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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
149/264

<17>

 訓練所にある『技能エリア』で剣を振るう男女の姿があった。

 ――片方は谷原真結良。

 ――片方は浜坂檻也である。

 閉館時間ギリギリまで彼らは模擬試合を行っていた。



 明日に合同訓練が控えているにも関わらず、休まず訓練を行おうとした真結良は、技能エリアに足を運ぶと、先に体を動かしている檻也を発見したのだった。すでに顔見知りとなっていた二人。一試合行わないかと尋ねたのは檻也の方から。

 こんなチャンスは滅多にない。真結良は飛びつかんばかりに、二言返事で了承した。



 正式な練習試合とは違って、審判も居なければルールもない。

 単純に剣を打ち合うだけ。自分の動きを確認し、体を動かしながら話し合うだけ。

 それでも真結良にとっては、とても良い経験になっていた。


「もう、あと一歩踏み込めれば、相手からしたらかなりプレッシャーになるとおもうよ!」


「なるほど……こうか!?」


 前進、半歩前へ……剣を振るう。

 檻也は後方へ下がりながら、剣を受け流した。


「そうそう。いまの受けとめづらかったよ。谷原さん――すごく覚えがはやいね!」


 指摘されたとおり、真結良は動きを修正していく。それだけで上達した気分になるのは、浜坂檻也の指導が上手いからに尽きる。



 閉館時間が迫っていたというのもあって、早々に使っていた武器を片付け、備え付けられているベンチにならんで座った。真結良はタオルで顔の汗を拭う。


「浜坂……君は剣で戦うのか?」


「ううん。ボクは刀の方がいいかな。軽いし。……ほら、ボクって弘磨こうまくんみたいに筋力もないし、えにしくんよりも力はないんじゃないかなぁ」


 そう言いながら、檻也は体操着の袖をまくって、トレーニングスーツが密着した細腕を曲げてみせた。骨と肉だけ……っという表現は少しオーバーかもしれないが。男子の平均よりかは、やはり細めである。


「だから、パワーを磨くよりも、技術面やスピードを伸ばしてこうかなって。……そうなってくると結果的にボクは刀を――個人で、素速く攻撃を展開できる居合いをメインに勉強してるんだよね。もうこれ以外は考えられないよ」


「へえ。一年生でもう、自分の持つ武器を決めているのか」


「決めていると言うよりも、ボクの固有刻印がその手の動きにあってるから、自然とね」


 檻也はぐしゃぐしゃとタオルで顔を拭って、髪の毛を両手で掻き散らす。


「そういえば、浜坂檻也。君の刻印は――どんなのを使うんだ?」


 片方のまぶたを撫でつつ。表情を綻ばせて、檻也は穏やかなまま返事をする。


「……アハハ。それは秘密だよー。だってボクは友達だけど、同時にライバルでもあるからね。もし谷原さんと戦う事があれば、その時に見せるよ。そうなる前に授業とかでバレちゃうかもしれないけど」


「そうか……それは楽しみだな」


「ボクなんかよりも、十河の方が強い。彼のように、ボクも刻印を強くできたら……そのためにはもっともっと強くならなくちゃ」


「私も君くらい、努力して強くならなければな」


 真結良は関心し、自分と比べて見えてくる違いの差に、無意識の溜息が漏れた。

 賞賛する真結良に、檻也は目を丸くして。


「…………ん? ボクは努力なんかしてないよ。こんなの努力なんかじゃないよ」


「……………………ん?」


 今度は真結良が目を細めて、眉を寄せる番だった。


「努力っていうのは、いつだって結果として付いてくるのが『努力』なんじゃないかな? 努力するから強くなるんじゃ無くて、強くなろうとした結果、その過去が『努力』になるんじゃ無いかな?」


「……………………んんん?」


 ちょっと良く解らなかった。真結良はもう少しぎんし、噛み砕いて考えてみる。

 …………………………。

 ………………。

 ――――だめだ、やっぱりわからん。

 時間を使った割には、あっけない結論。

 彼女の間を理解した檻也は頬を緩ませて、


「つまり、努力が足りないとか、努力をおこたるとかっていうのは、それらを払拭するために努力しなくちゃならないと考えるから、無駄なエネルギーを使っちゃうんだろうし、意識もしなくちゃならない。そんなのは努力なんかじゃない。単なる自己満足だ。…………ただ『強くなる』事だけに目を向けられる行為というのは、常に現在を直視している人間だけが至れる領域なんだ。過去を見てばかりで意識的に努力する人間よりもずっとずっと強くなれるのだと、ボクはそう信じている。…………努力なんてのは自分が語ることじゃない。結果論ありきの過去形。他人から見て与えられる評価の度合い。ボクのやっている事は、まだ現在を見つめるまでに届いていない。まだ過去を見てしまっている。……ボクが理想とする……『努力した(・・・・)』ということの、本質まで届いていないと。そう思っているんだ」


