいですから。もし街に居たとしたらひっそり隠れてるですよ。魔力だだ流しで隠れているわけないです。……浅はかなり、仙崎」


「ゾッとする話だね。――だって殺害現場は訓練所の近くだよ? 人ひとり殺しておいて、そのうえ、まだこの街に残っているって。異常としか言えないよね。僕だったらすぐに他の区に逃げるけどなぁ」


「――――あるいは。まだやることが残っているのか」


 全員の話をしっかり聞いていた上で。苑樹は言う。全員の表情が固まる。


「やることって、なんです? まだ殺したりないとかですか?」


「こ、怖いこと言わないでっすよ。佐奈香ちゃん」


「だって隊長の考えが正しかったら、殺す以上の何かなんて、思いつかないし…………………………………………佐奈香ちゃん言うな。蹴るよ」


「いっでっぇ! もう蹴ってる! 時間差ぁあ!? 力入れてなかったから、芯に入った!」


 耐えきれずグループから抜けて走り出す仙崎。佐奈香は無言で追いかける。


芦栂あしつが士征しせい…………魔導二級師グレードツーの立場から見て、犯人が魔術師である場合。どうやって隠れますかねぇ?」

 士征四位フォース・サイファーの芦栂古都子ではなく。

 魔導二級師グレードツーの芦栂古都子への問いかけ。


「潜伏するのでしたら――建物を覆い隠す結界や、人間の五感を惑わす呪術……建物の大きさにも寄りますが、ちょうどそこの民家を見えなくさせるだけでも、とても多くの魔力と、人数が必要になります。見えなくさせているだけでは微妙な魔力が漏れ出してしまいます。それに刻印を持つ我々は、外部から魔力を取り込み、ソレを自分の魔力として転換する機能を持っている。自身の魔力は全て個体差がある……いわば、二つとして同一が存在しない指紋と同等です。……逃げ隠れするのに、魔術を使用するのは、まず無理であると私は思います。十七区の魔力は、無いに等しいのですから」


「ですよねぇ……殺害現場にも魔力の残滓はなかった……何らかの魔術や刻印を使用すれば、必ずと言って良いほど、事跡が残っているはずなのに……。でも使っているのは確かだ」


 これだけパーツが揃っているのに、完成しないパズル。

 何も言わない古都子と苑樹を横目に、加藤は続ける。

「うーむ。芦栂さんの言う通り『黒服』はOPCオーバーフェーズカウンターを使っているはずだから、反応の一つあっても良いはずなのになぁ。……ただ、あの事件を最後に、徹底して魔力を使用しなければ、カウンターにも引っかからない可能性はあるかもしれないよね」


「じゃあ、加藤さんは、単純に隠れて……あるいは一般市民になりすましていると?」


「憶測でしかないけども」


「………………それとも、生徒……あるいは訓練所の教官が犯人か…………」


 二人の会話をじっくり聞いた上で、苑樹は短く言った。


「ちょ、さすがにソレは飛躍しすぎってもんですぜ隊長。あんなことできる魔術師レベルの生徒なんか、あの訓練所に居ると思います? 基本的に三鷹訓練所は普通科しかないって話だしさ」


 言いたいことはわかる。魔力が無いのなら、ある場所を疑うのが自然の流れ。

 ただ、内部の犯行であったとしても――噛み合わない(・・・・・・)

 魔術師が潜んでいるのなら、痕跡は? 魔術は万能の力などではないのだ。

 その答えが正解であったとして……何百人もいる訓練所の人間から、

 どうやって――たった一人、あるいは複数の犯人を見つけ出す?


「うーん。疑いだしたらキリがないわよねぇ……当てずっぽうに探すよりも、一度考える方向を変えて……『どこに犯人が居るか』じゃなくて『どうやって殺害したのか』をじっくり考えて、明確にした方が良いかも」