「…………………………」


 ――すまん。わざわざ優しく説いてくれたのだろうけど。ますますわからん。すまない浜坂。言いたいことは、なんとなく解ったのだが……。

 理解しようと聞いていたつもりなのだが、どこか哲学じみていて頭が追いつかない。

 まるで『努力』という言葉を拒絶しているかのようにも聞こえた。

 だから、知ったつもりになって彼の思想に返事するのも失礼だと思いつつも、口から出てしまった『へぇ』は、――ひどくとんきょうな返事であった。


「だから――過去なんて要らない。ボクが努力なんてがましい。ボクの結果はいま、ぜんぶここにある(・・・・・・・・)


 座ったまま上半身を倒し、檻也は白い歯を見せて、細指を重ねた拳を握った。


「…………………………」


「強くなったか、弱くなったかは……十河が教えてくれるはず。ボクは彼に追いつく。それだけの為に進んでいるんだから……他は――何も要らない」


 頑張っている内容とは別に。彼が見せる芯の強さと固執は、いつだって過去に絡んでくる。

 彼を常に成長させ続けている過去。間宮十河が、彼を変えたのだ。


「君にとって、間宮は本当に、大事な人間なんだな」


「うん! すごく大切だよ!」


 体を上げて、真結良に振り向いた彼の表情は、屈託無く嘘の混じっていない純粋さ。

 迷いのない瞳は真っ直ぐ、天井を見上げた。

 帰り支度を始めている生徒たちを横目にしていると、檻也は語り始めた。


「だけど――十河は……この学校に来てから、ほんの――ほんの少しだけ変わっちゃった部分はあるかな」


「昔の彼は、違ったのか? エリイも異界にいた頃の間宮を、とてもよく褒めていたぞ。凄く強いと」


「うん。強いよ。反則級の強さっていったら嘘になるけど、一人で大型の異形に立ち向かうくらい、刻印を上手く使えていた。それに魔力の使い方を心得ていた。人体の補強だったり、筋力を強めたりと」


「…………そこまでいったら、魔術のレベルじゃないか」


 魔術は――基本的に魔力を完全にコントロール。刻印を完璧に制御できない限りは、修得や実践は難しいと聞く。いったい、ディセンバーズチルドレンとは……どれほどの可能性を秘めているのだろうか。


「ボクらのいた自警団コロニーは、とにかく戦闘において訓練していたからね。その程度の魔術だったらみんな使えていたよ。攻撃はちょっと専門外だったけど」


「浜坂、君も魔術が使えるのか?」


「初歩レベルかな? サイファーが使っている程度――異形と普通に戦えるくらいには使えるよ。異形の戦い方は、十河から教わっていたから」


「……………………私には、間宮が異界で凄い成果を上げていたとは、どうにも結びつかなくて。いったい異界で何があったんだ?」


 今までずっと輝いていた檻也の表情が、急に曇った。


「ボクの過去は、そのまま十河の過去になっちゃうから……あまり詳しくは話せない。でも谷原さんが十河を誤解し続けているのも、すこしだけイヤ――かな」


 どこから話すべきか、檻也は親指をあごにあてて悩んだあげく。


「ボクは、何度も死にかけたことがあった。そして、いつも助けてくれたのは十河だった」


「………………………………」


 彼が過ごしていたという、異界――第三区。

 そこで生活していた毎日とは、いったいどういうモノだったのだろうか。


「ボクはコロニーで生活していて、十河とはあとになってから出会った。エリィと一緒にリーダーが拾って来たんだ。……同い年だったということもあってすぐに仲良くなったよ」


「初めから、同じ場所ではなかったのだな」


「うん。十河とは知り合いでもないし、幼なじみでもない。……異界で出会った仲間としてが、最初だね」


 真結良は小さく頷き、あいづちを入れる。


「十河とエリィも異界の中で出会ったらしくて、重症だったエリィを看病して十河が助けてあげたんだってさ」


「………………………………」


 ――なるほど。それで、いつもエリィは間宮にくっついているのか。彼女の動機が少し解った気がした。誰だって死にかけていたところを助けてくれたら、親しみの気持ちを持つだろう。

「そして二人がボクらのコロニーで生活を初めて。彼は驚くほど、異形と戦う術を身につけていった。谷原さんの言っている『努力』というものが当てはまるとしたら、ボクは十河が出てくる」

 間宮が――努力だと? いつもやる気なく。たいが形に成ったような人間なのに?