 道中、どうにかして糸口を見出そうと話し合いながら……彼らはようやく、訓練所の正門をくぐって、正面玄関がある広場に到着した。

 昼間の白壁によって輝いていた校舎は、闇夜を背景にそびえ立つ、不気味な城を連想させられた。

 ――誰も居ないと思っていた広場には、なにやら数人の男達が立ち話をしている最中。

 この時間帯、生徒が居るとは考えにくい。近づいてみると、それは『黒服』の一団。

 向こうもこちらに気がついたようで、いぶかしげに一人の男が歩み寄ってくる。

 足から指先にかけて、高級ブランドに身を包んでいる。眼鏡の奥につり上がった目。細長い手足。蜥蜴とかげのような人物だ。

 徐々に距離が縮まってくると、その表情もどんどん変わっていった。


「おや? まさか……貴方は。神乃士征一位?」


 誰も居ない中、言葉が良く響く。暗がりでも、よく聞こえるよう、わざとらしい言い方。

 後ろにいた黒服達が『どうして神乃士征が?』とろたえ、小声で話す。


「…………………………」


 ――気に入らない男だ。漂ってくる香水の臭いも気に入らない。最初に男が浮かべた笑顔も含めて、苑樹の心が毒突く。

 作り笑顔であることはすぐにわかった。そんなものは誰だってやっている事。ただ、男の作られた表情の裏側にある――裏側に隠しているにもかかわらず、心に絡みついてくるような独特の雰囲気が、とことんいけ好かなかった。


「まさか。こんなところでお会いできるとは。神乃一位の噂は、かねがねうかがっておりますよ」


「………………………………」


「私は、十一課の亜生と申します」


 敬礼しながら、自分の素性を述べる亜生。

 後ろに引かえていた加藤たちは、揃って亜生に敬礼をし、ずっと無言であった苑樹も、一歩遅れて形式上の敬礼を送る。



 ――――『蛇』か。



 口には出さなかったが、苑樹は警戒心を強めた。

 十一課――本人達を目の前にして言わないが、通称『蛇』と呼ばれている。

 一度食らい付いたら離さず、獲物を決して逃がさない。その強い毒は仲間さえもおかすと。

 基本的に十一課は実働部隊である七課の直接上の立場……管理職であるのだが。

 大きな事件になると、黒服の数は比例して多くなり、結果として尾や胴体を動かす『蛇』の頭が必要になってくる。


「……死亡した生徒の事件を、追っているのか?」


「――――ええ。まさか士征達も?」


「オレ達は……休暇だ」


 同じブラックボックスでも、隙を見せてはならない。

 それは長い間、苑樹が組織の中で生きてきた中で学び得た、防衛手段だ。

 実際には黒服達と同じ件を調べていたのだが……成果は得られなかったのだ。詳しく伝える必要もない。

 仙崎が何か言おうとして、佐奈香が本気で殴った。余計なことを喋るんじゃない、と黙らせる。


「そうですか。良いですねぇ……私も、たまには休みが欲しいものです」


 ニタリと口を広げる。本物の蛇みたいだった。チロチロ出てくる細長い舌があれば完璧。


「事件の話は、どこでお知りになったんです?」


「岩見大尉から聞いた。オレ達は異形を倒すために居るだけで……そっちの仕事を邪魔する気はない」


 ぎらつく目は、苑樹の心の裏側をがして見ようとする。


「そうですか……休暇はいつまでですか?」


「…………それは、アンタたちの仕事に必要な事か? 亜生さん」


「クククク。これは失礼致しました。なにぶん――聞く事も仕事としていますから、ちょっとした職業病というものです。申し訳ありません」


 態度はうやうやしいものの、亜生が見る目は一瞬たりとも苑樹から離れない。


「それじゃあ。お忙しそうなのですので、我々はこれで………………行くぞ」


 黒服に指示を飛ばし、去って行こうとする亜生に、苑樹は最後に問いかけた。


「ところで……犯人は、捕まりそうなのか?」


 立ち止まった亜生は、首だけを回し、苑樹を捕らえる。

 舐め付けるような瞳の強さはすでに引っ込んでいて、冷たい視線だけが残っていた。


「――――申し訳ありませんが、課の情報は何も話せないのです。それに…………常日頃から日常から逸脱した世界で活動していらっしゃるサイファーの方達には、取るに足らない……なんとも下らない事件ですよ。…………では」



 口調こそていねいであるが、どこか亜生の言い回しに棘を感じた仙崎は、彼らが居なくなるまで待って、隣に居た加藤に言った。


「加藤さん……俺、あいつ嫌いっす」


「うーん。そうだねぇ。僕も好きじゃないかなぁ」


「あら。意外です。加藤さんが人の悪口をいうなんて。ちょっとビックリしました」


 古都子の驚きに、加藤は視線を合わせることなく。


「だってさぁ、九課の人間ってゴッツゴツの野郎ばかりじゃない? それを考えれば二課……『管理部』の女性比率の凄さ。そこの子達と仲良くさせて貰っているんだけど、…………願わくば、僕もサイファー辞めて、二課に行きたいよ」


「……………………加藤さん。フケツです」


 またそうやって冗談を、と受け流して笑う大人な古都子とは真逆に、

 父親の洗濯物と一緒に洗われた娘のような顔で、佐奈香は距離をとりつつ、加藤を非難した。


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