「当時、十河が来た時――彼の刻印は最低限の事しかできなかった。でも彼はコレではダメだと。自分の持っている能力以上の理想型があった。毎日、毎日……何ヶ月も。彼は欠かさず練習を続けて、刻印の能力を『努力』だけで書き換えたんだ」


「書き……かえた?」


「たぶん、十河の刻印は、今よりもできることに天井があった。固有刻印に刻まれている魔術以上の魔術なんて行使できるはずがない。それは刻印に定められた限界値……与えられた者に科せられた、決定的な終着点だったんだ」


「………………………………」


「己の刻印を完全に理解し、限界を知り。…………そこで十河は終わらなかった。生きるためには更なる力が必要だと、刻印の限界使用を常に行い続けたんだ」


「そ、そんなことをしたら……」


「うん。体に異常をきたすだろうね。刻印の使用は常にノーリスクではない。魔力を急循環させつづけたら、体が魔力に侵される。正直――自殺行為だよ。ボクは一回だけ見たことがある。全身から血が吹き出していた彼をね。…………あんな悲惨なの、だれもやろうとは思わない行為だ。ボクは止めたけど、それでも十河は続けたんだ。……どうせ、今のままじゃ生き残ることはできない。だったら自分から死にそうになるくらい努力して、生き残れる方法を勝ち得ることの方が重要だって。…………今思うと『生きる』ことに対して、誰よりも貪欲だったのかもしれない。あれが『生き物』の本当の姿だったのかもね」



 ――ようやく、彼の中にある『努力』の価値観を理解できた気がした。

 浜坂檻也は努力を嫌っていたのではない。

 むしろ、他の誰よりも、努力するという行為を……すうこうな物だと認識していたのだ。

 命を賭けて強さを欲した少年の背中を見てきたからこそ、浜坂の中では普通の人間よりも、

 ずっと高いレベルのいただきに『努力』というものが存在している。

 一瞬一瞬に心血を注ぎ、自らの歩んだ道に興味を示さず。

 今ある自分以上の自分を未来に求めた……間宮十河を追っているのだ。



「浜坂の言っている事が真実だとすれば、彼は才能に恵まれていなかった……むしろ、刻印の能力が低かったのか」


 檻也は否定とも肯定ともつかない。首を斜めに倒して目を閉じた。

 帰って行く生徒たちは、もうほとんど居ない。体操着姿なのは二人だけだ。


「天才ではなかったのは確かだよ。むしろぼんようよりも下回る……よく、エリィとたった二人きりで生きて来れたと、驚くほど。………………天才ではなかったし、能力に恵まれてもいなかったが、彼はしょうしんしょうめい『努力の天才』だった」


「信じられない。刻印が書き換わるなんて」


「そして、力を手に入れた十河は、瞬く間に頭角を現し……自警団コロニー一番槍エースになった………………でも、長くは続かなかった」


「………………………………………………え?」


 檻也は額に手を当て、頭を降った。


「続かなかったんだ。自警団コロニーも、安定していた生活も、何もかも。異形を殺す事でボクらは平安と自信と、安心を得ていた。殺される前に、先手を打って殺した。全部殺した。徹底的に、強いも弱いも関係なく。人以外の生き物を皆殺しにした。…………今でもリーダーの方針は間違えていなかったと思っている。何もしなかったらもっと早く、ボクらの居場所は駄目になっていただろうから。怯えながら逃げて暮らしていた自警団コロニーが潰れたって話は、ごまんと噂で聞いていたから。…………でも、だめだった。………………最後のあの日(・・・・・・)自警団コロニーの仲間である家族(・・)たちは、ボクと十河とエリィを残して全滅した」


 真結良は強いまいを感じた。自分の手が震えていたのに気がついた。

 檻也は落ち着いて話していたのだが、やはり過去を話すのが辛いらしく。額から手を離した代わりに、薄笑いで辛さを誤魔化していた。彼らが生きている裏で、いったいどれだけの人間が亡くなったのだろうか。聞いているだけで体が重くなる。


「十河とアレ(・・)は、面と向かって話していたから。たぶん……ウィザード級(知識もつ者)。それも異形の中で『名』を持ち『くらい』を持つ上位種(・・・)。…………皮肉な話だよ。倒し続けていた結果……あんな存在が出てくるなんて。アレは――あの時のボクらじゃ、次元が違いすぎた」


「上位種……」


 真結良もその話は外界にいた時、聞いた事があった。

 異形は知能があるほかにも〝名前を持つ者〟がいるという。誰かに名付けられたようなものなどではなく、爆心地グラウンド・ゼロの向こう側。空間の小穴がある向こう側……『異形の世界』で名乗っていた名前。

 あるいは〝階位クラス〟を持つもの。貴族や騎士……はたまた王や神といった存在。

 ……檻也は、疲れ気味に目頭を押さえて話を戻す。


「とにかく……その異形一匹のせいで全部終わったんだ。何もかも――同時にボクは、あの時も十河に助けられた。もうダメなのだとここで死ぬんだって、自暴自棄になって命を捨てた。自殺をする勇気もなかったし、だから十河にボクを捨てて欲しいってお願いをしたんだ」


「…………そしたら、彼はなんと?」


 檻也はゆっくり立ち上がり。振り返った彼は強い眼差しで真結良を見る。


生きろ(・・・)――ってさ。あの言葉をかけてくれなかったら。間違いなくボクはここにいなかった。危険をかえりみず助けてくれた。……あの時の十河は、正にボクのヒーローだったよ」


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